不愉快な本の続編

著者 :
  • 新潮社
3.26
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本棚登録 : 454
感想 : 99
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  • Amazon.co.jp ・本 (147ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104669059

作品紹介・あらすじ

女と暮らす東京を逃げ出した乾。新潟で人を好きになり、富山のジャコメッティと邂逅し、そして故郷・呉から見上げる、永遠の太陽-。不愉快な本を握りしめ彷徨する「異邦人」を描き、文学の極点へ挑む最新小説。

感想・レビュー・書評

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  • スピン3号の「絲山秋子 デビュー20周年」で改めて、著者の作品に向き合う。
    中期の作品、意外に知らないものも多く、その中の本作を選ぶ。

    退廃的な中に本来の優しさが潜んでいる、著者独特の人間観。
    登場人物みんなどこかアウトローでいて、人間臭くて、見放せない、そんな日常でもあり非凡な世界でもある。

  • 短編集『ニート』に収録されている「愛なんかいらねー」で衝撃のアブノーマルっぷりを見せつけた乾が主人公。カミュ「異邦人」が参考文献に挙がっているように、ムルソー同様 肉親に対して情の薄い乾は、実家とは音信不通。パリに留学するも、美しい変態娘アイシャと狂乱を尽くしただけ。金貸しが趣味のヒモ…とことんクズの彼が初めて本気で人を好きになり、結婚する。しかし乾は「不愉快な本」にしか興奮出来ず、結婚生活は続かない。

    近代美術館に展示されているジャコメッティの裸婦立像に魅了され、盗み出したそれをかわいそうな元同級生に託し「ああオレも太陽が見てえ」と逃亡し、たびの人になる乾。彼の行き着く先は…。

    訳の分からない嘘つきなクズ野郎、なのに時々真理としか言いようのない言葉を言わせてしまう絲山さん。
    「ボクだって腹は減るんだよ。でも手のこんだ料理はしたくない。だからお湯沸かしてカップヌードル食っちゃう」は、リアリティある。ユミコの立場なら悲しくなるけど…

  • 過酷な中を生き抜いた人が書いた文章。絲山さんのものにそんな雰囲気を見い出すことがある。『不愉快な本の続編』はその傾向が強く、読みながら「孤独」という絲山さんの本を読むと思いだされる言葉について考えさせられたり、強靭な精神を持つ絲山さんの背中が合わせて頭の中に浮かんだりするのだった。

    内田先生の『他者と死者』でカミュの『異邦人』のあっと思わせるような引用に出会ったところで、また『異邦人』を下敷きにしているともとれるような作品。『異邦人』また読みたくなる。

    これが「本」であることに意識的な作りになっているが、そこかしこに絲山さんの本音が織り込まれているように思う。「男であること」「女であること」に対する絲山さんの独自の意識へ関心が向かう。

    それにしても文芸書を読んでいて「オラクルマスター」なんて言葉に出会うとは思わなかった。杉村の職業はSEだし。

  • 「じゃあ、あんたのモデルは一体誰なんだ?」
    絲山作品の中でも特に幾つも付箋を貼りたくなりような言葉が溢れている作品だった。

  • ルックスが良いらしく、女性にモテ、ヒモのような生活を長年送ってきた主人公。
    この物語でいう「不愉快な本」とは変態的な性癖のことだ。彼は女を汚す趣味があるのだけれど、それは最初の段階ではもちろん自分で選択したことではない。何に欲情するかなんて人間が自分で決められることではないし。彼の本はたまたま他人から見ても、時折は彼から見ても「不愉快」な内容だったのだ。
    その不愉快な本から生まれ出た彼はそれを鞄の奥底にしまうように扱ったりしながらもやはりそれに振り回され、大事な人を失ってしまう。

    よく人生を本に例えたりなんかして、自分で書いていくんだみたいなことをいうやつがいるけれどやはりそうじゃないと思うんです。いや、基本的にはそうなんだろうけど、書き換えができない部分を多く含んだ本を持って生まれる人間もいるということ。そしてそれを適当に往なしながら生きていくしかないということ。その本が何かの誰かをモデルにして書かれたなんていうことは本来多くの部分であり得ない筈で、なお書き換えが難しいのであればこう生きていくしかないと。

  • 初絲山氏。
    初挑戦なので作風がわからなかったのだが、どうやらいつもこんなトーンの作品を書く方らしい。

    自堕落な主人公ケンジロウの目を通して語られる物語は、軽薄なのに理屈っぽい、リアリティ溢れるようでいてどこか不条理な奇妙な世界だ。
    読んでいて楽しい物語でもない。どちらかというと不快を感じるくらいのストーリーなのだが、不思議と引き込まれあっという間に読了した。
    何をどこまで描くか、どういう言葉選びにするか、そのあたりの著者の絶妙なさじ加減の為せる技なのかもしれない。

    一歩間違えると嫌悪でだけで終わってしまいそうだが、他の著者の作品もちょっと読んでみたくなる、癖になりそうな感じだ。
    思いのほか文学的に幕を閉じるラストも悪くない。

    オマージュ的に取り上げられるカミュの「異邦人」も、どんな話だったかすっかり忘れてるなあ。
    読み返してみようかな。

    余談。
    初めて読むので短編なら入りやすいかな、と思って手にしたのだが、短編集じゃなかった…。

  • 面白かった。

    何もかも捨ててすぐに蒸発してしまう
    住民票はちゃんと移す
    何を失っても平気なのに
    弟の死にダメージを食らう。

    弟が変わらずにずっとそこに生きて暮らしていると信じてそれゆえに流浪できたということか。嫁いでも帰る実家がある女みたいなものかな?

    呉・新潟・富山の街が暮らしているよそものの視点から書き分けられていて面白い。
    新潟市に住むものとしてはメジャーじゃないところが書かれていてびっくり。富山市に行ったことないわ。240キロも離れているのか。

    ジェノヴァの街の描写を読むと塩野七海の「ローマ帝国亡き後の地中海世界」を思い出した。どこにも行きつけないような細い迷路と山の上の街はイスラム海賊の略奪から人や財産を守るためだということを。

  • どうしようもない。肩掴まれて揺さぶられる

  • 男性主人公、しかも変わったやつとかヒモ系とかを語らせるのは絲山秋子 に限ると思う。残念なことにそれを証明するほど読書をしていないが・・・・。

    主人公の落ちっぷりが見事で、彼は誰も恨んでいないし、自分を憐れんでもいないし、悲観的にもなっていないし、かといって笑い飛ばすこともできない。とにかく救いがないのである。
    誰を恨んでいるのかは薄々わかるのだけれど、気付いていないのか気付かないフリをしているのか・・・。そういうところが現代社会の弱い立場の人たちを見ているようで何とも言えない気持ちになる。もしかすると私も「弱い立場の人」なのかもしれないことにもはっとする。

    浪人や留年は許されるが、大学卒業と同時に就職が決まっていないと「負け組」のレッテルを貼られてしまぞと警鐘を鳴らしているようにも見えるし、そういう社会を嘲笑しているようにも見えるこの作品。
    大学を出てもそのへんのアパレル系の店で店長をやるくらいしか能がない男、ちゃんと働いていても犯罪行為でしか自分を癒せない女、留学するほど能力があるのに性癖のせいで自分を押し殺してしまう哀れで不愉快さも表せない男。
    こういう話を高学歴な絲山秋子のような作家が書くと妙に説得力がありリアリティが増す。だから私は彼女の私生活まで気になってしまうのだ。現代社会の影の部分であったり、人があえて目をそらしてしまうことを堂々としかし悲観的にならずに書ける作家の一人だろう。

    まったく不愉快で愉快な1冊であった。不愉快なので星はあえて3つとする。

  • 年上の教授?のヒモの男・乾が主役の話。
    色々なことに飽きて、女性を転々と変えるような生活を以前までしていたが、遠くへ行こうとフラフラする。
    フラフラした先で、結婚。
    結婚なんて考えてもいなかった。でも、なぜかした。
    しかも今までの自分では付き合いたくないタイプの女性と。
    結婚したけれど、精神的な意味で人と触れ合うことを避ける乾。踏み込まれたくないらしい。
    今度は、その妻に飽きられる。
    そうやって行く先々で居場所をなくして、転々とする男の一生を描く。
    どこにいても、誰といても一人。

    どこかでこの設定見たことがあると思ったら「ニート」の中の短編の続きだと、あとで知った。
    面白いけど、ロマンが全くない笑
    読んだあとに「ほぉっ」とするものを、今の自分は求めているだけなのか。
    「袋小路の男」の中の短編、アーリオ オーリオも似たような、他人に深く踏み込まれたくなくて、静かにじわじわと独りを極めていく男の話なんだけど、爽快感がある。

    「独りを極めるひと」というのは、絲山秋子作品のだいたいの共通点なんだけど、物語によって読後の感触がこんなにも違うのは、とても美味しいこと。
    もっと読みたいと思わせる、素敵なひとですな。

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著者プロフィール

1966年東京都生まれ。「イッツ・オンリー・トーク」で文學界新人賞を受賞しデビュー。「袋小路の男」で川端賞、『海の仙人』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、「沖で待つ」で芥川賞、『薄情』で谷崎賞を受賞。

「2023年 『ばかもの』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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