未見坂

著者 :
  • 新潮社
3.76
  • (22)
  • (37)
  • (36)
  • (5)
  • (0)
本棚登録 : 215
感想 : 41
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (245ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104471041

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 9編の短編集。
    誰かの日常を覗いた様なそんな話の数々だが、やはり文章が素晴らしい。

    優しい中にもヒヤッとする場面があったり、終わりもあれっ?な話もありつつなんとなく繋がっている事もだんだんわかってきたりして面白い。
    日本のどこかでこんなことあるのかなぁ〜と思ってしまう。
    プリンと消毒液がよかった!

  • 短編。

    田舎町。
    年老いて行く街の人たち。家庭の事情で一時的に田舎の親戚の家へと身を預ける子供。
    開発が進んで行こうとしている最中。移りゆく時代と共に。

    友達と見た鉄塔。
    部下に物をあげずにはいられない上司。
    祖母の家で見た父との夢。
    床屋での噂話。
    幽霊バスの思い出。
    プリンと親族のこと。
    入院中の母の代わりに店番をするようになった友達の姉。
    父の職場の部下と街の変化。
    叔父の家で過ごす夏。

    途中から似たような地名?やら噂話に、ああこの短編は繋がりがあるんだとやっと気づいた。

    哀愁漂う感じの、優しい雰囲気。

    落ち着いている文章は、大人向けだよね〜。

    中学の時に読もうとして挫折したことがあるけれど、私もこんな成熟した小説を読めるようにったんだね…しみじみ)^o^(

  • 堀江敏幸の書くものには、フランス帰りの学究肌の作家らしいちょっとした小道具がどこかにさり気なく用意されていて、作品のアクセントとなるようなところがあった。その作風に変化が見られるようになったのは『雪沼とその周辺』あたりからだったろうか。『雪沼とその周辺』は、都会にはない落ち着ける居場所を得て慎ましやかに生きる人々を主人公に据え、静謐な世界を作り上げることに成功していた。ただ、その舞台が、どことなくバタ臭く感じられるところに、それまでの堀江敏幸らしさが色濃く残っていたものだ。

    今回の『未見坂』の背景となっているのは、山林が切り開かれて宅地に変わりつつある、現代の日本ならどこにでも転がっていそうなありふれた地方都市である。それにまず意表をつかれる。設定が妙にリアルなのだ。冒頭に置かれた「滑走路へ」には、「四人乗りのセスナ一七二型スカイホーク」や、少年のアルミの水筒に対するこだわりにこの作家らしさを感じとれはするものの、二篇目の「苦い手」に登場するのは電子レンジ。その後に出てくるのは、「なつめ球」だの、走れなくなったボンネットバスだの、ぱっとしないものばかりで、なんだか堀江敏幸ではないような、落ち着かない感じをはじめのうちは感じたのだった。

    音楽に倣って繰り返し登場するものを仮に主題と呼ぶなら、主題は母子家庭か。九篇の短篇はそれぞれが主題とその変奏である。冒頭の一篇を除いて母親は不在。厄介ごとを抱えた母親は夏休みの間、息子を親元に預ける。物わかりのよい息子は、黙って休暇を田舎の親戚の家で過ごす。少年を見てくれるのは老母であったり、おじさんであったりいろいろだが、本来自分の居場所ではない場所にいなければならないという設定は共通している。

    往年のフランス映画であれば、夏休みを田舎で過ごす少年は黄金色の日光の下、小麦色に日焼けした金髪の少女に推ない恋をしたりするのだろうが、現代日本の田舎にあるのは土地の利権にからんだ口さがない噂話や老人の怪我や病気といったさえない話ばかり。しかし、そんなありきたりの話を素材にしながらも、思いがけず田舎暮らしを余儀なくされた人々の日々の暮らしをユーモアのある語り口ですくい取り、時にはミステリアスな切り口で、田舎町の日常に潜む闇を垣間見せる作家の腕の冴えは相変わらず確かなものだ。

    母子家庭という主題は、父の不在を象徴している。登場する父親像はどれもみじめで醜悪ですらある。母親も生きるのに必死で子を守る役割を果たせない。家族は解体され、帰るべき故郷は開発の波で荒れようとしている。高齢化社会や福祉、環境問題も視野に入れながら作家が描くのは、確たる論理に従って進むべき道を示す「父」を欠いた現代の日本社会の縮図である。しかし、作家は社会を告発してすませるわけにはいかない。どんな世界であってもそこに人間が生きている以上、人それぞれの生き方というものがある。人が世界をどう感じ、どう生きていくかを描くことが仕事なのだ。

    自分の思い通りに人生を切り開いてきたと豪語する人は別として、多くの人は何かしら自分の意志ではない力によって今の居場所にいる。それを嘆くでもなく、かといって運命だと諦めるのでもない。その中で他者との出会いを静かに受けとめ、日々をしっかりと生きること。人が生きることの中にある切ないようでいて凛とした気組みのようなものが伝わってくる。何度でも読み返したくなる、地味ではあるが滋味豊かな短編集である。

  • 未見坂という坂がある街に住んでいる人々を描いた短編集。

    「少年」が主人公のいくつかの短編以外はすべて「○○さんは」という三人称で進む。

    この距離を置いた主語にかすかなたくらみを感じる。

    少年の視点は少年の視点。見える部分はとても限られていて、でも大人にはいろいろあって街も時間も流れていく、という雰囲気がこのどくとくの人称と構成で浮き彫りになっているように感じた。

    作品全体を通して、このような表現で描かれた物語を読んだことが無かったのでとても感心した。

    ものすごくよかった。

    好き嫌いとか血縁とか友達とかそれだけじゃはかれない人と人の距離の温かみやえぐみが描き出されていた。

  •  図書館で見かけるとなぜかつい手に取ってしまう堀江敏幸氏。読み始めると、中学生の頃、背伸びして村上春樹氏の作品を読んでいたときのような落ち着かなさというか、自分自身の未熟さを痛感して怯んでしまうのだけれど、そのちょっと無理をしているような心もとなさがどうも病みつきになっているようで、今回も懲りずに借りてしまった。前に読んだ『燃焼のための習作』は、作品が持つキーンと研ぎ澄まされたような静謐な空気感に耐え兼ねてところどころすっ飛ばして読んでしまい、読了後にどうしてももったいないような気持ちに陥って慌てて読み直す、という阿呆なことをした。今作は短編集なので、好きだなあと思うものはじっくりと、そうでもないものはさらっと読んだ(要するにまたところどころすっ飛ばしている)。

     最後の『トンネルのおじさん』がすごく好き。家庭に生じた不具合の解決のため、夏休みのあいだ田舎の親戚に預けられた少年。突然現れた家族以外の大人と同じ時間を過ごす中で、いつもとは違う日常に気付けば没頭している。大人が気を遣って何か特別なことを用意しなくても、子どもは勝手にいろいろなことを感じて、考えて、成長していくんだなあと。私も幼い頃の記憶として実感があるけど、田舎のおじちゃんとかってほんとなんもしないよね。ただ一緒にいるだけというか。その中でなんか勝手にやっとけよ、っていう態度に最初はめっちゃ戸惑うんだけど、そのうち慣れてくると、大人に構わることなくぽんとそこにいるだけの状態が不思議と心地良くなってきて、周りの謎の大人たちをじっと観察してみたり、くっついて回ってみたり、そのうち鬱陶しがられたりして、でもなんか本気で嫌がっているわけじゃなさそうだぞ、まだ大丈夫だな、みたいな。それでそんな生活に慣れてきた頃に突然また親が迎えに来たりして、家に戻るとまたあらゆる方向からこれでもかってほどに構われる生活が再開して、まあ明確にやるべきことや答えるべき質問があって楽っちゃ楽なんだけど、面倒っちゃ面倒だな、みたいな。子どもながらにそういう感覚があったような気がする。

     あと堀江さんの作品が好きな理由のもう一つが、フォント。この本も良かった。これで書けば私のしょうもない駄文なんかもわりあいそれなりの感じに仕上がるんじゃないかと思うくらい、本当に素敵なフォント。

  • 未見坂にまつわる短編集。
    相変わらず文章が綺麗ですてき。

  • 連作短編集。私にとっては読みにくい彼の文章ですが、ゆっくり丁寧に読めば、その情景や雰囲気をしっかり感じ取れます。とくに大きな事件も起こらずに、淡々と紡がれる人々の暮らしが、とても身近に思えます。

  • 『雪沼とその周辺』に連なる短編集。
    日本の小説なのに、日本のことを描いているのに、どうしてだか、堀江先生いの小説にはヨーロッパの香りがします。

  • 雪沼的な、坂のある町の様々な人生。そういえば手作りプリンを習ったのが雪沼の料理教室だというから、同作の姉妹編だろうか。
    心に残るのは電子レンジを上司にもらった、肥満の独身男性。右手が苦手だという彼が、電子レンジ(使い方云々ではなく存在そのもの)と格闘する。温かいけど何か冷たい感じの町で、彼の行く末さえ悲しく浮かび上がらせる話だった。そう、たかが電子レンジなのに。それにしても、抜き差しならぬ話し合いをする夫婦が田舎に子供を預ける、という話は常に子供か第三者から語られるせいもあるが、遠いお伽話のよう。世の中には私が知らないだけで、そうして抜き差しならぬ話をしている人が実は結構いるのだろうか。

  • 橋本紡の「いつかのきみへ」とあわせて読んだら、こんぐらかったのはここだけの話。同じベクトルを持ってる短編集。というのはさておき。

    田舎の小さな町。偏屈な住人。それはどこにでも、はいて捨てるほどある日常で。そんな日常を、物語に落としこめる堀江さんの筆致力はすごいと思う。 淡々と。変わらないようで、変わる毎日。同じ家にいて、同じご飯を食べて、顔をつきあわせていても起こる擦れ違いや勘違い。でも、どうしようもなくて、それが「営む」ことなのかもしれない。

全41件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

作家

「2023年 『ベスト・エッセイ2023』 で使われていた紹介文から引用しています。」

堀江敏幸の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×