奇跡の脳

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制作 : Jill Bolte Taylor  竹内 薫 
  • 新潮社 (2009年2月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (255ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105059316

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奇跡の脳の感想・レビュー・書評

  • ☆2(付箋7枚/P350→割合2.00%)

    脳神経科医のジル・テイラーが左脳の脳出血を患い、その体験を奇跡の復活から語った類まれな書。
    TEDで語っているのを見て、この本にたどり着いた。
    最新の知見や研究が盛り込まれているわけではないのだが、左脳が抑制されることで広がる右脳の世界への知見はとても興味深い。


    ・脳の主な機能が右側へシフトしたことによって、わたしは、他人が感じることに感情移入するようになっていました。話す言葉は理解できませんが、話す人の顔の表情や身振りから多くのことを読み取ることができたのです。

    ・合衆国のファイルを見つけてみると、それはまた、心の中の絵。そこでわたしは二つのイメージ、つまり大統領の概念と合衆国の概念とをひとつに結びつけました。しかし医師は、実は、合衆国や大統領の意味を訊いていたわけではないのです。彼が求めていたのは、一人の特定の人間の名前。そしてそれは、「だいとうりょう」や「がっしゅうこく」とは全く別のファイルなのです。わたしの脳は「だいとうりょう」と「がっしゅうこく」から「ビル・クリントン」にはたどりつかず、諦めてしまいましたが、それは何時間も探して頭の体操に疲れ果てた後のことでした。

    ・わたしはその瞬間をはっきりと覚えています。ママはまっすぐわたしの目を見て、ベッドのすぐ横にやっ てきました。やわらかな物腰で、落ち着き払って、部屋の中の人たちに挨拶をしてまわります。それからわたしのシーツを持ち上げ、ベッドに潜り込んでくると、両腕でわたしをギュッと抱きしめたのです。肌から伝わってくる懐かしいぬくもりに、わたしは溶け込んでいきました。これは人生の中でも、忘れえぬ瞬間です。

    ・頭を切開するのがこの人たちの計画だ!と気づいたとき、わたしは恐ろしくてたまりませんでした。少しでも自尊心のある神経解剖学者なら、自分の頭を切って開けるなんて、決して、誰にも許さないでしょう。胸部と腹部、および頭蓋の窩のあいだの圧力のダイナミクスはとても絶妙なバランスを保っていて、回答手術のような大々的な侵入は、エネルギーのダイナミクス全体を完 全な混乱に陥れてしまう。

    ・頭の中でほんの一歩踏み出せば、そこには心の平和がある。そこに近づくためには、いつも人を支配している左脳の声を黙らせるだけでいい。

    ・もしあなたがカール・ユングのファンなら、そこには思考型の心(=左脳)に対する直感型の心(=右脳)があり、感情型の心(=左脳)に対して感覚型の心(=右脳)があるはずです。
    (ちょっとまぎらわしいが、ユング心理学のタイプ理論の定訳にしたがった。たとえば音楽を聴いたときに、その意味を考えるのが「思考型」、好き嫌いを決めるのが「感情型」。インスピレーションを得るのが「直感型」、ありのままの音に浸るのが「感覚型」。思考型と感情型は判断を下すので左脳的であり、直感型と感覚型は右脳的で あるとされる)

  • よくある西洋人女性の成功者テンプレート。もしくは何かにカブレ(子育てとか)中のこじらせ女子といった体で、ルノアールの「不幸など存在すらも知らないシアワセなアタシ」病や、カトリック国家の「なにがなんでも生まれながらに神に愛されてる自分ということにせずにはいられない」病とかの、何と戦っているのかよく分からないが、君のエネルギーがすごいことはわかったよ的な「女子あるある」であった。

    ところでバカは死んでも治らないという諺がある。

    映画マトリックスに、辛い現実世界での記憶を消去し、映画スターという設定でバーチャル世界に戻してもらうことを条件に仲間を裏切ったキャラクターがショボい感じで描かれていて、要するに言いたいところはそういう選択をしてしまう在り方がショボい、ということなのだが、件の諺でも同様、バカを引き合いに、在り方と肉体(脳)は関係を持たない、ということが指摘されている。

    つまり、お花畑(指向も真性も同義)も左脳が一度死んだからといって治るものでもないことが証明された格好だ。

    脳卒中という大仕事で宇宙とやらと一体になっておきながら正しさと幸せを同じものと言わないのは(精神障害であることの権利を主張する人たちを理解できないのも)、それがドラッグ患者のそれと同程度にしか捉えられていないからであろう。
    おそらくは経験が考察の母なのではなく考察が経験の母であり、考察は肉体ではないもの、多くの人が魂と呼ぶもの、によって為されるのだ。

    ゆえに、著者の所属するコロニーではお花畑であることが勝ちの条件にでもなっているのであろう、としか言いようがない。

    ただ刺激に対して選ばれた自動反応プログラムの化学物質(怒り等)は90秒以内で終わり、その後の反応は自分で選べるという話は信憑性に欠けるものの価千金の情報であった。

  • TEDでの圧倒的なプレゼンを観て、魂を揺さぶられました。という流れで、「奇跡の脳」をよむことに。話しの概要は、プレゼンで知っていたので、本を読むというより、本人のパワフルなプレゼンスでのプレゼンテションのプレゼントを文字で確認している感じ。
    そのプレゼンのなかで、私がもっと具体的に知りたいと思っていたのは、右脳のニルバーナな状態に普通の人が、つまり左脳の脳卒中をおこさずに、どうやってたどり着けるのかというところ。
    が、本書で書かれている具体的な方法論は、あまり新しいものがあるわけではない。スピリチュアル系の本とか、心理学の本で書いてある事と変らない。あるいは、コーチングなどの技術ともあまり変らないのかな?
    というより、理論的、科学的なバックグランウドはあまりなしに、これまで実践的、臨床的に発達してきたいろいろなテクニックが、脳科学的にも有効であることがわかったということかな?
    「正しくありたいのか、幸せでありたいのか」あなたはどちらを選択しますか?

  • 脳科学者でありながら脳卒中を体験したジルテイラーさんの体験記です。典型的左脳人間だったテイラーさんが右脳型人間として社会復帰するまでの心境の流れが書かれています。
    脳科学者だけあって実に客観的かつ分かりやすく書かれていました。

  • 図書館で。
    これはすごい。
    脳神経学者が脳梗塞を起こした時の状況を外から、そして脳の中でどういう変化が起こっていたのかを記した書なんて滅多ないのでは。ここまで自分の考えや感情をきちんと分析できるってすごいなあ。

    所詮自分が感じている感情は自分自身が作り上げたものだ、という説明には物凄い納得しました。外因は要素だけでしかなくてそれによって自分の内部で起こる感覚や感情は自分が選択し、反応させているんだなぁと思うと面白い。脳が受け取る感覚や反応を変えられないもの、仕方ないものとしてとらえるのではなく積極的に自分の脳をより自分らしく生きるためにカスタマイズしていくという方法は病気をした人だけでなく皆活用できる方法なんじゃないのかなぁ。

    この間NHKで楽観脳と悲観脳というプログラムを見ましたがそれとも通じる感じですね。いかに訓練により自分のものの見方を、考え方を変えていくのか。まさに脳のトレーニングみたいなものなのですね。この方もリハビリに使われたというし…もう一回私も任天堂DSの脳トレ始めようかしらん?(笑)
    この頃とみに記憶力が低下していることだし…

  • 脳卒中を体験した脳科学者の体験記。脳の専門家という事もあり、脳卒中の人は世界をどのように捉えているのか、どんな状態になってしまうかのわかりやすく細かい描写によって世界の一端を知ることが出来る。脳卒中によって、言語を司る場所が破壊それてしまうと、程度によってはここまでの言語表現を行える事は稀であるが、著者の努力や奇跡的な回復、元来脳科学者である事で普通の人より豊富な知識など条件が揃ったことで今までよくわからなかった脳卒中の人から見た世界の一部が一冊の本にまとめられている。また、左脳の一部が停止した状態は神秘体験にもにた右脳の思考体験だったそうで、むしろこの体験を通じて多くの学びや気づきを得ており、ただ病気を患って回復した以上の貴重な気づきや学びがあったそう。神秘体験をも科学的根拠に基づいた考察で説明がなされている。医療従事者が患者の目線に立つ上でも参考になると思う。

  • 右脳マインドとは。気付きを得た。

    以下抜粋
    〜左脳が回復するに連れ、自分の感情や環境を、他人や外部の出来事にするほうが自然に思われてきました。でも、現実には、自分の脳以外には、誰もわたしに何かを感じさせる力など持っていないことを悟ったのです。外部のいかなるものも、わたしの心の安らぎを取り去ることはできません。それは自分次第なのです。自分の人生に起きることを完全にコントロールすることは出来ないでしょう。でも、自分の体験をどうとらえるかは、自分で決めるべきことなのです。〜

  • 脳卒中になった脳科学者が脳卒中が教えてくれたことについて書いている。前半は脳卒中についてだが、後半は「右脳マインド」についてスピリチュアルな怪しい感じで書かれている。

  • 脳卒中からの本当に奇跡の回復.それを克明に記録した学者魂.脳の働き,仕組みがわかるし,それ以前に気持ちの持ち方,立ち直り方の仕方が丁寧に書かれている.

  • 神経解剖学者が自身の脳卒中の発症から回復までをつづった貴重な手記。脳卒中により何を失い、何を得たのか。脳卒中の「おかげ」で気づいた右脳マインドの生き方は非常にためになる内容でした。本文のなかで何度もでてくる「いま、ここに」という言葉が印象的でした

  • 脳卒中からの回復を願うなら、付録B 最も必要だった40のこと をよく読みましょう。そこだけでも、十分な価値があります。

  • この本は、実際に新型出生前診断(NIPT)を受けて中絶された夫婦、ダウン症(21番染色体トリゾミー)の子どもをもつ夫婦、
    産婦人科医、遺伝子カウンセラー、ダウン症児を育てる母の会の代表の方から著者がお話を聞いて書いてあるものです。
    バランスよくNIPTのことが書いてあり、NIPTについて知りたい方には参考になると思います。

    http://ameblo.jp/nancli/entry-12004611253.html

  • 脳卒中で身体が麻痺して、半身不随になってしまった、といった話はよく聞くが、脳の障害なのだから、運動機能の問題だけで済むわけではない。筆者の場合は話もうまくできず、文字も読めず、靴と靴下のどちらを先に履くか、からやりなおさなければなかったという。

    当事者であり、しかも一線の脳科学者であった著者のレポートしては、若干迫力にかける。字が読めない、というのは主観的にはどういう状況なのか、靴と靴下の順番がわからない、というのはどういう意味なのか、それを知りたいと思うのに、ちゃんと説明されない。
    著者は脳卒中をきっかけに「右脳マインド」に目覚めたそうだが、科学者としての能力はまだ完全に回復していないのではないかと思った。
    「右脳マインド」については(訳者も弁護しているが)、どこかの自己啓発本みたい。

  • 37歳で脳卒中を体験した脳科学者の手記。
    脳科学者ならではの科学的な目線で……というものを期待してしまうと肩すかしを食らう。
    できごとよりも内面の描写が多く、科学的な説明をするには文章が詩的というか抽象的すぎて、科学の言葉が少な目なのが逆にわかりにくい。
    これも左脳損傷の結果なんだろうか。

    最初からわりと体験記の色合いが強く、後半はスピリチュアル系の自己啓発本のよう。
    訳者あとがきにこうある。
    “ もしかしたら、後半の調子についていかれない、と感じた読者もいるかもしれません。でも、本書は宗教書でもなければ神秘主義の本でもありません。れっきとした科学書であり、科学者の自伝なのです。p224”

    うん、ついていかれなかった。
    あんまり気分が乗らなくてだらだら読んでいたんだけど、幸福や宇宙のエネルギーを語るハイな文章に引いて最後の方はほとんど飛ばしてしまった。

    こういうことが起こっている最中の思考については興味深かった。
    たとえば「どうやら脳卒中のようだ、助けを呼ばなければ」と気づいても適切な対処ができない。
    人を呼ぶという発想がでてこなかったり、911の番号を思い出せずにじっと電話の前で考えたりする。
    なるほど。思い出せる状態にないときこそ必要なんだから、110や119は目立つところに書いておいたほうがいいのかも。
    自分が「カタツムリのペース」になって、周囲の騒がしさが苦痛になるという表現は『カタツムリが食べる音』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4864103011と共通していて興味深い。
    周囲が気をつけるべきことも参考になる。

    動けないときの妙な楽観は『昏睡Days』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4863850107や『アノスミア』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4326750510を思い出す。
    こういうものなのかな。
    その道のプロが武器を失うという出来事や著者の雰囲気もアノスミアっぽいかも。
    この人の書き方は恵まれた人の鈍さみたいなのが見え隠れして好きになれない。

  • 大変な状況の人に対して、「ものすごく心配なのよ」という態度は、負のエネルギーを発散するので相手はより辛くなる。まゆを優しく上げて心を開き、愛をもたらす事。


    自分の体験をどう捉えるかは自分で決められる。刺激と反応の間に距離を保つ事。

    周囲から「まとも」だと判断される為に右脳の意識が多くの犠牲を払っている。現代の神経学者達は右脳と左脳の非対称性を神経学の面からのみ説明するだけで、左右の脳の構造に含まれる心理学的、人格的な違いについて語らない。

    右脳の意識の中核には心の奥深くにある静かで豊かな感覚と直接結びつく性質が存在している。右脳は世界に対して、平和、愛、歓び、そして同情をけなげに表現し続けている。


    音楽を聴いた時、その意味を考えるのが「思考型」、好き嫌いを決めるのが「感情型」、インスピレーションを得るのが「直感型」、ありのままの音に浸るのが「感覚型」、思考型と感情型は判断を下すので左脳的であり、直感型と感覚型は右脳的。


    右脳の個性の最も基本的な特色は、深い内なる安らぎと愛のこもった共感。内なる安らぎと共感の回路を動かせば動かすほど、より多くの平和と共感が世界に発信され、地球上に広がる。


    意識とは、機能している細胞による集合的な意識に他ならない。

    右脳は現在の瞬間の豊かさしか気にしない。人生と自分に関わる全ての人達、そしてあらゆる事への感謝の気持ちでいっぱい。良い、悪い、正しい、間違いといった判断をしない。


    右脳は長い波長の光を知覚するので、右脳マインドの視覚的な知覚はやや溶けて柔らかい感じ。事物がどんなふうに関係しているかという、より大きな絵(心の像)に集中できる。また、低周波の音に同調するが、これは私たちの体や自然の中に普通に発生する音の為、右脳マインドは生理機能にすぐ耳を傾けるよう、生物学的に設計されている。

    左脳は短い波長の光を知覚するので、明確に線を引いてはっきりした境界をつくる能力を高める。結果、左脳マインドは生物学的に隣り合った物体のあいだを分かつ線を認識する能力が高い。同時に、左脳の言語中枢は高い音に耳を傾けるが、通常は話し言葉が高い音である事が多い為、言葉を抽出し、識別し、解釈する事ができる。左脳の最も顕著な特徴は、物語を作り上げる能力にある。最小限の情報に基づいて、外の世界を理解するように設計されている。印象的なのは、実際のデータに空白があると、それを埋めてしまう能力がある事。


    残念な事に、社会は人に「心の庭を注意深く手入れする」必要性を教えない。


    「反応能力」とは、感覚系を通じて入ったあらゆる刺激に対してどう反応するかを選ぶ能力。確かに、自動的に引き起こされる(感情を司る)大脳辺縁系のプログラムが存在するが、このプログラムの一つが誘発されて化学物質が体内に満ちわたり、血流からその物質が消えるまでの全ては90秒以内に終わる。つまり、それ以降は自分で反応を選択する事ができる。

    たとえ不愉快な出来事でも、右脳領域に踏み込んで共感を持ってあたれば、人生の価値ある教訓として受け止める事ができる。

    自分の心を変えたい時は、
    1. 魅惑的でもっと深く考えを巡らせたい事を思い出す。
    2. ものすごく楽しい事を考える。
    3. 何かやりたい事を考える。

    疲れていたり、精神的に参っている時を狙って、否定的な思考回路が動き始める。しかし、脳が言っている事に注意し、その考えがからだにどのような感覚をもたらすかに気づけば、自分が本当は何を考えたり感じたりしたいのかを意のままに選べるようになる。


    苦痛は体のどこかに外傷がある事を細胞が脳に伝える手段。細胞は脳の注意を引くために苦痛の受容器を刺激する。ひとたび脳が苦痛の存在を知る... 続きを読む

  •  37歳という若さで、脳卒中を発症した女性科学者のドキュメントである。左脳で大量の出血が起こり、早期対応もあって手術が成功し、認知能力を失ったにもかかわらず、残された右脳を頼りに、新たな人生を歩み始める物語。左脳の機能低下で何が起こり、残された右脳だけになるとどんな感覚になるのか。著者は、脳科学者であるだけに、冷静に自分の脳内で起こったことを詳細に記述している。「ジル・ボルト・テイラー博士なる人物は、今朝死んだのだ、と感じていました。でもそうすると、残された(left)のは誰? あるいは、大脳の左半球がだめになった今となれば、誰が正しい(right)の?」というように。原題は、「My Stroke of Insight」。これには、脳卒中(stroke)の一撃(stroke)によって得られた洞察(insight)という意味が込められているらしい。
     脳卒中の起きた時、左脳の言語中枢の機能が低下し、「高度な認知能力と過去の人生から切り離されたことによって、意識は悟りの感覚、あるいは宇宙と融合して、ひとつになるところまで高まっていきました。仏教徒なら涅槃の境地に入ったと言うのでしょう」と、ほとんど臨死体験を想起させる記述をしている。しかし、左脳に残されたわずかな機能が助けを呼んだのだろうか。何とか電話をかけることができて一命を取り留める。
     この後の記述では、右脳の持つ機能がクローズアップされてくる。「話し言葉は理解できないが、話す人の表情や身振りから多くのことを読み取ることができる」、「脳の内側に居座った、劇的な静けさ」、「自分と周囲との境界が曖昧になり、自分の体が流体のように感じられる」等々。しかし、社会で生きて行くためには、左脳の認知機能が必要となる。母親の適切な助けを借りながら、「靴を履く前に、靴下を履く」といった信じられないようなことから学び始める。
     こうして脳卒中から再起した著者は、右脳の働きの大切さに気付き、おしゃべりで完全主義に陥りがちな左脳の暴走を自分の意思でコントロールできるようになったという。
     読了後、なぜ大脳が、左右二つに分かれているのかが気になりだした。「左脳がアクセルだとすれば、右脳はブレーキ」なのかもしれない。

  • 右脳で感じる深い内なる安らぎ、歓びの感覚。生化学が自分を捕らえている90秒間だけ我慢したら 押し寄せる感情にどう対処するかを自分で選ぶこと。この本は何回も手にとって読んでもいい本ですね。

  • 左脳と右脳の違い、右脳をメインとしたときの感覚や思考?(思考は左脳の仕事なのでなんて言っていいのか分からない)がすごく印象的だった。
    心の平和に近づくためには「いつも人を支配している左脳の声を黙らせるだけでいい」が残る。
    今現在の自分が自らの脳によって存在を意識させられているとなると、すごく奇妙な感じ。

    それにしてもジルの体験は神秘で奇跡、脳は無限、右脳の世界を体験すると世界観も新たなものになるのだろうな。

    脳卒中の人が身近にいた時のため、自らがそうなった時のためにもおすすめ。

  • 脳科学者が脳卒中になったらどう行動するのか。1996年12月10日の朝、頭の痛みとともに目覚めたジル・テイラーは次々に感覚や認知などに異常を来たすなか時々訪れる意識が明晰ななる瞬間を粘り強く待ちながら何とか電話をかけて助けを読んだ。もし、そこで無気力に負けていたらそのまま発見が遅れ手遅れになっていたかも知れない。前半3分の2は発作が始まってから入院、そして手術に成功するまでの体験を、後半では脳卒中の際に感じたスピリチュアルな体験を語っている。

    とは言え言葉もわからなくなり、文字や数字もわからなかった間のことを全て明晰に記憶していると言うのは信じがたい。この朝の出来事は脳卒中から2年目に心理療法士とともに思い起こしたことらしく、再構成されている部分や外部からの情報で補った部分もあるのだろうと思う。周囲の人が何を言ってるかわからず、音や光といった刺激に非常に敏感になる一方で、「からだの境界」がなくなり宇宙と一体化したように感じている。その割には集中治療室に入れられたときの描写が明晰過ぎる。普通の状態でも2年前の記憶はそれほどはっきりしていないのが普通だろう。強烈な感情を伴う記憶は残りやすいとしてもだ。

    目覚めてからシャワーを浴びる間に自分の感覚や運動の異常を診断して脳卒中だと診断したのはさすが脳科学者で、とにかく何とかして助けを呼ばないと行けないのもわかっている。脳の動脈と静脈が毛細血管を介さずに直接つながるという先天的な障害があり、その血管が破れて出血が拡がり言語野や運動野が正常な機能を失って行った。助けを呼ぼうと電話をかけるところまでは思いついても電話番号が思い出せない。数字というより数字のつながりのイメージを思い出すなどぎりぎりの綱渡りだった。ベッドが呼んでる誘惑にも何とか耐えた。

    それにしても、脳卒中で担ぎ込まれた患者を待たせ、治療前にサインさせるなんてどっかおかしいだろう。ジルは患者になったがために医師や看護師の患者に対する態度はどうあるべきかを身を以て学習させられてしまった様だ。脳のダメージがあっても耳が聞こえないのではなく言葉がわからないのに大声で話しかける看護師や言葉が通じないジルに早口で喋り何かを聞き出そうとするインターン。一方で耳元で静かに語りかけ腕に触って大丈夫かどうか見てくれる医師もいた。こう言った感情はちゃんと記憶に残っている様だ。

    後半1/3は個人的にはついて行けない。処理能力にすぐれ優秀な左脳がダメージを負った代わりに平和のシンボルの様な右脳で宇宙とつながる体験をしたと感じたがためジルはすっかり右脳ファンになり、人格も右脳と左脳で別れているという説を作り出している。(実際に脳障害のあとで性格が変わる例はよく知られている。一部の回路が使えなくなればそれは右脳、左脳という問題ではないはずなのだが)

    ただ多分ジルが本当に書きたかった内容は多分この後半だろうし、それが受け入れられ全米50万部の大ヒットを記録したのだろう。スピリチュアルな話が好きな人にはいいのでは。個人的には臨死体験に近いことでスピリチュアルな感覚に目覚めるのは普通の人も脳科学者も同じなんだなあという感想なのだが。

  • タイトルどおり、脳のはたらきの中に神の領域を感じる一冊。ジル博士は図らずも瞑想ではなく、脳の損傷によってさとりの世界に至る。
    その実体験から、私たちに世界のとらえ方を問いかける。

  • 難しいことはよくわからないけど、脳卒中になっても適切なケアを時間を掛けて行えばある程度元に戻るということ?この場合に昔の記憶や知識はどのように働くのだろう。自分がそれを昔知っていたことを思い出して、有る程度芋づる式に思い出すのだろうか。

  • 自分が通るであろう道を、これで見る。

    とはいえ、脳卒中をした両親はふたりとも右脳側だったし、入院していた病棟も、左脳側に出血した人は6人部屋でひとりだけだった。

    左脳側が圧倒的に多いといわれても、なんか違うような気がして仕方ない。

  • すばらしい経験をされています。同じような病気をされている方達のためにお勧めです。

  • Contents
     [ 新たなる発見(insight)
    頭の中でほんの一歩踏み出せば、そこには心の平和がある。
     そこに近づくためには、いつも人を支配している左脳の声を
     黙らせるだけでいい。
     
     科学者の間では、脳が入ってくる刺激に基づいて「つながり方」を
     変えるという驚くべき能力、「可塑性(かそせい)」を持っていることが   よく知られている。

     肉体的に細胞が治癒していくには、十分な睡眠が大事。

     うまく回復するためには、出来ない事でなく、出来ることに注目する
     のが非常に大切。

     私は左脳を利用し、言語を通じて自分の脳に直接話しかけ、
     自分がしたくないことを伝えられるようになった。

      自分がいるべき時にいるべき所にいると実感させてくれる共時性
      (シンクロニシティ)

     右脳の意識の中核には、心の奥深くある、静かで豊かな感覚と
     直接結びつく性質が存在しているという思い。右脳は世界に対して、
     平和、愛、喜び、そして同情をけなげに表現し続けている。

     ソクラテス「考察のない「人生は生きる価値がない」
     自分に苦痛を与えるような思考を巡らす必要なんかないということに
     気づいたことが一番元気をくれた。

     肉体や精神の環境がどうであれ、左脳の領域に踏み込んで、
     思考を現在の瞬間に引き戻し、平和と愛の心に戻れることを
     知っていれば、束縛から解放される。

     例え、不愉快な出来事でも、右の脳の領域に一歩踏み込んで
     共感を持ってあたれば、人生の価値ある教訓として受けとめることが  出来る。

     安らぎの感覚は、現在の瞬間に起こる何かです。それは過去を
     反映したものや、未来を投影するものではない。内なる安らぎを
     体験するための第一歩はまさに、「今、ここに」いるという気に
     なること。

     謙虚な気持ちで平和に恵まれた状態に帰るためには、
     感謝すること。感謝の気持ちを抱くだけで、人生は素晴らしい
     ものになる。

  • 出来ない事を嘆くのではなく、出来た事に焦点をあてて褒める。

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奇跡の脳の作品紹介

統合失調症の兄を持った「わたし」は、小さい頃から脳に興味を抱く。同じものを見て、どうしておにいちゃんとわたしは反応が違うの?努力の末に脳科学の専門家となり、ハーバードの第一線で活躍するわたしは、誰よりも脳について知っているはず、だった-。1996年のある日、37歳で脳卒中に襲われ、生活は一変する。左脳の機能が崩壊し、言葉や身体感覚だけでなく、世界の受け止め方までも変わったのだ。体力の補強、言語機能を脅かす手術、8年間に及んだリハビリ。そこでわたしが得たものとは、何だったのか。脳卒中になりうるすべての人に-。

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