見知らぬ場所 (新潮クレスト・ブックス)

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制作 : Jhumpa Lahiri  小川 高義 
  • 新潮社 (2008年8月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (415ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105900687

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見知らぬ場所 (新潮クレスト・ブックス)の感想・レビュー・書評

  • 「人情の機微に触れる」という文句がある。ふだん誰もが何気なく経験しているような、ふとしたできごとにあらためて目を止め、しみじみと味わったときに口に出る言葉だ。ジュンパ・ラヒリの手にかかると、気づかずに通り過ぎていたあれこれの日々が、ページを繰るたびに紙の上に記された活字の中から、立ち上ってくるように感じられる。

    コルコタ出身のベンガル人夫婦の子として生まれ、アメリカに暮らす移民二世を主人公とする8編の短編は、いずれも作家自身の経験からそう遠くは離れていないだろうと思わせるリアリティにあふれている。インドという国の躍進ぶりが話題になって久しいが、そのかげにはここに描かれたようなアメリカの大学で学位をとるために国を出た多くの俊才がいるのだろう。

    移民とはいえ、かつては苦労した父親も今では大学教授になっている。ボストンやマサチューセッツ郊外の落ち着いた町に居を構え、息子や娘は大学に通っている。インドの暮らしに郷愁を感じるのは母親くらいで、移民も二世になれば、アメリカの若者と変わりはない。親に隠れてマリファナを吸ったり、酒を飲んだり、異性との関係も早いうちからできている。

    人情の機微と書いたが、ここには親と子の情愛がある。妻に先立たれた夫と夫に先立たれた妻との愛がある。父の再婚相手と、死んだ母の思い出の間で悩む子どもの気持ちがある。突然家に転がり込んできた知人の家族との微妙にすれちがう日々の暮らしがある。小さいころに少しの間一つ屋根の下で暮らした男の子と女の子との思いもかけぬ再会がある。

    「読者は知っているが、登場人物は知らない」というのが、読者の興味を引き続けながら最後まで引っ張ってゆくために物語が利用する構造である。一つのストーリーの中で、主人公二人のそれぞれに交互に話者の視点が移動するというのは、どうやらこの作家お気に入りの手法らしい。第一部巻頭に置かれた短編集の表題作「見知らぬ場所」と第二部を構成する「ヘーマとカウシク」の三部作では、特にその手法が功を奏し、互いを思いながらも微妙にすれちがうメロドラマ的な構造が、ある時はしみじみと、またある時はせつなく読者の胸を打つ。

    「見知らぬ場所」は、アメリカ人と結婚した子持ちの娘の家を、妻に先立たれてひとり暮らしの父が突然訪れる話。同居を期待しているのかと案ずる娘と、パックのツアー旅行中に知り合った女性との交際をはじめた父の、少し距離を生じた関係が抑制を帯びた筆致で織り出され、この作家独特の世界に自然に導いてくれる。娘夫婦の新居の庭に植物を植える父と孫のやりとりがほのぼのと胸に迫る佳編である。

    第二部は、親同士が知り合いで、たまたまある時期同じ家に住んでいた二人の男女の人生を、三つの短篇として描き分けるという意欲作。「一生に一度」は、ヘーマという女性の視点で二人が互いを意識しはじめた頃の思い出を描いている。「年の暮れ」は、大学生になったカウシクが再婚した父とその家族に会いに母の死を看取った家を再訪する話。「陸地へ」は、不倫に疲れたヘーマが別の男性と婚約中、研究のために訪れたローマでカウシクと再会するという三部作の結びにあたる作品。

    時事的な話題を織り交ぜ、物語に今日的な主題を導入しつつ、いかにもメロドラマに相応しい舞台としてのイタリア風景を点綴し、愛の物語らしい設定に十分配慮した「陸地へ」は、これまでのジュンパ・ラヒリとはひと味ちがった世界を見せている。最後の場面、こうとしかありえなかったのであろう結末に、秘かに予告されてあったことを認めながらも、鼻の奥がつーんとし、目に熱いものが滲み出してくるのを不覚にも押さえられなかった。

  • これ以上のストーリーを書ける作家を私は知りません。巧いの一言です。

  • インド系の両親の間に生まれイギリスとアメリカで育った作者による時には切ないが美しい作品の数々。グローバル時代を深く豊かに生きるための必読書。(有馬 教員)

  • 第4回フランク・オコナー国際短編賞を満場一致で受賞。

    まず引用(表紙裏より)
    「母を亡くしたのち、旅先から絵葉書を送るようになった父。仄見える恋人の姿。ひとつ家族だった父娘が、それぞれの人生を歩み出す切なさ(見知らぬ場所)。
     母が「叔父」に見せていた激しい思いとその幕切れ(地獄/天国)
     道を逸れていく弟への、姉の失望と愛惜(よいところだけ) 

    子ども時代をともにすごし、やがて遠のき、ふたたび巡りあった二人。その三十年を3つの短編に巧みに切り取り、大長編のような余韻を残す初の連作「ヘーマとカウシク」

    ↑どれも素晴らしいです。
    最初の表題「見知らぬ場所」から惹きこまれました。
    私の父はもう亡くなりましたが、もし生きていたとしても、私が父に抱く思いというのはこんな感じなんじゃないかな・・・と。(母が生きているので、父は恋人は作らないと思いますが・・)。ベンガル系インド人、という共通した世界なのですが、日本人が読んでも深く共感できます。

    ・・・すごい脱線ですけど、川上弘美の「センセイの鞄」のラストの喪失感。あんな感じ(なによそれ?笑)
    でも不幸じゃない。
    大切な、いとしいものを抱きしめる感じ。

    大切な一冊になりました。買おうかなー。(しかしこの厚さ!絶対文庫本にならなさそうな・・・。)

  • 親子の話。初恋の話。

    インドからアメリカに出て、こどもは否応無くアメリカ人になっていって、親の目線、子どもの目線、どちらから見ても、何かを失っていく人たちの話。悲しいばかりでもないけど、切ないって言うんでもないけど、ただ喪失感に包まれる。
    とても淡淡とした、文章なのに。

  • 久しぶりのジュンパ・ラヒリ。
    この文体にやっぱり魅了される。
    いや言うまでもなく小川高義氏の訳が素晴らしいのはもちろんなのですが、それにしてもジュンパ・ラヒリ!

    女たちは誰もが自分の美しさを知っていて艷やかに匂いたつ。
    人と人との距離、寂しげな手探りと別れがまたいい。

    連作『ヘーマとカウシク』はせつなかったけれども着実に力をつける著者の自信を感じて、長編が楽しみになりました。

  • ラヒリの描く人物は高学歴で常識のある人が多い。

    そのような人たちでも 親との世代間軋轢、育った環境の違いからくる軋轢などさまざまな人間と折り合いをつけていきている。

    小説中の大きな事件も 小さな事件も ラヒリにかかると人生の小道具として描く。

    時間がたつと どんなに大きな出来事も 小道具化していくのだ。

    忘却と思い出、意志と欲望、来歴と理想 様々な事項を丁寧に待避させ、人生とは何かを描いてみせるその筆力にはただ脱帽あるのみ。

  • ・第一部
    見知らぬ場所 ***/地獄 / 天国/今夜の泊まり/よいところだけ/関係ないこと

    ・第二部 ヘーマとカウシク
    一生に一度/年の暮れ/陸地へ

  • 短編集
    それぞれの話の主人公の気持ちが細かく描かれていると感じた
    ラストに向かうにつれ、何かあるぞ~、と思わせる展開
    その"何か"はあまりハッピーなことではないけど
    起こり得ることだと思う
    久々のジュンパラヒリ、満足

  • この本が出てからまだ6年しか経ってないの?何度読み返したか。
    大人になってからのよりどころ。年齢を減るごとにしみてくる。こんな完璧なものを創れないのだから、自分はクリエイターでなくてよかったと思わせてくれる。

  • 読後感がいいです。原題の訳が見知らぬ場所というのがちょっと違和感がありましたが。

  •  インド系アメリカ人作家が描く、民族(出自)と家族をテーマにした短編小説集。
     ページを開くと、「さまざまな時間が、すぐ隣り合わせになっている」場所に、「ほかの誰のものでもない運命をたどろうとしている」人たちが、「ばらけそうな思い出」とともに呼吸をしている。
     知れば知るほど人は理解から遠ざかり、生きれば生きるほど人生は不確かになる。この言葉に、はからずもうなずいてしまった隣人へ、本書を贈る。

  • 心と心は触れ合うだけでは不十分なのだろうか。

  • やっぱりジュンパ・ラヒリはいい!ヘーマとカウシクの連作が特にお気に入り。どんな人にも小説に負けないドラマがあって、‘事実は小説より奇なり’なのね。

  • 停電の夜に。に続く短編集の二冊目。 その名にちなんで。はあまりピンとこなかったので、なかなか食指が動かなかったんですが、この短編集はぐっときました。
    私のbestはタイトルになっている「見知らぬ場所」。

  • 『停電の夜に』に収録された短篇が熟していったのが、この作品集だと思う。
    豊かな静かな生きることの喜びと痛みが読後に心に積もっている。
    特に好きなのは標題作と第二部のヘーマとカウシクの連作。

  • あらすじ
    『停電の夜に』『その名にちなんで』に続く,インド系アメリカ人の女流作家ジュンパ・ラヒリの短篇集。

    本書は二部構成。第一部は,母の死後,ヨーロッパ旅行に頻繁に行くようになった父と,結婚し子どもできた娘との別離を描いた表題作「見知らぬ場所」,血の繋がらない伯父に対する母の執着とその顛末を描いた「地獄/天国」,高校・大学時代に想いを寄せていた女性の結婚式に参列するために一泊旅行に出た夫婦を描いた「今夜の泊まり」,アルコールで身を崩した優秀だった弟に対する姉の心情を描いた「よいところだけ」,美しいルームメイトに仄かに想いを寄せていた文学青年が,その女性と彼氏とのいざこざに巻き込まれる「関係ないこと」の5つの短編からなっている。

    第二部は,インド系アメリカ人二世の男女,カウシクとヘーマの四半世紀を描いた連作短編小説。第二部は,両親に連れられてヘーマの家に居候をすることになったカウシクとヘーマの出会ったころのエピソード「一生に一度」,父の新しい妻とその連れ子の妹二人とカウシクとの出会いを描いた「年の暮れ」,幼いときに別れて以来会うこともなかったヘーマとカウシクの再会を描いた「陸地へ」の3つのエピソードからなる。

    感想
    ジュンパ・ラヒリの「短編」はやっぱり素晴らしい。静謐な文体で綴られた一つ一つの短編小説をじっくり味わいたい,読み終わるのがもったいないと思わせる魅力があります。

    各短編小説は,インド系アメリカ人二世が中心人物として展開されています。けれど,読んでいてインド系であることを特に意識することはなく,ごく当たり前にいる人々として描かれています。私は,ありふれた人々の生活や人生の断片を切り取った物語を短編小説に求めているので,この作品は私の求める短編小説のあり方にピッタリ合っていました。そして,インド系アメリカ人二世が差別を受けたり,アメリカに馴染むのに苦労するという話ではなく,アメリカで生まれ育った二世たちの等身大の生活や人生の断片であったから,すっと作品に入り込めたのだと思います。

    それぞれの短編小説は,甲乙つけがたいところがあります。ただ,第二部「陸地へ」でヘーマとカウシクがローマで偶然再会するところは,メロドラマみたいで他に再会する方法はなかったのだろうかと思いました。

  • ジュンパ・ラヒリの小説は、読み終えるのが勿体ないと感じる、読んでいる間ずっと幸福感を抱ける珠玉の名作揃いだと思う。
    紙面から香気が漂ってくる感じ。
    作家の知性や人格の高さを感じる。

  • 小説の第1部は5作の短篇、第2部は3作の連作で構成されている。
    親と子、姉弟、恋人、愛とは複雑でありながら簡素。出会いと別れは表裏一体。ジュンパ・ラヒリの作品はどれも静かな流れでありながら私の心に鮮明で深い余韻を残す。
    第2部の「ヘーマとカウシク」は視点の交替による描写がとてもおもしろい。素晴らしい短篇集だと思う。

  • 不思議な読後感 とても深い余韻を残す
    彼女の物語は、劇的な終わり方をするわけでもなく、
    あえて淡々とした文章で締めくくられている。
    でも読んでいる間に、不思議な緊張感が心の底に静かに溜まっていき、最後の何気ないセンテンスと共に、ふう、っと吐き出されてしまう。

    あ、ヤバイ、泣くつもりじゃなかったのに、、、って思う。
    読書をしていて、なにも涙を我慢しているわけではないのだけれど、
    彼女の文章は、なぜか泣いてしまうのを我慢してしまうような、
    せつない緊張感を漂わせているのだ。

    本書後半に収められている3作は連作になっていて、とても印象的。
    1作目の短篇集「停電の夜に」と比べて、さらに重厚に仕上がっていると思う。

  • 読後感を一文字で表すと「哀」という感じがします。いろいろな立場、境遇でもがく人々はかなしくもあり、あわれでもあり…と何を言っているのか分からないのですが、本当に何かが心に残るのです。期待を裏切らない短編集でした。

  • 「停電の夜に」「その名にちなんで」に続く、ジュンパラヒリの小説です。
    まず何が好きかというと、邦題がスバラシイ。題名だけで、読欲がそそられます。

    今回も、インドのコルカタからアメリカに渡ってきた家族の話。
    物語の主人公はいずれも、アメリカで育ち、インド人としてのナショナリティーが薄く、親とはどこか一線をひいているような、20代~30代の夫婦もしくは兄弟が多い。

    第一部は、5つの短編小説で成り立ちます。
    「見知らぬ場所」では、母を亡くした娘の元に、同じアメリカの土地で一人暮らす父が訪ねてくる。物語は、父の視点、娘の視点で交互に語られていく。
    このまま居座られたらどうしよう、お父さんなんてどう扱っていいのか分からんよ。という娘の悲観的な思いとは裏腹に、何日かを父と一緒に過ごして分かった事は、父は独立していて、そしていいおじいちゃんで、今は母以外のコルカタ女性に心を寄せる、一人の男だったということ。

    「地獄/天国」の親夫婦は、ラヒリの小説で良くみかける夫婦像で、お見合い結婚し、互いをよくしらないまま突然アメリカでの生活を始めた、少し距離感を感じる二人。その娘が「叔父さん」と呼んで親しむ若い男に、母は、静かに恋をしていた。そんな母の心の苦しみを、大人になった娘だけに、そっと打ち明ける。同じ苦しみを少しでも和らげるために。

    「今夜の泊まり」では、子供を親に預け、久しぶりに夫婦で友の結婚式にでた二人が、結婚後のマンネリムードを吹き飛ばし、非日常的な空間で燃えてしまう。

    「よいところだけ」は、珍しく、アップダウンがあり、暗い終わり方をする物語だった。珍しいのは、しっかり者の姉に対し、社会からドロップアウトする、という弟の人物設定も同じ。ラヒリの小説に出てくる男たちは、いつもインテリで頭もよく、ホワイトカラーの職業につく、いわゆるエリートばかり。

    第二部「ヘーマとカウシク」は3編からなる中編小説。
    アメリカに住むインド人ヘーマの家族の元に、両親の友人夫婦と、その息子であるカウシクが短い間、居候をする所から始まる。
    「一生に一度」は大人になったヘーマが、カウシクと一緒に過ごした幼い頃を懐かしむように、それをカウシクに語りかけるような口振りで綴られていく。
    「年の暮れ」では、カウシクが、ヘーマと別れ別れになったのち、大学生だった頃の様子を、今度はヘーマに語りかけるように綴られる。
    そしてアラフォーになった二人は「陸地へ」でイタリアにて偶然の再会を果たす。ドキドキするけど、とても悲しい再会の果て。

    映画を見ているように、情景が浮かんでくるジュンパラヒリの小説。早く新作出ないかな。

  • ジュンパ・ラヒリの小説を読むにつけ、大人になること、親との関係性の変化、家族のあり方…、などなどに思いを馳せてしまう。

    ラヒリの小説はインドからアメリカに帰化した二世の話が多く、(割と早くに故郷を離れたけれど)凡庸に生活している私などとは文化も状況も全く違えど、読み進むにつけ思い当たるフシが多々あるのは、ラヒリの小説の巧さもあり、またそれだけ普遍的なテーマが描かれているからなのかしら。

    でも、いまよりもっと若いころに読んだら、あまり響かなかったかも。

    ある程度の年齢になると、否が応でも親とか家族のことを考えざるを得ない。
    そうして、陳腐な表現だけれど、大人になっていくという事実を直視するのは、やっぱり切なさが伴うものだな。

  • どの話も外国で暮らすベンガル人が主人公。相変わらず心に染み入る文章です。ジュンパ・ラヒリの本は短編が多いから、この本の後半に出て来る「ヘーマとカウシク」は連作ってことに最初気付かず、全く別の短編だと思いながら読み進め「あれ?さっきの話と同じ名前の人出てるよ?」なんて思ってしまった。恥。
    その「ヘーマとカウシク」、終わり付近が予想外の展開でした。

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