初夜 (新潮クレスト・ブックス)

  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (172ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105900793

作品紹介・あらすじ

歴史学者を目指すエドワードと若きバイオリニストのフローレンスは、結婚式をつつがなく終え、風光明媚なチェジル・ビーチ沿いのホテルにチェックインする。初夜の興奮と歓喜。そしてこみ上げる不安-。二人の運命を決定的に変えた一夜の一部始終を、細密画のような鮮明さで描き出す、優美で残酷な、異色の恋愛小説。

感想・レビュー・書評

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  • まだ性の解放が叫ばれる前の1960年代初頭のイギリス。幸せな結婚式を挙げたばかりの新婚夫婦は、素敵なホテルで豪勢な夕食を終えて、初めての夜をむかえる。
    期待と不安、興奮と憂鬱の行方は。彼らの特別な一夜に起きたすべてのことを、繊細な描写でドラスティックに書き上げた小説。

    "初夜"というものの重みが半端なかった。
    なんなら"""""初夜"""""って感じ。
    階級も育ちも音楽の趣味も違うが一目で惹かれあって恋に落ちた、歴史学者を目指すエドワードと、若きバイオリニストのフローレンス。
    二人それぞれの幼少時から、成長して出会うまでのエピソードがとても丁寧に繊細に描かれているので、読み進めるにつれ親のような仲人のような気持ちになってきちゃうんだよね。
    だからもう二人の初夜は、ドアの影に隠れてハラハラしながら見守ってる感覚。それが、ああ…あんなことになっちゃって……。泣
    エドワードとフローレンスはお互い控えめながらも仲良く順調に交際を重ねて、愛を育んできたはずだったのに。あの夜に起きた悲劇はきっと、男女の違い、で言い表せるものではないのだろうね。もっと人生の、人間の。海辺のシーンは残酷すぎて震え上がった。

    「混乱と屈辱。心から愛しているにもかかわらず、あるいは、愛しているがゆえに、すれ違ってしまう感情。人生のなかのある瞬間、うしろを向いた相手の背中に一言声をかけていれば、その後のすべてが別のコースをたどっていたかもしれない。だが、その瞬間、現在と未来の狭間を手探りで歩いている人間には、そこまでは見通せないのだろう。」

    という訳者あとがきが多分すべて。
    それにしても、過去と未来を双方向からここまでの鮮やかさでもって一直線に初夜(現在)へ集結させられるのって、とてつもない技術なのでは。
    時間を自由自在に行き来できる小説ならではの醍醐味を感じた。

  • いかにもイアン・マキューアンらしく、緻密で、静かで、残酷な物語。
    ほろ苦いなんて言葉では済まない人生の無情を、理知的な言葉で、対立する登場人物の立場や思惑やエゴをこれでもかと暴きたてながら、容赦なく突きつけてくる。

    結婚式を挙げハネムーン初夜を迎えた若い夫婦の行き違いとその後を、そこに至るまでにそれぞれが辿った人生や二人が幸せを分かち合った時期のエピソードを挟み込みながら描いた作品。

    所属階級や育った環境の違い、それぞれの家族が抱える問題や関係性…。
    ボタンのかけ違いは、小さいようで、大きく。
    まだ若く未熟だった二人の間に横たわる埋溝は埋まらず…。

    読み手に、どうして、という疑問や感傷、余韻や想像の余地を与えないほどに、残酷なまでの明快な言葉で、二人で歩むはずだった幸せな未来の破綻の原因を述べ尽くしてしまうマキューアン節は好き嫌いは別れるだろうなあ、と思います。

    しかし、人生におけるすれ違いを、これほど緻密な残酷さで描ける作家はやはり彼しかいない、と思い、ついつい手に取ってしまう、不思議な中毒性…。

    「胸に帰来する感傷や悲哀」なんて生易しい言葉では全く足りない、胸の弱い部分を容赦なく針でブスリ、時には、鋭い刃でグサリ、と刺されるような痛みをあえて求めて味わってしまう私はマゾなのか…。
    いや、マキューアンが描く登場人物が抱えるエゴや足掻き、そして失敗の経験が、少なからず私の中にも確かにあるってことを痛感して、すごく嫌なのに、それでもどこか共感してしまうからかもしれない。

    この短い感想を書く間にも、くどくどしく何度も「残酷」という言葉を使ってしまったけれど、マキューアンの作品は「残酷」という言葉が、本当に何よりもよく似合うと思うのです。

    マキューアンに興味がある人、彼のファンにはオススメ。

  • ヒリヒリ。あるひとつの出来事でどうしようもなく拗れ、後戻りできなくなる関係が重く伸し掛かってきました。
    それまでにも感覚の違いはひたひたと描かれていましたが、エドワードはフローレンスの逡巡に全く気付いてなかったのかも。気付いてたら「騙された」なんて酷い言葉をかけられるはずないし。若い、だけでは済まされない苦さがありました。
    「なにもしないことによって、人生の流れがすっかり変わってしまうことがあるということである。」、この言葉をつくづく噛み締めた作品でした。

  • 不感症という言い方しかなかった時代のノンセクシュアルの話かと思いながら読んでいたら、父親からの性的虐待が匂わされていて、そっちかいとなった。

    セックスに関しての考え方、感じ方が違えばその二人はもうどうしようもない。初夜でわかってよかったよ。本作の夫婦に関して言えば、妻の提案を夫が受け入れれば、二人で生きていく道もあったけれど。

    行為中の二人の心理の違いの描かれ方はスリリングだった。

    夫は後年、あの夜の失敗がなく、娘がいたかもしれない人生を夢想していたけれど、それはどう転んでもありえなかったということが理解できないのだと不憫になった。
    マキューアンって、こういう意地悪い感じでしたっけ。

  • 再読。
    読み終わってからもずっと、波音と共に余韻が残る。
    あらすじをまとめれば、時代背景はあるにしてもありがちな成り行きなのだけど、極上の読み物に仕立て上げるマキューアンの手腕は見事。
    一度捕まえ損ねた波は、二度と打ち寄せることはないのだ。

  •  友人が「文体が美しく、これぞイギリス文学の王道」「図書館で読んでいたにも関わらず、ラストシーンで悲鳴をあげた」と絶賛していたので、その友人から借りて読んでみた。

     結論から述べさせていただくと、この小説は非常に面白かった。これを薦めてくれた友人には最大限の感謝の言葉を送りたくなったし、私自身も沢山の知人に薦めたくなった。
     普段恋愛小説及び海外文学を読んでいるわけではない私でも非常に楽しむことが出来たので、ブッカー賞受賞作家という肩書きや表紙の可愛さ(?)に臆することなく読んでもらいたい。

    ・内容について
     深くは語らないが、確かにラストで悲鳴を上げたという友人の言も分からいではないと思われた(私は悲鳴をあげなかったが)。
     確かに、ラストに行くに従って、ページを繰る手が止められなくなったし、読み終えた後に何とも言えない感情が私を襲って、何時間もこの小説の内容について考え込んでしまった。本当に素晴らしい小説だ。
     セックスという極めてキャッチーなテーマからこんなにも人の感情を揺さぶることができるものなのかと感嘆させられた。

    ・文体について
     文体については、イマイチ良さが分からなかった。良さが分からなかったどころか、良くないとさえ思った。そう、悪かった。
     というのも、翻訳の文章がいかにも"英文を和訳しました!"的な文章で、非常に読みにくく、小説に没頭しづらかった。翻訳であることを差し引いて、文体を鑑賞できる程、小説の事の分からない私にはその美しいと評判の文体(友人の中だけでなくネットでも評判なのだ)も、イギリス文学っぽい文体も、感じることは出来なかった。残念である。

     しかし、翻訳の悪さを勘案したとしても、この小説が名著であることには変わりはない。恐らく万人受けするだろうと思われる内容であるし、是非とも皆さんには読んでいただきたい一冊だと私は思う。

  • 本好きなひとたちからは、マキューアン好きそうと言われるけれど何故だ、なんとなく素直に好きとは言いがたい。なんというかこのムズムズする感じ、引っ張れるだけ引っ張られる緊張感の中、最終的に突き飛ばされるような結末と、その影でヒヤリとするような著者のシニカルな笑みがかいま見えるような、そういう居心地の悪さ。好きなひとはこういうのが好きなんだろうな。

  • 僕は、イアン・マキューアンの作品を、完璧な作品である、と言ったことがある。
    そして、本作の読了時においても、その感想は変わることはなかった。
    本作は、主題・プロット・構成・描写・文体、小説を構築する要素のいずれをとっても何らの新規性や事件性があるわけではなく、どちらかと言えば古めかしい主題を古めかしい手法で、王道に忠実に描き切った作品と言える。
    だけど、読み始めてすぐに、魅力的な小説が総じてそうであるように、「首根っこを掴まれて物語に放り込まれ、離れることができなくなった」かのような、暴力的とも言える小説の魔力に憑かれてしまった。
    これは一体なんなのか。
    帯にあるタイムズ紙の評では、「マキューアンの長編小説が交響曲であるとすれば、この作品は室内楽曲である。より親密で、繊細で、しかし緻密さと精巧さにかけては、交響曲と同等か、むしろそれ以上である」という賛辞の言葉が並べ立てられている。
    交響曲には交響曲の完璧な演奏が、室内楽曲には室内楽曲の完璧な演奏が存在する。
    マキューアンはその両方を実現し、我々に聴かせることのできる、稀有な演奏家である。
    読み始めてすぐに、それらの言葉は決して言い過ぎではないことに、我々は気づく。
    いや、ほんと巧すぎる。

  • アセクシュアル×インセルの話が2007年に書かれてしかも舞台が1962年というところがすごい。これ回想シーンはさまずに100ページくらいの短編にしたらもっと好きだったかもしれないけどそれでもめちゃおもしろかった

  • ほんの少しの言動が人生を左右してしまう。ほんの一瞬、ほんの1秒。自制ができたら、そこにもっと忍耐と愛があれば。

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著者プロフィール

イアン・マキューアン1948年英国ハンプシャー生まれ。75年デビュー作『最初の恋、最後の儀式』でサマセット・モーム賞受賞後、現代イギリス文学を代表する小説家として不動の地位を保つ。『セメント・ガーデン』『イノセント』、『アムステルダム』『贖罪』『恋するアダム』等邦訳多数。

「2023年 『夢みるピーターの七つの冒険』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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