キミトピア

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著者 : 舞城王太郎
  • 新潮社 (2013年1月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (445ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104580064

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キミトピアの感想・レビュー・書評

  • キミトピア、というタイトルはなんかぞくっとくるものがあってどうかと思いますが。7編の中・長編入りの作品集。
    初めて舞城王太郎読んだの阿修羅ガールが文庫化した直後で阿修羅ガールで初めて読んだんだけど、舞城王太郎は女の人のような気がする。どうなんでしょ。

    舞城作品は比較的メタファーががっつりしているんだけど、結構後半までそれがうまいこと隠されたりしていて、それが解けたときの快感が強い。
    主題もはっきりしている。
    「やさしナリン」ではかわいそうな人を見るとなんとかしなきゃ!というスイッチが入って冷静なときにはできる判断がどうにもうまくいかずに暴走してしまう兄妹を兄の嫁視点で描いている。
    そのかわいそうな人をみたときに出てくるドーパミンみたいのに主人公は「やさしナリン」という名前をつけてわかりやすくする。言葉ってほんとうにすごくて、そうなると読んでる側(私)もやさしナリンに思い当たるフシが続々と湧き出てきたりする。

    「やさしナリン」だけじゃないけど、この作品集は言葉の繊細さといものがひとつの大きなテーマだったのかな、とも思う。
    「美味しいシャワーヘッド」は、「好き好き~」の柿生がやったことと同じようなことを樽歩がやり、もっと大きな枠で主人公が読者に対してやる。
    「あまりぼっち」読んでちょっと働かねばと思った。ヴェイユを読んでても思ったことだけど。

  • 短篇というより中篇といったボリュームの作品を7つ所収。

    疾走感のある饒舌な文体は、綿矢りさを男にしたかんじか。

    細部はリアルなのに、いつのまにかファンタジーに飛んでってる浮遊感がよかった。登場人物が自分の気持ちをとことん突き詰めて相手に説明しようとするところは、ありえない気がしたけど、面白いからまあ許せた。

    高校生の男の子が主人公の『すっとこどっこいしょ』が個人的にはベスト。
    とてもチャーミングで、こういう系では朝井リョウを超えてる気も。
    あと『真夜中のブラブラ蜂』の主人公の中年女性の、ひとりでどこかに走っていきたくなる気持ちなんかも、わかるなあ。

    著者はとても頭のいい人なんだろう。頭のいい人独特の余裕っぽさと世間とのズレ的孤独と、文学的才能(陳腐な言葉だが)がいいかんじに混ざり合ってた。

  • 全体的に温い優しさがただよう短編集。「やさしナリン」「あまりぼっち」は漠然と思っていたことを形にされた感じで、心地よかった。

  • もうなんか、どうしていいかわかんないくらいにおもしろかった。
    どの作品もほんとうに凄みがあって、はっとすることだらけだった。
    ずっと読んでいたい作品集だった。

  • 分厚さなんてなんのその。「考えることに馴れて考えてないように感じられても、それは考え終わってるだけで、そこでもう考えることがなくなった訳じゃない。次へ行くのだ。次へ。」がすごく心に残った。

  • 今回は背中に毛がはえた人は出てこなかった。

  • あらゆる矛盾の溢れた世界で、
    言葉を信じて自分の個を貫くことで世界と戦う。
    気持ちと感情で動かされた言葉でできたこの世界。
    しかし、言葉も感情も心も間違える。
    だからこの世界は矛盾に満ちている。
    そして言葉を尽くしても心が動かさないものは報われない。
    絶望であり、慰めになる世界。
    間違いのほうが正しい答より正しい場合もある。
    ユートピアではなくキミトピア。

  • 日常にある当たり前だったり、少し不思議だと思うことを小説してあるという印象です。
    「やさしナリン」は特に印象に残りました。
    誰にでも、共感できる話が一つはあると思います。

  • 芥川賞候補作wを含む7編の短編からなる今作。
    書き下ろしも3編含まれなかなか読み応えある
    ボリュームですが、あまり疲れる事なく、
    かといってサラリと読む...でもない割と
    充実した読書時間でした。単純に...面白いんですよね。

    人同士の繋がりや関係の中での自分...。人によっては
    甘くもあり厳しくもあるんでしょうが、自分というものと
    他人との関係を書かれた内容が多かった...気がします。
    家族、友人との関係の中で口論めいたやりとりが
    妙に印象に残り、自分のイヤな部分と各主人公の
    自分のこそが正論という主張が重なり...凹んでしまう。
    でも...言葉に出来ないんですが...「でも」と
    思ってしまう自分がさらにいる訳で...。いつまでも
    こうやってもがいていく事しか方法がないんだなぁ...と。

    単純にどのストーリーも何かしらの爪痕を残す
    面白い作品で、スピード感やカオス感はないですが
    温度と奥行きを感じる...アナログちっくな作品集
    というイメージです。

  • だれしもがなんとなく考えたことのあることを、著者のとっ散らかっているようで実はひとつに織り込まれている文章で書かれていて、何作かこの著者の作品は読んでいるけども、やっぱり圧倒される。まあ、もっとぶっ飛んでいる感じ、あるけども。
    必死に追いつこうとして読み進めていると、ふとした瞬間に自分が考えていることが目に入ってきて、通常のテンションに戻る、また必死に追いつこうとする、以下エンドレスループ。これがやっぱり、すきだなあ。
    「すっとこどっこいしょ。」「ンポ先輩」「あまりぼっち」がすきだ。「すっとこどっこいしょ。」の主人公の未来に対する葛藤、結論を先伸ばしにしていくことに対しての葛藤、わかるなあ。これがずばっときた。あと、「美味しいシャワーヘッド」の、全部言葉にはしなくてもいいという結びがすとんと落ちた。
    あと、冒頭がすごくいいよねぇ。

    (445P)

  • 「やさしナリン」
    →うれぱみん(川上みえこ「ヘヴン」)への対抗(抵抗)。(1)自己の尊厳をまもる戦いから、「自分を傷つけたり、他人に迷惑をかけたり」して「可哀想」に立ち向かう兄妹へ。(2)わたしだけの喜びをわたしとあなただけ言葉で共有した前者から、「得体の知れない気持ちに名前をつけ」ることであなたを落ち着かせるわたしの言葉へ。人を思うにもわたしフィルタを通すしかないんだ。(3)「《自分》と《世界》の境が曖昧」に対する認識。だけどそれはただ、「自己とか自我が肥大しすぎている」か否かというよりか、ヘブンが子どもの話で、やさしナリンが大人の話だということかな??『ブルー・ヘブン』を読む(なんだかんだ「馬鹿」に「優しい」)。ちなみにボックスと箱介。(4)過去形の語り(実際にメイン部は回想だった)と現在形での舞城。

    41(やさしナリン)「思わぬ問いかけに(中略)私は楽しい。理解が早いだけじゃなくてこういうふうに発想をジャンプさせてくるなんて。」舞城の考える「頭のよさ」はここなんだな。スクールアタックにもでてきた。

    ほか、「添木添太郎」「すっとこどっこいしょ。」「ンポ先輩」「あまりぼっち」「真夜中のブラブラ蜂」「美味しいシャワーヘッド」収録。

  • 書き下ろし3編を含む短編7編。
    いずれも相変わらずのスピード感で、ほどよい読み応えもあり、面白い。最近の舞城の描く世界は、何気ない日常が、ふとしたことでどんどん逸脱していって、その逸脱を収束させようと頑張って思考する、という1つのパターンがある。この「逸脱」が、「やさしナリン」だったり「穴食い虫」だったり、「気持ちの搾りかす」だったり、人と人との関係性の中で顕在化するちょっとしたズレにスポットを当てて独特の言葉でその本質を追究していく感じがとても面白い。

     冒頭の「ユートピア=YOUTOPIA」についての記載が、昔あった「ぴあ」の「はみだしYou とぴあ」を連想した人も多かったんじゃないかと思うが、ここにある言葉

     どんなにバカップルのぼわーっと間の抜けた言葉に聞こえようとも、僕はキミトピアを信じていて、そこに住み着くつもりなのだ。
      
    っていう境地ってすごい心地よい。

     「ンポ先輩」で出てくる「怪談っぽい世界」。言葉や感情が内包する嘘や間違いから生まれる心の穴に気づいてあげられれば哀しみが減る。
     すべての小説世界に共通して流れているのは、こういう「人と人がすれ違うもとになる目に見えないモノ」であろう。それを「怪談っぽい」と表現する。舞城の小説の中には、解離性同一性障害であったり、強迫神経症だったり、明らかに精神疾患を意識した人物がよく登場すると思うのだが、作者は、これら1編1編の作品の中で、その得体の知れないモノに名前を付けて「気づきやすい」ようにしてくれている。

     だからこそ、この人の作品は妙にポジティブな読後感を与えてくれるのだろう、とそう思う。

  • やさしナリンや真夜中のブラブラ蜂の主人公のような女性の会話のキレっぷりがいい。ブラブラ蜂といえばここで家族の形を考えた。と、言っても考える間もなく、テンポ良い。特にやさしナリンの「得体の知れない気持ちに名前をつけてやることの効果もあるんじゃないかと思う。」の部分が好き。当事者研究思い出した。
    君と僕のいる場所、ユートピアの逆のキミトピア、いい響き。

  • 「添木添太郎」と「真夜中のブラブラ蜂」がお気にいり。
    黒い馬が恐ろしすぎる。

  • 久しぶりに舞城さんの作品を読んだ。世界観がやはりすごい。どれも良かったけれど、最後に読んだ美味しいシャワーヘッドが印象的だったかな。最後の読了感に引きずられすぎているかもしれないが、それぞれの短編で、それぞれの主人公が懸命に生きている姿はまさしくYOUトピアのようでした。

  • 美味しいシャワーヘッド:第148回芥川賞候補

    いつから舞城の作品を読むとこんなに息苦しく感じるようになってしまったんだろう?
    舞城が変わったのか、それとも自分が変わったのか?
    正直な話、どの話もあまりに説教臭すぎて読むのがつらく、また、文体も自己模倣というか、そのフランクさが過剰すぎて、どんどんとただ雑な文章に近づいて行っているような気がしてならない。
    しかし振り返ってみれば舞城の話が説教くさいのは今に始まったことではない気もするけれど(特に「純文学」として書かれた作品について)、しかし文体の幼稚化に伴ってメッセージばかりが前面に出るようになって、その正義感のおしつけがましさのようなものに読んでいてげっそりしてしまった。
    特徴的だった文体も、今では多くの作家が似たようなテイストで書くようになったこともあり、そこからの変化を求めているからなのかはわからないが先述したが「幼稚化」したようにしか感じられず(多用される「……!」という安易な表現など)、これが舞城の進んでいく方向性なのだとしたらちょっとそれはどうなの、と思わずにはいられない。
    「美味しいシャワーヘッド」は四度目の芥川賞候補作だがこれもエピソードが有機的な繋がりをしているとは思えず、今までの自分の作品の出来の悪い模倣にしか思えなかった。今後もこの方向性なのだとしたら受賞は厳しいのではないかと感じさせられた。

    あとこれはまた別の話だが先日村上春樹の作品を読んだこともあってか、やはり舞城はハルキ・チルドレンの一人なのだな、ということを感じさせられた(特に「ンポ先輩」の世界観など)。

    最近はリアルタイムで作品を追えていないため、『淵の王』などは未読なので、そちらで挽回してくれることを期待している。ただホラーっぽいから読むのに抵抗あるんだよなあ。『深夜百太郎』とか完全にだしね…。

  • 今までになく市井の人を描いているというか、身近さがあった。

  • 舞城さんの本を読んだのは実に数年ぶりで…それこそ一つの前の職場にいた頃、一番読んでいたのは大学生から社会人になりきれてない、22の壁を越えられなかった頃だったと記憶しています。
    出版年の頃にはもう今の仕事だったわけですが、その時期にこれだけぶれない話しが出せるんだから本当に凄いなと。
    著者の作品は大学時代の私の「最先端」であったので、今となっては少し懐かしいものがあれこれとでてくるのです。
    ガラケー。某巨大掲示板。絵文字。フォントによる表現。などなど。
    懐かしさと少しの痛み(恥ずかしさとか)を伴う時代感覚と、古さなんてなにものですか読んでりゃわかるでしょおもしろいって、という感覚が同時にきて、斯くして私は夜中にひとりで笑い転げる始末でした。

    短編集です。
    スマホとかなかったころの最先端です。今でもスマホがわかんない世代と、産まれてからこの方ネットが常時接続だった世代の、丁度合間の世代には息苦しくなるくらいの感覚です。
    ラノベを息をするように消費し、全く同列にさして疑問も挟まずディケンズとか芥川とか読んでた世代がごろごろしてました。あのころはネットもゲームも読書も結構私的な経験だったんじゃないか。
    だからそれをのぞき見るような本書は悲しくても笑っちゃうような短編ばかりなのです。

    すっとこどっこいしょ、はすごい秀逸なんじゃないか。
    冒頭のやさしナリンでは「くそがっッ…」て思いながらいろいろユルして行けそうな気になって、最後までよんでまたもどって「くそがっッ…」てなりました。

    いつだって自分の掌からとびたったようでそうでないものがたりに。

  • 「すっとこどっこいしょ」★★
    「美味しいシャワーヘッド」★★★

  • 面白い!「美味しいシャワーヘッド」にはガツンと一発くらった。すごいことになってきた感じ。

  • 「真夜中のブラブラ蜂」「美味しいシャワーヘッド」は、なんか舞城作品のなかでも新しい感じがした。犬に噛まれて田原俊彦歌いだすシーンは電車の中で笑いをこらえるのが大変だった。チイちゃんのくだりはぞっとした。あと特に好きなのは「やさしナリン」「添木添太郎」「あまりぼっち」。特に「添木添太郎」はよかった。やっぱり青春時代の痛みとか選択のやるせなさを描くの上手いと思う。

  • 最初やさしナリン以外はまらんかったけど三回目くらいですごいはまった。ンポ先輩もあまりぼっちも定期的に読んで克己したいところ ブラブラ蜂と添木は悲しみの描写がリアルすぎてつらい シャワーヘッドはよくわからない・・・また読もう

  • 「真夜中のブラブラ蜂」の腑に落ちるような落ちないような感じがとても舞城らしい。改めてフィクションは普遍性のあるものを特殊な形で提出するものなのだなあと感じた一編。

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キミトピアの作品紹介

夫の「優しさ」を耐えられない私(「やさしナリン」)、進路とBITCHで悩む俺(「すっとこどっこいしょ」。)、卑猥な渾名に抗う私(「ンポ先輩」)、"作日の僕"と対峙する僕-(「あまりぼっち」)。出会いと別離のディストピアで個を貫こうともがく七人の「私」たちが真実のYOUTOPIAを求めて歩く小説集。第148回芥川賞候補作「美味しいシャワーヘッド」収録。

キミトピアのKindle版

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