V.〈上〉 (Thomas Pynchon Complete Collection)

  • 326人登録
  • 4.11評価
    • (25)
    • (15)
    • (14)
    • (1)
    • (1)
  • 21レビュー
制作 : Thomas Pynchon  小山 太一  佐藤 良明 
  • 新潮社 (2011年3月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (382ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105372071

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
高野 和明
村上 春樹
M.バルガス=リ...
阿部 和重
三島 由紀夫
村上 春樹
ウンベルト エー...
ポール・オースタ...
ウラジーミル ナ...
ウンベルト エー...
サルバドール プ...
有効な右矢印 無効な右矢印

V.〈上〉 (Thomas Pynchon Complete Collection)の感想・レビュー・書評

  • 去年から積んでおいたV.やっと上巻読みました。相当集中しないと読めません。密度が濃い。

  • ピンチョン=難解というイメージが先行しているようだけれど、そんなことはない。一つ一つの章で区切りをつけて読みすすんでいけば特に理解し難いところはない。登場人物の多さと錯綜する二つの時間軸の存在が単に理解を妨げているだけだ。一度読んだだけで分かったつもりになるのは確かに難しかろうが、再読すればあらかた分かる。三読すればピンチョン・ワールドにはまること請け合い。批評家でない単なる読者のありがたいことは、すべてが分かる必要などないってこと。そう開き直ってしまえば、ケネディ登場以前のアメリカを背景にしたこの小説が21世紀の今読んでもとんでもなく面白いことにびっくりするはず。

    登場人物の多さと二つの時間軸についてはすでに述べたが、そもそも二つのレベルのちがう物語が一冊の本の形式に綴じられているのがこの作品だ。その一つは、1955年のクリスマス・イヴに始まるベニー・プロフェインというヨーヨー男の物語。ヨーヨーに自分の意志がないように、自分というものを持たず、行き当たりばったりな生活を続けている。ある時は一日中地下鉄に乗り続け、そうでなければ酔っぱらって他人の家に転がり込むという生活。どう贔屓目に見てもヒーローにはなれないタイプだが、この男やたらもてる。ビリヤードの球のように転がっていくプロフェインがぶつかる何人もの男女、NYを拠点に活躍するレコード会社の社長や小説家、画家、ジャズマンといった一癖も二癖もある連中との酒とパーティーとセックスだらけの生活。デカダンスに満ちた日々をクールに、けれど優しく描いたパートは、どう考えても愛し合っている二人の男女が自意識に絡めとられて身動きできずに傷つけ合うラブ・ストーリー。スラップスティック的色調で描かれているが、その裏にしみじみとした哀感がにじむ。

    もう一つは、ハーバート・ステンシルという男が収集した「V.」についての物語群である。ステンシルの父は二つの大戦時をスパイとして生きた。彼が残した手記に書かれていたのが、「V.」という謎の存在である。父の残した「V.」を追跡するのがオブセッションとなったステンシルは、手記に残された手がかりを頼りに「V.」に纏わる情報を集めるのだった。このパートは、もう一つの物語とは色調が全く異なる。ある時はスパイ活劇調であり、またある時はグラン・ギニョールめいた残酷さを帯びるといった具合に。「V.」とは何か、というのがヒッチコックがいう「マクガフィン」である。真面目な読者は、ついついそれにひっかかるが、話を引っぱっていくための道具に過ぎない。ヴィクトリアやヴェロニカといったヒロインたちや物語の鍵を握るマルタ島の首都ヴァレッタの頭文字。歴史を動かす大きな陰謀の陰に暗躍する危険な魅力を持つ「女」を象徴する文字である。

    面白いのは、この二つの相容れない物語が、ステンシル親子を蝶番にして繋がっていることだ。一例を挙げれば、プロフェインのつきあっているパオラは、マルタ島の詩人でステンシルの父シドニーに情報を流す二重スパイ、ファウスト・マイストラルであったという具合に。パオラがステンシルに読ませる父の手記が、まるまる十一章「マルタ詩人ファウストの告解」に充てられている。戦争を契機に一人の青年詩人が人間性を喪失し「非人間性」ではなく「無人間性」を持つにいたる経緯を綴った文学性の濃い自伝は、全く別の異なった一篇の小説を読んでいるような気にさせる。

    次々と繰り出される挿話のバリエーションの豊富さに圧倒される。フィレンツェ、ヴェネチア、パリと旧世界の華やかな都市を経巡る舞台の意匠もさることながら、それぞれの物語を語る語り口の変化も見逃せない。オペラ座における暗殺事件の顛末を描いた第三章「早変わり芸人ステンシル、八つの人格憑依を行うの巻」ではヴァージニア・ウルフばりの話者の素速い転換で... 続きを読む

  • とりあえず最後まで読んでから。多分これは「当たり」だ。

  • トマス・ピンチョンの書物を読み解くのはゲームのやり込みに似ている。しかもFC時代特有の、自分でメモを取らなきゃダンジョンも踏破できないちょっと理不尽な感じ。章を経る度に湧いて出る登場人物を整理しながら進んだ先にあるものは、ダメ人間とハードボイルドと戦争と馬鹿エロと知性とパラノイアがどんちゃん騒ぎで一緒にフォークダンスを踊っているザ・闇鍋ワールドであった。阿呆だ。しかし、阿呆なまでに面白い。100人が読めば1万通りの解釈が生まれるであろう彼の作品群は、読むことの楽しさと自由がヤサイマシマシに溢れている。

  • 「V.」
    レビューを書く前に一瞬、ピンチョンに関する論文を読もうか迷ったのも事実。読んだら手っ取り早いかもしれないけど、なんか攻略本みたいで嫌だと思った。論文を書く人を否定してるわけじゃなくて、ピンチョンは、ややこしくも、かなりきちんと語ってくれているので、彼のテクストに当たるのが一番だと感じたということです。だから、私のこの文章も、読む人にとっては鬱陶しいだけだろうと理解しつつも、自分が忘れない為に書きました。

    私が初めて読んだピンチョンは、旧訳での「重力の虹」だったのだけど、この「重力の虹」の前に、面白いから読んでご覧と言われた最近日本でベストセラーだという小説を読んだのだけど、文体も酷いし、ちっとも面白くなかった。
    仕掛け混じりのミステリー的な要素が流行っていた要素らしいのだけど、線を辿って行くことにしか目的がなくて、文章そのもののキラメキも皆無で、読み終わって「は、だから?」と酷い気分になったから、「重力の虹」の冒頭を読んだだけで、やっと呼吸が出来たような、なんかものすごくホッとした。
    結局、重力の虹はチンプンカンプンのまま読んで、次に「LOT49」を二度読んで(こちらは私の知識不足もあって不十分ではあるものの、ある程度理解出来たという手応えは得た)、そして「V.」を読み始めた。

    ピンチョンは、無目的にぱっと読んだだけでも「ただ者じゃない」んだけど、「V.」を手に取ってから、「何か感じるところがあってくれればいい」なんていう曖昧な読書ではすまされない、いくつもの主義主張が渦巻いているのを感じたから、気になるところは線を引き、理解する為の手がかりとして書き写し、結局三度読むことになってしまった。
    それほどまでに主義主張があるなら、何故もっと分かりやすい、論文調で書けないのか?と思われる方も多いかもしれないけれど、この不完全なレビュー書こうとして、一筋の文章化するにあたってどうするか考えようとする度に「彼がどうしても小説で書かなくてはならなかった理由」をまざまざと痛感させられた。一本の論文で、一つのテーマを冠して書かれたとしたら、この「V.」は一体何本の論文になるだろう。そして、いくつの「断定」と、彼の憎悪する「二項対立」が出現するだろう。

    ◎意図的な肩すかし

    エジプトのシーンは、ステンシルの特異な「人格憑依」によって語られる(体験される?)文脈だし、「モンダウゲンの物語」にしても、本来モンダウゲンによって30分足らずで語られたものが、ステンシルの口を通じるとあれほどまで長大になるのだから、ステンシルが追いかけるのは、父の残した「V.」という言葉から想像された、壮大な幻想なのかもしれない。
    でも「幻想である」とも断言できない。ステンシルが、V.の義眼を追いかけてマルタを後にした後に続く、「エピローグ・1919」では、ステンシルの認識から外れた事象が出て来るからだ。
    ヴァレッタにて、ステンシルとマイストラルが「我々は兄弟かもしれない」と言うけれど、それは「1919」を読めば勘違いであったことが明らかになる。ステンシル父は、マイストラル母と会話はしているけれど、会話内容は「マイストラル父を解雇してくれ」という懇願だし、この時点でマイストラルと思しき「子供」はお腹の中にいる。それに、残酷趣味なイギリス兵磔刑像の櫛も、ステンシルの幻想だけに留まらない。「マイストラルの告解」で悪坊主が子供たちによって「解体」されるシーンにも出て来るし、最後にパオラが現物を持っているシーンも出て来る。大事な物だ、という注意はあるものの、いとも容易く譲渡されてしまうけれど…(そして、マイストラルの告解の文章によれば、悪坊主が解体されるシーンには、知った子供はいなかった=パオラはいなかった、ということになるけれど、では何故パオラがこの... 続きを読む

  • 話がどんどん膨らんでいく。あっちからもこっちからもストーリーが押し寄せてきて目が回るような読書体験。

  • 私の中ではボルヘスやガルシア・マルケス、ミラン・クンデラと同じ系譜に属する。動機の背景が不明な登場人物たちによる、退廃的で高尚で、ポエティックでシュルレアリスティックな世界。ただ、ピンチョンにはそれを超えた大いなる視点がありそう、言葉のトリックがふんだんに使われた文字通りのレ・トリック、メタ的視点。なにかありそう、ということはかろうじて感じとれた。

  • 知的なお調子者、下巻へ

  • 表現は結構すき。
    ピンチョンの20代の作品らしく、ちょっと話題が若すぎてつまらない。

  • 初ピンチョン。
    これが一番読みやすいようですが、やっぱり難解。。。

  • それぞれのV.に翻弄される登場人物たち、そして行ったり来たりのヨーヨー男プロフェイン、文はとても読みやすく、それぞれの挿話はスリルに満ちて面白い。 一体運命はどのように交差するのか。 V.って人のことじゃないの ?地名なの ? 共通点は頭文字のV. だけのように見えるが? 女たちでもあり、ヴェネズエラでもあり、ヴィーナスでもあるのか? もしくはそのどれでもなかったりするのか ? 今までこんな小説は読んだことがない。 下巻に期待。

  • 断片ではっとさせられる。

  • 様々なエピソードが現れては消え、それぞれが微妙に関係し合って物語は進んでいく。

    ピンチョンが難解なのは、それぞれのエピソードの関係性が余りに複雑であることが言える。ちゃんと理解して読み終わるには8年はかかる、とも言われてるだけあって、読み応えはかなりある。

    それぞれのネットワーク自体も色々な要素があり、絡まりあうことによりエントロピーはどんどん増大していく。

    全てを俯瞰してみるくらいの距離感で挑むのがちょうどいいかも。

  • Vってなんだろう?思い続けて、上巻が終わった。巧い作りになっているとは思うけど、並行する物語が複雑で上手く整理できず、苦しい読書でした。

  • 表紙がきれい、長い、登場人物がいっぱい、みんな歌う、NYの地下の白いワニが出てくる、どうしようもない男がいっぱい、歯科医が精神分析する、混乱と混沌、面白いけど難解、読みやすいけど難解、そして途方にくれる。

  • ピンチョン初体験ということで、新訳で出たデビュー作を読んでみた。面白い、これは面白い! 時代も場所も話者(“人格憑依”含む)も様々に跳ぶ各章節の物語は、緻密で繊細な編み物のように各ポイント同士が隣の、あるいは一段上の、斜め下の、別のポイントの立ち位置を支えていて、それらのやたらと数多い糸と糸との交叉点を読みながら脳内で立体的にキープしていくことで、最後に全ての輪が繋がって(編み終わりの糸の始末をしないままにぶら下がる端っこも残るけど…)、一つの作品を「体験した」という爽快で達成感に満ちた、でもどこかしら糸と糸との繋ぎ目を間違えて読んでるかもしれないという混乱気味の悔しさも混ざった感覚が残る。
    「V.」とは何か、という一見テーマ?のようにも思える問題は、読者ではなく登場人物の一人・ステンシルの問題であって、読者はそこを中心に筋を追っていく必要はないということは途中で分かる。そもそも「V.」とは何かという問題自体、作品の途中で出てくる問題であり(タイトルを見た時点で疑問は生まれるが)、読者はとりあえず、何を追っているのか分からないままに、ドタバタコメディのような刹那的な浮かれ騒ぎの渦中に投げ込まれ、ストーリーを追い続け、気づけばあっちのポイントもこっちのポイントも手放さないように脳をフル回転させながら、ピンチョンがゴールに用意しているらしい何らかの物語を編みあげようとアクロバティックに糸と糸を繋いでいくことになる。
    読み進めるほどに増える登場人物、そしてその登場人物同士が過去や別の場所や親世代で関わり合って織り成す輪、それらを押さえたまま最後までたどり着くことがこの作品を読むに当たっての一番の難関。間を空けず、時間をかけずに一気に読むことで何とか乗り切ることができた。無機物に“憎まれて”いる木偶の坊(シュレミール)プロフェイン、自身のことを三人称で語るステンシル、「バルーン・ガール」から無機物化した神父へと波乱に満ちた道のりをたどるヴィクトリア、キャラクターやストーリーから見え隠れする物質と生命、アイデンティティに絡むメッセージについてはまた再読の折にじっくり汲み上げてみたい。今回は、テーマそのものより初めて体験したピンチョン・ワールドの手応えを楽しく味わったという感じだった。他のピンチョン作品も同様の集中力が必要とされるなら、まとまった時間が取れるタイミングを狙ってチャレンジしてみたい。
    質的にも量的にも手応えたっぷりな厚みのある構造、酔っ払いたちのナンセンスな会話もあれば幻視のような植民地兵士モノローグもあり、狂騒の現代(1950年代)NYの情景もあれば陰謀と死に満ちた20世紀前半の争乱や戦争の情景もあり、そうしたあれこれを結びつける符号のように「V.」の頭文字を持つ場所/人/物たちが随所に顔を出す――濃密かつ刺激的、一言で言ってエキサイティングな作品だった。全二巻。

  • 和図書 933/P99/1
    資料ID 2011100493

  • 国書刊行会版で既読。

全21件中 1 - 21件を表示

V.〈上〉 (Thomas Pynchon Complete Collection)に関連するまとめ

V.〈上〉 (Thomas Pynchon Complete Collection)を本棚に登録しているひと

V.〈上〉 (Thomas Pynchon Complete Collection)を本棚に「読みたい」で登録しているひと

V.〈上〉 (Thomas Pynchon Complete Collection)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

V.〈上〉 (Thomas Pynchon Complete Collection)の作品紹介

闇の世界史の随所に現れる謎の女、V.。その謎に取り憑かれた"探求者"ハーバート・ステンシルと、そこらはどうでもよい"木偶の坊"ベニー・プロフェインの二人は出会い、やがて運命の地へと吸い寄せられる…。V.とは誰か?いや、V.とはいったい何なのか?謎がさらなる謎を呼ぶ。手がかり多数、解釈無数、読むものすべてが暗号解読へと駆り立てられる-。天才の登場を告げた記念碑的名作、ついに新訳成る。

ツイートする