バット・ビューティフル

  • 新潮社
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感想 : 29
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  • Amazon.co.jp ・本 (281ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105063115

感想・レビュー・書評

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  • エッセイとか翻訳では村上春樹さん、よい仕事をなさる。
    おもしろいスタイルの作品で、
    7 人のジャズ・レジェンド(レスター・ヤング、セロニアス・モンク、
    バド・パウエル、ベン・ウェブスター、チャールズ・ミンガス、
    チェト・ベイカー、アート・ペパー)が登場する。
    さらっと読み流した「序文」にしっかりと書いてある、
    よく知られたエピソードや情報をもとに著者がインプロヴァイズ(即興変奏)した「想像的批評」や近似フィクションと言う表現がよくわからなかったが、
    読んでみるとなるほど、ありありといきいきとしたすばらしい表現法だと思う。
    訳者あとがきにあるように、この本を読みながらここに描かれたミュージシャンたちの演奏する音楽を聴きたくなる。

  • セロニアス・モンクをはじめとするジャズの巨匠7名を取り上げた評伝とフィクションがミックスしたような不思議な短編集。ジャズに詳しい村上春樹が、NYの書店でそれとなく手にして購入した後、暫くは積読状態だったというが、柴田元幸さん主催のMonkeyに一編ずつ翻訳して掲載。
    実は、モンク以外は名前は知っているけれど、どういう人物でどのような演奏をしていた人たちかを全く知らなかったので、まずネットで略歴をチェックし、それからYoutubeで音源にあたりながら読んだら、どれもとてもよかった。
    特にチェット・ベイカーの哀愁を帯びたトランペットと、消え入りそうな細い歌声を聴きながら「その20年はただ単に、彼の死の長い一瞬だったかもしれない」を読むと、ひとつひとつの表現がヴィヴィッドに胸をつく。
    本書は原作者がimaginative criticismと読んでいる手法で書かれており、村上春樹による意訳「自由評伝」とは言い得て妙だが、まるで、目の前に往年のジャズプレイヤーがいるような錯覚さえ呼び起こす語り口に、すっかり引き込まれた。

  • ジャズミュージシャンの伝説が、小説になっている。文章が抜群にうまい。悲惨な生き方、アフリカ系の人への差別。村上春樹訳。彼の音楽関係の本は見逃さないことにしている。

  • これがどういう本かについては、訳した村上春樹さんのあとがきを読めばわかる。
    ペーパーバックの裏表紙に印刷してあったという、キース・ジャレットの推薦文にあるように「『ジャズに関する本』というよりは『ジャズを書いた本』」である。

    解説でも批評でもないし、ディスクガイドでもない。それぞれのミュージシャンの評伝というのとも違う。
    それぞれのミュージシャンたちの人生の一片を、事実に即して取り出し、浮き上がらせているのだが、むしろ味わいは小説のようだ。
    章と章の間に挟まれたストーリーが、そう思わせるのかもしれない。面白い構成。
    読みながら、或いは読んだ後、そのミュージシャンの曲が聴こえるような、そして聴きたい!という気になるのだから、「いい」ジャズの本、と言えるのは間違いない。
    ここには確かに、音楽が流れている。

    それにしても、村上氏の訳したものを読むたび、優れた翻訳というのは、翻訳者が透明人間になっているものじゃなかな、と思う。
    読んでいるうちに、翻訳者は見えなくなって(同一化しているのかも?)、直接著者から話しかけられているような気分になる。

  • ジャズ関連オススメ本ということで購入。

    自分の感覚で端的に言うと、「極めて洗練されて、もはや原作者がスピンオフ作品を書いたのではないか、と思うような同人誌」だと思った。
    ジャズの巨人たちの生きた断面について、実際のエピソードも交えつつ、今その場所で起こった事実を描写するかのような文体で描いたもの。虚実交えたもので、必ずしも事実のみに依って伝記小説にした訳ではない、ということだが、そのことがかえって、事実の羅列よりも臨場感を生み出すことに繋がって、没入できた。
    ああ、たしかにこのミュージシャンはこんな感じだろう、というところから、なるほどこのミュージシャンはこんな背景があってこそなのか、というところまで、ますますそのミュージシャンに興味が湧く一冊だった。
    訳書だが、随所に村上春樹フレーバーが感じられる文なので、ジャズにはそれほど興味がない村上春樹ファンも楽しめるかもしれない(全くジャズに興味がない、だとちょっと厳しいかもしれない)。

    世間的評価も高く、村上春樹としても訳者あとがきで絶賛しているだけあるな、と
    感じられる本だった。

  • 実在のジャズミュージシャン8人を描いた、フィクションのような、評伝のような、ポートレイトのような物語集。巻頭にはこうある。
    「彼らのありのままの姿ではなく、私の目に映ったままの彼らを……」
    不思議な読み心地の本で、まるで内側からその人物を眺めいるようでもあり、またその人物を目の前にして語り掛けているようでもあり、あるいはその人物そのものとして世界を眺めているようでもある。自在でありながらどこかしゃちほこばっているようでもあり、ゆらゆらと不安定なようでいてかっちりしているようでもあり。
    理知的な夢、エレベーターに乗る時の無意識の冷静さ、みたいなものが、全体的な筆致から受ける印象。

    それにしても、この頃のジャズ・ミュージシャンとはなんとまぁ不器用で激しく、しかも繊細な人間なのだろうと思った。
    私はジャズは好きだがほんのちょくちょく聴く程度でしかなく、ジャズの系統立った歴史や流れも全然知らない。この中で取り上げられているジャズメンも、きちんと聞いたことがあるのはチェト・ベイカーくらいだ。
    それでも、ジャズメンという生き物がどれほど「普通ではない」かくらいは聞いたことがある。それがなぜなのかも、なんとなくだけれど、雰囲気として伝わってくるものがあった。

    彼らの人生そのものが、アド・リブのようだ。その瞬間瞬間が本番で、一回こっきり。そのどれもが絶えず即興で、表現豊かで、しかも創造的でなくてはならないと来た……これは確かに「普通」ではとても無理だ。
    それでも、その一つ一つのプレイが、彼らを生かすのだろうと思う。ジャズとしか言えない「それ」は、他のどんなものも彼らをそれほど濃く、鮮やかに、そして永遠に生かさない。だからこそ彼らは濃縮された瞬間瞬間を生き、そして早く燃え尽きてしまうのだろう。

    「――だからな、ジャズのいいところっていえば、自分だけのサウンドを持てば、ほかの芸術分野であればとてもやっていけなかったような連中が、なんとかやっていけるというところだな。ほかの分野であればアタマから矯正されなくちゃならんようなことでも――つまりさ、作家になってたら、連中はとてもやっていけなかったはずだ。単語もつづれないし、句読点も打てないようなもんだからな。絵描きだってむりだ。まっすぐな線ひとつ引けやしない。しかしジャズなら、正しいつづりもまっすぐな線も必要ないんだな。だから、他人とはちがう物語(ストーリー)やら考えやらをアタマに詰め込んだ連中が、そういうなにやかやをジャズという形で表現できたんだ。ジャズというものがなかったら、そんなことはまずかなわなかった。ほかのことをもしやろうとしても、銀行員にも配管工にもなれないような連中(キャッツ)がジャズの世界では天才と呼ばれる。まったくのゼロみたいなやつがね。ジャズはね、絵画や本には見ることができないものを見ることができる。ほかのものには引きだせないようなことを、人間から引きだすことができるんだ。」
    (セロニアス・モンクの章からの引用)

  • 音楽史に名を残す、7名のジャズミュージシャンの生涯を描いた小説です。事実の断片をもとに書かれたフィクションですが、まるで即興演奏のような心地よい筆運びと創造力に魅了されました。村上春樹さんのクールで詩的な翻訳も魅力です。
    人種差別が色濃く露骨であった時代、アルコール、ドラッグ、暴力、不器用過ぎる生き方、過酷な演奏旅行、精神の破綻などなど、彼らの人生はけっして穏やかで満ち足りたものではなかったはずです。それでも彼らは人々を魅了する音楽と伝説を残してくれました。
    若くしてこの世を去ったり、精神を患い廃人となったミュージシャンの多いことには驚かされましたが、他の分野でも、前衛的な表現を志す芸術家に同様の傾向が見られるというのは興味深いことです。ジャズ奏者は、毎夜休みなく演奏しなければならないという過酷な状況の中で、常に即興で新しい音楽を生み出さなければならず、そのことが彼らの人生を狂わす一因でもあったのでしょうネ。
    ジャズバラードをBGMに読むことをお勧めします。サマセット・モーム賞受賞作。

  • 伝説のジャズ・ジャイアンツ7名+1に関する「想像的批評」「自由評伝」。最後にあとがきとして添えられた評論の中に、「詩の対価」、「内在化された危険性」「差し迫ったリスクの感覚」といった言葉で表現されるように、本書に描きつくされるのはジャズ・マン個人がそのパフォーマンスと引き換えに支払わざるを得なかった大きすぎる人生の負債である。
    戦争神経症、統合失調症、取り残され感、やり場のない怒り、そして無尽蔵のドラッグと酒。
    真夜中の闇のなかで黒くてみえない、そんな音楽。
    いま、わたしたちはECMの静謐の中になにを感じとればいいのだろう。

  • 創造的批評本

  • 「こんなに傷つき、痛めつけられて、それでも…それでも…それでも…美しいわ。」そんな感覚を、そんな瞬間をジャズの巨人たちの心の中に言葉として表現しようとしている作品。伝記とかじゃなくて、物語という気もしなくて、詩とか写真とかで感じるものに近いかも。わざわざ序文のあとに、写真のためのノートが記されていたりします。画像検索した彼らのポートレートを目の前にすると文章がさらに浸み込むものになりました。「この飛翔の頂点で、重力がもう一度力を持ち始める前に、まぎれもない無重力の一瞬がやってくる。」ジャズが人間の一番柔らかい部分とそれが失われる儚い一瞬について芸術だとしたら、アーティスト達はその体現だったのでしょう。

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