朗読者 (Shinchosha CREST BOOKS)

  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (213ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105900182

作品紹介・あらすじ

学校の帰りに気分が悪くなった15歳のミヒャエルは、母親のような年の女性ハンナに介抱してもらい、それがきっかけで恋に落ちる。そして彼女の求めに応じて本を朗読して聞かせるようになる。ところがある日、一言の説明もなしに彼女は突然、失踪してしまう。彼女が隠していたいまわしい秘密とは何だったのか…。数々の賛辞に迎えられて、ドイツでの刊行後5年間で、20以上の言語に翻訳され、アメリカでは200万部を超える大ベストセラーになった傑作。

感想・レビュー・書評

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  • 15才のミヒャエル・ベルクと36才の路面電車の車掌ハンナ・シュミッツの出逢いと熱烈な恋愛に始まる物語は、ハンナの突然の失踪、戦争犯罪裁判の法廷での再会、そして悲劇的結末へと進む。個人に選択の自由のない戦時下で命令や規則に従って行なった行為を断罪する裁判で、ハンナが裁判長に「あなただったら何をしましたか?」と問う場面、命令に逆らい処罰されることを選択する勇気がある人間がどれほどいるのか、また、犯罪が行われた時点で禁止されていなかった行為を、後に成立した法律によって裁く「遡及的処罰の禁止」についてミヒャエルは「当時は収容所職員の行動が刑法に照らされることなどなかった点を重視すべきなのか? 法律とは何だろう?」と苦悩する。ルールに従って戦った後にルールが変更され敗者となる不条理。何故ミヒャエルはハンナの秘密に辿り着きながらそれを露わにすることを躊躇ったのか。重罪覚悟で罪を認め、自由への扉を永遠に閉じたハンナの心理的葛藤。独房に残されたナチの犠牲者やナチの研究書が彼女に与えた影響等々、読み解くのに必要な知識不足を痛感させられた。

  • 会話はできても、文字を読めない、文字を書くことが出来ない。文盲とはつまり、会話でしか言葉を生み出せない、ということだ。会話でしか生まれないハンナの言葉は、できては直ぐに消えゆく泡のようなものだ。ハンナとミヒャエルが愛し合う場面で入浴の光景が多いのは、水や泡のように流れてゆき、そしてすぐに消えゆくものを暗示している。

    文盲を隠し、そのために世界から、そして周りから置き去りにされ、ナチス第三帝国の戦犯として、いつのまにやら裁かれるものとなってしまい、自尊心のために(文盲を明かさないために)牢獄に入れられてしまったハンナ。ハンナと溺れるように恋をし、ハンナに身を捧げ、ハンナに裏切られたにもかかわらず、愛だけはなくならずにそこにあったミヒャエル。

    社会は罪を生む。
    文盲、それ自体は罪であるわけはない。
    社会が文盲を罪とし、それを十字架としてハンナに背負わせた。ハンナはその十字架と共に生き、十字架を隠し、愛する人にも見せないようにした。ミヒャエルは十字架を取り除こうとした。そしてそれは不可能だった。もしかすると、牢獄にいる間だけは、ハンナの背から十字架はなくなっていたのではないか。牢獄でのハンナはまるで教祖のようだった。出所してまた罪人になること、また背負うことになるだろう十字架を、ハンナは拒絶して、だから牢屋で自死したのではないか。



    愛とはなにか、罪とはなにか、裁くこととはなにか、あらゆる問いが波のように押し寄せてくるが、著者は「答え」を求めて、これを書いたのではないと思う。
    心の解放、そして思い出がなくならないように。


    一文、次の文、その次の文と、示唆に富んだ言葉の波。私にとって『朗読者』は、何度も手にとって読むべき本の1冊だ。


  • 終始、主人公ミヒャエルの視点である。
    ある点では、愛という感情の話であるがナチスドイツを題材としている。

    ハンナという歳上の女性と15歳の時に出会った。
    ミヒャエルとハンナというキャラクターは共感できるかと言われたら、出来ない。

    だが、当時のことに思いを巡らすのには良い作品であり読者はよく考えることが出来る。

    非常に文学的で、興味深い。

  • ヘッセやマンの作品に顕著であるが、少年が人生の上で経験を積み、やがては大人になって行くまでを描いた「人格形成小説(ビルドゥンクスロマン)」という文学的伝統がドイツにはある。『朗読者』もまた、その構成を借りている。15歳の主人公は気分の悪くなったときに助けてくれた母ほども歳の離れた女性に恋し、関係を持つ。逢う度に彼女は少年に本の朗読をせがみ、いつしかそれが二人の習慣になる。ある日、突然彼女は失踪し、失意の少年は心を開くことをやめ、やがて法学生となる。彼女を再び見たのはナチス時代の罪を裁く裁判の被告席であった。刊行以来5年間で20以上の言語に翻訳され、アメリカでは200万部を越えるベストセラーになったという話題作である。日本でも発売当時、多くの書評に取り上げられたことは記憶に新しい。

    ややもすればセンセーショナルな話になるところを抑制の効いた文体と感情に流されない叙述で淡々と進めていくあたり、作者の並々ならぬ力量を窺わせる。ミステリーでデビューした作家らしく巧みに張られた伏線が、平易な文章と相俟って読者を最後まで引っ張って行くところがベストセラーたる所以でもあろうか。主人公を戦後世代にすることで、強制収容所というテーマの重さに引きずられることなく、あくまでも個人の倫理観の問題にとどめたのも法律の世界に身を置く弁護士としての作者の資質から来ているのだろう。

    全編を通じて主人公の回想視点で語られている。ハンナとの別れ以来傷を負った彼の思惟と行動は外に対して閉じられたかのように見える。15歳の時の体験に彼は捕らわれ、そこから解放されずに歳をとってしまったもののようだ。彼がそこに固着するのは全幅の信頼と愛を傾けていた存在を去らせたのが自分の不誠実な態度であると感じた事によるが、彼女の秘密を知った後でも彼のとる行動は誠実なものとはいえない。彼にはハンナが理解できないからだ。

    ハンナの場合はどうか。未成年を誘惑するような仕種やその後の行動も、文字を知らないことが分かってみれば、蛇に誘惑されて林檎を囓るまでのイブのように無辜で明るい。彼女に翳が差し、暴力的な事態が現れるのはいつも文字が介入してくるときだ。ハンナが彼の前から姿を消すときも、かつて雇われていた会社を辞め収容所の看守になるときも同じである。

    文字を知るまで、ハンナにとって世界は理解を越えていた。自分の力ではどうにもならない現実に翻弄されるように生きていたからだ。だからこそ、裁判長に向かって「あなたならどうしましたか」と、問い返せたのだ。文字を知ることで、かつての自分の行為を今の自分の意識で見つめることにより無辜のハンナは消え、年老いて寄る辺のない罪人が生まれたわけである。牢獄のハンナに朗読したテープを送り続けたミヒャエルの行為は、考えようによっては残酷な行為であり、哲学者の父を持つミヒャエルは、ハンナのいる楽園に悪魔が遣わした蛇だったのかも知れない。ハンナは人間として生きることを得ると同時に死ぬことも得た。

    知らないで犯した行為を果たして罪と言いうるのか。裁かれるのは、その行為を犯すまでに当事者を追い込んだものの方ではないのか。おそらく、いつの時代にあっても問い続けられるテーマである。ナチスという悪を背負い込んだドイツ。貧困ゆえの無知という事態を引き受けた個人。他者を知ろうとすることもなしに一方的な愛を請う恋人。輻輳した主題を絞り込んだ登場人物を通じて展開して見せた点に巧さが際だつ一編である。

  • ハンナ。最初に戻って会話を拾い読み。読み終わっても涙が止まらず余韻に浸っている。正直この本を読むまでアウシュビッツで働いていた人のこと、その後の人生を想像したことはなかった。その時代を生きた人達の背負ったものにショックを受けている。これは別の本でも掘り下げてみたい。年の差21歳。この差がなければこの関係は無かっただろうし、物理的にも精神的にもかけ離れていながらもお互いの人生にかけがえの無い存在として支え合っているのって、ありきたりだけど「愛」を感じる。この強烈な出逢いが人生にあったってことは羨ましくもある。別の作品も読んでみよう。

  • 15歳の少年の甘く切ない恋。そして21歳もの年上の相手の女性の突然の失踪。そして少年は弁護士になり偶然に女性に再会する。そして明らかになる女性の過去の秘密。ナチス時代のドイツへの批判を含みながらも「あなたならどうした?」と読者にも問いかける感動的な裁判官との対話。この中で、プライドを捨てることが出来ない一方で、健気に努力をするヒロインと「朗読者」の語り手の感動の繋がりが感動をよびます。大きく3部に分かれますが、一部の出会いと恋の場面だけ読むといきなり惹きこまれるものの、甘くて「谷間の百合」を思い出させる世界が、徐々に深刻な展開になる構成も素晴らしいです。映画化が楽しみです。

  •  ドイツのある町に住む少年ミヒャエルは、母親ほど歳が離れた女性ハンナと親しくなり、やがて性的な関係まで持つようになる。彼女は本の朗読をするように頼み、ますますミヒャエルは恋に溺れていくのだが、ある日突然ハンナは姿を消す。
     思春期真っ盛りの少年と年上の女性のロマンスを書いたこじゃれた小説かと思ったら、ハンナの失踪の原因を知った瞬間から、あの戦争がまだドイツでは終わっていない現実を突き付けられ、胸が苦しくなる冷酷な展開が最後まで続く。

     ハンナとの別離がトラウマとなっていたミヒャエルは、何年も経ってから法廷でハンナの過去と悲しい秘密を知ることになるのだが、すでに運命の輪は回りはじめ後戻りができないところまできていた。かつてハンナから頼まれていた「朗読」という穏やかな行為に、悲惨な記憶が結びついていたことを知ったときはミヒャエル同様ショックだったし、そのときのハンナの思いに至ると胸が締めつけられる。
     ハンナの悲劇の原因は、文字を読めないということを隠してきたことだったが、のちにそれを克服し、朗読テープを送り続けたミヒャエルにたどたどしい手紙を書くまでになる。それなのに、戦争の責任をひとりで負うかのように自分の運命をひとりで決めつけてしまった。
     文盲を隠そうとした人間の悲劇と言うと、ルース・レンデル『ロウフィールド館の惨劇』を一瞬思い浮かべるが、狂気ミステリとは一線を画す戦争文学であり、美しくも悲しい記憶にふちどられた物語だった。

  • 小学生から高校生ぐらいまで使っていた机の右上の鍵がかかる引き出しにそっとしまっておきたいような、大切なお話に出会えた。

  • この小説をどう読めばいいだろう。
    この小説で起こった出来事を受け止め、いったい主人公達の身に何が起きたのかを、正確かつ理性的に判断することはできるだろうか。

    ハンナは「読み書きができないと知られるのを恐れて」18年の独房生活を送ることになるが、果たしてその恥の概念が、自分を刑務所に留め続けるほど罪深いものであったのだろうか?何故それほどまで長く監獄の中にいることを選択したのか?
    彼女はナチス時代とミヒャエルと過ごした時代に、朗読を所望している。これは明らかに知識を欲する行為であり、彼女も身の回りの世界を深く理解したいと感じていた。その後18年間の刑務所暮らしの中でやっと読み書きを覚えた彼女は、ナチスの被害者と看守たちの物語を読み漁った。
    私は、ここで彼女に自責の念が生じ、彼女を苛んでいったのではないかと思う。だから監獄の中で居場所が出来そうになると、逃げるように孤独の中に身を置いた。釈放間近になり、ミヒャエルとの新しい居場所が出来る寸前、自ら命を絶った。
    何故そこまでストイックな生き方をしたのか?それがナチスの被害者に対する彼女なりの贖罪だったのか?この先の真相は闇の中であり、読む人によって異なる結論に至ると思う。

    この本は多くの問を読者に投げかける。ミヒャエルが蜜月の思い出の中で美化した彼女と、ナチスの親衛隊で囚人を監視していた時の彼女は、果たして同一人物と言えたのだろうか?彼女は囚人に対して実際に残酷な仕打ちをしたのだろうか?ホロコーストは、冷酷な軍人が無実のユダヤ人を嬲る行為ではなく、判断力も知性も無い一般人が、戦争という特殊な条件下で麻痺した末に行った、ただの無考えの行動ではないのか?

    「あなただったらどうしましたか?」ハンナが法廷で裁判長に投げかけた質問は、この小説の読者にも向けられている。

  • 深い想い。
    それしか伝えられない!
    いつの日にか触れて欲しい作品。

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著者プロフィール

ベルンハルト・シュリンク(ドイツ:ベルリン・フンボルト大学教授)

「2019年 『現代ドイツ基本権〔第2版〕』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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