ホワイト・ティース(上) (新潮クレスト・ブックス)

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制作 : 小竹 由美子 
  • 新潮社 (2001年6月29日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (365ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105900236

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ホワイト・ティース(上) (新潮クレスト・ブックス)の感想・レビュー・書評

  • 感想は下巻で。

  • 読みやすくはないし好みではない、けどこんな話を20代前半で書いたのはすごいと思う。リアリティに非現実が混ざった感じ。ロンドンの地名でイメージがわくと楽しめるかも。ロンドンのいまいちエリアのここどこの国?て感じがよく伝わる。

  • 「おれたちの子供はおれたちの行動から生まれる。おれたちの偶然が子供の運命になるんだ(十八字分傍点)。そうさ、行動はあとに残る。つまりは、ここだってときに何をするかだよ。最後のときに。壁が崩れ落ち、空が暗くなり、大地が鳴動するときに。そういうときの行動がおれたちの人間性を明らかにするんだ。そしてそれは、おまえに視線を注ぐのがアッラーだろうがキリストだろうがブッダだろうが、あるいは誰の視線も注がれていなかろうが、関係ないんだ。寒い日には自分が吐いた息が見える。暑い日には見えない。でもどちらの場合も息はしてるんだ(七字分傍点)」

    ベンガル人のサマード・ミアーには学歴があったが、従軍中の事故で右手が不自由なため、やむなく従兄弟の店でウェイターをしている。サマードは、敬虔なムスリムとして生きたいと思いながらも飲酒や手淫、浮気といった罪から逃れられない。アーチーはイギリス風朝食と日曜大工を愛する白人。優柔不断で、何かを決める時にはコイン投げに頼る。イタリア人の前妻に逃げられ、自殺を試み失敗した後、コミューンで出会ったジャマイカ出身の美しい黒人娘クララと再婚した。第二次世界大戦の終末を遠い異国で共に迎えた二人は、女房そっちのけで、始終オコンネルズというアラブ人が経営するカフェで顔を突き合わす毎日。

    いろいろな国からやってきた移民が集まるロンドンの一地区で暮らす二組の家族に、もう一組ドイツ・ポーランド系のリベラルなチャルフェン一家がからんで起きる家庭騒動を、コミカルななかにも辛口の諷刺を利かせた、とびっきり愉快な英国流風俗小説である。移民にはそれぞれ異なるアイデンティティがある。宗教がちがえば、夫婦関係のあり方や子育ての仕方も異なる。そこから生じる実に様々な齟齬が、ほとんどマンガチックと思えるほど戯画化され、極端から極端に走る子どもたちの行動が、英国だけにとどまらない、信仰と科学、イデオロギーの衝突といった諸々の現代的な問題を引き起こす。

    ジャマイカ系のクララは「エホバの証人」の熱心な信者である母を嫌い、ヒッピー仲間のコミューンに逃げ込んでいてアーチーと出会った。母は、今でもランベス自治区でクララのかつてのボーイフレンドであったライアン・トップスと布教活動を共にしている。そのライアンの計算によれば、世界の終りは一九九二年十二月三十一日に訪れる。二人はクララの娘アイリーにそのことを警告する電話を何度もかけてよこす。

    サマードの双子の息子、マジドとミラトは二人とも類い稀な美貌の持ち主だ。ただ、それ以外は正反対。成績良好でイギリス人たらんとする学者肌のマジドに比べ、弟のミラトはマフィア映画にかぶれ、デニーロやパチーノの真似をし、ギャング仲間を引き連れて歩く不良少年だが、やたらと女性にもてる。ファミリーという集団に固執するミラトはイスラム系の過激な集団KEVINと行動を共にするようになる。同じ頃、チャルフェン家の当主マーカスの秘蔵っ子となったマジドは大晦日に行なわれる科学イヴェントに向けて準備を進めていた。

    遺伝子工学で癌細胞を移植したマウスの公開実験を目的とするイヴェントは、神の意志に背く行為として反対を唱えるエホバの証人やKEVINの他に、動物愛護を唱える団体FATEからも攻撃されていた。そこには運動を主催する女性に魅かれて仲間になったマーカスの息子ジョシュアもいた。こうして、三家族の子どもたちがそれぞれの立場から、マーカスとマジドのイヴェント阻止に向けて一気に行動を起こす。

    自分たちの主義主張が正しいと信じて行動に飛び込んでゆくのは、若者の特権のようなものだが、自分たち以外の人間の思想や信仰、慣習を認めない不寛容さは、多様性を認めない窮屈な世界を現出してしまう。大人になれば、その性急さも理解でき、一歩離れた位置から見直すこと... 続きを読む

  • この小説を紹介するのは難しい。
    ましてや上下巻の情までしか読んでいないので、なおさらに。
    これといったストーリーがあるわけではないのだけど、躍動感あふれる文体がすごいんだ。

    ホワイト・ティース=白い歯
    どうしてこういうタイトルにしたのだろう?

    最後まで読んでいないからはっきりわからないけれど、多分「白い歯」というのは分断の象徴。
    例えば今のイギリスでは、「白い歯」でいられる階級、歯にお金をかけることのできる階級とできない階級というのがあるのではないか。

    逆にインドの独立戦争の頃。
    暗い闇の中に浮かび上がる「白い歯」が、敵の目印だったと。
    事実はそうなのかはわかりません。口を閉じれば歯は見えませんからね。
    闇の中の「白い歯」に向かって銃を撃てば、敵を倒すことができた時代。
    狩る者と狩られる者。

    移民の第1世代と第2世代の確執とか、白人と黒人が結婚することに対する口に出されることのない拒否感とか、深刻に書こうと思えば書けることを、ドタバタとコミカルに表現した後に残るものは…。

  • ジャマイカ系イギリス人女性による長篇物語。カート・ヴォネガットの「そういうものだ」的な雰囲気。

  • 読んでるうちにスピードが出るタイプの本。メチャメチャ面白いっ。ストーリーと登場人物のハチャメチャ加減がいい。

  • 最高におもしろかった。知的探究心満足。うますぎる。

  • 海外でどれだけ評判が高くても、どうしても理解できない小説というのはあるものだとつくづく思う。ゼイディー・スミスの処女作にして壮大な長篇小説「ホワイト・ティース」は自分には理解できない小説の一つだった。

    例えば最近読んだジュンパ・ラヒリの「その名にちなんで」と比べてみたくなる。異邦人であることのアイデンティティと親と子という世代間の問題、更に移民一世と二世の問題、と、その骨格は本書とどことなく似ている。こちらはそれに戦争の体験が加わり、イギリスとインドという問題が加わり、政治、宗教、人種と多面的に問題が絡み合う。更に、もっとも根源的で相互理解不能な問題、宗教。これだけのテーマが少なくない登場人物を交えて語られる。意欲作であるし、プロットも見事だと思う。小道具としてもファッション、科学、なんでもござれで、エンターテイメント性にも優れているだろう。また、あとがきでも指摘されていたが根本的な楽天性というものもあり、かなりの長篇にもかかわらず読ませる力はある。

    しかし、何が言いたいの、と「ホワイト・ティース」の主人公の一人のように質問したくなる。結局何が語られたのかというと、大きな疑問を手のひらに載せたままそこで立ちすくんでしまう感じなのだ。何もこれと言ったものが残っていない。面白かったかと言われれば面白かったし、エピソードも記憶に残っているのだが、今まで自分の中には無かったものが、ゆっくりと形をなしてくるような感慨が起こらない。それが自分にとってこの本の評価の根本に繋がる感情なのだ。

    ひょっとしたらイギリス人はこういう、だらだらした話が好きなのだろうか。一人ひとりの歴史が少し丁寧に語られ、それがどんなトラウマとなって今の人生を制限しているかなんてことを考えながら読むのだろうか。そう言えば「ウォーターランド」という似たような語り口の小説もあった。

    どうもこれ以上は何も出て来そうにない。もう一冊同じ作家の本があるのだが、手を伸ばせるだろうか。

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