サラの鍵 (新潮クレスト・ブックス)

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制作 : Tatiana de Rosnay  高見 浩 
  • 新潮社 (2010年5月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (423ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105900830

サラの鍵 (新潮クレスト・ブックス)の感想・レビュー・書評

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  • 第二次大戦中、フランス警察により行われたユダヤ人迫害をテーマにしながら、その事件が直接間接に今を生きる人達に記憶として引き継がれて、生き方を左右するという、ホロコースト体験を描いたものとしては斬新なスタイルの作品。映画化もされている。非常に強烈な読後感がある。

  • 過去を過去として忘れ去ることなく、真摯なまなざしで見つめとおしたジャーナリスト。女性としてもまっすぐな姿勢が美しい。

    ユダヤ人迫害を歴史の上でみたときに関わってくるのはナチスだけではなかったという衝撃。実際の出来事としてすべて受け入れるのはあまりにも切ない。

    1942年の少女の目から見た悲劇が今も痛いほどに感じ取れます。
    久しぶりに号泣・・・。

  •  今年の東京国際映画祭のポスターで、まず映画版を知り、そして原作の小説がある事を知った。
     それまで、フランス警察によって行われたユダヤ人一斉検挙の事は知らなかったけれど、あったと聞いても驚きはしなかった。そしてその事を、殆どのフランス人が知らない事も。

     テーマがそれだから、勿論重い内容。サラの絶望や苦しみは、私などには計り知れない。想像する事は出来ても、理解出来るなどとはとても言えない。
     だからだと思うが、現代の語り部であるジュリアの、サラに対する入れ込み方に反発を覚える。実生活で彼女自身が苦しんでいる時に、たまたまサラに“出会った”からといって、あんなに簡単に、我が事のように苦しんでいいものなのだろうか。余りにもサラの悲劇と比べて、ジュリアのそれは軽くないだろうか。何が人を苦しめるかはその人それぞれではあるけれど、ジュリアはサラの苦しみを、そのまま自分自身の苦しみに摩り替えているように思えて仕方なかった。
     ジュリアがサラの過去について調べた事は間違っているとは思わないけれど、そしてサラの事を決して忘れないという考えには賛成するけれど、それならば何故彼女はあのアパルトマンから、そしてフランスから逃げ出したのか。
     過去について知ったウィリアムのその後については、全く想像の通りだった。残念な事に。
     ユダヤ人やホロコーストの問題は、所詮日本人の私には分からない事だと言われてしまえばそれまでだけれど、自分が直接受けた傷でもない事で、さも自分は悲劇の星の元に生まれたような顔をする人は、正直好きではない。

     ジュリアがアメリカ人である事に、作者は何か深い意味を込めたのではないかと思ってしまうが、それは考え過ぎだろうか。

  • 中盤まで過去と現代を交錯させながら物語は進んでいく。
    過去の部分サラの話はものすごく考えさせられた。
    ユダヤ人の一斉検挙の夜、サラは弟の安全を考えて二人の秘密の場所(納戸)に弟を閉じ込めて(隠して)いく。
    サラは何にも知らなかったから。
    ユダヤ人がどういう目にあわされているのか、これからどうなっていくのか。
    様々な困難を乗り越え収容所から脱出したサラは、自分の家に戻り、秘密の納戸の鍵をあける。
    そこでサラは変わり果てた最愛の弟ミッシェルと再会する…。
    サラはここで心を失った。その後のサラの人生とは…。

  • 1942年7月。パリ祭が終わったばかりのパリで、ナチス寄りのヴィシー政権がユダヤ人を大量に検挙、強制収容所に送った。いわゆるヴェロドローム・ディヴェール(冬期競輪場)大量検挙事件である。(略してヴェルディヴ)
    16日、17日の2日間でパリと郊外で検挙されたユダヤ人の数は1万3152人。そのうち4115人が子供だった。終戦まで生き残ったのはわずか100人程度で、生き残った子供はいないと言う。

    10歳のサラも両親とともにヴェルディブに連れて行かれた。サラの心配は自分自身、弱り切った両親よりも弟ミシェルのことだった。彼女は必ず戻って来るから、と家の鍵付き納戸にミシェルを置いて来たのだった。

    時は過ぎ、フランス人と結婚してパリに住むアメリカ人ジャーナリストのジュリアは、ヴェルディヴ60年の取材を進めるうちに、ヴェルディヴを逃げ出したサラという少女がいたことを知る。自分には縁遠いものと思われたこの事件がやがて現実のこととして、彼女と夫の家族に突如、立ちはだかることになる。。。

    映画はまだ観ていないが、涙を流した人も多い事だろう。サラの物語とジュリアの現実が同時進行で進行していく前半部分がうまい。だが、ジュリアが「真実を伝えるのが私の義務」とばかりに「サラと自分にはきっとつながりがある」という思い込みで突き動かされていくあたり、いかにもアメリカ人的でお軽い感じが少々残念だった。
    とはいえ、この重いテーマだ。それぐらいの軽やかさがないとエンタテインメントにはならないので、これはこれでよいのだろう。

    ホロコーストはドイツ国内だけではなく、ナチの支配下にあった周辺各国でも行われていたのはよく知られている。彼らが一様に口を閉ざしがちなのは、ドイツに「逆らえなかったから」だけではなく、彼らにそれをさせてしまう根深いものが元々ヨーロッパにはあった、ということである。

    地獄というのは入口や鍵のある場所ではなく、人の世に重なるように存在しているのだと思う。地獄は時々、夜の闇のように降りて来て人を取り込む。そこから逃れるために人は祈り、語り、思考し、働き、そしてお互いを愛し、慈しんで来たのだ。

    たとえ逃れても決して終わる事のなかったサラの地獄が、あまりにも痛ましく哀しい。

  • 60年の秘密。とても、色々な事を考えさせられる作品。

    何故、フランス人の著者はサラを加害者に設定したのだろうか。実際のモデルが存在するのなら理解しやすいけれど、そういう話も(ネットで少し検索した限りでは)出てこない。
    単にサラが両親と弟を亡くした被害者であるというよりも、意図せずとはいえ加害者となってしまった、そしてそうさせたのがフランス人であるという方が、確かに悲劇的だと思うけど。
    ホロ・コーストがヨーロッパの人にどのような意味を現在持つのか、良く分からない。サラを加害者的立場に設定したのは、より深い被害者の個々の生への推察なのか、それとも現代人の立場に近づけるためなのか。
    その著者の意図が良く分からなくて、作品に対しての自分の立場を決められずにいる。

    「秘密基地」という言葉の持つノスタルジーがこの姉弟にとっては絶望を意味すると思うととてもやるせない。
    子孫の記憶に受け継がれた事がサラへの救いになったとはとても思えないので。でももちろん、それが取り返しのつかない事というものだし、悲劇であるということなのだろう。

  • 夢中になって読破しました。物語の終わり方が秀逸。美しい結び方でした。

  • 映画にもなっているらしいが(私は見ていない)、小説があるというので図書館でしばらく待って借りてきた。少しだけサワリを読んで、移動の際のお供にするつもりが、結局イッキ読みしてしまう。読んだあと、サラのこと、ジュリアのことで頭がいっぱいになって、なかなか寝付けなかった。

    1942年7月、ナチ支配下にあったフランスのパリで、フランス警察の手によって大規模なユダヤ人狩りが行われたという、いわゆる「ヴェルディヴ事件」の史実をもとに、この小説は書かれている。このとき4000人もの子どもが親とともに連行され、アウシュヴィッツ収容所へ送りこまれた。帰ることのできた生存者はごくわずか。

    収容所を脱走し、ひとり生き延びたサラ。フランス警察がアパートにやってきて自分たちを引き立てていこうとしたときに、サラは4歳の弟を秘密の納戸にかくし、鍵をかけた。そうするのが一番いいと思ったから。おねえちゃんが必ず出してあげる、すぐ戻るからと声をかけたサラ。

    けれど、サラや両親は、ひどい環境の競技場に数日のあいだ収容されたのち、アウシュヴィッツへ送られる。ずっと、ずっと、ずっと弟のことを案じつづけたサラ。収容所を脱走し、近在の親切な村人にかくまわれたときにも、パリのアパートへ明日にも行きます、弟が待ってるからと言いつづけた。

    「ヴェルディヴ事件」60周年の記事を書くことになったジャーナリストのジュリアは、自分が全く知らなかったこの事件のことを調べながら、サラという少女のことを知る。

    小説は、現代のジュリアと、あの事件に遭ってしまったサラとを、交互に描きながらすすむ。

    人を人と思わない態度が向けられたカテゴリーの一つ「ユダヤ人」。アパートから引き立てられる以前にも、サラには納得のできない理不尽なことがさまざまあった。父に問いかけても母に問いかけても腑に落ちる説明をもらえなかった。状況を十分に知らずにいたために、自分がよかれと思って納戸に隠した弟を、絶望のなかで一人ぼっちで死なせることになってしまった。そのことが、競技場や収容所で見聞きした事態以上に、サラを苦しめたのだと思う。

    生きのびたサラが、家族をもち、子どもをもったあとに自死したというところで、プリーモ・レーヴィを思いだした。そして、フランス警察自身がユダヤ人迫害をおこなったというこの事件のことを知って、ポーランドのイェドヴァブネ事件のことを思いだした。

    45歳のジャーナリスト、ジュリア。今の自分とそう変わらない歳のジュリアが、過去の事件を取材し、サラの消息を追っていく姿には共感するところが多かった。フランスと言えばナチへのレジスタンス、そんな風に思われている国で、過去にあった大規模なユダヤ人迫害の史実は、そういう過去をもつ国の多くと同じように、あまり思いだしたくないものであるようだ。

    ジュリアの夫は、取材を続けるジュリアに、「そんなことを気にかけるやつは、もう一人もいないぞ。そんなことを記憶している人間だって、もういないさ」と言ってのける。もうすんだことじゃないか、どうしていつまでもこだわるんだと。

    過去の事件、知らなかったこと。自分には関係のないことだ、自分はうまれてさえいなかった、自分がそれをやったわけではない─言い逃れることはできる。でも、ジュリアは、知ったことを、わがこととして掴もうとした。過去のことではなく、自分につながることとして。

    ▼「わたし、自分が何も知らなかったことを謝りたいんです。ええ、四十五歳になりながら、何も知らなかったことを」(p.278)

    知らなかったことを、謝ることができるジュリア。このことにも深く心をうたれた。

    (5/4了)

  • フランス人が、ユダヤ人迫害に加担してたとは 知らなかった。ホロコーストに関しての本は、結構読んだつもりだったが、新たな事実を知り びっくりした。
    幼いサラにとって いかに辛い出来事だったか。。。
    残されたノートと鍵の場面で 胸が締め付けられた。

  • 一気に読みました。何も知らなかった自分に反省。

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サラの鍵 (新潮クレスト・ブックス)の作品紹介

パリで平穏に暮らす45歳のアメリカ人記者ジュリアは戦時中にこの街で起きたユダヤ人迫害事件を取材することに。しかしその事件が彼女の、そして家族の人生を深く、大きくゆさぶりはじめる…。

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