マイクロソフトを辞めて、オフィスのない会社で働いてみた

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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105068318

感想・レビュー・書評

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  • ・面接でつまらない質問をするより、実際に働かせてみて採用を判断する。新入社員は、まず「サポート部門」で実際に働いて訓練を受ける。

     毎年、新しい仕事の方法が次々と流行するが、試してもほとんどの企業ではうまくいかない。そういう方法はしばしば「革命」と称えられ、そのときどきの有名企業とひとくくりにされることが多い。カジュアル・フライデーや、ブレインストーミング、リーン生産方式、シックス・シグマ、アジャイル開発手法マトリクス型組織、さらには二〇パーセントルール(社員の勤務時間の二〇パーセントを本来業務以外に使わせるグーグルの施策)なども、一時大流行したマネジメントのアイデアで、職場の特効薬になると高らかに宣言された。流行りものの売り文句は華々しいが、結果は決してそうならない。その手のアイデアを支持して、そこから利益を得ているコンサルタントは、企業内にアイデアを生かす健全な文化がないかぎり結果は出ないことを、めったに明かさない。どれほどすばらしいテクニックも、愚かな社員を賢くすることはできないし、疑心暗鬼の職場にどんな方法を導入しても、社員が同僚や上司を魔法のように信頼しだしたりはしないのだ。
     最善のそしておそらく唯一のアプローチは、文化を素直に調べることである。とはいえ、文化は、話し合いのテクニックや創造力育成のメソッドより理解しにくい。 文化は怖ろしい ものでもある。テクニックがすべて「論理」の産物であるのに対して、文化は「感情」に根ざし ているからだ。文化をきちんと評価するスキルを持っている人はごく少数だ。それを「変える」スキルの持ち主となると、たとえやってみる勇気はあったとしても、さらに少ない。

    ■ワードプレスの哲学
    ・透明性。ワードプレスのコミュニティ内のすべての議論、決定、内輪の話し合いは公開され、秘密はほとんどない。あることをコミュニティのみんなに堂々と伝えられないのなら、自分はどのくらい確信しているのだ、という考え方だ。
    ・実力主義。より多くの時間をかけて、よりよい貢献をする人が尊敬された。権威は与えられるものではなく、みずから獲得するものであり、肩書きや称号はわずかだった。不満だけを言い立てる人は、ものを作ったり直したりする人ほど敬意を払われなかった。
    ・長命。ワードプレスは、失敗してマレンウェッグの頭から離れなかったプロジェクトから生まれた。彼はそのプロジェクトに永遠の命を与えたかった。オープンソースライセンスとは、かりにマットが邪悪なマットに変わって、ワードプレスをとことん破壊しようとしても、誰かがフォークしてプロジェクトを続けられることを意味する。閉じたプロジェクトとちがって、ワードプレスへの貢献は永遠に残る。

    こうした特徴は、どれも上から押しつけられたものではない。 マットとマイクがこんなふう 働きたいと考えていた理想の形態が進化して、ワードプレスのコミュニティ全体の習慣になった のだ。現在のコミュニティの規模を見ると、人々をこうした理念にしたがわせながら無料で働かせるには、何か魔法の力が必要だったと思うかもしれない。それはマレンウェッグのカリスマだったのか?貢献することでみんなが仕事を得ようとしたのか?単純な答えはない。あらゆる文化は小さな種から育つ。また、たったひとつの決定で文化ができるわけでもない。リーダーと貢献者との頻繁なやりとりのなかで、あることが強化され、別のことが排除されて、そこから文化が立ち現れるのだ。マイク・リトルとマレンウェッグの仕事に対する態度が、最初に賛同して貢献した人たちに影響を与えた。そこに新しい人が加わるたびに、みなが溶けこもうと努力することで文化はますます明確になっていき、それが気に入らない人は去った。かくしてワードプレスが評判になるころには、たとえメンバーが気づいていなかったり、なぜそういうものがあるのかわからなかったとしても、一定の価値観がコミュニティ内に定着していた。
     創始者も自分がどんな種をまいたか、ずっとあとまでわからないことがよくある。とりわけ新しい組織ですぐれた人材を見つけるのはたいへんだから、利己的で傲慢で喧嘩好きな人をあわて雇うのもしかたがないと思われがちだが、寛容で自信あふれる協力者の文化を育てたいなら、そういう雇用は害になるだけだ。会社といわずプロジェクトチームひとつを作るのも、とびきりの難題であることはまちがいないが、創設者は生き残りたいあまり、目先の問題を解決するために人を雇って、代わりに長期的な問題を作り出してしまう。このあやまちは至るところで見られ、ロバート・I・サットンも著書「あなたの職場のイヤな奴」(講談社)のなかで、こういう雇用が文化に及ぼす悪影響を認識すべきだと企業幹部にうながしている(原注5)。リーダーが「互いに協力しよう」、「ひとつのチームとして働こう」といったすばらしい訓示をどれほど与えようと、雇った社員が組織をめちゃくちゃにしてしまうような奴なら、訓示に勝ち目はない。さらに、もしリーダー自身が「イヤな奴」であれば、最初から見込みはない。オープンソースの世界では、不満を抱いたボランティアはいつでもフォークして、プロジェクトを自分の好きな方向に進めることができる。通常の企業にはない「逃がし弁」があるのだ。

     
     シュナイダーは、すばらしい企業文化を作り出す具体的な考えを持っていて、マレンウエッェッグもそれに賛同した。シュナイダーによると、よくある会社のあやまちは、法務、人事、ITといったサポート部門を、デザインや開発など、プロダクトを生み出す重要な部門と同等に考えてしまうことだった。どんな会社でも、プロダクトを生み出す部門、なかんずくイノベーションを担う部門は真の才能の集まりだから、プロダクトを生まないほかの部門は、彼らに奉仕すべきである。ところが現実には、IT部門がクリエイティブ部門の使える機器を指定するといったことがよくある。社内に非効率な集団があるとすれば、それはサポート部門だ。マネジメントを含めたサポート部門が会社を牛耳るようになれば、とたんにプロダクトの質が落ちてしまう。


     私は学ぶことをやめない。自分に割り当てられた仕事だけをしない。私は現状維持などというものがないことを知っている。熱意と誠意のある顧客と持続的なビジネスを築いていく。私は同僚を助ける機会があれば逃さず、すべてを知るまえの日々を忘れない。働く動機は、金銭よりも社会への影響であり、オープンソースがわれわれの世代でもっとも力強いアイデアであることを知っている。私は可能なかぎりコミュニケーションをとる。それがリモート環境の会社における酸素であることを知っているからだ。私は短距離ではなくマラソンを走っている。ゴールがどれほど遠かろうと、そこに至る方法はただひとつ、毎日足を一歩ずつまえに踏み出すことだけだ。時間をかければ、克服できない問題はない。

     それまで見たなかでいちばん美しくてシンプルな内定通知だった。


    ■チームから最高の価値を引き出すのがリーダーの仕事
     私の余計なマネジメントに邪魔されずに楽しく働いているチーム・ソーシャルの面々を見て、いままでに得た上司のなかでも最高のひとりであるジョー・ベルフィオーレから学んだ教訓を思い出した。私を評価する際のいちばんの基準は「ドアの外に出ていったものの質」だと言われたのだ。私が持っているアイデアや、スケジュール管理能力、会合の仕切り方、同僚からの好感度などは、すべて二次的なものである。重要なのは、何を世に出すか。そして、もしすばらしいものが世に出たとしたら、理由はただひとつ、プログラマーがいい仕事をしたからだ、とジョーは言った。プログラマーがすべてなのだ。


     最終的に明確さを与えてくれるのは、デザインだ。技術的にくわしいことを理解できないとき、私をつねに救ってくれる質問は「ユーザーがこのプログラムを使ったときに得る経験や満足ユーザー体験にどういう影響がある?」だ。最初に聞くと、責任逃れに思えるかもしれない。あらゆる問題を自分がよく知る分野に無理やり持っていくのは、無知を認めたくないからではないかと。だが、人々が使うものを作る際にこの質問をすると、自分が理解できない問題の影響を知るのにとても役立つ。一見ひどいバグも、ブログの投稿が表示されるまでに千分の一秒の遅れを引き起こすだけだとわかれば、まったくひどいものではない。気づくのはエンジニアだけだ。プログラマーでないがゆえに、私は多くの問題で広い視野を保つことができる。たちの悪い問題を解決しようと働くエンジニアは、当然ながらいくら優秀でも視野が狭くなる。ユーザー体験について質問することで、エンジニアリング業務の最終的な順位づけができる。その決定が顧客にどれほどの影響を与えるか、という本来の視点を取り戻せるからだ。エンジニアも顧客も大事だが、顧客のほうがより大事である。


    ■危機管理の根底にあるのは「割れ窓理論」?
     ある文化が問題を解決する方法を見れば、その文化がよく理解できる。世界のあらゆる組織には、たとえ華やかな呼び名はないとしても、なんらかの問題解決の仕組みがある。人類学的に言うと、それを学ぶのは簡単だ。野生のトラに無線装置つきの首輪をはめて、野生の行動を観察するのに似ている。その文化を評価するために、ある問題を選んで、観察し、次のことを確かめるのだ。
    ・その問題がどこに、どのように報告されるか。
    ・それに誰が応じるか。
    ・それにどのくらいの時間がかかるか。
    ・最初に取り組むべき問題(優先順位)を誰が決めるか。
    ・問題解決の方法を誰が決めるか。
    ・実際の仕事を誰がするか。
    ・きちんとできたことを誰が確認するか。


    ・どれほど大きなプロジェクトも小さなプロジェクトの積み重ねにすぎない。大事なことは方法論を固定せずに、定期的に思考を切り替えることだ。

     …要するに、どんな方法論も宗教のように信じてはいけないということだ。唯一正しい道は、プロジェクトそのものに計画を決めさせることである。やるべき仕事の内容を検討するまえにツールを選ぶのは、愚か者だけだ。


    ■CEOマレンウェッグの驚くべき忍耐力と気遣い
     家族や会社がなぜいまの状態なのか知りたければ、まず上を見ることだ。あらゆる組織の文化は、部屋のなかでいちばん力のある人物の毎日の行動によって形作られる。職場で社員がたびた怒鳴り合っているとしたら、理由は部屋のなかでいちばんの実力者がそれを認めているからだ。その人物が怒鳴る部下を雇い、部下が怒鳴りはじめたときにやめさせたり、脇に呼んでたしなめたりしなかった。実力者がきちんとした行動をとれば、怒鳴ることはなくなるだろう。たとえ結果が、怒鳴る本人をクビにすることであっても。


    ■イノベーションと摩擦
     摩擦を減らすためにスケジュール、競争、マーケティング、ヒエラルキーなど、普通の会社では当たり前の要素がオートマティックでは排除されていたがー。

     ニッサン・デザイン・インターナショナルの元社長、ジェリー・ハーシュバーグが「創造的摩擦」という理論を唱えた(原注1)。すぐれた仕事をするには、適度な量の摩擦が必要だというのだ。摩擦が多すぎても、少なすぎてもいけないが、適量に調節できるマネジャーはほとんどいい。なお悪いことに、彼らには健全でクリエイティブな職場で働いた経験がなく、何をめざすべきかわからない。いつ、どれだけの摩擦を与えるべきかという知識は、野球チームの監督からオーケストラの指揮者まで、あらゆるリーダーが成功するために習得しなければならない技術だ。

     これは不満というより、観察結果だ。外から組織の成果を見るだけでは、そこのリーダーのことはほとんどわからない。ひとりの企業幹部、バスケットボールのコーチ、あるいは一国の大統領の場合にしても、入れ替わったときの効果は研究してみなければわからない。まわりに夢のようなサポート部隊がいて、本人の無能をほかの人たちから隠していたのかもしれない。逆に、本人は優秀だったのに、就任前に雇われた社員のスキャンダルや、陰謀や、大失敗の影響が対処不能なほど大きかったせいで、卓越した才気が打ち砕かれてしまったのかもしれない。真実を見つける手がかりは、物事がうまくいかなくなったときに、そのリーダーがどうするかだ。それも大 勢が見ているまえで見せる芝居ではなく、観客がいない日々の打ち合わせや決定でどうふるまうか。もしリーダーが本当に手柄を分かち合い、非難の多くを引き受けているなら、誠実にベスト を尽くす人かもしれない。みずから盾になって邪魔立てから部下を守るリーダーは、みんなに勇 気を与え、同じことをさせる。こうした小さな習慣が重なることで、文化は無意味な責任追及や 責任逃れから遠ざかり、組織内に、いますぐキャリア上最高の仕事ができるという自信が広がっていく。自由に好きなことができるという感覚は、仕事でたびたび得られるものではない。まったく得られない人もいるだろう。

  • 筆者が入社してから退職するまでの出来事が時系列で比較的淡々と話が進む。欧米人は合理的や論理的とかよく言うけど、問題の捉え方や解決への向かい方はなんとも新鮮だった。

著者プロフィール

スコット・バークン(Scott Berkun)
1994年、カーネギーメロン大学を卒業後、マイクロソフトやワードプレス・ドット・コムに勤務。製品のシステムやウェブサイト、ユーザー・インターフェースなどのデザインを多数手がけ、長きにわたりプロジェクト・チームのリーダーとして活動する。2003年以降は作家および講演活動に専念。『ニューヨーク・タイムズ』『ワシントン・ポスト』『ガーディアン』などに寄稿するほか、CNBC、MSNBC、CNNといったメディアへも出演している。邦訳書に『アート・オブ・プロジェクトマネジメント——マイクロソフトで培われた実践手法』『イノベーションの神話』『パブリックスピーカーの告白――効果的な講演、プレゼンテーション、講義への心構えと話し方』(以上、オライリー・ジャパン)、『マイクロソフトを辞めて、オフィスのない会社で働いてみた』(新潮社)がある。

「2021年 『デザインはどのように世界をつくるのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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