なぜ君は絶望と闘えたのか

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (255ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104605026

感想・レビュー・書評

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  • 事件当初からテレビで見てたけど、見る度に本村さんの苦悩が伝わってきた。

    死刑判決が出た時の記者会見は素晴らしかった。
    バカな質問した記者もいたけど。

    あんなに辛い思いをしても、人間ってこんなにも強くなれるのね。

    言葉が正しいかわからないけど、尊敬します。

  • 使用感はありますが、平均的にきれいだと思います。3£。

  • 1999年山口県光市で起きた、母子殺害事件の被害者遺族を追ったドキュメント。
    難病を患っていて、治療の副作用で「子どもができなくなるかもしれない」と言われていた本村洋さん。
    学生時代に付き合っていた彼女弥生さんとの間に子どもを授かることができ、学生結婚でしたが無事に長女が生まれた。
    就職して、幸せな家庭を築いていくはずだったのに。
    ある日残業を終えて家に帰った本村さんは、家の異変に気づいた。
    電気もついておらず、妻と子どもの姿が見えない。
    妻を変わり果てた姿で発見したのは、妻の実家に確認の電話をしている最中だった。
    その時、本村さんは若干23歳。弥生さんも23歳。娘の夕夏ちゃんは1歳にも満たない。
    まだまだこれからたくさんの幸せを味わうはずだった家族を襲った事件。
    犯人は数日後に逮捕されましたが、それは事件の終わりではなく、長い闘いの始まりだった。
    少年法に守られ実名さえ公表されない加害者と、何の断りもなく実名を公表され、事件の悲惨さをありのままに伝えてもらえない被害者。
    メディアだけでなく、司法でさえ、被害者の存在を無視したような扱いをする。
    法廷に遺影を持ち込むことさえ禁止され、傍聴席も用意してもらえず、裁判官は死刑にしない理由を必至で並べたてる。
    9年にわたる闘いの末、ようやく死刑を勝ち取るまでには、多くの壁を乗り越えなければならなかった。

    命について、死刑について、いろいろと考えさせられる内容でした。

  • 光市母子殺人事件ルポ。
    本村さんの辛さは想像することしかできないが、
    ほんとになんて強い人なんだろうと思う。
    そして彼を支えてきたまわりの人たちも。
    彼にはもうほんとに幸せになってほしいです。

  • 木曜は校正やらの間を縫って原稿を1本書いてみたが、自分でもいまいち。東京からも「わからん」「おもしろくない」と言われ、書き直すことにする。しかし、ちょっと頭が詰まり気味なので、原稿のことはいったん忘れて、本を読む。

    しばらく前に借りてきていた『なぜ君は絶望と闘えたのか』。これは光市事件の被害者遺族・本村さんの9年を追ったもの。それと、『女たちの死刑廃止「論」』を書いていたら「中山千夏さんの小さくて、しっかりした本に戻ってくる??んですよね」と教えていただいた『ヒットラーでも死刑にしないの?』。図書館にあったので借りてきた。

    先に、本村さんも入った鼎談集『罪と罰』を読んでいたし、『なぜ君は…』は重い気がして読むのをやめようかと思っていた。が、ちらっと中を見ると、本村さんが中学生の頃にネフローゼで入院していたという話がみえて、中学の頃に腎炎といわれて体育全面禁止だったこともある私は、そんなところにひょいと気をひかれて、やはり読んでみることにした。

    事件の日、帰宅して、姿の見えない妻と娘をさがし、妻の母にかけた電話で「抱っこひもやバッグ」があるかどうか確かめようと押し入れを開けて、妻の遺体を見つけたが、その変わり果てた姿を抱きしめることができなかった、自分はそんな情けない男なのだ、ひどい男なのだと悔いる本村さんの姿から話は始まる。

    110番して、娘の姿を見つけてやることができないまま、娘の生死もわからないままで、本村さんは長時間の事情聴取を受けている。こないだ読んだ『死刑のある国ニッポン』の対談のなかにあったと思うが、家族は第一容疑者として扱われることが少なくないのだそうだ。病院で死ぬ人がほとんどになっている今、自宅で死んだ場合は警察をよんで死体検案書をもらわなければならない。つまり不審な死ではないかどうかという確認。母が寝ている間に死んだときもそうだった。

    事件の加害者が18歳の少年だったことで、もしかすると裁判も開かれないかもしれない、加害者のことも何もわからないかもしれない、ということを本村さんは知らなかった。加害者は家裁から逆送され、刑事裁判が開かれることになったが、少年法により、ほとんどの情報は被害者遺族でも分からない。

    原田正治さんのお話でも出てくることだが、加害者には逮捕後すぐに国選弁護人がつき、法的、精神的なアドバイスをするが、被害者には法的なアドバイスや精神的ケアをする人は誰もいない上に、さまざまな情報がなんの了承もなく公表され、写真を求めてマスコミが押しかける状況だった。

    本村さんは、「犯罪被害者の会」設立に加わる。その設立趣意書は「一生立ち上がれないほどの痛手を受けながら、偏見と好奇の目にさらされ、どこからも援助を受けることなく、精神的・経済的に苦しみ続けてきました」(p.110)という書き出しで始まるという。犯罪被害者は訴えるというシンポで、本村さんはスピーチをこう締めくくっている。

    ▼裁判は加害者に刑罰を与えるだけの場ではありません。我々被害者が加害者と和解する場でもあり、被害者の被害回復の場でもあり、われわれ被害者が立ち直るためのきっかけとなる場でもあります。われわれの存在を忘れないでほしい。われわれを裁判から遠ざけないでほしい。…(p.111)

    一審の地裁で無期懲役の判決が出たあとの、本村さんの記者会見のもようは、テレビなどでおそらく何度も放映されたと思う。テレビをあまり見ない私も、なにかで見たことがある。「司法に絶望しました」「私がこの手で殺します」と言う姿を、いたましく思った。その部分が強烈すぎて、あるいはそこのシーンだけを取り出したものを見たのかもしれないが、本村さんは、その記者会見で、こうも述べていたそうだ。

    ▼遺族だって回復しないといけないんです、被害から。人を恨む、憎む、そういう気持ちを乗り越えて、また優しさを取り戻すためには…死ぬほどの努力をしないといけないんです (p.133)

    本村さんの考える正義感、社会正義は、最終公判での意見陳述にあらわれている。
    ▼… 私は、家族を失って家族の大切さを知りました。命の尊さを知りました。妻と娘から命の尊さを教えてもらいました。私は、人の人生を奪うこと、人の命を奪うことが如何に卑劣で許されない行為かを痛感しました。だからこそ、人の命を身勝手に奪ったものは、その命をもって償うしかないと思っています。それが私の正義感であり、私の思う社会正義です。そして司法は社会正義を実現し、社会の健全化に寄与しなければ存在意義がないと思っています。…(p.220)

    この本を読んで本村さんの側のもようがよくわかり、「人の命を殺めた者が、自らの命で償うのは、当たり前のことなのだ」という結論はともかく、裁判の経過のなかでの発言には、説得されるところも多かった。

    ただ、私はこの本を読んできて「命で償うのが当たり前」は自分にはしっくりこないことがわかった。

    もうひとつ、私に違和感が残ったのは、この本をまとめた著者・門田隆将が、ふしぎなところで「日本人」を出してくるところだった。

    プロローグにはこうある。
    ▼…これは、妻と娘を殺された一人の青年の軌跡と、その青年を支え、励まし、最後まで日本人としての毅然たる姿勢を貫かせ、応援しつづけた人たちの物語である。(p.10)

    全国犯罪被害者の会(あすの会)発足のシンポについて述べているところでは、こうある。
    ▼…このシンポジウムは、犯罪被害者ばかりでなく、ひょっとしたら多くの見識ある日本人にとって「待ちに待ったもの」だったかもしれない。(p.109)

    あとがきにはこうある。
    ▼日本人の一人として、本村君の偉業に心より感謝すると共に、本書を非業の死を遂げた弥生さんと夕夏ちゃん、お二人の魂に捧げたいと思う。(p.252)

    この人のいう「日本人」て、誰のことなんかなあと思った。"日本に住んでる"人?"日本国籍がある"人?あるいは"毅然として見識がある"人?

  • ほとんど、ノンフィクションを読まない私が
    帯につられて購入しました。

    読んでよかった。

    でも、帯がハイライト。
    大切なことはすべて、帯に書いてありました。

  • 光市母子殺害事件についてのルポタージュ。
    被害者の夫、木村洋さんが少年法と闘ってきた約9年間の軌跡。

    なぜ、ここまでの犯罪を犯した少年を
    このようなまでに守ってやらなければならないのか・・・?
    罪は罪、罰は罰。

    少年でも死刑は必要な時があるのではないか。

    『犬がある日かわいい犬と出合った。・・・そのまま「やっちゃった」、・・・これは罪でしょうか』などと、言っている元少年の福田孝行被告。
    http://personalsite.liuhui-inter.net/aoiryuyu/yamaguchishikan.htm

    本文中に、木村氏が当時18歳であった黒人死刑囚との面談をしている内容が記述されている。
    以上を踏まえて、
    加害者を死刑にすることでは何も解決はしないかもしれないが、
    死刑判決が加害者を変えるということはあるのではないか。

    そして、人を裁くという事とは……非常に深く考えさせられた本。

    ついに、この加害者の実名本が出されましたな。
    http://www.bk1.jp/product/03171188

    出版までの経緯についてはさておき、とりあえず読んでみようかと思っております。

  • こんな事件だったのか!

    読んでて悔しい、悲しいの連続でした。
    テレビでよく見たあの光景の裏側で、
    こんなにも多くの人と、想いが動いていたことに驚きました。
    読んでよかった。

    ものを1方向だけで判断しないようにしたい。

  • ある日、ニュースを見ていたら、彼は、
    観念した、という言葉で言った。
    僕は、人間は忘れるものだということがわかりました。

    その言葉の重みを考えたから、読んでみようと思った。
    思い出し続ける精神と、押し殺した言葉で闘い続ける意志と。
    この本ですべてがわかるわけではないけれど、読んでよかったと思う。

  • 読了 2008年 9月 (借:大村市民図書館)

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著者プロフィール

作家、ジャーナリスト。1958年、高知県生まれ。中央大学法学部卒業後、新潮社入社。『週刊新潮』編集部記者、デスク、次長、副部長を経て2008年独立。『この命、義に捧ぐ─台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(集英社、後に角川文庫)で第19回山本七平賞受賞。主な著書に『死の淵を見た男─吉田昌郎と福島第一原発』(角川文庫)、『日本、遥かなり─エルトゥールルの「奇跡」と邦人救出の「迷走」』(PHP研究所)、『なぜ君は絶望と闘えたのか─本村洋の3300日』(新潮文庫)、『甲子園への遺言』(講談社文庫)、『汝、ふたつの故国に殉ず』(KADOKAWA)、『疫病2020』『新聞という病』(ともに産経新聞出版)、『新・階級闘争論』(ワック)など。

「2022年 『“安倍後”を襲う日本という病 マスコミと警察の劣化、極まれり!』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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