タイガーズ・ワイフ (Shinchosha CREST BOOKS)
- 新潮社 (2012年8月24日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (382ページ)
- / ISBN・EAN: 9784105900960
感想・レビュー・書評
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バルカン半島に根を持つ、深い森のような物語
紛争が繰り返される南東欧の地。
子どもたちに予防接種を受けさせるため、僻地へと向かう若き女医のもとに、祖父が死んだと知らせが入る。
女医である孫以外には自らの死病を隠したまま、辺境の小さな町で祖父は人生を終えたという。なぜ、何のために祖父はそこへ向かったのか。
祖父の死の謎を探る彼女は、祖父がかつて話してくれた「不死身の男」の話と「トラの嫁」の話を手掛かりに、祖父の人生の「物語」の中へ分け入っていく。
冒頭は、祖父と孫娘の話として始まる。孫娘が子どもの頃、動物園でトラを眺めるのが2人の習慣だった。祖父はいつもコートのポケットに『ジャングル・ブック』を忍ばせていた。祖父にとって、トラは特別な存在だった。かつていた、「もう少しでトラになるところだった」ろうあの少女「トラの嫁」もまた。
冒頭の印象を裏切り、この物語は祖父と孫娘だけの物語には留まらない。
まるで、迷宮の中をあちらこちらの部屋の扉を開けていくように、めまぐるしく視点が移り変わり、祖父や「トラの嫁」を取り巻く人々が背負う人生やその内面も描き出していく。
祖父が幼少時を過ごした僻村には数多くの「迷信」が根付いていた。
合理的であるということと、世界をすべて自分の枠組で理解できると過信することとは違うのだ、と思う。
未知なるものへの畏れは「迷信」を呼ぶ。「迷信」は「伝説」を形作り、「伝説」は「物語」を産む。
物語とともに生きていく人々。その生き様は、何と豊かであることか。
全編に紛争の影は漂っているが、しかし、この物語は紛争に囚われてはいない。それとは逆に、紛争をも取り込み、呑み込んでしまうような物語だ。
ちりばめられる東欧の風物が印象的だ。
カトリックの祭である公現祭。
蒸留酒であるラキヤ。
「不死身の男」と祖父が楽しむ晩餐のデザート、トゥルンバやバクラヴァ、トゥファヒヤ、カダイフ。
美しく、しみじみと哀しい。
誰しも、自分の胸にしまっておくべき物語を持っているのだ。
*トラの逃避行の描写がすばらしくて涙した。
*戦火のストレスで自傷したり、仔を傷つけたりしてしまう動物たちが出てくるのだが、これは実話かな。なかなか想像で思いつくことではないと思う。痛ましいことだ。 -
丁寧に描かれたマジックリアリズムな雰囲気の過去のストーリーは、
アメリカで暮らす著者の生まれた土地への強い欣慕を示しているのだろうな。
デビュー作にしてこのクオリティー、素晴らしすぎます。
2011 年 オレンジ賞受賞作品。 -
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「タイガーズ・ワイフ」書評 勇猛な想像力で普遍性もつ異郷|好書好日
https://book.asahi.com/article/11639...「タイガーズ・ワイフ」書評 勇猛な想像力で普遍性もつ異郷|好書好日
https://book.asahi.com/article/11639464
そろそろ次の翻訳が、、、2022/03/02
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感想を書くのを忘れているうちに本屋大賞翻訳小説部門で1位になった!おめでとう!
複数の物語が並行して語られ、次第にパズルのピースのようにはまっていくカタルシス。語り口のうまさも光る。虎の嫁と呼ばれた聾唖のムスリムの少女、不死身の男と祖父との邂逅、幻想的な物語と、戦火のバルカン半島を思わせるシビアな現実が重なる。虎の柔らかい足が、爆撃による瓦礫を踏む違和感、祖父と孫娘が夜中の無人の街路で象が歩くのを見る場面での静寂など、場面の空気が伝わってくるようだった。
ここまでの優れた小説の著者が驚くほど若く(ついでに美人!)、翻訳者の藤井さんも若い。彼らがこの先差し出してくれる物語を思うと、楽しくなる。 -
民話のような幻想的な雰囲気をまとった小説。
3つの時代を相互に描いている。 -
バルカン半島にある戦争が終わったばかりのとある国で、医者として隣国に向かう女性と、その祖父の話。現代も過去もとにかく骨太。少女は本当に虎の妻だったのか。それは最後まで謎のままで、それがまた想像力をかき立てる。
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バルカン半島の旧ユーゴスラビア、セルビア共和国を(多分)舞台にした小説です。
未だ地雷の恐怖もあったり、人々の暮らしにも戦争の傷跡がそこここに見え隠れしています。
主人公ナタリアは女医。彼女が、旅先で亡くなってしまった大好きな祖父(彼も医者)の思い出を紡ぎだしながら、過去と現在を行き来するファンタジーのような物語です。祖父がかわいい孫娘に語った「不死身の男」と「トラの嫁」の物語を、このバルカンの地が生んだ様々な登場人物の来歴を織り交ぜながら、主人公が回想します。
シリアスでありながら、幻想的であり、眩惑的でもあり、ユーモアもあり、きめの細かい表現が、しっとりと私の心に沁みこんでいきます。物語は時空を超えて飛び交いますが、最後には静かにその翼を休めるといった感じで終わります。
悪漢みたいなやつでも、登場人物の一人一人がとてつもなく魅力的に描きこまれています。
しかし、やはりこの主人公のナタリアとその祖父が一番魅力的です。 -
ともに医師である主人公のナタリアとその祖父。紛争地帯で子どもにワクチンの接種をしているナタリアのもとへ、祖父の死が伝えられる。黙って家を出て辺境の地で亡くなった祖父。なぜ?
ナタリアが振り返る祖父との思い出は、動物園のトラ舎の思い出。祖父と賭けをのぞんだ「不死身の男」。トラの意思が通じるろうあの少女「トラの嫁」。祖父がいつもポケットに忍ばせていた「ジャングルブック」。様々な話が並行して祖父の人生を浮き彫りにしていく。
紛争で壊れた動物園から逃げ出したトラの描写が印象的。
土着と言って良いのかどうか判りませんが、嗅いだコトない匂い、聞き覚えの無いリズムやメロディ、...
土着と言って良いのかどうか判りませんが、嗅いだコトない匂い、聞き覚えの無いリズムやメロディ、ひょっとすれば光の波長すら違うのかも知れません。そう言った新しい刺激が見知らぬ土地の話を読む楽しみだと思っている。
人間については、基本何所に居ようと人間だとは思うけど、、、
積読になってる一冊。3連休中に読めるかな?
この物語の森に惹かれ、キプリングの『ジャングルブック』も読んでみました。
物語の力を感じさせてくれる、非常に魅力...
この物語の森に惹かれ、キプリングの『ジャングルブック』も読んでみました。
物語の力を感じさせてくれる、非常に魅力のある作品だと思います。
この森に入られることがありましたら、どうぞよい旅を(^^)。