- Amazon.co.jp ・本 (639ページ)
- / ISBN・EAN: 9784105058739
感想・レビュー・書評
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『われらが歌う時』はあんなに好きだったのに『舞踏会』と『幸福の遺伝子』はなぜか全く入り込めなくて途中で読むのをやめてしまったパワーズ。今回、背水の陣でこの本を手にとりました。
『われら』は私にとってわかりやすく感動的だったのに対し、こちらはわかりづらく、しかし確実にじわじわくる感じ。
序盤は冗長な気がしないでもなかったけども、途中でふと、パワーズは好きなことを好きなだけ好きなように書いているのでは?と気づいてからは、ならば、とにかく今回はそれに付き合おうと腹をくくった。
んで、迎えた終盤。登場人物ひとりひとりが、自分自身のどうにもならなさ、やむにやまれなさに、ばったばったと膝から崩れ落ちていくさまが、とにかく圧巻で美しくかなしく、もう動悸がとまらなかった。そして、私もまた、人生のあるときに、カリンであり、マークであり、ウェーバーであり、シルヴィーであり、ダニエルであるのだと思って本を閉じた。で、一夜明けて読んだ訳者あとがきには、この小説の構造自体が脳なんだって書いてあるじゃないか。唸る。
他にも、理系ぽいテーマなのに詩的(というか詩そのもの)なところとか、アメリカ社会のなんともいえない寂しさを鋭すぎる切れ味でちょこちょこ入れ込んでくるところとか、ほんとうにみごとだったのだけれど、なんといっても、鶴。
鶴が想起させるイメージの豊さよ。
何年か前に読んだ、南北朝鮮の境界線を舞台にした、アンソニー・ドーアの『The Demilitarized Zone』っていう短編でも、鶴がものすごく印象的に使われていたのを思い出した。パワーズがすごいのか鶴がすごすぎるのか、もはや私にはよくわからない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
事故で脳損傷を受けた弟(損傷した脳で施行される事柄やパターンが凄く面白い)と、それを親身に看病する姉や周囲の人々が織り成すドラマ。社会的状況、水域・環境問題、鶴の保護、姉の置かれた状況、脳神経学者の葛藤、事故の真相と残された謎のメッセージ。それぞれが絡み合って物語はすすむ。登場人物の全てが大なり小なり問題を抱えている。飽きることなく最後までグイグイと引っ張られるようにページが進む。最後の方に出てくる鶴が舞う描写は凄く詩的で美しい。パワーズは美しいものを実物よりも美しく描写する作家だと思う。
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パワーズは著書ごとにテーマを設ける。「われらが歌う時」は音楽、本書では脳科学だ。テーマの書き込みの専門性と緻密さの裏には、膨大な知識、それを得るための膨大な研究があるのであり、作者の知性に敬服する。
そして彼のストーリーテリングは超一流だ。大きな流れに身を任せる快感、強烈なドライブ感がありつつ、どこに連れて行かれるか予想もできない。これほどの物語力は世界有数、少なくとも日本にはいない。村上春樹も遠く及ばない。そもそもタイプが異なる。村上春樹はパーソナルで内に向いているが、パワーズの物語は外に向かって伸び、社会や国家を語る。アメリカそのものを語っている。
われらが・・・と同じ表現を使うが、ミクロにはカプグラ症候群になった弟、姉、友人たち、医師のパーソナルな物語がある。自信を失い行き場を失い、途方に暮れた人々がぶつかり合いながら軋んだ音を立てる。更に顕微鏡を覗くように、脳のニューロンにまで仔細に言及するが、きっちり物語に織り込まれ、読者の誰も置いて行かない。「白鯨」の鯨の説明は飛ばしたくなるが、ああいうことは起きない。弟が逢った事故の原因は?置手紙の書き手は?カプグラ症候群のマークはどうなる?謎解きを含んでストーリーはスリリングに進む。
そうして一人一人をありありと描きながら、マクロに浮かんでくるのは9.11後の社会だ。決定的に損なわれ、喪われ、先が見えず、テロへの報復という妄想に取りつかれて暴走するアメリカが重ねあわされる。舞台はニューヨークではなく中西部の田舎町であり、戦争やテロの狂気はどこか遠いこだまのよう。真実とフィクションの見分けが曖昧になる。これは多くのアメリカ人、そして我々日本人の実感ではないだろうか。
また、全体を通して大きな存在感を持つのは鶴。動物の脳と本能が人間のそれと比較されこだましあいつつ、環境問題というもう一つのテーマがオーバーラップする。ミクロとマクロの構成のダイナミズムは、細胞から構成された生命体のように息づいている。
同時代性を重視して書かれたことは明らかであり、もっと早く翻訳を出してほしかった。そして訳者の日本語の言葉づかいがやや気になる。そもそもこだま=谺って漢字も分かり辛いわ・・・ -
自分の継続性と種の継続性と地球の継続性と自分の境界。
多数決の説得性と,一人の脳損傷患者の説得性。
世界がぐらぐらするのと,鶴の河辺の雰囲気が対照的でぐっとくる。
どうぶつ万歳。
初めて私と同じ思想の人物がいて嬉しかった。作者と同じ思想ではないと思うけど。