アルテミオ・クルスの死 (新潮・現代世界の文学)

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制作 : 木村 栄一 
  • 新潮社 (1985年6月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (379ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105185015

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アルテミオ・クルスの死 (新潮・現代世界の文学)の感想・レビュー・書評

  • メキシコ革命後の混乱期に己の才覚一つで経済界の巨人にのし上がったアルテミオ・クルスが、死の直前に見る走馬灯。
    彼の記憶が年代を前後して断片的に回想される。
    話の筋らしい筋はない。しかし、読み進めていくうちに、彼の生涯は、あるいは彼の存在自体が、メキシコの歴史を体現しているということに気づく。

    アルテミオ・クルスは周囲の人間を利用し、収奪し、上手く立ち回って一国を牛耳るほどの立場にのし上がった。その彼に踏みつけにされ、彼のことが憎くてたまらない周囲の人間も、心の底では彼の恩恵を受けていることを否定はできない。
    この関係は、スペインとメキシコの歴史的な関係を彷彿とさせる。

    人間の一生は、一国の歴史にも匹敵するドラマなのかもしれない。言葉にすると陳腐だが、それを実感させてくれる何とも大きな小説である。

    「メキシコ人にとって、人生はチンガールするか、またはチンガールされるかの可能性しかない」(オクタビオ・パス)

  • 人称と時制
    今日から「アルテミオ・クルスの死」を読み始めました。のっけから「死」の場面で戸惑うのですが…
    この小説の特徴であるものの一つとして人称がころころ変わるというのがあります。クルス自身の意識である一人称、語り手の三人称はまあわかるのですが、問題は二人称「お前は」。ただその直前のクルス自身の意識の部分に、自分が分裂しているみたいな記述があったので、なんかその片方がしゃべっているのだろうと今のところは思っています。
    それより?奇妙なのは、この二人称の部分で語りの時制を未来形(昨日のことなのに)でしていること。今のところなんでそうなのかよくわからない。二人称ならビュトールとか他の例もありますけど…
    なんか人称も時制も他のもろもろなものも、ここで全部まとめてしまえ、というような感じがしますが…どうでしょう。
    とにかくこの作品が今年の最後の大作になりそうです。
    (2012 12/05)

    極端な正論?
    「アルテミオ・クルスの死」やっと40ページ。
    極端なものはすべてその反対物を、つまり残酷さはやさしさを、臆病さは勇気を、生命は死を内にはらんでいることをお前はよく知っている。
    (p32)
    「お前は」なので、二人称でしかも未来形の語りなんですが…それはともかく、なるほどと心底からはまだわからないまでも、なんとなくその通りなのではないか、と感じる。ここで、アルテミオ・クルスの分身が語っているのは、本人に対してだけでなく、メキシコ全体に対しての語りかけでもあるだろう。
    昨日の日記では人称と時制のごたまぜについて書きましたが、それだけでなく場面も半ページごとに移り変わる。クルスと母娘の場面が交互に代わる三人称の語りが終わったら、死に直面しているクルスの一人称、そして二人称。語りの集積によって世界を記述しようとしているのか。まだよくわからないけど…
    一人称のところにたびたび出てくるテープレコーダーは何の意味なのだろうか。筋的にはなんらかのキーになるのではないかと思うけど…
    お前は昨夜22時半に寝ただろう。そして眠いだろう…
    (2012 12/06)

    「アルテミオ・クルスの死」はメキシコ革命後、死んだ仲間の家に乗り込むところ。妹が目的みたいだけど、そのベルナル家みたいな旧来の地主階級と、野心持ったこれから成り上がるクルスとの対比がこれから繰り広げられる…のかな?
    1日10ページくらいしか進んでない…
    (2012 12/07)

    追憶とは
    目蓋を閉じた時、お前は知るだろう。小さくて不完全な感光板の奥まで射込んでくる光の強さによって、お前自身の意志や身体の調子とかかわりなくさまざまな感情が生まれてくるということを。
    (p64)
    「アルテミオ・クルスの死」より。今朝読んだところはそんなに多くはないけれど、この小説の成り立ち(なぜ二人称で一人の人間が分裂しているのか)をある程度説明してくれるところでもあるだろう。
    続いて、
    過去へ過去へと思い出の糸をたぐってゆくことで、お前は自ら望むものを手に入れるだろう。
    追憶とは満たされた欲望にほかならない、
    (p66~67)
    ここも小説の成り立ち説明部分でもある。細かいけど「思い出」ってのはも少しよい語はなかったのかな(原著でどうなっているのかはわかりませんが)。あと、「自ら望む」のは誰なのかな?クルスのうちどちらか?あるいはその統一体?追憶というのは欲望と密接な関わりのある、不断の営みなのかもしれない。
    お前は駅に着くだろう(感染った?)
    (2012 12/08)

    クルスとジム
    昨日から今朝にかけて読んだところは、前の場面より更に前、メキシコ革命の戦乱。クルスは戦場から逃げたという認識を抱き、突然夜に敵の包囲を一人で破って逃走する。この逃げたという認識... 続きを読む

  • 2015/04/28 ★★★★ アルテミオの緑色の瞳を思い浮かべながらの再読。やはりメキシコの話だった。そして権力の話。カタリーナとアルテミオがどうしてもお互いに素直になれなかったのが悲しい。ああまでして守る意地に何の意味があるだろう?

    二人称で話しかけてくる存在によって、永遠に繰り返される時間に絡め取られている世界を感じた。また別のアルテミオが生まれて、戦って勝ち取って死ぬ。手塚治虫の火の鳥みたいに。

    2011/09/10 ★★★★★ 成り上がって孤独のうちに死ぬ男のさかのぼり年代期。難しくてなんども後戻りしながらの読書になったけれど、背後霊と神の間のような何かが語る独特な二人称の個所に強力な磁力があって最後まで集中して読めた。この本が品切れなんてもったいない。

    権力に固執して人をモノ扱いし、家族には遺言書の場所ばかり気にされる悲惨な終わり方で、「マッチョに生きても何にもいいことないじゃん」という印象。でも最後までさかのぼったところで、「この出自でこんな内戦状態の環境だったら、とにかく"手に入れる"ことに執着してもしかたないかな」と感じられてくる(それでも、途中で軌道修正できればねえ、と思うけれど)。

    この「しかたない感」に加えて、物語全体に刻まれる土地や建物の鮮やかな描写から、フエンテスは「アルテミオのような人物を生み出す祖国・メキシコ」を表現したかったのかなあと思った。アルテミオは嫌な爺なのだが、どこか憎めない魅力があった。息子にはためらいなく注げたのに、ほかの人にはせき止められたままだった愛情を持った、有能な男ではあったのだ。

    読み始めてしばらくは西暦と年齢をメモっておくと、各エピソードが何歳のときのことがわかりやすくていいかも。

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