いつか、この世界で起こっていたこと

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著者 : 黒川創
  • 新潮社 (2012年5月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104444052

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いつか、この世界で起こっていたことの感想・レビュー・書評

  • 4年前の東日本大震災の鎮魂の意を込めて「震災後文学」短編集を紹介します。こちらは数々の文学賞を受賞する日本現代文学の気鋭、黒川創が描く短編作品群ですが、「3.11」を直接に扱った収録作『波』では震災後メディアに乗った多くの感傷的ドラマとは全く別次元の想像力から編まれており「もう読み続けられない」と目を瞑ってしまいたくなるような「いつか、この世界で起こって」しまった「現実」を正面から描き切っています。一方で「チェルノブイリ」後ベラルーシでのキノコ狩りの逸話から始まる『チェーホフの学校』では、強制収容所時代ソ連の詩人アンナ・アフマートヴアの力強い言葉で締め括られます。その言葉は同じく悲惨な事実をくぐり抜けたアドルノの有名な「アイシュビッツ後、詩を書くことは野蛮だ」の感傷を微笑でもって拒否するかのようであり、また作者自身の力強い決意宣言にも聞こえます。是非その言葉を探してみてください。

  • 2015.4.13読了。
    ブクログのおすすめで見つけて、震災や原発事故がテーマになっているということで興味を持った。
    久しぶりに、「文学」作品を読んだ!と感じるくらい、読みごたえがあった。分かりやすい感動はないものの、すでに風化しかかっている原発事故や、震災についてとても考えさせられた。
    戦争や、チェルノブイリにまつわる話もあり、ロシア文学に関する話題もあり、無知な私にはかなり難解だったものの、心を揺さぶられる台詞がいくつもちりばめられていて、飽きることなく読み終えた。
    よくある、震災や戦争の経験を美化する物語ではないので、読んでいて辛く感じる部分もある。けれど、タイトル通り、いつかこの世界のどこかで起こっていたこととして、胸に刻んでおきたい物語だと感じた。

  • 声高に昨年3月のあの震災や津波、あるいは原発事故による放射線被害という一連の出来事を語るわけではなく、それらとは遠くはなれた時代や場所での出来事を通して、ゆるやかに「あの日々」を思い起こさせる物語が6つ並んでいる。

    物語の語り口の穏やかさの陰で、悲惨なことを忘れ去ってしまうことの怖さ、この日常があの日から続いているのだと言う事実を突きつけられる思いにかられる。

    ここに収録された作品の多くには本筋とはあまり関係のない作中話が挿入され、その時代と場所を越えた重層構造が物語を一見とらえ難いものにする。まるで関係のない時間軸で紡がれるいくつかの物語が、読み手の心のどこかで焦点を結ぶとき、実に印象深いものになるのだ。

    それらはロシアの森できのこ狩りをするチェーホフの人生だったり、エルヴィス・プレスリーの生い立ちだったり、関東大震災時に鎌倉で起きたある作家の津波被害による死であったりする、、、

  • 純文学。
    原発・原発事故、3.11震災がテーマの短編集。

    「波」はそのままズバリ、3.11の震災...津波...そのときの家族が描かれていた。全然お涙頂戴じゃないのに、感傷もなく、淡々と描かれているのに。「読んでてこんなにツライのに、でも読み続けてしまう」・・・そんな数少ない、上質な短編です。
    これだけでも読むべき。

    引用はほぼ「チェーホフの学校」から。(逆にこちらのほうが感傷的、)
    この2編だけで☆5つ、他はあまり好きじゃなかったので、
    ちょっと考えて☆4にしました。

  • 「チェーホフの学校」
    登場人物の誰に重点が置かれているのか
    今一つ分からなかったけれど
    キノコ狩りについて知ることができたし
    チェーホフを再読したくなった。
    「神風」で語られる
    「クロアチア」・「ドゥブログニク」そして
    「福島」この小説に出会えてよかったと
    読後に思えた。
    「橋」は、この本のタイトルにピタリとはまった。

  • <閲覧スタッフより>
    様々な登場人物が描かれる多彩なエピソード。それらは震災や原発事故の記憶へと静かに繋がってゆく。悲しみとやり場のない苛立ちのなかに、たとえ世界が変わってしまっても私たちは生きるんだ、という小さな光が射す物語です。

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    所在記号:913.6||クロ
    資料番号:10214136
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  • 上質の文学作品。
    震災後に書かれた短編集で、
    津波や原発に触れる内容でした。
    センシティブな問題なので、
    捉え方は人それぞれだと思います。
    右か左かでしか物事が判断されかねない
    今日にあって貴重な一冊では無いでしょうか。
    「波」「泣く男」辺りが個人的には好みでした。
    面白い物ではありません。
    著者の思索の深さに着いていくのがやっとでした。

  • 今年3月30日下北沢B&Bイベント「震災後文学」
    http://bookandbeer.com/blog/event/20140330_a_ssd/
    にて著者本人も登壇もされていて、そのイベントて紹介されていた本作。

    「震災後文学」とはなんぞや?の解として「震災とあの事故を無きものとしては扱えない時代の文学」と登壇者の批評家仲俣暁生氏が定義されたように、本作品もその困難な時代だからこその、したたかさを持った作品たちです。

    3.11を直接に扱った収録作『波』は、震災後メディアに乗った多くのお涙頂戴式BGMの中での体験伝聞の感傷消費とは全く別次元の想像力から編まれており、読み切った後で「もう読み続けられない」と目を瞑ってしまいたくなるような「いつか、この世界で起こってしまった」切実さに満ちており、真っ直ぐに痛い。

    にも関わらず、チェルノブイリ後のベラルーシでのキノコ狩りの逸話から始まる『チェーホフの学校』では、強制収容所時代ソ連の詩人アンナ・アフマートヴアの力強い言葉(それはまた作家自身の)で締めらる。その言葉は同じく悲惨な事実をくぐり抜けたアドルノの有名な「アイシュビッツ後、詩を書くことは野蛮だ」の感傷を微笑でもって拒否するかのようです。

    非常に射程距離の長い作品集ではないでしょうか。

  • 図書館の今日返ってきた本のコーナーにあり、キノコの絵からあ、原発関連かな?と思い借りました。短編が5篇、様々な人々との原子力爆弾との関わりが綴られていました。少し読みにくい話もありましたが、総じて思ったのは人間が作ったもので人間が翻弄されているなっていうこと。私たち人間はホント、愚かな生き物なのかもしれません。

  • ダイレクトに大震災と原発事故を意識した短編小説集。

  • 世界が変わり、森が変わっても、人びとは生きる。震災後に生きる人たちを小さな光で導く、深い思索にみちた連作短篇集。「うらん亭」「泣く男」など全6篇を収録。

    原発や原爆に何らかの関わりのある短編が並ぶ。久しぶりに上品な純文学を読んだ気がしたが、正直言ってやや退屈だった。私の純文学を読む知性・感性が鈍ってきているのだとしたら問題かも。
    (C)

  • 放射能と津波と地震をめぐる6つの物語。すべて3.11後に書かれている。
    叙情的な「お話」でなく事実と現実に狂言回しとして架空の登場人物が配されているために、そのすべてが普遍的な静かな力を持っている。

  • これほど鮮烈で濃密な読書体験はひさしぶりのことだった。震災以降に書かれた小説のなかで、この先も、これを越えるものは出てこないのではないだろうか。

    3.11、すなわち震災と事故を起点として描かれた6つの短編は統一された物語があるわけでなく、設定も人称もトーンもヴァラエティに富んだ連作短編なのだが、そこにはすべて、作者の深く鋭い思索と静かだが揺るぎない主張が太く貫かれている。あの日から世界は180度変わってしまった、との物言いをよく目にするが、果たして本当にそうなのだろうか、そう断じることで、どこか遠い世界の昔ばなしのようになってしまわないか、そんな疑問を抱えたまま、作者は〈記憶〉を巡る旅に出る。ベリングハムで、鎌倉で、サラエヴォで、過去に、未来に、時間はみな等しく流れ、あの日、〈2011年3月11日午後2時46分〉に接続する。そのときはじめて、3.11を他人事ではなく、いまを生きるわたしたちの切実な現実として実感できるのではないだろうか。

    まもなく震災から1年9か月。薄れかけた意識を呼び戻すためにも、広く読まれるべき一冊だと思う。

  • ストレートに震災を描いているわけではなく、静かな筆致でじんわりと心に残る短編集です。
    どの話もどこかで震災、津波、原子力に繋がっていて、被災された人、直接に被災はしなかった人、3.11を迎えたひとりひとりにそれぞれの暮らし、人生があったことをあらためて感じさせられました。

  • 凄まじいスピードで、自分の中で地震が風化して行く。そんなことを自覚した本でした。
    地震が起こった時、ある作家が現実の前に小説のできることは…みたいなことを書いていたけど、できることなどいろいろあって、いかに生々しいエピソードで、地震に備えようという気にさせるかということもあると思う。
    地震をテーマにはしているけど、ああいう未曾有の大災害の時の小説の力こそがこの作品の裏テーマのようにも思ったり。

  • あの2011.3.11の震災の日、
    おこっていたかもしれないこと

    車の中で、お母さんと子どもがしりとりをするシーン
    船で流されて、白鯨のメルビル船長の船と会うシーン
    2階に取り残された姪と叔父のシーン
    これが印象に残っている

  • 東日本大震災から想起される「地震」「津波」「原子力」をテーマに、その時そこで生きていた人々に起こったことを、史実を絡めながら著者の想像力で物語にした連作短編集。

    まず、とても構成が凝っていて、一瞬エッセイか?と思うような作品もある。また、登場人物の関わりから少しずつ歴史上の事実について触れるという語り方で、非常に抑えた筆致に終始しており、どれもみな、歴史の上では事実はこうだったが、でも実際にそこにいた人々には、暮らしがあって、家族があって、ひとりひとりにいろいろな思いがあって、その時はこんなふうに生きていた、というプロットになっている。

    それ自体は、たとえばチェルノブイリの事故であったり、ボスニアの内戦であったり、関東大震災であったり、直接の経験者でない限り、例えば被害者が何十万人だとかこういうことが起きたとか、悲惨な過去の事として理解しているつもりの事柄ばかり。
    でも、そこにはやはり、10万、20万という数字ではなく、その裏に隠されたひとりひとりの人生があったのだという事実が突きつけられる。
    しかも、それが決して強硬にこちらに思索を迫るのでもなく、ただ、静かに淡々と語られていく。

    当事者と、それを情報として伝えるメディアと、それを知る周囲の、または他国の人々と、何を見、何を聞き、何を考え、何を感じるか。
    ある意味、そのどれもが真実でどれもが真実ではない。その主体にとっての真実でしかなく、立っている位置が違えば見えるものも違う、その怖さ。
    サハリンの話や、エルヴィス・プレスリーの履歴を通してみるアメリカ、ボスニアの内紛、チェルノブイリ、そして東日本大震災。
    果たして、私たちはその一体何を知っているのだろう。

    初めのうちはあまり好きになれなかった著者の文章であったが、読み進むにつれて強い感動を覚える、深い示唆に富む一冊。
    他の作品も読んでみたいなあ。

    蛇足。
    「チェーホフの学校」でロシア人のキノコ狩りの話が出てくるが、ロシア人は本当にキノコが好きらしい。休日に家族でキノコ狩り、なんていうのは最もポピュラーな家族レジャーの一つだそうだ。この前読んだ「完全なる証明」でも、ポアンカレ予想を解いたペレルマンが、今やキノコ狩りで隠遁生活送っているとあったし、う~ん、なんだっけな、何かのロシアの本でもキノコ狩りについて書かれてあったのを読んだ気がする。写真も載ってた。
    (最近、ロシア関連本をたくさん読んでいるので、どれだったか忘れてしまった。)
    チェーホフ短編集が新しく編纂されて出たやつも読みたいと思っていてチャンスがなかったが、今度こそ読んでみよう。
    そして、厨川白村の話が気になり、蝶子夫人の手記が読みたくなったが、どうも本にはなっていない様子…。残念だなあ~。

  • 不思議な静さで、原発事故に関わるエピソードが続いていく。その静けさの中に、放射能が音もなく影を落とす。この放射能を見たくなければ見ずにすむが、影響からまぬがれることはないと、考えさせられる。

  • 3.11がテーマ。
    黒川さん初めて読みました。
    他の本も読んでみたい。

  • 短編集。
    1、うらん亭‥震災のニュースを聞きながら、叔父さんを思い出す
    2、波‥東北大震災のある家族、アザラシの上に乗って
    3、泣く男‥プレスリーと原爆を研究するミチオさん
    4、チェーホフの学校‥キノコ狩りに出かけるチェーホフ
    5、神風‥サラエヴォの女性シンガーが福島の地震で故郷へ
    6、橋‥関東大震災の津波で亡くなった厨川白村

    現在と過去とそしてたぶん未来もが、とりとめもなく浮かび上がってくるままに綴られたような感がある。それが地震とか原発とかに触発されつつも、そこには営まれる日常がある。そして、切り取られた日常、あるいは思い出や記憶が、恐い物として差し出されている。

  • 新潮社装丁室(黒田さん)

    きのこの装画に惹かれて。

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いつか、この世界で起こっていたことの作品紹介

ベラルーシのきのこ狩りは、74,000ベクレル/m2以下の森で-。かつてきのこは、あらゆるスラヴ料理の母だった。犬を連れ、白樺とモミの林にきのこ狩りにでかけていたチェーホフ。1977年のエルヴィスの死と、アメリカ核施設見学ツアー。内戦のユーゴを離れ、日本で暮らしたサラエヴォの女性シンガー。関東大震災の津波で生死を分けた鎌倉の文学者夫妻。世界が変わり、森が変わっても、人びとは生きる。震災後に生きるわたしたちを小さな光で導く、深い思索にみちた連作短篇集。

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