残念な日々 (新潮クレスト・ブックス)

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制作 : Dimitri Verhulst  長山 さき 
  • 新潮社 (2012年2月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (247ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105900946

残念な日々 (新潮クレスト・ブックス)の感想・レビュー・書評

  • 仕事もせず酔っぱらってばかりの父親一族と暮らした日々を振り返る、連作短編集。

    前半の非常に残念な状況の描写には飲みすぎた次の日のように口のなかがざらざらしてくるが(基本的な生活動作ができないとこんなカオスが待っているのか...)、語り手のディメトリーの視線は澄んでいて、良い水を飲むようにその世界に入っていける。ひどい状況なのに清澄な私小説という点で、尾崎一雄を思い出す。

    このまま歯が腐ったチャーミングな一族についての話が続くのかと思いきや、後半の話はどれもこれも淡々とえぐってくる。ディメトリーが成長するにつれて知った彼のいる底辺、身をひきはがすようにしてそこから抜け出したであろう語られない数年間。愛している人たちと同じ世界にいられない苦しみを抱えながら何とかバランスを取って生きている今の彼が、それでも少年時代の記憶をあのように保てたことに、生きていて大丈夫だ、と勇気づけられた。他の作品の翻訳が待たれる。

  • 嘔吐や糞尿にまみれたアル中の与太話を書き連ねた連作集。野蛮で粗野な男女たちの物語は、アウトロー賛歌ではなくむしろ汎人類的な業の在り処を掘り出している。巻末で豊崎由美が賛美するように、ここにあるのは反教養主義の称揚ではなく、詩情の屹立だということに納得する。
    呑みくらべを耐久レース化した酒場の話「ツール・ド・フランス」が出色の出来。

  • クソみたいな日常を遠くから眺める。その寂しさは、俺にとってあのアル中の友達と会った時と、人に語る時の距離感のようで、俺は笑いと涙が交錯するのだった。

  • ベルギーの作家による自伝的連作短篇集。
     母親はとうに家を飛び出し、祖母と飲んだくれてばかりいる父親と右に同じく叔父たちに囲まれ暮らす少年の「残念な日々」のお話。
     それぞれ単独の短篇として成立してはいるが基本的には一つの長篇と言えるだろう。(以下備忘録のため筋をばらしています)


    「美しい子ども」主人公が暮らすのは冴えない貧しい村。叔母は若い頃美女で村の注目の的だったが結局町の男と結婚。しかし結婚生活が上手くいかず舞い戻り、そっくりな娘と共に好奇の的となってしまう。主人公の少女に対する複雑な心境と飲んだくれ達が織りなす可笑しくも切ない話。冒頭からヤられた。
    「赤ん坊の沈む池」貧しい村には生まれた赤ん坊を次々沈めているとの噂の女がいた。コワい。
    「ツール・ド・フランス」飲み助ばかりの村では馬鹿なことを思いつく奴もいる。酒飲み版ツール・ド・フランスをやるんだ!馬鹿だねえ(呆)。
    「オンリー・ザ・ロンリー」財産差し押さえ人がTVを没収。ああ何ということだ今日はあのロイ・オービソンの復活ライヴだというのに!そう何と他の作品でもところどころロイ・オービソン愛があふれ出ていて、実は全篇通じてロイ・オービソン小説でもあるのだ。
    「父の新しい恋人」父の女とも思えないタイプがやってきた・・・。
    「母について」母についての苦い記憶。
    「巡礼者」父が断酒を決意し、入院しようと言い出す。
    「収集家」これはやや毛色が違い飲んだくれとは違うタイプの幼馴染の話だが、こっちはオタク系のダメなやつで。やるせない程度の心の交流しかないのがリアルだなあ(笑)。
    「回復者」予想に反して父は断酒を成功して帰ってきた。さて。
    「後継者の誕生」そんな主人公も人の親になる。しかし喜びもない。
    「民俗学者の研究対象」飲むと父や叔父たちが下品な歌を歌っていた。いつしか忘れてしまったそんな歌が、研究対象だという。お礼をはずむから思い出して欲しいといわれるが。なかなか思い出せず「飲めば思い出せるだろう」という展開が実に可笑しい。また矢鱈とこの種のものを採集したがるインテリへのアイロニーにもなっている。つまり、録音したからといってそれを歌っている人々の生活がきちんと残せる訳でもないし、そもそも記録する人々がそういった人々の生活に真に興味を持っているわけでもないだろうというのだ。学者たちの自己満足でしかないというのだ。案の定そんなオチになっている。
    「あの子の叔父」主人公が距離感を測りかねている息子と叔父たちに初めて会う。切ないねえ。

     いつしかインテリになってしまった主人公は苦しかった過去に対し郷愁と嫌悪がない交ぜになった複雑な感情を抱いている(「民俗学者の研究対象」での酔っ払いの歌の録音に対する怒りもその表れだろう)。子どもの教育も何もあったものではないダメ大人たちの無軌道ぶりは全くもってサイテーなのだがそんな大人に囲まれた主人公の少年時代の話の方が不思議とコミカルで、大人になってからの話の方が何ともやるせない味わいに満ちている。人の一生というのはそんなものなのかもしれないねえ。

  • 大笑いしながら読んだけど、読むほどに切なさがつのる。「ツール・ド・フランス」はもうサイコー!「収集家」は紋切り型の対立と最後の一文がちょっとあざといかな。

  • ベルギー・フランダース地方で子ども時代を過ごした著者。
    「毎晩のように幸福と不幸の区別がなくなるレベルまで酒を飲む」「度重なる警察や財産差し押さえ人の訪問」・・底辺に貧乏な生活を送る父と叔父たち、母代りを兼ねる祖母(ばーちゃんスゲー!)と過ごす少年時代。
    ・・・と、後半「主人公が大人になってから。」の自伝的連作短編集。

    前半の貧しさと汚描写(主にユーモラスに、時にしんどい)が、後半に活きてきます。
    家族と少年時代を恥じ・・・けれど叔父を、祖母を父を愛しているのが伝わってきます。(そして父や叔父が主人公を愛していたことも行間から滲みでています。でも、酒は貧しさは・・・。・・・。)
    特に、祖母への思いが。息子への気持ちが。・・・描かずにはいられなかったんだろうなぁ。

    あとがきによると、著者は中学生のとき学校で自ら家庭の事情を打ち明け、里親の家で暮らすことに。ナイフ・フォークの使い方にはじまり、生活のすべてをそこで学び直さなくてはいけなかったそうです。
    「しあわせであることは自らの務め。」・・・この本は、前半・後半、あとがきまで全て読んで、
    ひとつの素晴らしい「彼の」人生を読むことができます。

  • くそったれな家族の、くそったれな愛すべき日常の物語。

    でも「陰部の歌」は歌ってみたい。

  • ときめくタイトルですね

  • ディミトリフェルフルスト「残念な日々」/新潮クレスト 読んだ http://www.shinchosha.co.jp/book/590094/ しみじみとよかった。でもその読後心境に行き着くまでには怒濤の猥雑下劣な描写と汚穢をくぐり抜けねばならない。書かれている内容に比べたら猥雑という言葉すら上品に感じるな(つづく

    穀潰しアル中の男どもの破天荒エピソードに隠れて目立たないけど、この一家、というかこの本の中心はおばあちゃん。息子がアル中で重篤な状態にあることを知らせに来た警察をど迫力で追い返したり、家財差押中にどうやってかお金を工面して新品の自転車を買ってきたり。ボケても主張は強い(つづく


    育ちがいいというのはこういうことだとつくづく思う。無学で下品でも家族に愛があり気に掛け合う。いやこれだと貧しくても絆があれば!というバカな話のようだけど全然違う、全然酷い家の悲惨な話。自転車ツールの話とTVを観に他人の家へ押し掛ける話と離婚後の息子の面会日の話がとてもいい(おわり

  • このページをめくりし者「清潔」とか「健康で文化的なきちんとした暮らし」とかいう概念の一切を捨てよ。福祉担当者にとっての絶望、医者にとっての症例集、『堕落する自由』が人にはあったんだ!と青い空に叫びたくなる、見事な『田舎の下流』小説fromベルギー。

    裏表紙を先に読むと、ドン引きして本をそっと置きたい気持ちが強くなると思います。そして実際、汚描写かなりすごかった。家など生活空間がとくに…想像して気持ち悪くなる。でも「陰部の歌」(←この字面ほんとw)はそれほどでもなかったよ。

    しかして、それでもなお「この本を人に薦める」というギャンブルへの衝動を抑えきれない面白さです。

    この本のエピグラフはとてもいい。
    「赤ん坊の沈む池」の駄目スタンドバイミー感は半端ない。
    著者近影が渋いイケメンなので「後継者の誕生」読むと表に出して殴りたくなる。いったい新潮クレストの作家に不細工はおらんの?

    ていうかアンドレ!アンドレすごくね?
    マダオ界のスーパースターがここにおったよ。
    というわけで、フラマン語の訳に使われている大阪より山陽側の感じがする方言(訳者は神戸生まれとのこと)はうつります注意。

  • 子供のころの親戚たちに囲まれた、貧しいどん底の生活が、誇らしくユーモラスに描かれている。
    主人公が村を出て、大人になって、「いい暮らし」を手に入れるにつれて、ちょっぴりダークな心情描写になっていく。
    村を出てしまった後ろめたさを感じつつも、親戚のもとに時々は、帰らずにはいられない。
    叔父たちの態度は、変わることはない。いつまでも自分たちの一員の「チビ」として、受け入れてくれる。
    家族である、残念な人々への深い深い愛情を感じる。

  • 翻訳の話し言葉が秀逸で、なんと関西弁なのです。最初は何やってんだこの翻訳?と思いながら読んでいたのですが、ベルギーには3つの公用語があるという実情を、日本で表現するにはうまい解決策なのかもしれません。


    読み始めて、とんでもない小汚い話が関西弁の会話とともに、続々と出てくるので、なんだよ、これ、でした。最後まで付き合えるか心配になるお話で始まります(最初のエピソードの落ちは秀逸ですが)。

    読み進んでいく途中には、私にはくだらないと思えるエピソードがあったりして、中盤あたりでは、さっさとこれは終わりにして、次行こうと思いながら読み進んでいました。最後の方になって、じっくり味わいながら読まなければいけない話になってくるのですが、それにしても、小汚さは、最後までさりげなくまぶされています。読んでいるうちにその小汚さも、愛すべきエピソードになって私の中に入り込んできます。最後の最後、読み終わってみて、私は、家族というもののあり方に、深く考えさせてくれるこの作家に感謝していました。私には、よい小説でした。

  • 中島さなえさんがラジオで紹介していなかったら、まず手にすることはなかったであろう一冊でした。(とはいえ、この回は聴きそびれているか、忘れているかのどっちかでした。)ビールやその他もろもろの不快な臭いが行間から漂ってくるようなデンマークの貧しい一家の豪快で情けなくもちょっと切ない物語です。下ネタが苦手で潔癖症の人には向かないかもしれない・・。
    貧しい下層の人々を指す言葉に「労働者階級」というのがあるけれど、彼らはそれすら当てはまらないのかもしれません。何せ家族のほとんどが飲むのが仕事みたいになってて働いていないのだから・・。
    父方の祖母を筆頭に父親、兄のような叔父たちとともにディミトリーは育ちます。冒頭の章では、そんな男所帯に美人で有名な叔母がこれまた美しい従妹を連れて帰ってきます。何もない村の数少ない娯楽である村の酒場に連れ出され、そこで余命いくばくもない村人と出会い、どこか心通わす従妹は、ちょっとしたことから酒を飲む羽目になり酔っぱらって帰ってきます。そこで、待ち構えていた叔母の口から思いがけない事実がわかり・・。
    ロイ・オービソンのところでは、ネットで検索して該当の曲を聴きながら読んだのですが、臨場感が増しておススメ。
    これでもかというほどの「残念」で「悲惨」な日々が描かれているのですが、その中に家族に対する愛と懐かしさが感じられます。こういうのを「アイロニー」っていうのかな?
    後半、大人になったディミトリーが登場し、その家族の顛末が明かされていきます。そしてそんな環境に育った少年が一体どうやって作家になっていったのか? 訳者あとがきも必読です。
    ところでこの舞台となっているフランダース地方といえばかの『フランダースの犬』ですが、あれはイギリス人が書いた物語で、あの結末に感銘を受ける民族というのは日本人くらいらしい・・。一説には、ここの母語であるオランダ語はもともと農民の言葉なので、あまりロマンチックな表現がない・・なんて話もあったりします。

  • 本当に残念な一族の残念な日々。

  • 世に人有る所クズ人間有り。ベルギー出身の著者が少年期を回顧した自伝的短編集。金もなく生活や言動はどうしようもなく粗野、毎日をチキンレースの如く飲んだくれることで過ごす父と祖父達の元で過ごした日々は糞ったれで最低なのに、ここには決して奪われない絆と笑いが刻まれているのだからたまらない。作者はやがて距離を置き、文化的に洗練される事でこの小説を書き上げたのだが、それはこの共同体から切り離されることを必然的に意味していた。だからこそ本書は葛藤や自己嫌悪に苛まれながらも、家族に対しての愛おしさが滲み出てるのだろう。

  • 第3回(2013年度)受賞作 海外編 第9位

  • 寝る前に毎日一話ずつ読んで読み終わりました。似た話が続いて飽きるかな、と思ったのですが意外と飽きなかったです。
    最後の主人公と自分の息子のエピソードがぐっときました。クレストブックスははずれがないです(ほとんど)。さすがです。

  • ディミトリ フェルフルスト
    長山 さき 訳
    新潮社 (2012/2/29)
    (新潮クレスト・ブックス)

    久しぶりのヨーロッパの本

    これ以上ないほど下品で悪臭まで漂ってくるようです
    フランダース地方の方言というか彼らの言葉が関西弁に訳されていてびっくりしました
    なんなんだ!この人たちは1
    なんて思いながら でも何故か憎めない

    彼らから距離を置いて「普通」になった作者の複雑な想いが切ないです

    貧乏で怠惰で愛情深いこの一家、ビールと歌と家族愛があふれていました

    ≪ あの家族 残念ながら 今の日々 ≫

  • 血のつながりと、村のつながり。その残念な日々。

    過去と地続きの自分。
    村を捨てたことへの罪悪感。

    あらゆる感情がないまぜになって、その後に残念な日々への愛情が残ります。

  • ご飯食べながら読むのはオススメしませんが(お行儀も悪いですし)、呑みながらは◎

  • 残念な一家のお気に入りは、なんと、ロイ・オービソン!
    あのライブを彼らも見たのか。
    それだけで親近感を持っちゃうな。

  • 読み終われなかった。
    途中で挫折。

  •  ベルギーのオランダ語圏フランダース地方の作家、ディミトリ・フェルフルストの、一応フィクションだけど自伝的な作品です。

     主人公、ディメトリーは父と母が離婚した後、父方の実家で暮らすことになる。そこには父、祖母、そして父の兄弟たちがいたが、そろいもそろって貧しく、下品であった。酒場で歌うのは「陰部の歌」。トイレはドアを開いたまま。酒臭い息、タバコのヤニですっかり黄色くなった歯。
     アホだし、汚いし、品はないけど自分たちの家族、仲間を大事にしている、愉快な仲間たちの話です。
     昼間っから飲んだくれているような父や叔父たちとの下品で残念な人たちだけれど、そこに起こる出来事を通して、人間性豊かで、少しの悲しみと、少しの誇りを感じる本です。
     主人公ディメトリーは大人になってこのアホンダラな親戚たちと離れて独立していくことになりますが、懐かしく思いながらももうその中には入れない、そんな詩情も感じます。

     フランダース地方っていうと、日本ではフランダースの犬があまりにも有名です。こんな人たちがいたら、ネロもパトラッシュも死ぬことはなかったのだろうなぁ、と勝手ながら思いました。飲んだくれで下品にはなっていたかも知れないけど。(笑)

  • 図書館期限切れ

  • フランダースの作家の半自叙伝風短編集。

    タバコとビールとオンナにうつつを抜かすオトコたち。わたしは一緒に暮らすのは嫌!だけど、彼ら特有の家族の結束力は小気味良く、ホノボノする。最後の短編はピリリとココロに刺さります。

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残念な日々 (新潮クレスト・ブックス)の作品紹介

生まれたての息子を自転車の前の郵便袋に入れ、馴染みの飲み屋をめぐって友だちに見せびらかして歩いた父。ツール・ド・フランスさながらの酒飲みレースに夜な夜な血道を上げる呑んだくれの叔父たち。甲斐性なしの息子どもを嘆きつつ、ひとり奮闘する祖母。ベルギー、フランダースの小さな村での、貧しく、下品で、愛情にみちた少年時代。最初から最後まで心をわしづかみにして離さない、びっくりするほどチャーミングでリリカルな、フランダース文学の俊英による自伝的物語。金の栞賞、金のフクロウ文学賞読者賞、高校生によるインクトアープ賞受賞作。

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