エコー・メイカー

  • 新潮社
3.62
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感想 : 26
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  • Amazon.co.jp ・本 (639ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105058739

感想・レビュー・書評

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  • 『われらが歌う時』はあんなに好きだったのに『舞踏会』と『幸福の遺伝子』はなぜか全く入り込めなくて途中で読むのをやめてしまったパワーズ。今回、背水の陣でこの本を手にとりました。
    『われら』は私にとってわかりやすく感動的だったのに対し、こちらはわかりづらく、しかし確実にじわじわくる感じ。
    序盤は冗長な気がしないでもなかったけども、途中でふと、パワーズは好きなことを好きなだけ好きなように書いているのでは?と気づいてからは、ならば、とにかく今回はそれに付き合おうと腹をくくった。
    んで、迎えた終盤。登場人物ひとりひとりが、自分自身のどうにもならなさ、やむにやまれなさに、ばったばったと膝から崩れ落ちていくさまが、とにかく圧巻で美しくかなしく、もう動悸がとまらなかった。そして、私もまた、人生のあるときに、カリンであり、マークであり、ウェーバーであり、シルヴィーであり、ダニエルであるのだと思って本を閉じた。で、一夜明けて読んだ訳者あとがきには、この小説の構造自体が脳なんだって書いてあるじゃないか。唸る。
    他にも、理系ぽいテーマなのに詩的(というか詩そのもの)なところとか、アメリカ社会のなんともいえない寂しさを鋭すぎる切れ味でちょこちょこ入れ込んでくるところとか、ほんとうにみごとだったのだけれど、なんといっても、鶴。
    鶴が想起させるイメージの豊さよ。
    何年か前に読んだ、南北朝鮮の境界線を舞台にした、アンソニー・ドーアの『The Demilitarized Zone』っていう短編でも、鶴がものすごく印象的に使われていたのを思い出した。パワーズがすごいのか鶴がすごすぎるのか、もはや私にはよくわからない。

  • なぜマークはあのメモを書いたのか。
    守護天使が自分自身だということにどんな意味があるのだろうか。

  • 事故で脳損傷を受けた弟(損傷した脳で施行される事柄やパターンが凄く面白い)と、それを親身に看病する姉や周囲の人々が織り成すドラマ。社会的状況、水域・環境問題、鶴の保護、姉の置かれた状況、脳神経学者の葛藤、事故の真相と残された謎のメッセージ。それぞれが絡み合って物語はすすむ。登場人物の全てが大なり小なり問題を抱えている。飽きることなく最後までグイグイと引っ張られるようにページが進む。最後の方に出てくる鶴が舞う描写は凄く詩的で美しい。パワーズは美しいものを実物よりも美しく描写する作家だと思う。

  • パワーズは著書ごとにテーマを設ける。「われらが歌う時」は音楽、本書では脳科学だ。テーマの書き込みの専門性と緻密さの裏には、膨大な知識、それを得るための膨大な研究があるのであり、作者の知性に敬服する。
    そして彼のストーリーテリングは超一流だ。大きな流れに身を任せる快感、強烈なドライブ感がありつつ、どこに連れて行かれるか予想もできない。これほどの物語力は世界有数、少なくとも日本にはいない。村上春樹も遠く及ばない。そもそもタイプが異なる。村上春樹はパーソナルで内に向いているが、パワーズの物語は外に向かって伸び、社会や国家を語る。アメリカそのものを語っている。
    われらが・・・と同じ表現を使うが、ミクロにはカプグラ症候群になった弟、姉、友人たち、医師のパーソナルな物語がある。自信を失い行き場を失い、途方に暮れた人々がぶつかり合いながら軋んだ音を立てる。更に顕微鏡を覗くように、脳のニューロンにまで仔細に言及するが、きっちり物語に織り込まれ、読者の誰も置いて行かない。「白鯨」の鯨の説明は飛ばしたくなるが、ああいうことは起きない。弟が逢った事故の原因は?置手紙の書き手は?カプグラ症候群のマークはどうなる?謎解きを含んでストーリーはスリリングに進む。
    そうして一人一人をありありと描きながら、マクロに浮かんでくるのは9.11後の社会だ。決定的に損なわれ、喪われ、先が見えず、テロへの報復という妄想に取りつかれて暴走するアメリカが重ねあわされる。舞台はニューヨークではなく中西部の田舎町であり、戦争やテロの狂気はどこか遠いこだまのよう。真実とフィクションの見分けが曖昧になる。これは多くのアメリカ人、そして我々日本人の実感ではないだろうか。
    また、全体を通して大きな存在感を持つのは鶴。動物の脳と本能が人間のそれと比較されこだましあいつつ、環境問題というもう一つのテーマがオーバーラップする。ミクロとマクロの構成のダイナミズムは、細胞から構成された生命体のように息づいている。
    同時代性を重視して書かれたことは明らかであり、もっと早く翻訳を出してほしかった。そして訳者の日本語の言葉づかいがやや気になる。そもそもこだま=谺って漢字も分かり辛いわ・・・

  • 自分の継続性と種の継続性と地球の継続性と自分の境界。
    多数決の説得性と,一人の脳損傷患者の説得性。
    世界がぐらぐらするのと,鶴の河辺の雰囲気が対照的でぐっとくる。
    どうぶつ万歳。
    初めて私と同じ思想の人物がいて嬉しかった。作者と同じ思想ではないと思うけど。

  •  彼の翻訳小説は全て挫折せずに読んできた。エンタメ小説とは違う深みがある。カフェモカを飲みながら2ヶ月かけて読んだパワーズの本作は、またしても面白い。今回のテーマは『脳』。交通事故によるカプグラ症候群により、親しい人が偽物のなりすましだという妄想を抱いてしまった男と、その姉、脳科学者などを巡る物語。鶴も出るよ。ちょうど同時期に『Mother』というTVドラマを観ていて、渡り鳥の場面が印象的で、鶴の群れとシンクロするのだった。
     自我って、いい加減で、臨機応変で、ゆらぎまくってるものらしい。だからこんな勘違いをやらかす。「自分自身にはなじみを覚えているが、世界が見慣れぬものに変わってしまった。そのギャップを埋めるために妄想が必要なのだ。自我の至上目的は自分自身の継続だから。」(p.417) ここまで深刻な症状でなくても、みんないろんな脳の勘違いを抱えながらも、ふつうに生きている。先入観、脚色など色々。。。 つまり脳ってヤヴァイ。そんな脳の話を読む自分の脳って一体何??? 脳科学者による症例紹介がやたらと面白い。それを小説に組み込んでくるから夢中になって読める。単なる脳科学本で読むのと、小説として読むのとでは、感じ方が違ってくるのかもしれない。「ノンストップのスローのデスマッチ」という言葉に象徴される、なんとか折り合って生きている下降局面の人物たちを丹念に掬っていく物語。でも温もりや救いもある。Life goes on.
     パワーズの小説は未訳がまだまだあるので、次の刊行を楽しみに待とう。

著者プロフィール

1957年アメリカ合衆国イリノイ州エヴァンストンに生まれる。11歳から16歳までバンコクに住み、のちアメリカに戻ってイリノイ大学で物理学を学ぶが、やがて文転し、同大で修士号を取得。80年代末から90年代初頭オランダに住み、現在はイリノイ州在住。2006年発表のThe Echo Maker(『エコー・メイカー』黒原敏行訳、新潮社)で全米図書賞受賞、2018年発表のThe Overstory(『オーバーストーリー』木原善彦訳、新潮社)でピューリッツァー賞受賞。ほかの著書に、Three Farmers on Their Way to a Dance(1985、『舞踏会へ向かう三人の農夫』柴田元幸訳、みすず書房;河出文庫)、Prisoner’s Dilemma(1988、『囚人のジレンマ』柴田元幸・前山佳朱彦訳、みすず書房)、Operation Wandering Soul(1993)、Galatea 2.2(1995、『ガラテイア2.2』若島正訳、みすず書房)、Orfeo(2014、『オルフェオ』木原善彦訳、新潮社)、Bewilderment(2021)。

「2022年 『黄金虫変奏曲』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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