君が夏を走らせる

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (281ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104686032

感想・レビュー・書評

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  • 小説を読み終えた瞬間、その作品に感動すればするほどに、登場人物のその後が気になるものです。現実世界であれば、風の便りにAさんは結婚したんだってとか、B君は母校の教師になったんだってとか思わぬ情報を得て盛り上がったりもします。でも小説はそういうわけにはいきません。想像の世界の話だからです。代わりに読者自身がああだこうだと想像力を働かせて楽しむこともできますが、作者ご本人にそれをやってもらえるとこれはもう望外の喜びです。この作品は、「あと少し、もう少し」で二区を走った大田君のその後を描いた物語。それだけでなく、あの後の試合の結果まで知ることのできる貴重な一冊でした。

    『-やいやいやい-と泣き出す鈴香』、なんとあの大田君が1歳10ヶ月の子供の面倒を見るアルバイトを始めるところから作品はスタートします。あの大田君が!金髪ピアスで小学校時代からタバコをこよなく愛したあの大田君が子守をする衝撃。瀬尾さんは、親から子どもを預かった大田君の心境を『タスキを受け取ったら、うまくいこうがいくまいが、倒れようとも前に進むしか選択肢はない』という「あと少し」を意識した表現で表します。

    大田君は「あと少し」で金髪を刈り上げたはずでした。その大田君のやっぱり感。一度堕ちると這い上がることが如何に難しいかというこの国の現実。アルバイトと言ったって経験のない育児は大変です。
    『ぶんぶー』『でったー』、子どもの言葉は意味不明。何をやっても泣き止まない鈴香。でも次第に『今まで子どもが好きだなんて一度も思ったことはないけれど、小さなものは単純にかわいい。』という時がやってきます。『目の前のこと以外に気を回す暇などない。居心地が良くなっていく。』とまで感じ出す大田君。

    1歳の子の成長はあっという間です。『鈴香にとっての一ヶ月は、俺の何年分に値するのだろう。』と考える大田君。色々なことがどんどんできるようになっていくのを見るのは誰だって嬉しいものです。思えば人は歳を取ればとるほどに何かを習得するために時間がかかるようになります。人生の経験値は赤ん坊など比べ物にならないくらいに持っているはずなのに、言葉だけでなく文字を使っても学べるはずなのに、子どもの頃の跳躍には全く勝てません。

    子供のことをお母さんが言います。『100%の勢いで頼ってくるんだもん。でも、全力でこっちを向いてくれる時期って、本当短いよね。』そう、子どもはいつも全力で向かってくるもの。打算も計算もなく100%の気持ちで立ち向かってくる。何事にも100%の力で立ち向かっていく。それを受け止める喜び、楽しみ。

    それが、やがて大きくなるにつれ、時間の経過とともに打算という言葉を覚え、力を抜くことも覚え、色々なものを諦めていく、それが成長するということなのかもせれません。でもその中で何を捨てるのか、何を諦めるのか、こういった部分で人の生き方が決まっていくのだろうと思います。10代の大田君にはまだまだ無限の可能性が残っている。堕ちても堕とされても這い上がれるかは自分次第。まだ間に合う年代。

    もうこの先のさらなる続編はないと思いますが、とても納得感のある結末に、とてもスッキリと爽やかな気持ちで読み終えることができました。

    「あと少し」を先に読むことで、感じ方の奥行きが全然違ってくる。他の5人のその後も是非見てみたい、是非知りたい、そう感じた作品でした。

  • 小学校時代から真面に授業を受けず喫煙したり髪を染めたり先生に反抗ばかりしてきて今や高2となった俺 大田。その俺に高1で辞めた先輩から夏1ヵ月のバイト依頼が!なんと急に2番目の子供が産まれそうなので上の1歳10ヶ月の女児 鈴香の半日子守のアルバイト。尻込みするも断わり切れずに渋々引き受けた俺の素敵過ぎる成長体験物語ですね、もちろん鈴香と大田の♪
    雑誌連載時の題は「夏が僕を走らせる」だったそうだけど改題の方がいいですね。
    いずれにしろ瀬尾さんらしい爽やか青春もので暫しコロナ禍を忘れて読めましたよ笑

  • 「 あと少し、もう少し 」のスピンオフの話
    不良少年大田君に会うのはら5ヶ月ぶり
    不良だったけれど、その走力を買われ駅伝メンバーに駆り出され丸坊主にしてチームに貢献した大田君も高校生になったんだと
    ニンマリ

    この大田君、不良時代の先輩に頼まれ、1ヶ月間、1歳10ヶ月の鈴香ちゃんの子守をするはめに
    これがなんとも微笑ましく、読者にとっても幸せな時間になった

    最初は、苦戦していたけれど、ままごとの炒め物の具材に色・形さまざまなマカロニを買いに走ったり、子どもたちを肩車して一躍公園の人気おじさんになったり・・・
    お母さんに、
    「あんた、気づいてる? さっき、フライパン揺すりながらジュジューって言ってたわよ。ものすごく不気味だった」
    と指摘されるハメに
    これには吹き出してしまった

    この子守シーンがこの物語の中心でありながら、大田君の心のモヤモヤ、自分のエネルギーの持って行き場を見つけることができず、かといって、不良仲間とつるむこともできず苦しんでいる心情描写がすごくよかった

    必死にならざるをえない衝動。誰かのために駆り立てられる気持ち。自分の全身全霊を動かしている快感。一つ一つ目の前にあるものを誰かと共に超えていくことで満たされていく時間。それを知ってしまった今、昔の俺には戻れなかった

    不良でもなければ、ひたむきでもない。ただ、先に何も見えないまま、何も手にせず、ぼんやりと立っている。それが俺だ。今の自分を考え出すと、やりきれなくなる

    只者ではない中学時代の陸上部顧問の上原先生
    今回もさらりと、言ってのける
    「いつだって、どこだって、だいたい誰かが走っている。それに大田君を駆り立てるものだって、そこら中に転がってる。まだ
    16歳なんだもん。わざわざ振り返らなくたって、たくさんのフイールドが大田君を待っているよ」

    走ることが本当に好きだと気づいた今、きっと一歩を踏み出すに違いない。
    大田君、ばんばって!

    ☆☆☆☆☆
    「あと少し、もう少し 」を先に読んで、これを読んだ方が絶対
    いいですよ!

  • 不良上がりで高校でも燻っていた16歳が、知り合いの2歳弱の子供を1ヶ月面倒見ることになり、生き生きとした毎日を取り戻すまで。
    このくらいの年の子供の行動や言葉の描写がとてもリアルで可愛らしくて思わずクスッとなってしまう。
    「3歳以前の記憶は残らない」とあったけど、確かに私の最初だと思われる記憶も3歳の七五三の時。それ以前も両親は、いろいろなところに連れて行ってくれたり、おいしいものを食べさせてくれたり、なんとか楽しませようとしてくれていたのかな、と読みながら思いを馳せた。

  • 本屋大賞受賞の「そしてバトンは渡された」よりもこっちの方が好きかも。ヤンキー風味の16歳の少年がこんなに語彙が豊富かなぁ…とか、2歳前のチビちゃんの世話をここまで出来るかなぁ…などという素朴な疑問は生じるけれども、それをおいても読後感の清々しさが勝つ。

    作中に、「受け渡す」などあのタイトルに通じる一節があったり、「あと少しもう少し」ってセリフ、あれ?どこかで聞いたな?と思ったら、この話の前編にあたる本のタイトルらしい…読まにゃ。2019.7.12

  • 今回もすごーーーく優しい本でした。
    瀬尾まいこさんは、本当に安心して読める。豊かな気持ちになれる。
    16歳の男の子が、ほぼ2歳児の世話、できるのかなーって思っちゃうけど、きっとそこは理屈じゃないんだろうなぁ。
    本能の赴くままに。青少年よ、無駄な時間を過ごしながら、立派な大人じゃなくていいから、心温かい大人になって欲しいとおばさんは思うよ。

  • ずいぶん前に読んだ『あと少し、もう少し』のスピンオフ作品。(とても良かったけど、一人一人についてはあまり覚えていない…)

    ひょんなことで、先輩の娘(1才10ヶ月)のシッターバイトをすることになった俺。
    小学校で授業から脱落し、散々荒れた中学時代にこちらもひょんなことで駅伝の選手として走り、初めて人と一緒に努力して充実感を得られたが、今は不良だらけの高校で、物足りない日々を過ごしていた。
    小さな鈴香のシッターをしながら、また俺の毎日が輝き始める様子が、とても気持ちよく楽しめました。

  • 「君が夏を走らせる」
    素敵なタイトルですね。
    夏の間に読むつもりが、秋になってしまった。

    荒れた高校に在籍していて、まぁ今時の若者という感じの主人公、大田くん。
    先輩に頼まれて、1歳11ヶ月の先輩の娘鈴香と過ごすことになる。
    読みながら、どんどん大田くんが良い方に進んでいくから「きっとどこかに落とし穴があって、よくなってた分反動で落ちてしまうに違いない…」と恐々読んでいたんだけど(大田くんが誤解されて警察に捕まったらどうしよう、とか考えていた)、そんな心配はご無用でした。
    登場する人たちがみんな良い人だったなぁ。
    そして別れ際の大田くんも、とてもさっぱりとして潔い。
    とてもさわやかな話だった。

    鈴香ちゃんの可愛い描写読んでいたら、我が子の一歳当時の姿がなつかしくなって動画見ちゃったよ。
    我が子は一歳の時、こんなに会話のラリーは出来てなかったですね。
    鈴香ちゃん、「すげー」です!

  • ひたすらに鈴香ちゃんが可愛くて、鈴香ちゃんを溺愛してしまう大田くんが愛おしいお話。

    ただバイトとして世話をするんだとしたらレトルトご飯をあげ続けて公園に毎日ついて行ったりしなくても良かったと思う。
    でもそうしなかった大田くん。沢山お世話をしたくなっちゃう可愛さの鈴香ちゃん。
    妊娠しているのにノート1冊ぎっしりに情報を書き込むお母さんもすごいなぁと思った。

    大田くんが過した鈴香ちゃんとの夏を覗き見してとても幸せになれる、夏に読むべきだと感じた

  • 楽しい時間、充実した時間を過ごすと、ずっとこうしていたい、ここにいたいと思うけれど、ずっと同じ場所にはいられない、いちゃいけない、そして戻っていかない。
    時間を過ごしているうちに、何かが自分の中に生まれたり、育ったり、変わったり、なくなったりして、「今までの自分」から「次の自分」に変化しているのだろうなぁ、そんな自分が次にいく場所、過ごす時間、そこにいる人や物。それがうまく見つからない苦しさと焦り、そして見つかったときの喜び。


    どの世代のどんな人にもある気持ちを、瀬尾さんは自然に思い出させてくれる作家さんだと改めておもいました。

著者プロフィール

1974年大阪府生まれ。大谷女子大学文学部国文学科卒業。2001年『卵の緒』で「坊っちゃん文学賞大賞」を受賞。翌年、単行本『卵の緒』で作家デビューする。05年『幸福な食卓』で「吉川英治文学新人賞」、08年『戸村飯店 青春100連発』で「坪田譲治文学賞」、19年『そして、バトンは渡された』で「本屋大賞」を受賞する。その他著書に、『あと少し、もう少し』『春、戻る』『傑作はまだ』『夜明けのすべて』『その扉をたたく音』『夏の体温』等がある。

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