精子提供: 父親を知らない子どもたち

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104388035

感想・レビュー・書評

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  • 他人からの精子提供による生殖医療を題材にしたノンフィクション。
    テーマは良いし色んな立場でかかわる人たちに話を聞いて書こうとしていることは評価できる。
    しかし見方があまりにも単純。
    それぞれが自分の経験やイメージだけで語る感情がそのまま書かれているのみで考察が薄っぺらい。
    同じ状況に置かれた人への配慮や敬意が感じられないのがとても嫌だ。

    生殖医療は、ずっと密室の中で行われてきた。
    この密室をつくる圧力が、知らせないことこそが幸せ、「普通」の家庭をすることこそが誠実であると、家族を沈黙の中に沈ませてきた。
    近年、生殖医療で生まれた子供が発言しはじめて、ようやく社会は気づき始める。
    最大の当事者である子供を無視して、生殖医療が進められてきたことに。

    読み始めてしばらくの間、猛烈な嫌悪に襲われた。
    安全圏からああだこうだ言っているように見えた著者の書き方がまず嫌。
    な、つもりだったけど題材になっている人たちへの嫌悪を著者に転嫁してた。

    「苦しい立場の人を安易に叩いてはいけない」というのが私の中の絶対的な倫理としてある。
    しかし私の倫理は同時に「本能」や「血を残すため」に「子供を道具に使う親」を嫌悪する。
    だからそういう言葉を吐いちゃう親がものすごく嫌なんだけど批判するのも抵抗があって著者のせいにしたかも。

    親がメインの部分ではそんな葛藤にさいなまれていたけれど、精子提供者の言葉を見たらストンと落ちた。
    これは親だとか不妊だとかそれ以前に、単純にその人か嫌いだってだけでいいんだ。
    余裕のない状況だから醜さがあらわになってしまうってのはあるにしても。

    この本に出てくる精子提供者は、少なくとも私基準ではただのクズだ。
    自分のしたことの結果を考えず、できた子供の人生なんてまったく眼中にない、出しただけだから責任はないと思いこんでいる。
    だけど、このクズっぷりは別に提供者だからじゃない。この人だからだ。(以前海外ドキュメンタリーでみた別の提供者、多分この本にも事例としてでてくる人はまともだった)
    シャーレに出すか膣に出すかの違いだけで、責任感のないクズはどこにでもいる。
    セックスした女に責められれば「面倒なことになった」くらいは考えるけれど、匿名性に守られた精子提供では反省の機会がないってだけだ。

    他の部分も同じで、親の人もAIDでつくられた家庭も研究者もみんな、個々に欠点をもっているだけだ。
    土台がしっかりした家は嵐が来ても耐えられる。嵐から守ってくれる。
    土台がぐだぐだな家は風が吹けば倒れるし倒れれば中身を押しつぶす。
    「普通」とみなされない家族構成はそれ自体が「異常事態」だから、土台のまっとうさが問われる。
    この本の中にある関係性は『カミングアウトレターズ』http://booklog.jp/users/nijiirokatatumuri/archives/1/4811807251のちょうど逆なんだ。


    だから、「AIDだから」不具合があらわれるかのような書き方が気になる。
    見えた部分だけを取り上げて、それがすべてであるかのように書くのは危険だ。
    夫婦仲が冷え切っていた、ペットのように可愛がられた、親が向き合おうとしない...
    そんな不具合は、AIDだからじゃなくてその夫婦がしっかり向き合えないからだ。これはただの機能不全家族。
    不登校でも摂食障害でも借金でも病気でも、なにがしか問題が起こったらその夫婦はきっと同じように耐えられない。


    家族の中のAIDだけでなく、社会の中のAIDも同じように一方的に描かれる。
    たとえば「親のエゴ」を語る時、「法律婚をした異性夫婦の自然妊娠」以外のケースばかりがエゴを問われる。

    卵子や精子に希望をきくわけにはいかないから、子供なんて産むのも産まないのも親のエゴだ。
    問われるべきはそのエゴをどれだけ背負えるか。
    なのに「特別な形」(たとえば同性カップル、事実婚、不妊、独身者、遺伝病)の親だけが産むことの倫理を問われる。
    「誰が」「何を」エゴとみなすのかを掘り下げて考えてから書いてほしい。

    医療者らの話にもツッコミが足りない。
    コウノトリの領域はあると言いながら、不妊治療のゴールは妊娠ではなく“心身ともに健康な赤ちゃん”を授かることだと言っちゃう医師だとか。
    生殖医療にかかわる人が「子供は親を選んで生まれてくる」と言っているのもぞっとした。
    不妊カップルを相手にしてきてなんでそのセリフを吐けるのか。
    生殖機能と人間性が無関係だってことをわきまえるのは職務上必要最低限の倫理だろうに。

    木村利人は「いのちの問題というのは、自分が黙っていると、医療側に都合の良いように操作されてしまう。あるいは意図的に操作された社会の価値観や考え方に沿って、政治の専門家と称する人たちにいのちを操作されてしまう。しかし、そういう操作の本質を見抜き、自分のいのちは自分で決めることが重要なのです。(p169)と言う。
    でもその前のページでは同性同士で親になることが子供に理解できるのか、どこまで許されるのかとか書いてる。
    思いっきり操作されてんじゃん。
    根拠があるならまだしも同性カップルの子供を調べた研究結果を踏まえたものじゃない。当事者に話を聞いたことだってないだろう。
    これはただの社会の価値観や考え方に沿ったイメージにすぎない。


    親も関係者も子供もみんな安易に本能だのエゴだの倫理だのいいすぎ。
    子供は「AIDはやだ。ソースは俺!」でもいいけど、著者や医療者は根拠を示さなきゃだめだろう。
    イメージだけで黙らされてきたことを告発する本なのに、イメージだけで書かれているのはいかがなものか。

著者プロフィール

ノンフィクションライター。1964 年新潟県生まれ。学習院大学文学部卒業後、出版社で女性誌などの編集者を経て、独立。人物ルポルタージュを主に、スポーツ、教育、事件取材等を手がける。『アエラ』の「現代の肖像」で「末盛千枝子」を執筆。著書に『私は走る―女子マラソンに賭けた夢』『音羽「お受験」殺人』『精子提供 父親を知らない子どもたち』(いずれも新潮社)など。

「2013年 『一冊の本をあなたに』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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