抱く女

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著者 : 桐野夏生
  • 新潮社 (2015年6月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (284ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104667048

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抱く女の感想・レビュー・書評

  • その時代に学生生活を送っていた人には「あぁ、そんな時代もあった」と妙に納得できる箇所もあるのだろうけれど、年代が違うのでピンとこず。
    「そんなこともあったんかぁ」
    とちょっと遠い話になってしまう。

  • 一世代上の人たちの青春。

    この年になって読むと
    親の気持ちも直子の気持ちも分かり
    板挟みのような感覚になりながら読んだ。

  • 今の学生とは大きく異なる昭和に生きる学生の生活やその時代の雰囲気がよく伝わってくる。しかし、直子の生き方には共感できないし嫌悪感すら覚える。

  • 「死は最強」
    でも、学生運動ではなくセクシャリティに主眼を置いて読んだ。主人公の直子には生理的な嫌悪感を覚える。グロテスクの和恵には嫌悪と同時に深いシンパシーを感じたのだけれど、こちらは純度100%の嫌悪感。タイトルに反して『本人は「抱く女」のつもりだったけれど周囲からは「抱かれる女」だと認知されていた』直子が、自ら「抱かれる女」である自分、あるいは自らに課せられたジェンダーを肯定するまでの物語であるように感じた。恋愛とは今までの自分を培ってきた家族や友人、そして大学生という身分を捨てるほど素晴らしいものか?そもそも、録に学校にも通わず目的意識も持たず、ただ毎日を消費するだけの、この物語に登場する学生たちにも同じく学生身分である者としては不快感しか感じない。これが「青春」小説?なにかの冗談でしょう?と。

    ただ、驚くべきことがあるとすれば、この作者は「そうではない」人たちの気持ちも理解した上でこの物語を書いるということだ。
    以前私はグロテスクの和恵を「容姿に、学歴に、自意識に、社会に、ジェンダーに敗れてしまった未来の私のifだ」と書いた。和恵と直子は絶対に相容れない対極の存在であると思う。けれど、本書の直子を「私自身だ」と言う作者は、絶対に作者とは違う人種であるはずの和恵や、それと似たような感情を抱く人々の気持ちを理解している。たとえば私には、和恵のことは理解できても、直子のことは絶対に一生理解できないというのに。
    作品としては全く好みではないし、もう二度と読みたくない(なぜか発売日にハードカバーで買ってしまった)けれど、作家というより人間としての桐野夏生すげえ、一体何者なんだ、と思ってしまう。
    ただやっぱり小説としては全く好みではないし到底納得のいくラストではなかったので☆2で。

  • 学生運動は麻疹のようで、誰もが通る道のような時代があったと評する方からの推薦図書でした。
    読み始めると引き込まれ、主人公の直子の目線で一気に時間旅行が始まりました。
    女性への偏見、学生運動の一連、一部はモノクロでも当時の色合いとビット感を垣間見る事が出来ました。
    作品の中に登場する、お店は大半が実在するのだとか。

  • 1972年の吉祥寺、女子大生、JAZZ、JAZZ喫茶、麻雀、雀荘、酒、酒場、学生運動、内ゲバ、タバコ、ハイライト、女と男、家族、生と死・・・・
    直子は漂流して、最後に何かを見つけることができるのか?
    懐かしい❗
    沢山の価値観が混沌としていた時代。
    何故か文体から、70年代の臭いがする。
    読んでいると、あの時代に帰っていた。
    もう一度JBLの前で、コルトレーン・マイルスを聞きたい。

  • あらすじと帯に書いてある『この主人公は、私自身だ──。』という文章が印象的な作品である。1970年代をテーマに繰り広げられるのだが、生まれる前の話のため、日本赤軍や浅間山荘事件などを詳しく知らないため、上手く話に入り込めないまま、読了をしてしまった。個人的に桐野夏生作品は当たり、ハズレが激しい気がする。今回の作品は好き嫌いがきっぱりと分かれるだろう。

  • 昭和の雰囲気が満載。主人公もその中でそれなりに青春しているのが分かる。この小説40年前に読んだら、かなり影響大だったろう。でも今はあれから半世紀近くたち、その分時代が変わったのを思い知った。

  • 表紙の絵(草間彌生の)に惹かれて手に取った。舞台は1972年。当時の時代背景、ジャズ全盛、学生運動、連合赤軍、マリファナ、ウーマンリブ等々、話に絡んでいく。主人公は酒屋の娘の女子大生・直子。シラケ世代的な雰囲気をもち、不全感をくすぶらせている。

    この物語で印象的に語られるのは、臭いだ。タバコの臭い、ヘアスプレーの臭い、ジャズ喫茶の臭い、嘔吐物の臭い、血の臭い、男の臭い。直子ほか登場人物たちには、それぞれの臭いがまとわりついている。それはひとつの所属を示すものであり、言い換えれば束縛される原因を示すものでもある。

    物語の後半、直子はジャズ雑誌の編集者にナンパされ、酔い潰れマリファナを吸ってぶっ倒れる。嘔吐し汚れた彼女は、ジャズシンガーの女性に助けられ、そのなかで出会いがあり、象徴的にも「裸」になり、自由を見つける。しかし物語は直子を幸せのままで置いてはおかず、直子には無関係な(と思いたい)世界から、決断を迫られる。

    自分に桐野夏生を勧めてくれた女の子が、「桐野夏生作品には共感を求めてはいない」と言っていたのを覚えているけど、直子に共感をするかというのは、よくわからない。でも運命の出会いを信じて、これまでのものを捨てて飛び込むというのは、なかなかの決断なのだ。それを「抱く女」と定義するのかは疑問だけど、どうか幸せになってほしい、と送り出してあげたい。

    あと物語とは関係ないけど、高橋和巳やドストエフスキーやレヴィ=ストロースや、いいかげんな大学生でも真っ当な本を読んでてすげえなあと思った(小並感)

  •  70年安保闘争に惨敗し、学生運動が下火になり、ノンポリ学生が幅を効かし始めた'72年、浅間山荘事件、連合赤軍等、学生運動の燃えカス共が内ゲバをしていた時代の吉祥寺、荻窪あたりを舞台とした成蹊大学生の群像劇でしょうか。
     ’72年当時を生きた学生達の時代感覚をお勉強するつもりで読むなら、参考になる作品。ただそれだけの陳腐な青春小説です。

    (内容紹介)
    この主人公は、私自身だ――。1972年、吉祥寺、ジャズ喫茶、学生運動、恋愛。「抱かれる女から抱く女へ」と叫ばれ、あさま山荘事件が起き、不穏な風が吹く七〇年代。二十歳の女子大生・直子は、社会に傷つき反発しながらも、ウーマンリブや学生運動には違和感を覚えていた。必死に自分の居場所を求める彼女は、やがて初めての恋愛に狂おしくのめり込んでいく――。揺れ動く時代に切実に生きる女性の姿を描く、永遠の青春小説。

  • 1972年を生きる女子大生

    舞台となる街は良く知ってる場所だし
    大学も同じ。さらに自分自身ジャズ喫茶でのバイトの経験もある(笑)
    ・・・と、年代は違うけれどなんとなく「あ、これはあそこかな?」という感じで読み始めた。

    けれど
    酒、たばこ、麻雀、セックス
    そして学生運動、ウーマンリブ、セクト同士のリンチ等々
    歴史としてしか知らないその時代が
    リアルに迫ってきて息苦しくなってくる。

    ひたすらもがく主人公に「もうちょっとしっかりしろよ!」と言いたくなる

  • 女の人が今のように強く前に出てきたのはこの話の時代を経て直子のように憤りや不安で揺れ動いた人がいっぱいいたからなのかも。
    いろんなことを諦めて流されながらも前を向くしかない、過去は振り返らない面はきっと直子を自立した大人にしていくのではないかな。
    どんな生き方でも自分で決めたんなら突き進むしかない。

  • 平成29年1月9日読了

  • 個人的にあまり好きじゃない。タイトル的には男に抱かれるのではなく自分が男を抱いてるって事でいいのかな?とにかく時代設定も古くて学生運動とかピンとこないし、好きな男とどうなるかもわからないのに大学辞めて家も出るとかあまり意味がわからない。

  • 時代の風俗がリアルに描かれているところが見どころ。

  • 昭和、連合赤軍が世間を騒がしいた頃。の、学生の女の子のむずむずする感じがむずむずするまま描かれている。むずむずに出口はない。さっぱりなんかしない。誰にも感情移入はしない。でもこの時代の本はなんとなく読みたくて読んでしまう。桐野夏生さんの本のカテゴリって、最近のものはほとんどミステリではないのだな。もともと違うか。

  • 現代でも共感できるところはあったりなかったり...
    まあ久々に読めた小説ではあった。

  • (2016.05.29読了)
    1972年9月〜12月、吉祥寺にあるS大学に通う女子大生のお話。実際、作者自身がこの時期成蹊大学の学生です。
    桐野夏生はけっこう好きでよく読みますが、これはいまひとつでしたね(-。-;
    学生運動、ジャズ喫茶、麻雀…、私とは世代が違うせいもありますが、それにしても主人公の考え方、生き方に共感できないというか、むしろ嫌いです。
    自分が歳をとったのでしょう「ちゃんとしろよ!」と説教したくなります(^_^;)

  • ウーマンリブ、学生運動の背景があるけど、この時代設定は必要なのかどうか。ハタチの直子はどんな時代に生きてもこんな感じで生きてる気がする。
    バカ女、イライラする、言い訳ばっかりだな…と何度思ったことか(笑)多分それを狙ってるのかな。

    もっと女の人が戦う話なのかと思ってたので期待はずれだった。

  • 1972年。学生運動。麻雀、酒、タバコ、そしてジャズ。女性が生きづらかった時代の、女性の話。家族、男、社会の話。それでも愛に満ちた日常。愛する男を見つけた彼女は、果たして幸せに過ごせるのだろうか?

  • 1972年学生運動真っ只中であり
    「抱かれる女から抱く女へ」ウーマンリブはしりの時代
    大学にも行かずジャズ喫茶と雀荘と男の間をフラフラと渡り歩く女。
    煮えきらずどっちつかずでも
    現代の女性よりしっかり世相は把握してるようにも思える。
    彼女の行く道に希望は見えないが、
    それでも心許せる相手を見付けられただけでも良かったとも思う。
    【図書館・初読・3/17読了】

  • 1972年、吉祥寺、ジャズ喫茶、学生運動…。女性が生きづらかった時代に、切実に自分の居場所を探し求め続ける20歳の直子の姿を描く、永遠の青春小説。

    1951年生まれ全共闘世代の桐野夏生が描く「当時の」話。桐野は成蹊大卒だから当時の吉祥寺の雰囲気は実体験に基づくものだろう。ただ私にとって全共闘世代ははるか遠い存在で、実際に早大文学部生が革マル派に惨殺された事件があったことなど、本作を読んでネットで調べるまで全く知らなかった。そこにこの本を読んだ意義があったと思いたいが、本作自体は主人公にイラつくだけで何の魅力もなかった。
    (C)

  • 桐野夏生はいつもキリノナツキとよんでしまって、あとからキリノナツオだった!と少し恥ずかしい思いをします。

    以前読んだことがあるのが「グロテスク」と「東京島」。人間関係のドロドロを書くのが上手ですよね。それぞれ、はたから見てて(客観的に見て)「痛い女」が出てくる。うわ~こういう人って痛い、痛々しいな~と思ってみてるけど、ふと気づく。「自分も意外とそうなんじゃないか」と。もしくは「そうなっちゃうんじゃないか」と。

    「抱く女」に登場する主人公は、読み始め、感情移入して共感する感じで読んでいたけれど、ふと気づいて客観的に見たときにいわゆる「痛い女」だった。

    私が学生のころ、彼氏がころころ変わる女の子が何人かいて、どの子も付き合って、別れて、すぐ次の彼氏と付き合ってってことは同じだけど、まわりからの”評価”が違った。かたや「あの子はモテるよね」、もう一方は「あの子は軽いよね」。その評価ってどこで分かれてるんだろうと疑問に思ってた。

    そんな学生のころ、そして今もある”何か”を含めた”女性”ネタが描かれている作品だな~と思った。

    舞台になっているのは1972年で、まだまだ「男女不平等」が当たり前だった時代。その中で、主人公の直子は憤っている。女の価値が、男の値踏みによって決まることに。

    でもこの作品を読んでいて私が思ったのは、男女不平等が当たり前だった1972年と、男女平等が当たり前だけど全然平等じゃない2016年、どちらが女性は幸せなのかなってこと。

    結局今も昔も、女の生きやすい生き方って変わってないんじゃないか。性別関係なく、ひとりの人間として女性が自立するためには、戦わなくちゃいけない。戦い続けるのは疲れる。結局現状に合わせて、男主体の社会で従うほうが効率よく生きれる。

    この作品の結末は、結局直子が「ひとりの女性として生きていく」というところに落ち着く。

    男優位の社会に憤って、男と平等であろうとして生きづらい生き方をこれからも生きていくわけではない。戦い続けるわけではない。

    まわりが理解してくれて、自分の生きやすい社会が実現するわけでもない。

    人との出会いによって、直子が自然に、女性として生きていくことを選んだ。と私は感じました(結末のとらえ方は、読者によって全然違う作品だと思います)。



    この作品が理想を語る夢物語だったとしたら、戦い続ける女性カッコイイ!だったり、理解してれる人がいたよハッピーで終わるけど、そうならないところが、桐野夏生ならではの、皮肉であり、説法であるようなそんな感想を抱きました。

    ひとりの女性として戦わなくちゃいけない環境から、人と出会い、誰かとカップルになることで戦わなくてよくなっちゃうって、まさに今の女性の生き方、生きやすさじゃないの。

    悲しいかな、「ただの夢物語」のほうが、読後感はスッキリする。

    「夢も希望もない」作品なのです、これは。とりあえず苦しんだあと救われてなんだか達成感さえ得るような作品ではないです。だから、私以外の評価も総じて低いのではないかなー……

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抱く女の作品紹介

この主人公は、私自身だ――。1972年、吉祥寺、ジャズ喫茶、学生運動、恋愛。「抱かれる女から抱く女へ」と叫ばれ、あさま山荘事件が起き、不穏な風が吹く七〇年代。二十歳の女子大生・直子は、社会に傷つき反発しながらも、ウーマンリブや学生運動には違和感を覚えていた。必死に自分の居場所を求める彼女は、やがて初めての恋愛に狂おしくのめり込んでいく――。揺れ動く時代に切実に生きる女性の姿を描く、永遠の青春小説。

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