セラピスト

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (345ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104598038

作品紹介・あらすじ

心の病いは、どのように治るのか。『絶対音感』『星新一』の著者が問う、心の治療の在り方。うつ病患者100万人突破のいま、必読のノンフィクション。密室で行われ、守秘義務があり、外からうかがい知れない。「信頼できるセラピストに出会うまで五年かかる」とも言われる。そんなカウンセリングに対する不審をきっかけに著者は自ら学び始め、同時に治療の変遷を辿り、検証に挑んだ。二人の巨星、故河合隼雄の箱庭療法の意義を問い、精神科医の中井久夫と対話を重ね、セラピストとは何かを探る。膨大な取材と証言を通して、病との向き合い方を解く書き下ろし大作。

感想・レビュー・書評

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  • 著者の熱意は分かるんです。すごーく。
    だって自ら大学院で学んだりこれでもかと言うほどの人達への取材。
    一冊の本をまとめるためにこれだけの時間と労力をなかなか使えない。
    でも、ちょっと私には固すぎたかな。
    教科書的すぎて響いてこなかったというか。
    中心にあるのは河合隼雄、中井久夫、山中康裕といった大御所だがいかんせんその他にも登場人物が多すぎて散漫になっている。
    それとカウンセリングの歴史に固執し過ぎている点も気になった。
    きっと実際に現場に携わっている人にとってはこれぞ!という本なんだろう。

    フロイトやユングも学生時代にちょっとかじったけれどこじつけっぽい解釈に納得のいかないことも多かった。
    絵画療法や箱庭療法にいたっては眉唾ものだなと正直思っていた。
    いやいや、でも先人たちの熱い思いがあってこそなんですね。
    全く新しい心の病の治療を手さぐりで探ってきた苦労を思うと下手な事言えない。
    さらに河合隼雄の存在がいかに大きかったのかよーく分かった。

    それにしてもせっかく確立した絵画療法や箱庭療法も現代の診療ではほとんど使われていないとは驚き。なんとももったいない。
    患者数の増加による人手不足で3分診療が定着している現状ではいたしかたないのか。
    おまけに10年単位で精神疾患の患者数の傾向が変化するというから大変だ。
    以前は多かった統合失調症や対人恐怖症は激減し、現代では発達障害が圧倒的に多いと言う。
    時代とともにカウンセリング方法も変化し続けていかねばならない。
    現場はさぞかし大変だろう。
    頭が下がる思いである。

    それにしても自分に合ったセラピストに出会う事がこんなにも難しいとは。
    患者側も最初に受診したセラピストと合わなくても、単なる相性の問題と気楽に構えることが大事なのね。
    勉強になりました。

    • vilureefさん
      だいさんへ

      いえいえ、とんでもありません。
      だいさんも是非本書をお読みになってください。
      だいさんのレビューが読んでみたいです(*...
      だいさんへ

      いえいえ、とんでもありません。
      だいさんも是非本書をお読みになってください。
      だいさんのレビューが読んでみたいです(*^_^*)
      2014/06/09
    • だいさん
      読んだ!!!
      (図書館に予約して待つこと約半年でした)

      まじめな内容の本でしたね。
      良く調べて書いていると思いました(感心した点)...
      読んだ!!!
      (図書館に予約して待つこと約半年でした)

      まじめな内容の本でしたね。
      良く調べて書いていると思いました(感心した点)
      のめりこみすぎかなとも感じました(ロジャース再認識にはいいかもしれません)
      黒船にたとえられるDSM(悪い部分が再確認できた)
      日本の医療制度が出てこない(たぶんこれもいい点)
      2014/12/15
    • vilureefさん
      だいさん、こんにちは♪

      あれから半年とは驚きです。
      そうですよね、今年もあと残りわずか・・・。
      この本の人気衰えずなのかな。
      う...
      だいさん、こんにちは♪

      あれから半年とは驚きです。
      そうですよね、今年もあと残りわずか・・・。
      この本の人気衰えずなのかな。
      うちの方は田舎の図書館なので予約ゼロです(^_^;)

      内容もうろ覚えなのですが、いたって真面目なお堅い内容ですよね。
      あちこちで絶賛されていましたが、私には客観性に欠けるかなとも思ったような・・・。
      なんでここまで話題になったんでしょうか??
      2014/12/16
  • いろいろと勉強になった。読みたい本も増えたし。
    今は亡き著名な先生方とのやりとりがあって、この方こんなふうに話されるんだ…!ととても感動した。
    膨大な量の参考文献を見るだけでもためになると思う。

  • すぐに本書を買おう。
    私のバイブルとしよう。
    読み終えて、まずそう思った。図書館で借りた本だったが、即、購入した。
    医者でもいい、看護師、臨床心理士、介護士、カウンセラー、教師でも誰でも、人に接し援助する仕事に携わるなら、それを目指す人なら必読の書だろう。

    図書館本にはなかったのでわからなかったが、購入した本書についていた帯には「心の病はどう治るのか」とあった。これは少し違うな、と思った。
    セラピーのメカニズムを解明する本ではない。
    今、人と向き合う立場にいる人、向き合わねばならないが、本当にこれでいいのかと不安に思っている人に、それでいいんだよ、と背中を押してくれるような本だ。
    そういう意味では、上記のような既にその道のプロとしてやっている人より、その道の入り口にいる人が読むべきなのかもしれない。

    カウンセリングも、傾聴も、いのちの電話も、犯罪者の精神鑑定のための聞き取り調査ですら、語り手の本心を引き出すには、ひたすら聴く(「聞く」ではなくて「聴く」)ことがまず基本中の基本であり、帰結するすべてなのだ。そこに、どんな専門性もいらない。ひたすら相手の言葉に、態度に、表情に、沈黙にさえ、耳を傾ける。待つ。
    人には自分自身で問題を解決する能力がある。自分の言葉で因果を紡ぎ、物語をつくることで、自身を統合させ一個の人間として心の安定を図る。他人の言葉ではなく、自分の中から湧き上がる言葉で初めて成し得る作業だ。
    それを自分一人で成せなくなったとき、その話を聴いてくれる相手、セラピストが必要になる。徹底的な受容をもって話を聴いてくれる相手、その存在そのもの、実はこれこそが幼児にとっては母親なのだろう。徹底的な受容を実感できたとき、人の心は一個の人格として安定し統合されていくのだろう。

    本書には幾人もの心理学者、精神科医が登場するが、やはり中心は河合隼雄と中井久夫だ。両名とも、クライエント自身が紡ぐ言葉(言葉がなければ箱庭、風景)を何よりも尊重し大切にした人物である。
    実はいくつかの臨床例が紹介されている中、中井久夫と統合失調症の患者との逐語録で、泣けてしまった。こんなところで何故と思いながら、泣けてしまったのだ。
    患者の心に寄り添った中井氏の言葉がそのまま、私自身の思いをも揺り動かしてしまった。

    気になる箇所に付箋を貼ったら、数十か所にもなってしまった。
    何か行き詰まったら、また本書を読み直そう。
    もう一度、原点に立ち返ろう。

    久しぶりに、河合先生の本をまた読みたくなったな。

  • 日本文化に根ざした心理療法、
    それを築いた心理療法家たちの歩みや苦労、
    劇的な出会いとその魂の歩みについて、
    我々専門家ではなく、
    作家という外部からの視点で描かれたことに、
    多大なる意味がある作品。

    そしてなにより重要なことは、
    心の深遠に踏み入れることの実感と意味
    ―それは、誰しもに適応できるのではなく、
    あくまで、有用であるという意味―
    について語るためには、
    作者の体験したような主観を通してでなければ、
    決して語れぬという事実。

    言葉にすれば、間主観ということなのだろうが、
    そこにはロジカルを超えて、
    人と人が出会い深く行なわれること、
    その先にある、
    ひとりの人間のためだけにある意味と、
    かけがえのない希望が存在するのだ。



    私は、言葉という面倒な道具を用いて、
    あくまで言語化にこだわるスタンスではあるが、
    言葉があるから故に面倒になることも理解している。
    そのような立場から読んでも、
    人間と真摯に向き合おうとするかぎり、
    本書は何度読んでも新鮮な出会いとなるだろう。

  • 2014年42冊目。

    心の治療やカウンセリングの在り方を、自らの実践、当事者へのインタビュー、文献の読み込みを通じて丁寧に解き明かしたノンフィクション。
    中盤の日本の心理療法の変遷の部分は、人物や専門用語が次々と出てきて読みづらかったが、
    随所に出てくる患者とセラピストの逐語録がリアルでよかった。
    結局心のケアで大事なのは、魔法の薬や言葉ではなく、
    患者と真摯に向き合う誰かとのあたたかい関係の中にあるのだと感じた。
    ということはつまり、医療の場でなくとも、患者の心をほぐすことは可能なのかもしれない。
    逆に、にわか知識でやってはいけないことの危険性も書かれている。
    そういう意味で、多くの人が手にする価値のある本だと感じる。

  • 職場である図書館にも統合失調症とみられる利用者が来館していることや、新型うつ病についての報道で精神医学に興味が増した。
    何から読もうかと探しているところに本作を知り。
    河合隼雄さんは作家との対談を何作か読んだこともあるが、中井久夫さんはお名前を知っている程度だったので、今後、著作に触れたい。
    まずは精神医学と心理学の入門書から始めなくては、と強く思った。この領域に興味が強いということは自分が患者にもなり得ると、どこかで感じているからなのかもとも思った。そのためにもまずは知りたい。

    今世紀に入ってから、自分の抱えている問題を表現できない主体性のない相談者(大学生)が増えたというスクールカウンセラーの話が特に印象に残った。
    想像力の欠如は日頃、学生と接していて痛感してはいたので、やはりというか・・・。

  • 最相葉月さんが心理療法について書く。しかも河合隼雄、中井久夫両氏に焦点を当て、自ら中井氏の被験者となって。これが期待せずにいられましょうか。ところが…。

    うーん、なんとも中途半端な気持ちになってしまったんである。日本で心理療法がどのように始まり、どうひろがってきたか、その経緯が軸となっているのだが、この点が煩雑でわかりにくい。もっと整理してあれば読みやすいなあと何度も思った。

    また、実際に行われたセラピー(箱庭療法が中心)の例が多く挙がっていて、実に興味深いのだけれど、やむを得ないこととはいえ、「解釈」はされず、あくまで事例報告にとどまっている。ここがもどかしい。

    自分自身療法としてのカウンセリングなどを経験したことはないが、見聞きしてきたことから、それが臨床的に有効だとは思う。ただ、理屈がわからない。もちろん、この本は心理療法のガイドではないのだから、ない物ねだりだろうが、「どうしてそうなるの?そう言えるの?」というモヤモヤが晴れない。

    これは一つには、「心理」とか「カウンセリング」とかがとても一般的なものになって、中にはなんだかあやしげなものもあることへの、うっすらとした不信感も関係しているのだろう。深い見識を持つ人と、素人に毛の生えた人との見分けがつきにくいのだ。だから、そう合理的に説明したり割り切れるものではないとわかってなお、「理屈を教えて」と言いたくなる。

    自分の経験をつらつら考えてみると、カウンセリングについて興味を持ち、勉強もして、「この分野のことは知っている」と自認している人で、心から信用できると思った人は、あまりいない。人間関係のことなら私にまかせて!という態度がどうにも…。

    著者も書いているが、セラピーは「療法」であって、「自分を知る」とか言うたぐいのこととは別物なのだろう。その意味で、取材動機が明かされるあとがきは納得だ。

  • <印象に残った箇所>
    ・心理臨床の営みの目的は悩みを取り去ることではなく、悩みを悩むこと。

    ・ユングやフロイトは、自分の心の探求を徹底させて理論を作った。しかし、それはニュートンの力学の法則とは違う。力学の法則はどんなものにも適用できる。ユングが作った法則は万人に適用不能。けれど何も役立たないものでもない。あなたが自分の心を考え始めた時、ユングの理論はあなたにとって有用な時がある。

    ・カウンセラーがクライエントと一緒におりていく深い世界は、言葉にできない。言葉にしたら、深い世界ではなくなる。そうした世界を探るには、箱庭療法など言葉を使わない方法がある。

    ・回復に至る道はどんな道か。単に症状をなくせばいいというわけではない。ありのままでいいわけでもない。クライエントとカウンセラーが共に同じ時間を過ごしながら、手探りで光を探す。心の底に潜んでいた自分さえ気づかない苦悩にそっと手を差し伸べる。一人では恐ろしくて暗い洞窟でも、二人なら歩いて行ける。

    ・二十年前の学生と今の学生が抱える心の問題は違う。二十年前の学生は、アイデンティティ模索の悩みや、それに付随する様々な症状を訴え、学生自ら答えを見出し解決に向かっていた。今の学生は、問題解決のハウツーや正解を早急に求めるタイプと、漠然とした不調を抱え、何が問題か自覚できていないタイプに二極化している。後者は対人関係に問題を抱え、引きこもり、リストカットなどの行動に出る。なぜだかわからないけどイライラして、落ち込み、切ってしまう。

    ・現代の心理療法では箱庭療法や夢分析は人気なく、認知行動療法が主流。今この瞬間の気づきを大切にして、付随する思考や感情に囚われない「マインドフルネス」という認知行動療法も広まっている。

    ・心理障害は10年単位で流行が変わっている。1970年代から80年代には、境界例が流行した。境界例とは、神経症と精神病の境界領域にあるという意味。親子関係、恋人関係、治療者との関係など二者関係にこだわり、しがみつく。相手を賞賛し理想化し田と思うと、こき下ろす。すさまじい自己主張をして相手に配慮しないなどの特徴がある。情報消費社会化、バブル経済との関連性を指摘されている。

    ・90年代には境界例が減少し、かわりに解離性障害が増加。現実感を喪失したり、一時的な記憶を喪失したり、日常生活に様々な支障をきたす障害。自傷、万引き、摂食障害の症状が出た翌日には覚えていない。覚えていないのは、思い出したくないトラウマがあるからで、トラウマを介してしか現実と接点を保てなくなっている。

    ・今世紀に入ってから目立つようになったのが、発達性障害。多動性、不注意、相手の発言を言葉通りに受け止めてしまう等が特徴。外面だけの表層的世界で対人関係を結んでいる。自分の内面世界を見つめて言葉にする主体性が形成されていない。心理療法は、主体性があって自分の内面と向き合える人を前提としているから、内と外の区別のない場合は、相談に来ても難しい。

    ・これまでモノを相手に仕事をしてきた人が、人を相手に仕事をする状況になったせいで、発達障害が広がったのではないかというのが、河合隼雄の見立て。

    ・言葉で表現できない時は、イメージや遊びの中で回復をはかる。

  • 河合隼雄と中井久夫、言わずと知れたこの世界の巨星がどのようにしてそれぞれの道を切り開き、どのように関わり合いながら歩んだか、他の先生方との関係も含めて体系的に流れを捉えることができる。
    そして患者として関わり始めたわけではなかった作者自身が、中井久夫氏の風景構成法を体験することで自身の抱える問題に向き合い、物語を紡ぎ出していくさまはとても興味深いし、読者自身の心をも照らし出すことになる。歴史や記録だけにとどまらず現在進行形で実感を得られる稀有な作品。

  • 回復するというのは本当に良いことなのか。回復=良いこと、と信じていた偏見に一石を投じられた。
    寡聞にして知らなかったけれど、精神の病は時代によって、わりと短いスパンで変化するものらしい。例えば境界例とか対人恐怖といった症例は少なくなっているらしい。
    現在の傾向としては、「悩むことすらできない」という、局在化できない悩みでセラピストを訪れる人が増えているという。悩みが他者との間に生じるものであるなら、他者を避けることがいくらでもできる現在、存在のかなしみそのものに追い詰められる時代がやってきたのか。

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著者プロフィール

1963年、東京生まれの神戸育ち。関西学院大学法学部卒業。科学技術と人間の関係性、スポーツ、精神医療、信仰などをテーマに執筆活動を展開。著書に『絶対音感』(小学館ノンフィクション大賞)、『星新一 一〇〇一話をつくった人』(大佛次郎賞、講談社ノンフィクション賞ほか)、『青いバラ』『セラピスト』『れるられる』『ナグネ 中国朝鮮族の友と日本』『証し 日本のキリスト者』『中井久夫 人と仕事』ほか、エッセイ集に『なんといふ空』『最相葉月のさいとび』『最相葉月 仕事の手帳』など多数。ミシマ社では『辛口サイショーの人生案内』『辛口サイショーの人生案内DX』『未来への周遊券』(瀬名秀明との共著)『胎児のはなし』(増﨑英明との共著)を刊行。

「2024年 『母の最終講義』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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