- Amazon.co.jp ・本 (301ページ)
- / ISBN・EAN: 9784105063122
作品紹介・あらすじ
頑固で優しく、偏屈だけど正しい――モンクの音楽は、いつも大きな謎だった。演奏も振る舞いも「独特」そのもの。しかし、じっくり耳を傾ければその音楽は聴く者の心を強く励まし、深く静かに説得してくれる――高名な批評家、若き日を知るミュージシャン、仕事を共にしたプロデューサーなどが綴った文章に加え、村上春樹自身のエッセイと「私的レコード案内」でその魅力の真髄に迫るアンソロジー。
感想・レビュー・書評
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変な話だが、この本、セロニアス・モンクの音楽を聴いたことがない人が読んでも、かなりいけるのじゃないかと思う。まあ、全くジャズに不案内という人にはおすすめしないけれど。というのも、おそらく、おおかたの村上ファンは手にとるだろうし、手にとらないまでも気にはするだろう。なにしろ村上春樹の新刊なのだ。とはいっても、小説でもエッセイでもない。著者名の後に「編・訳」とあるように、海外のジャズ評論家や作家――なんと、あの『ジャズ・カントリー』の著者ナット・ヘントフまで――が、モンクについて語ったり書いたりした文章を探し集め、新たに訳し、編集したものである。
知っての通り、物書きになる前はジャズ喫茶のマスターをやっていた村上春樹のこと。ジャズに詳しいのは当たり前だが、セロニアス・モンクについては若い頃、かなり集中して聴いていた時代があったらしいことが、前書き代わりの「セロニアス・モンクのいた風景」という、これだけは本人の文章の中に書かれている。セロニアス・モンクの音楽について触れた文章の中で、これだけ美しく的確な比喩を駆使して書かれた文章はないんじゃないだろうか、と思わせる名文を皮切りに、著者が折に触れて集めた音楽本の中から選りすぐったモンクを愛する人々の文章がセッションを繰り広げる。
山羊髭を生やし、帽子をかぶった大男、というその風貌と、モンク(修道僧)という名前から「ビバップの高僧」などという愛称をもつセロニアス・モンクだが、その音楽自体が他のジャズ・ミュージシャンと比べてみてもひときわ飛びぬけた位置にあることが、それらの文章から伝わってくる。実は、やはり若い頃、セロニアス・モンクに魅かれ、何枚かLPレコードを買い集めたことがある。表紙カバーの折り返し部分にあるポール・デイヴィス描くところのジャケットが有名な『ソロ・モンク』や、村上による「私的レコード案内」で二枚目に選ばれている『アンダーグラウンド』がそうだ(懐かしい!)。
さすがに今でもよく聴くのはマイルズ・デイヴィスやジョン・コルトレーンといったところだが、このジャズ史に残る天才たちも、その若い頃、セロニアス・モンクによって導かれ、目を開かされたのだ。マイルズは後年になって述べている。「もし、モンクに出会わなかったら、自分の音楽的進歩はもっと遅々としたものになっていただろう」と。村上は、モンクの音楽には「謎」がある。マイルズもコルトレーンも天才にはちがいないが、モンクにあるような「謎」はない、と書いている。その「謎」とは何だろう。
モンクの音楽は誰のものでもないモンクだけのものだ、というのが多くの人が書いていることだ。ジャズにも流行りすたりがある。モンクもその成立に一役買った「ビバップ」がディジー・ガレスピーやチャーリー・パーカーによって脚光を浴びていたとき、モンクは、流行なんぞには鼻も引っ掛けず、自分の音楽を極めようと沈潜していた。彼の名は、プレイヤー間では有名でセッション希望者は引きもきらなかったが、一般には浸透していなかった。というのも、彼には独特の人格があったからだ。
他人とコミュニケーションをとることが不得手で、初対面の相手とは無言で通し、他者が自分を理解していないのではないかという疑心を抱くと、完全に自分を他者から切り離してしまう。そういった性格が災いして、数々のトラブルに見舞われている。最悪なのは、警察に薬物所持の疑いを持たれ、キャバレー・カードを取り上げられてしまうという事件だった。後にモンクの庇護者となったバロネス(男爵夫人)パノニカ・ド・コーニグズワーターの尽力で取り戻されるまでの間、彼は収入を得る手段である酒場での演奏をすることができなかった。
それ以外にも、プレッシャーから逃避するための酒やクスリの常習と、そこから生じる打ち合わせや演奏への遅刻といったこと。それに何にも増して、彼自身の音楽に対するよく言えば純粋さ、周りから見れば独善的な態度。仲間がソロをとるときでも、ソリストに合わせようとせず、自分のピアノに合わせることを要求するところなどが不興を呼び、モンクの音楽を認める演奏家からも距離を置かれることが多かったようだ。
しかし、そういうモンクの音楽を愛し、深く理解する人が妻のネリーはじめ、彼の周りには少なからずいて、彼を援け、励ましてきた。ニュー・ヨークを離れたら、必ずといっていいほどトラブルを起こすモンクをワールド・ツアーに連れ出すプロモーターや、レコード・プロデューサーの彼らだけが知る苦労話が惜しげもなく披露され、謎に満ちたセロニアス・モンク像を多方面から照射する。
これを書いている間もステレオからはモンクのピアノがずっと鳴りっぱなしで、久しぶりに充実した時間を過ごすことができた。あまり村上春樹の良い読者ではないのだが、ときおり彼がおくりだしてくれる、半分くらいは趣味のような仕事を、どこかでいつも愉しみにしている自分がいる。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
率直に言ってこの本、どういう人が読むんだろうと思う。村上春樹が好きな人かな。でもほとんどが訳文で、村上春樹のオリジナルの文章はほとんどない。セロニアス・モンクが好きな人だろうか。たしかにモンクが好きな人はいるけれど(日本に何人くらいいるんだろう?)、モンクについて読むよりは、モンクの音楽を聴いたほうが楽しいんじゃないかという気もする。
というわけで、誰にも薦められないし、村上春樹じゃなかったら、どう考えて陽の目をみることのない企画だとは思う。これを読んでモンクについて理解が深まったとも思わないけれど、村上春樹とジャズが好きなぼくはそれなりに楽しんだ。村上春樹も楽しかっただろうと思う。誰も損はしていないみたいだし(出版社は知らないが)、まあ、そういう本が何冊かあってもいいんじゃないだろうか。
表紙のイラストとその解題が心に残った。 -
『セロニアス・モンクのいた風景』。
数々のセロニアス・モンクの評伝、あるいは、様々なミュージシャンに書かれた本の中でセロニアス・モンクについて書かれた部分を村上春樹さんが翻訳して書いたもの。
『ポートレイト・イン・ジャズ』で村上春樹さんが、書いた文章ももちろん(?)冒頭を飾っている。
取り上げられた文章の数々からセロニアス・モンクというジャズ・ピアニストの個性が伝わり、そして、村上春樹さんのセロニアス・モンクに対する愛情が感じられる一冊である。
個人的には、セロニアス・モンクのCDは一枚しか持っていない。『ポートレイト・イン・ジャズ』にも取り上げられたものではない。
この本を読みながら、ずっと聴いたこともないセロニアス・モンクの音楽を聴きたくなった。
そして、なぜか濃いブラックコーヒーを飲みたくなった。 -
ボブ・ディランが無名の頃、セロニアス・モンクに会ったそうです。
ニューヨークにでてきた若いディランが、ジャズ・クラブ(ファイブスポット?)にピアノの音に惹かれて入りました。
弾いていたのはモンク。演奏が終わると、ディランが声を掛けます。
「僕は、フォーク・ソングを演奏しているんです」と。
セロニアス・モンクがディランを見て、
「私たちはみんな、それをしている」と答えた、という…。
フォーク・ソング。民話的音楽、民族的音楽、民衆のうた。まあそういう解釈での問答なんでしょうね。
嘘かホントかは知りません。でも、なんだか嬉しくなってしまう逸話です。
そんな話がいっぱい入っている、まあ、言ってみればそれだけの本なんです。
2014年、つい最近出た本です。
村上春樹さんがセロニアス・モンクについて愛着たっぷりに描いた文章。
それから、村上春樹さんがセロニアス・モンクについて、愛着たっぷりにアメリカ人が書いた文章を翻訳した文章。
を、集めて出来ている本です。
セロニアス・モンクと、モダン・ジャズと、村上春樹さんの文章が大好きな読み手にとっては、もう、キュンとなってタマラナイ本なんです。
(そうじゃない人にとってどうなのかは、ちょっとサッパリわかりませんが)
村上春樹さんは、なんといっても、大学卒業後は「ジャズ喫茶のマスター/オーナー」として生活されていたそうなので、知識も愛情も深いものがありますね。
それから、押しつけがましくもなく、教条的でもないので、僕は村上春樹さんの音楽について書かれた文章は、すごく好きです。(小説より好きかも知れません…)
ポップやロックとジャンル分けされる音楽についても書かれていますが、個人的には「ポートレイト・イン・ジャズ」という本なんか、とっても愛おしいです。
僕が個人的にジャズを聴くのが割と好きなのは、別段村上春樹さんの文章を読んできたことと、直接は関係ないと思うのですが、かれこれ20年くらい、好きです。
そして、これは誰から何か言われた訳でもなく、セロニアス・モンク、好きなんです。
なので、この本はびっくり狂喜しました。ありがとうございます。ごちそうさまでした。
大半を、新幹線の中で、モンクの音楽をガンガンに聞きながらゆったり舐めるように読みました。至福。
別段、内容の備忘録ということもありません。生前のモンクさんを知る、ジャーナリストやジャズ関係者の想い出話です。
以下、蛇足。
個人的に、好きなモンクさんのアルバム。CD単位になりますが。
「ソロ・オン・ヴォーグ」1954(煙が目に染みる、などは最高ですね)
「セロニアス・モンク・ウィズ・ソニー・ロリンズ」1953 (ロリンズの豪放さ、愉快さとモンク的なひねくれた快楽が実に素敵に融合していると思います)
「イン・アクション」「ミステリオーソ」1958 (吹きまくりのジョニー・グリフィンと相性が良いと思うんですよね。ライブ盤だし)
そしてやっぱり、村上春樹さんも触れている、マイルス・デイビスのリーダー作になるんですが、
「バグズ・グルーブ」「モダン・ジャズ・ジャイアンツ」1954 この演奏は、ほんとに素敵ですねえ。 -
2024/02/04