- Amazon.co.jp ・本 (475ページ)
- / ISBN・EAN: 9784104369041
作品紹介・あらすじ
関東大震災後の戒厳令下、社会主義者・大杉栄一家を虐殺したとして獄に堕ちた元エリート憲兵。その異能と遺恨は新天地・満州で乱れ咲いた-。策謀渦巻く大陸の夜を支配した男の、比類なき生涯。湯水のごとく溢れる資金源の謎、地下茎のように複雑に絡み合った人脈、そして凄絶な自死とともに葬られたはずの大杉事件の「真相」を新資料、新証言で描破する。
感想・レビュー・書評
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470Pだが、一気に読める面白さ。
大杉栄暗殺と、満映くらいのイメージしか無かった甘粕の生涯を、詳細な取材で解き明かしてゆく。
そして、かの暗殺事件の深層が...
すごいのは、最後自殺する甘粕の死ぬ一瞬前の行動。
彼は、最後に鉛筆で殴り書きのメッセージを残す。
それは、青酸カリを服用後、毒が全身に回り、朦朧と泡を吹きながら書いた
「みなん しつかりやつてくれ 左様なら」
※「みんな」が「みなん」に誤字になっている!
その絶筆の写真も掲載されている。
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歴史上それほど重要とは思われない人物を、ノンフィクションで長く、かつ読みやすく語るのは難しい。
その点を克服しているのは、甘粕正彦自身意図せざるところとは思うが、彼がスキャンダラスな人生を送ってきたという部分に負うのだろう。
大杉事件で殺人者に仕立て上げられた後、魑魅魍魎のうごめく満州に渡る。特務機関、大東公司、大東教会、東映の前身・満映などを通じた幅広い交流は、軍・政治家だけにとどまらない。後々の著名人につながるような人脈が見つかる、というのも気をひく。
でも結局、彼は極めて有能・厳格・リゴリスティックで、組織の犠牲となった悲運な一元憲兵にすぎない。だから内容も、現代でいう週刊誌のまとめの域を出ない。
読み終わった時には甘粕正彦が実際に大杉栄、伊藤野枝、幼子をその手で殺めたかどうかは深い関心がないことに気付く。
甘粕のふるまいが、ちっちゃい東洋のヒトラーを見ているようであったことも記しておく。
メモ
石光真臣 頭山満 清沢洌 岸信介 古海忠之 大川周明 伊達準之助 石原莞爾 橋本欣五郎 土肥原賢二 里見甫 林原一郎 福家俊一 藤山一雄 野口遵 清野剛 谷豊 武藤富男 澄田来四郎 溥儀 大宅壮一 森繁久弥 日本工営 -
里見甫、李香蘭、男装の麗人川島芳子を読んで、やはり甘粕正彦は避けて通れない。大杉栄一家虐殺事件の真相から、甘粕正彦の人となりの結論を導くべく、当時の関係者からのインタビューを試みる。そこから見えてくる陰謀論、甘粕正彦の人生。満州国という特異な環境、大正末期の独特な世界観。様々な角度から真実を暴くため、より多くの証言が用いられるため、ページ数も多く、やや、繰り返しでまどろっこしい所もあるが、教科書で習ったような甘粕正彦像を覆すには充分。
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日本史の教科書などの記述から自分の中に作られてきた甘粕正彦像は狂信的でヒステリックな青年将校というイメージだった。関東大震災のどさくさにまぎれ大杉栄ら3人を独断で惨殺し、事件後満州に飛躍し、暴走する日本帝国陸軍に多いに加担したエキセントリックな人物というキャラクタだ。しかし、事実を掘り起こしていくと甘粕正彦はそれほど単純な人物ではなかったようだ。
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大杉事件について真相が明かされた、ことにはなっている。一読者としては、烙印の疑義は充分に認めても、確証にはいたらない。結論付けがいかにも甘いというか、強引ではなかろうか。最終章での娘の甘粕和子さんへの取材記事も、暮らしぶりを含めて省くべき描写が多いと感じた。いかにも元ジャーナリストらしい、著者の負の側面が垣間見える。どうあれ、近代史の闇の断片を垣間見る上ではよい一冊だった。
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本書は、大正12年(1923年)の関東大震災時にアナーキストの大杉栄と伊藤野枝と6歳の子どもを虐殺したとされる「甘粕正彦」の生涯を追いかけた475ページもの大著である。
膨大な取材を行う中で「知られざる甘粕正彦」に迫ることを目指したのだろう。その詳細な調査と考察は、大正デモクラシーの「明るい大正前期」とは違う「暗い昭和戦前期」という時代の空気と風景がよくわかる内容であるが、「甘粕正彦」というキャラクターがよくわかるノンフィクションとしてはちょっと物足りない。
「甘粕憲兵大尉時代」の「虐殺事件」や「軍法会議」、「死因鑑定書」等の考察や「獄中の臣民」「仮出獄後の浴衣の会見」等の調査は、当時の時代を知る上で興味深いし、「虐殺事件」の真相究明の考察等もまたそれなりに興味深い。
どうやら、甘粕正彦は、無実は言えないだろうが、組織を守るための犠牲者だった可能性も高いようだ。罪をかぶることにより、その後の陸軍よりの庇護を獲得したのだろうか。
また、甘粕正彦は、「主義者虐殺」と共に戦前・戦中期の「満州における夜の支配者」としても有名であるが、本書におけるその実態も興味深く読めた。これも時代の空気が伺えるものではあるが、「人間甘粕正彦」については、よく見えてこない。
これは本書で「甘粕正彦のキャラが立っていない」ということなのではないか。歴史書ではないのだから、やはり、人間が見えてこなければノンフィクションとしては物足りない。
「甘粕正彦」は、戦前の満州において「魔王」のように君臨したイメージが強いが、本書で「虐殺事件」や「満映理事長」としての詳細な活動経歴を知ると、むしろ「生真面目な軍人」という単純な性格の男が、激動期の時代のなかに巻き込まれて不本意にも異様な人生となってしまったかのように思えた。
本書で読む彼の生き方は、「乱心の荒野」であったとは思えないが、本人にとっては不本意な「人生の荒野」であったことは間違いがないとも思えた。
それにしても、本書で明らかになっている戦前期の日本の「陸軍」や「憲兵隊」等の「社会システム」やこの時代の「指導者の行為」、全てが現在から見て明らかに「異様」である。
本書を読んで「虐殺事件」や「軍法会議」、「満州における陸軍の策動」等が、どうして成立したのかとの疑問を持った。
このような不法行為は普通ありえない。
こういう時代だったとまとめてしまえば、それで終わりではあるが、本書は、読後にそのような疑問を持つほど、時代をよく調べた本ではあると思う。 -
2013/03/06 県立図書館。
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たとえ直接の大杉栄殺しの実行犯ではなかったとしても、いったい、甘粕正彦という人物に特別の感慨を持っているのは私だけなのでしょうか?
これまで、甘粕正彦の実像に迫るべく映像的にさまざまな俳優が演じて来ましたが、なかでも最大の失敗者かもしれないのは、1987年公開のベルナルド・ベルトルッチ監督の映画『ラストエンペラー』における坂本龍一かもしれません。印象の薄いなんだか間の抜けた愚鈍な言動・立ち居振る舞いは、神聖なる悪の化身=甘粕正彦に失礼千万、冒涜するもの以外の何ものでもないような気もします。世評は深読み・思い込みすぎているのかもしれません。
もともとこの役は、映画監督の大島渚にオファーがあったそうですが、もし実現していれば、彼の根源的なルサンチマンと類まれなるパトスによって、おそらく歴史的な、甘粕正彦本人も驚くほどそっくりの甘粕正彦が、いや、ひょっとしてもっと純化された甘粕正彦が出来あがって末代まで語り草になったかもしれませんが、残念ながらというか、当然ながらというか、作風=スタイルにこだわる大島渚ですから、そんなとんでもないべらぼうな犯罪者の役は引き受けられないということで断った結果、かの御仁に御鉢が回ってきてあの始末というわけです。
その点、2008年にテレビ朝日で放映された『男装の麗人・川島芳子の生涯』のなかで当時43歳の仲村トオルが演じた甘粕正彦には、その知的さ残忍さがよく出ていて、身震いしたのを覚えています。
そしてもうひとり、2003年のやはりテレ朝の『流転の王妃・最後の皇弟』での竹中直人はこのとき47歳、彼の持ち味が最大限に活かされたすばらしい凄まじいばかりの狂気が現出して出色でした。
あっ、あともうひとり忘れていました。2007年のテレビ東京『李香蘭』(李香蘭役は上戸彩)での35歳の中村獅童には、悪事のかぎりをつくした孤高の男の誰も理解できない孤独が滲み出ていて、歴史の表舞台で暗躍した悪党である彼は、実はいずれ歴史に裏切られ、犯罪的な歴史的人物として評価されることもおそらく承知していたような透徹した頭脳・精神の持ち主で、ただ、崇高なる軍国主義とか清く正しい軍国主義などというものは金輪際なく、軍国主義を生きる人間として徹底的に筋を通したら、人より数倍抜きんでてきわめて極悪人だったという感じが、まるで憑依しているかのように恐いほど出ていました。
レビュー登録日:2008年5月28日 -
この二日間ほど、頭の中は、大杉事件と満州でいっぱい。
甘粕のイメージを新たに浮き彫りにした一冊は
軍靴の足音の響く大日本帝国の歩みと一致し
空恐ろしいよう。
これはノンフィクション作家の業なのだろうが、
話はあちこちに飛ぶ(作家はそこが面白いのだろうけれど)
そこが自分の興味と合致すると、たまらない醍醐味。
ただし、全く興味がないと、これまたたまらない。
おりしも、東電OL殺人事件の裁判が問い直されている時期、
当時、世を騒がせたあの事件を丹念に追ったのもこの作家だった。
偶然の一致にぞわりとした。