カール・セーガン 科学と悪霊を語る

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制作 : Carl Edward Sagen  青木 薫 
  • 新潮社 (1997年9月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (438ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105192037

カール・セーガン 科学と悪霊を語るの感想・レビュー・書評

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  • 真に科学的な姿勢とは何か。
    似非科学は科学とは非なるもの。

    いちいち似非科学の問題点をあげるような内容ではないので、そういう内容を期待していると、期待外れかも。
    しかし、考え方を学ぶ、という点ではとても為になった。

  • ずーっと読みたくてあちこち探し回った一冊。
    現在は絶版になっているようで、結局中古品をネットで購入するに至りました。

    UFO、地球外生命体、神、悪魔、幽霊etc...
    この世の中にはいわゆる似非科学と呼ばれるものが跋扈している。
    だまされやすい人の気に入るような、好奇心を刺激するけれど決して理論的でない番組や雑誌がそれを煽りたて、ますます世間一般にトンデモ話が広まっているのが現状だ。
    しかし、多くの人はその現状になんとなく妥協し、見て見ぬふりを決め込んでいる。
    そういった「今」に一石を投じたい一心で本書は執筆された。
    似非科学に騙されないために、似非科学よりも魅力的な科学の世界に足を踏み入れるために、カール・セーガンは力を貸してくれるだろう。

    ハードカバー、二段書き、438頁のボリュームはさすがでした。(最近読書ペースがダウンしたのは主にこいつのせい)
    最初はとっつきづらいかなと心配していましたが、本腰入れて読み始めたら嵌る嵌る。
    誰でも子どもの頃(もしかしたら大人になっても)思い描いた空想の世界。
    火星人はタコのような姿をしていて、夜になればベッドの下には得体のしれない怪物が潜んでいる。
    しかし、それはあくまで空想の世界であり、本気でのめり込めばあっという間に狂信へと変貌してしまうのでしょう。
    著者はそういった空想の世界を全否定したいのではなく、あくまで説明ができる・できないの区別をはっきりさせようとしているのです。
    語り口がユーモラスなので退屈しないですし、分厚さに反して非常に読みやすかったです。

  • 変な話だと思ったら、まず疑ってかかりましょう。
    著者がトンデモ話をみやぶるために挙げている項目
    ・裏付けを取れ
    ・議論のまな板にのせろ
    ・権威主義に陥るな
    ・仮説は複数立てろ
    ・身びいきをするな(自分の仮説に固執するな)
    ・定量化しろ
    ・論理的整合性があるか考えろ
    ・複雑な仮説より単純な仮説を選べ
    ・反証可能性を問え(検証できる主張だけを相手にせよ)

    カール・セーガンは、1996年に亡くなった天文学者です。
    「コスモス」や映画「コンタクト」の原作者として有名な彼が書いたのが、似非科学に対して警鐘を鳴らすこの本です。世の中には、確かに科学で説明できない現象がまだ多く存在しています。
    しかし、科学で説明できるのに信じない、或いは誤解している人々や科学を目の仇にしている人々もいるのです。
    カール・セーガンは、UFOも含めてトンデモ話の様々な具体例を挙げて、似非科学の餌食にならないようにアドバイスしています。
    例えば以前、火星の人面岩の写真報道がありました。
    何者かが人間の顔を模した構造物を火星の表面に作ったのではないかという話題でしたが、実は火星の表面の地形が、光の加減で人の顔のように見えただけというもので、より高解像度のカメラで撮った写真には人面岩は写っていなかったそうです。
    人の顔に見えるというのは、人間の脳の認知パターンの影響であり、例えば魚の模様(人面魚)とか、写真の現像不具合なども人間の顔として認知してしまう傾向があります。
    メディアはそのような話題性だけを取上げて大騒ぎするわけです。
    似非科学に気をつけることも重要ですが、メディアの流す情報にも充分気をつける必要がありそうですね。

  • 途中でかなり飽きちゃったけど、なんとか読んだ。
    なんだろ。面白さがわかりませんでした。

  • 私はかなり騙されやすい性質である。
    ・・というか、苦しかったりしんどかったりすることに殊のほか忍耐力がないためわざわざ「騙されに」行くのである。そして、案の定と言うかやっぱりというか、騙されたとわかったときは激しく落ち込むのである。「そういう安易なことは“本当”ではない、って何回騙されたらわかるのか?おのれよ?ヾ(-_ー;)」である。
    それでも、懲りずに「これさえあればっ」「たったこれだけでっ」「3分でっ」「1分でっ」「あなたはすでにすべてを持っている」などという「魔法のような謳い文句」についフラフラとなって、「そうだったのか!そうよね!これで私も大丈夫だわっ!」って逃げの妄想に入り、現実を悪化させるのである。(-。-;)
    この本は、そこのところを愛情深く、懸念も含めて何度も何度も、だから「科学なのだよ」と諭してくれます。氏の遺作となった本らしいですが、松岡正剛氏の「17歳のための・・・(何度も出しますがそれほどの1冊だったですよ!)」で私の中でバラバラとあった疑問がある種のつながりを持った感動と、ニーチェの毒舌を経て読んだこの1冊は、騙されやすい私の中に深く入ってくるものがありました。
    ちょっと抜粋、

    『・・・そして知恵というものは、自らの限界を知るところから生まれてくる。シェイクスピアも言うように、「ぐらぐらと気の変わるのが人間」なのだ。だからこそ科学は、少々窮屈なぐらいに懐疑的で厳密でなくてはいけないのである。おそらく科学と似非科学のいちばんはっきりしたちがいは、科学のほうが似非科学(あるいは「無謬」の天啓)よりも、人間の不完全さや誤りやすさを断固として認めなければ、誤りは(深刻で取り返しのつかない過ちも含めて)永遠に人間についてまわるにちがいない。しかし、ほんの少しの勇気をもって自分を見つめ、情けない気持をこらえることができるなら、可能性は大きく開けるだろう。科学上の発見や科学の産物は、たしかに役に立つし影響力もある。だからといって、そればかり教えていてはだめだ。批判的な科学の方法論をきちんと伝えなければ、一般の人には科学と似非科学の見分けなどつけられないだろう。科学と似非科学のどちらもが、単なる言いっぱなしの主張にしか見えないにちがいない。』

    このことが、歴史上のこと、宗教のこと、政治のこと、あらゆることから例を取り上げ、これのどこがどうまずくてまずくないのかがしつこいほど論じられています。人の「思い込み」とはかくもすごいものかと(自分のことも含めて)感心する。だけど、これをどう正しい方向に洗練させていくか?そこが「科学しかない」と彼ははいう。だが、彼は科学が「万能」だと言おうとしているのではない。それでもいろんな考えを実行し検証でき、人が自由でいられる最も有効な方法が「科学」と呼ばれている「思考方法」だと言っているだけで、このハイテクノロジーの時代に、その「自由」が危ぶまれているのではないか?ととても危惧している1冊でもある。
    私は科学は大好きである。だけど、ボタンひとつで何かができるっていうような魔法のようなものであると勘違いしているところもある。ゆえに私は似非科学に簡単に惹かれるし大好きでもある。本当の科学とは自分の弱さと対峙する厳しさを要求される。ゆえに「難しいから嫌い」となるのかもしれない。しかし「好奇心」に真摯に解答をくれようとするのもまた科学と知る。本当の科学とは厳しいけどやさしく、やはりシンプルで美しいと教えてもらった。
    まったく人生たいくつする暇ないな~。やはり微分積分以降の数学理解できるようになって、量子物理学の世界も覗きたい。

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カール・セーガン 科学と悪霊を語るの作品紹介

宇宙物理学者からの最後のメッセージ!人はなぜ似非科学(=トンデモ話)に騙されるのか。超能力、火星人、心霊術…ロズウェル事件やカルロス事件など数々の実例を挙げ、エセ科学の「闇」を徹底的に撃つ-惜しくも亡くなったセーガン博士が精魂傾けた、渾身の長編科学エッセイ。

カール・セーガン 科学と悪霊を語るはこんな本です

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