精子提供: 父親を知らない子どもたち

著者 :
  • 新潮社
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感想 : 17
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  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104388035

作品紹介・あらすじ

「福音」なのか、「冒涜」なのか-AID(非配偶者間人工授精)を選択した家族、医師、精子提供者らに丹念に取材。決断までの夫と妻それぞれの葛藤、生まれた子に事実を告げる困難、そして"秘密"を知った時の子どもたちの衝撃。家族にとって最も重要なものとは何か、そして「科学技術」がもたらす幸福とは何かを問う力作ルポルタージュ。

感想・レビュー・書評

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  • 他人からの精子提供による生殖医療を題材にしたノンフィクション。
    テーマは良いし色んな立場でかかわる人たちに話を聞いて書こうとしていることは評価できる。
    しかし見方があまりにも単純。
    それぞれが自分の経験やイメージだけで語る感情がそのまま書かれているのみで考察が薄っぺらい。
    同じ状況に置かれた人への配慮や敬意が感じられないのがとても嫌だ。

    生殖医療は、ずっと密室の中で行われてきた。
    この密室をつくる圧力が、知らせないことこそが幸せ、「普通」の家庭をすることこそが誠実であると、家族を沈黙の中に沈ませてきた。
    近年、生殖医療で生まれた子供が発言しはじめて、ようやく社会は気づき始める。
    最大の当事者である子供を無視して、生殖医療が進められてきたことに。

    読み始めてしばらくの間、猛烈な嫌悪に襲われた。
    安全圏からああだこうだ言っているように見えた著者の書き方がまず嫌。
    な、つもりだったけど題材になっている人たちへの嫌悪を著者に転嫁してた。

    「苦しい立場の人を安易に叩いてはいけない」というのが私の中の絶対的な倫理としてある。
    しかし私の倫理は同時に「本能」や「血を残すため」に「子供を道具に使う親」を嫌悪する。
    だからそういう言葉を吐いちゃう親がものすごく嫌なんだけど批判するのも抵抗があって著者のせいにしたかも。

    親がメインの部分ではそんな葛藤にさいなまれていたけれど、精子提供者の言葉を見たらストンと落ちた。
    これは親だとか不妊だとかそれ以前に、単純にその人か嫌いだってだけでいいんだ。
    余裕のない状況だから醜さがあらわになってしまうってのはあるにしても。

    この本に出てくる精子提供者は、少なくとも私基準ではただのクズだ。
    自分のしたことの結果を考えず、できた子供の人生なんてまったく眼中にない、出しただけだから責任はないと思いこんでいる。
    だけど、このクズっぷりは別に提供者だからじゃない。この人だからだ。(以前海外ドキュメンタリーでみた別の提供者、多分この本にも事例としてでてくる人はまともだった)
    シャーレに出すか膣に出すかの違いだけで、責任感のないクズはどこにでもいる。
    セックスした女に責められれば「面倒なことになった」くらいは考えるけれど、匿名性に守られた精子提供では反省の機会がないってだけだ。

    他の部分も同じで、親の人もAIDでつくられた家庭も研究者もみんな、個々に欠点をもっているだけだ。
    土台がしっかりした家は嵐が来ても耐えられる。嵐から守ってくれる。
    土台がぐだぐだな家は風が吹けば倒れるし倒れれば中身を押しつぶす。
    「普通」とみなされない家族構成はそれ自体が「異常事態」だから、土台のまっとうさが問われる。
    この本の中にある関係性は『カミングアウトレターズ』http://booklog.jp/users/nijiirokatatumuri/archives/1/4811807251のちょうど逆なんだ。


    だから、「AIDだから」不具合があらわれるかのような書き方が気になる。
    見えた部分だけを取り上げて、それがすべてであるかのように書くのは危険だ。
    夫婦仲が冷え切っていた、ペットのように可愛がられた、親が向き合おうとしない...
    そんな不具合は、AIDだからじゃなくてその夫婦がしっかり向き合えないからだ。これはただの機能不全家族。
    不登校でも摂食障害でも借金でも病気でも、なにがしか問題が起こったらその夫婦はきっと同じように耐えられない。


    家族の中のAIDだけでなく、社会の中のAIDも同じように一方的に描かれる。
    たとえば「親のエゴ」を語る時、「法律婚をした異性夫婦の自然妊娠」以外のケースばかりがエゴを問われる。

    卵子や精子に希望をきくわけにはいかないから、子供なんて産むのも産まないのも親のエゴだ。
    問われるべきはそのエゴをどれだけ背負えるか。
    なのに「特別な形」(たとえば同性カップル、事実婚、不妊、独身者、遺伝病)の親だけが産むことの倫理を問われる。
    「誰が」「何を」エゴとみなすのかを掘り下げて考えてから書いてほしい。

    医療者らの話にもツッコミが足りない。
    コウノトリの領域はあると言いながら、不妊治療のゴールは妊娠ではなく“心身ともに健康な赤ちゃん”を授かることだと言っちゃう医師だとか。
    生殖医療にかかわる人が「子供は親を選んで生まれてくる」と言っているのもぞっとした。
    不妊カップルを相手にしてきてなんでそのセリフを吐けるのか。
    生殖機能と人間性が無関係だってことをわきまえるのは職務上必要最低限の倫理だろうに。

    木村利人は「いのちの問題というのは、自分が黙っていると、医療側に都合の良いように操作されてしまう。あるいは意図的に操作された社会の価値観や考え方に沿って、政治の専門家と称する人たちにいのちを操作されてしまう。しかし、そういう操作の本質を見抜き、自分のいのちは自分で決めることが重要なのです。(p169)と言う。
    でもその前のページでは同性同士で親になることが子供に理解できるのか、どこまで許されるのかとか書いてる。
    思いっきり操作されてんじゃん。
    根拠があるならまだしも同性カップルの子供を調べた研究結果を踏まえたものじゃない。当事者に話を聞いたことだってないだろう。
    これはただの社会の価値観や考え方に沿ったイメージにすぎない。


    親も関係者も子供もみんな安易に本能だのエゴだの倫理だのいいすぎ。
    子供は「AIDはやだ。ソースは俺!」でもいいけど、著者や医療者は根拠を示さなきゃだめだろう。
    イメージだけで黙らされてきたことを告発する本なのに、イメージだけで書かれているのはいかがなものか。

  • AIDと言う言葉はご存知でしょうか?
    私は寡聞にして本書で初めて知ったのですが、これは不妊治療の一つとして日本でも1948年から始まった医療行為の事で、無精子症などによる夫の不妊が原因で実子を持てない夫婦に対して、第3者の精子を使って子供を作ると言うものです。

    本書は、AIDによって生み出された子供たちが成長してひょんな切っ掛けからその事実を知り、衝撃を受けている事実の紹介から始まり、なぜそのような衝撃を受けるのか、AIDを受けた夫婦の治療時の経験や治療後の夫婦仲・家庭の様子、アメリカ、オーストラリア、ヨーロッパ諸国など諸外国におけるAIDに関する事柄(AIDで生み出された人の苦悩、AIDに関する社会制度など)、AIDを受けない場合の選択肢(養子、子供のいない夫婦になる)等について、7年越しの豊富な取材で知り得た具体例に基づき、読者にわかりやすく解説している一冊です。

    私は自分が男性と言う事もあってか、本書を読み始める前には、

    自分の不妊が原因でAIDを受けた男性が、男性として否定されたような気持ちになることや、他の男性の精子で妻が妊娠することへ抵抗感を抱くこと。
    しかし、妻を失う事への恐怖や妻に対する負い目からその気持ちを口にするのがはばまれる事、生まれてきた子供が成長するにつれ疎ましく感じられる様になると言った事があるのだろうなと、なんとなく想像していました。

    確かに本書内にはこの様なケースも多く見られたのですが、夫婦仲が破綻寸前になっていない家庭においても、子供たちは何となく違和感を抱いたり、親が何かかくしていると感じていたりしており、また、親がひた隠しにしてきたAIDと言う事実が、両親の離婚や病気など、子供に大変な負担がかかっている時に明らかにされると言う二重苦に晒される事も解説されています。

    特に印象に残った内容は

    AIDによって生み出された子供は、「自分と両親は血がつながっている」と言う認識をもとに長年に渡って人格を作り上げてきた。
    しかし、成人してからAIDの事実が明らかにされた事により、自分の人格形成の土台がまがい物であったと感じ、更に自分の人格やこれまでの人生全てが偽物であるかの様にも感じてしまう。
    そしてこの苦悩は周囲にそして親にも理解してもらえず、更に苦悩を深める。

    AIDは不妊を解決するものではなく、不妊を隠す為の技術として使われている。

    大切なのは親子間の強い信頼関係。
    出生の事実の隠蔽はこの信頼関係を大きく損ねる為、子供が成長してからAIDの事実を打ち明けるのは望ましくなく、子供が幼い頃からAIDの事実と「あなたはお父さんとお母さんが望んで生まれてきたのよ」と言う事をきちんと伝えることが重要。

    と言った所でしょうか。

    これ以外にもドナーの身元を明かにする必要性や諸外国でのドナー情報提供の動き。
    そして日本でも医療関係者やAIDを受けている(あるいは検討している)夫婦の中にも子供たちへのAID告知の必要性への認識が広がっていっている様子などが紹介されており、AIDだけに止まらず、不妊治療全般について深く読者に問いかける内容でした。


    不妊治療とは単に妊娠出産を手助けするものではなく、その本当の姿は家庭の創造を手助けすること。
    この視点が抜けた不妊治療は良い結果には結びつかない。

    その様に思いながら読了。

  • HONZより。

     精子提供、自分も精子バンクに精子提供したら自分の遺伝子をたくさん残せるのかな、、なんて簡単に考えたことはあるが、確かにその子供たちがどう思うのか、今の自分の家族がどう思うのか?という発想に欠けた、安易な考え方だったことに、この本を読むと気付かされる。

     夫の無精子症などにより、他人の精子を使った不妊治療は、遺伝的な父親を知らない子供たちを生みだした。そして、育ての親とは別にどうしても遺伝的な父親を探してしまう、それは、切実な、父親を知りたい!という気持ちの問題だったり、引き継いでしまった遺伝病の解明のためだったりする。

     解決手段としては、父親を知る権利を与えること。
    そうだね、いろいろあるけど、少なくとも、隠し事はなし、だよね、家族の中では。

     

  • 晩婚化も一因か、なかなかお子さんが出来ないカップルの比率が上昇中。対応の一つにAIDがあり、古くから行われているって事は意識していなかった。この事実を子供の目から見た本。センセーショナルに書いて有るので、AIDに反対しているかと思うと、主旨はどうも事実を隠蔽してはいけないと言うこと。
    子供の目線でとらえるとまた、AIDと養子縁組って大きく違うんですね。この種の問題って難しいですね。たまたま今日、人間ドックを受診しました。問診時に祖父母まで遡っての病歴を聞かれた。この手の質問って、辛いですね。

  • 2019/03/14

  • 歌代幸子
    うたしろゆきこ。ノンフィクションライター。1964年新潟県生まれ。学習院大学文学部卒業後、出版社で女性誌などの編集を経て独立。ノンフィクションライターとして活躍。人物ルポルタージュを主に、スポーツ、教育、事件取材などを手掛ける。著書に『音羽「お受験」殺人』『精子提供――父親を知らない子どもたち』(いずれも新潮社)、『スポーツ選手 増田明美』(理論社)、『パパ力、はじめよう!――子どもで人生変えた男たち』(オレンジページ)、『一冊の本をあなたに――3・11絵本プロジェクトいわての物語』(現代企画室)。近著に『慶應幼稚舎の流儀』(平凡社)。

  • 申し訳ないけど、AID児の立場に立って考えることができなかった。両親が子を望んで、でも生殖能力がないならそうするしかないじゃない。
    精子提供者の情報を知ってしまったら、それこそ遺産相続とかトラブルの元になると思う。
    両親が子に話すかはその家庭の考え方次第だけど、私は匿名であるべきだと思う。

  • 子供が生まれるというのは当たり前のことではないし、色々な家族の形がある、と気付いた。
    長期に渡る丁寧な取材が素晴らしい。
    これまで知らなかった世界ばかりで、自分だったらどうするだろうと考える機会になった。

  • 土屋隆夫の有名作品でよく使われるモチーフだけど、現実では果たして…。

    AIDとは無精子症など男性不妊に対する生殖医療の手段で、非配偶者の精子を使った人工授精のこと。そうして生まれた子供が主に成人後自らの出自を知り、現行制度では生物学上の父親について知るすべがないため苦悩する姿から、男性不妊に起因する不妊に苦悩する夫婦や、精子を提供した元慶應医大生から、不妊治療を諦めた夫婦、養子縁組制度(5人も!)を選んだ夫婦、医学界でも様々な現状の問題に奔走する方々へのレポがバランス良く章ごとにまとめられている。

    これ、良く書けているノンフィクション(ルポタージュ)だと思うけど、作者が既婚子持ちの女性ということで、「他人事間」が気になった。鼻につくとまでは言いませんが。書き手の中立性は大事だけど、もっと熱い筆致でもいい。星一個減点です。

    男性が書き手だったら書き方や読後感が随分違っていたような気がする。私が男だからかも知れないが。もう少し書き手の怒りや個人的意見や提言や主張が前に出てもいいんじゃない? 

    それにしても、AIDを始めた慶應大学病院や以降の他の病院のやり方はひどいな。不妊に悩む夫婦にしろその子供へのメンタルケアにしろ。慶應系医療従事者へもっときついツッコミが聞きたかった。

    読んでいて腹立たしいのが、法整備が余りにも杜撰なこと。少子化対策が話題になって久しいのに。この本が出た後で国会審議や医学界では「出自を知る権利」への対策は進んだのだろうか? 

    海外ではちゃんと父親が誰か開示請求が出来るようになった国もあるらしい。日本国内でももっとこの本の中で苦悩する人々へのケアが論議されるべきだろう。

    最後の方では家族の在り方や子供を持つこととは何かへと話が大きくなって行く。ここら辺の書き方はあっさり。

    女性不妊に比べ男性不妊は研究が進んでいないそうだが、女性不妊症についても自分は知らないなあと思わされた。私が独身のせいもあるが。最近は「ブライダルチェック」という言葉も知られて来たけど、結婚前に男女共に不妊症でないか調べることは大切なことなのですね。

    この本と合わせて、ちょっと違った観点からか書かれた小堀善友さんの『泌尿器科医が教える - オトコの「性」活習慣病 (中公新書ラクレ)』もオススメです。もっと男性側の苦悩が生々しくもユーモラスに書かれてます。

  • 8月新着

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著者プロフィール

ノンフィクションライター。1964 年新潟県生まれ。学習院大学文学部卒業後、出版社で女性誌などの編集者を経て、独立。人物ルポルタージュを主に、スポーツ、教育、事件取材等を手がける。『アエラ』の「現代の肖像」で「末盛千枝子」を執筆。著書に『私は走る―女子マラソンに賭けた夢』『音羽「お受験」殺人』『精子提供 父親を知らない子どもたち』(いずれも新潮社)など。

「2013年 『一冊の本をあなたに』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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