- Amazon.co.jp ・本 (262ページ)
- / ISBN・EAN: 9784105900373
作品紹介・あらすじ
舞台は、『灰色の輝ける贈り物』と同じ、スコットランド高地の移民が多く住む、カナダ東端の厳寒の島ケープ・ブレトン。役立たずで力持の金茶色の犬と少年の、猛吹雪の午後の苦い秘密を描く表題作。ただ一度の交わりの記憶を遺して死んだ恋人を胸に、孤島の灯台を黙々と守る一人の女の生涯。白頭鷲の巣近くに住む孤独な「ゲール語民謡最後の歌手」の物語。灰色の大きな犬の伝説を背負った一族の話。人生の美しさと哀しみに満ちた、完璧な宝石のような8篇。
感想・レビュー・書評
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舞台は、スコットランド高地の移民が多く住む、カナダ東端の厳寒の島ケープ・ブレトン。
寡作な作家アリステア・マクラウドの短編をまとめた「ISLAND」から、後半8篇を収録したもの。
前半8篇は「灰色の輝ける贈り物」というタイトルで刊行されている。
自然の厳しさ、その豊かさ。生き物の生命力、その儚さ。喪失の痛み。みんないってしまう、けれとも連綿と続いていく。
目を大きく見開いたまま氷に閉ざされたアザラシ。足を縛られ恐怖に目をぎょろつかせながら船で運ばれてきた若い牛。
観光のための自然保護についても考えさせられる。
孤島の灯台を黙々と守る一人の女の生涯を描いた「島」が強く印象に残っている。
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たまたま軽い気持ちで手にとったけれど、読んだ後に心にじんと響いて忘れられない一冊となる本があります。
アリステア・マクラウドは、これまで耳にしたことのなかった作家でしたが、シンプルな装丁と「冬の犬」という表題に惹かれて読み始めました。
舞台はカナダ北東部のケープ・ブレトン島。赤毛のアンの舞台プリンス・エドワード島の、さらに東に位置する最果ての地です。自然と格闘し生きる人たちの姿が描かれています。
彼らはイングランドでの圧政を避け移住したスコットランド高地人(ハイランダー)の末裔。ゲール語という祖先の言葉を大切にしつつロブスター漁を生業とする人、痩せた土地でじゃがいもを栽培して家族を養う者、あるいは木こりとして生きる者がいます。
カナダ北東部ノバスコシア地方の厳しい自然と、牛や羊、犬など人間とともにある生き物の姿が、彼らの汗と息づかいとともに生き生きと描かれています。
これは作者マクラウド自身が、ケープ・ブレトンで育ちゲール語と英語の二つの言語に通じているからこそ作り出せた小説世界でしょう。なかでも、表題作の「冬の犬」がいい。少年の頃のちょっとした冒険が、端正な言葉で綴られていて、久しぶりに物語を読む楽しさを体験できました。 -
冬の季節に、もう一度読もうと決めていた。凛としたマクラウドの文章に相応しい気がして。
もちろん穏やかな関東の冬晴れは、カナダの凍える寒さとは比ぶべくもないのだけれども。
“当時のことについては、はまるで昨日のことのように懐かしく思い出される。それでも自分がどのくらい当時のままの声で話し、どれくらいそれ以降の大人になった声で話すのか、よくわからない。クリスマスは過去と現在の両方が混在する時間であり、この二つはだいたい不完全に混じりあっているからだ。その時点での「現在」に足を踏み入れながら、大抵の場合、後ろを振りかえっているのである。”
『すべのものに季節がある』の冒頭に記されたこの言葉は、クリスマスに限らずマクラウドの短編のすべてに当てはまるだろう。
子供時代の思い出が、祖父母が暮らし父母が受け継いだ土地のにおいと景色が、ゲール語の歌に残る大西洋を隔てた遠いスコットランドハイランドの記憶が、そのすべてがありありと目に浮かび、季節と共に繰り返し繰り返し続いていくように思えながらも、時代は移ろいそのときには二度と戻ることは叶わないことが同時にわかっているー深い喪失の痛みが胸に沁みてくる。
ケープ・ブレトン島を舞台に描かれるのは牧歌的な理想郷ではない。貧しく、過酷な労働の日々を誠実に生きる家族の暮らしだ。
マクラウドは最後の語り部として、遠く離れた愛する故郷と、そこに生きる人々を書き記しておきたかったのだろう。
『クリアランス』で、変わりゆく時代に抗うではなくとも“俺たちは、こんなことになるために生まれてきたんじゃない”と呟き、遠きスコットランドの地で出会った友の言葉を胸に決然と一歩を踏み出す老人に湧き上がる誇り。
『完璧なる調和』で、金のために伝統を曲げた歌でコンサートステージに出ようとする若い荒くれ者たちと向き合い、彼らの中にこそハイランダーの勇猛果敢な祖先の血が流れていると感じる、最後の歌い手の胸に浮かぶ思い。
そして不意に放たれる“あのさ、俺たち、わかってるから。わかってる。みんなちゃんとわかってるから”という、言葉。
一つの時代は幕を下ろすとも、つながっていくものも確かにあるのだ。
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多くは語らない。しんと静かに染み渡るような、寡黙な文章。だけどそこには、喜びも悲しみも、生命の営み全てがある。本当に良い本。
白い雪が舞う、静かな夜更けの冷たい空気に包まれて、去りゆくものは、良いものを残していく。
そんな本。
胸にじーんと来る。ほうとため息が漏れる、読後感。 -
スコットランド(高地)系カナダ人の日常を描いた短篇集。16篇収録のオリジナルを、2分冊としたものの後半らしい。前半は未読である。時代設定が古いこともあるが、書かれている内容は厳しい自然や、動物との繋がりを絡めたものが多く、特に冬期の描写は過酷を極める。どれも味わい深いが、表題作の「冬の犬」、ゲール語の歌を扱った「完璧なる調和」がよかった。
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前作「彼方なる歌に耳を澄ませよ」がもうたまらなく好きで、著者の訃報を新聞で見た時、そうだ、ほかの作品も読まなくちゃ~と思って・・・それで思い出して読んだはずなのですが、訃報もすでに4年前の話なのね。自分にびっくり。目を開けたまま冬眠してんじゃないかしら、私ったら・・・
さて、「彼方なる~」は、ある家族の記憶と現実との間を波のようにいったりきたりする、詩のような歌のような作品だったとおぼろに記憶していますが、この短編集は動物がかなり重要な役を演じているものが多く、そのせいか寓話や神話のような雰囲気があって、前作とはまたちょっと違う印象でした。
ただ、動物と言っても、描かれているのは、愛玩用のペットではなく、生きるための資源、サバイバル・ツールとしての家畜たち。
だから、彼らを描くことで必然的に自然の厳しさと人間のちっぽけさも描かれることになり、ひ弱な私はすっかり恐れ入ってしまった。
干し草の出来具合が家畜たちの運命を決めるところや、濡れた服が瞬間的に凍るシーンなど、とにかく極寒の地の暮らしは知らないことだらけ。やたら心臓をどきどきさせながら読みました。
それだけでも、そこらへんの冒険ものなんて目じゃないくらいに興味深くおもしろかったのですが、そこで終わらないのがこの著者の素晴らしいところ。
前作同様、血に刻みこまれているかのような一族の記憶や、登場人物たちの生き方のくせみたいなものが、長い時間の経過によって、ゆっくりと変化し昇華されたりしていく様子も描かれている。
時間、が動物同様、すごく重要なファクターで。
人がとにかく生きて年を取るという、ただそれだけのことがこんなにも美しいことなのか、と、読んでいて時々愕然としました。
収録作品は全部好きだけれど、特に「完璧なる調和」が良かった。たまらず涙がこぼれ、二回も読んでしまいました。映画一本見たみたいな読後感。
オンダーチェ、アリス・マンローに、この著者、と、どうも私はカナダ人作家が好きみたい。ド田舎で育った幼少期の記憶が体中にしみ込んでいて、カナダの大自然の描写を読むとそれがざわざわしてしまうのかな~。
あるいは、オンダーチェ、ジュンパ・ラヒリ、この著者、のように、二つの言語、二つのアイデンティティに揺れる人々を描く作家も好きみたい。
自分の嗜好にそういう偏りがあると気づいた今日この頃です。 -
カナダ東部のケープブレント島を舞台にした8編からなる短編集。またすごい本を読んでしまった。今より不便で、伝統や神話がもう少し身近だった時代のお話。動物はペットではなく、仲間であり食料でもあった。「完璧なる調和」の最後の場面でなぜか泣きそうになってしまう。「俺たち、わかってるから。わかってる。みんなちゃんとわかってるから」生活のために伝統が薄れていってしまうことがあっても、誇りはそこで輝き続けるのだ。
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カバーの絵が私を惹きつけて離さない。読む前も、読んだ後も。
雪の林の中にたたずむヒトと大きな犬
カナダ、北米大陸の北東のスミのスミのスミッコの島の物語
登場するのは、ヒト、犬、牛、馬、羊、林、島、波、雪、流氷、歌……。
収録された短編八話は独立しており連作ではない。
なのに、どれも同じものを感じ、なぜかどれも不思議な魅力でひきこまれてしまう。
スコットランドとの歴史的民族的背景が、この物語たちの性格付けに影響している……と何だか偉そうな私は、読み終わって調べてからの「後付け」。
読んでいる最中より読み終わった後に漂う余韻、これは何だろう。
書かれたことば一つ一つが「強い」から?
……じゃなくて「生きている」?
うーん、違うなぁ……そこに「ある」ということ?
ただものではない感じは伝わったけど……。
たぶん、再読する。それも頭からではなく、突然に、気に入った個所からの……。 -
アリステア・マクラウドとウィリアム・トレヴァーの小説はとてもよく似ている。一編一編に書かれているものに込められた思いや情感が深く、ずっしりと重たいので、軽く読み飛ばすことができないからだ。書かれているのは過ぎ去った年月、祖先から脈々と受け継がれてきた血と自然、動物たち。私はこの本を深夜から夜更けにひとり裸電球を灯し、何ヶ月も時間をかけて一編ごとにじっくり味わうようにして読んだ。そして最後のクリアランスを読み終えて静かにページを閉じた時、私はたしかに遥か彼方、ケープブレトンの海から吹きすさぶ風をこの身に感じた。この本を読み終えたあなたもきっと感じるはずだ。
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アリステア・マクラウド1977年から1999年の8篇からなる短編集。
すべてのものに季節がある
裕福とはいえない家庭の静かな思い出。
帰省する兄と大人になりつつある姉と自分、老いていく父母、幼い弟の物語。
二度目の春
屠殺の描写など残酷ではあるが、淡々と静かな物語。
冬の犬
子供たちと遊ぶ犬を見て、一匹の犬との思い出が綴られる。
幻影
自分の不確かな血の由縁を語る比較的長めの作品。
島
一緒に島を出ようと約束した男は戻ってこなかった。いつしか島の狂女と呼ばれた女の物語。
哀愁、無情、平穏、静謐といった空気がどの作品からも漂う。
また、死という避けられない現実が描かれていることが多く、淡々としながらもあたたかい文章でアリステア・マクラウドの魅力が詰まっている。
大きな出来事ではない日常の一場面を描いているといった地味な作品であるため、読者それぞれが自分の読み方や感じ方が出来る。
小川洋子さんの作品が好きなかたには好まれる作品ではないだろうか。
寡作の作家マクラウド。
あと残すは長編である「彼方なる歌に耳を澄ませよ」のみ。
もっと多くの文章を読んでみたかった。