遁走状態 (新潮クレスト・ブックス)

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制作 : Brian Evenson  柴田 元幸 
  • 新潮社 (2014年2月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (349ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105901080

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遁走状態 (新潮クレスト・ブックス)の感想・レビュー・書評

  • 私の肉体は、精神は、どこからどこまでが私の物なのか。私のいる世界と他の人々との世界は本当に同じ世界なのか。そもそも私とは、何をもって私といえるのか。そういうことがこちらの夢にも出てきそうなほどぎっしり描かれた短編集。これは超ビンゴ!短編19編というと、あれもこれもで読むそばから忘れていくかと思ったけれど、そんなことはなく、非常に印象に残る話ばかりだった。「居心地の悪い部屋」で作者の名前覚えておいて、よかった!長編も読んでみたい。

  •  ブライアン・エヴンソンは1966年、アメリカ、アイオワ州生まれ。モルモン教徒として育つが、デビュー作が冒涜的だとして破門されている。O・ヘンリー賞を三度受賞している有名人だが、翻訳初短編集であるという。

    【追われて】は殺人者の一人芝居。ずっと逃げ続け、追い続ける車のシーンが印象的だ。左手が妻になっていて、その妻に追われているという妄想にびくびくしながらも、おそらくその妻は主人公自身が殺していて操縦している車のトランクのなかに入れている。殺人者当人でありながら、殺したという確かなものが何もなく、生きていることと死んでいることの二つが同時に起きている妻という存在を抱えながら、永遠にこの恐怖のなかを生きようとする。
    【マダータング】は言葉がうまくしゃべれなくなる大学の教授と、それを介抱する娘の話。文脈を共有できず、ディスコミュニケーションが続くなか、教授が自死をとうとう選ぼうとするのだが、うまくいかずミスする。慌ててかけつけた娘に見つかったとき、教授が返す台詞も、まったく文脈の共有できないもの。鮮やかに浮かび上がる孤独とむなしさの最後の場面が、とても良い。
    【供述書】はとても痛快な聖書のパロディ。それでいて、聖書を馬鹿にするだけで終わらない。主人公は最後に、教祖めいてくるのだ。神はつくられたものだというのはよく伝わるが、主人公が死刑が確定したとき、自分を神としてしまう、そこもキリストの物語のパロディーなのだが、うまく書きすぎていて、信徒はぐうの音もでないのでは。うまいこと書きやがって……ともし自分がキリスト教徒だったらうなるしかないぐらい面白く書かれてある。
    【テントの中の姉妹】は育児放棄の話で、テントをはる感じが原始キリスト……のような感じで、父親を待つのも、父なる神を待っているように思える。宗教小説として読むと非常に面白い。
    【九十に九十】はエンターテイメントだと思える。出版業者の狂想曲というか、異常さを描いている。人形におびえる編集長と、その編集長が主人公に下す罰ゲームがすさまじい。
     この短編の一番の名場面はこれ。
    『彼の右側からはじめて、順に回っていった。ポール・マスウェンは、保守的で煽動的な下院議員が書いた、女装趣味の弟が神の御心に背いたゆえエイズで死にかけていることを書いた本を提案した。シンチーはH・Hを見て、彼女がうなずくと自分もうなずいた。ターコは有名人によるほぼ同内容のーーどれも父親に犯されたが「生き抜いた」のみならず「乗り越え」もしたというーー回想録を四冊揃えていた。ふたたびうなずきがチックのごとく営業部長から人民のボスに伝わった。ジョン・バーナム・ガッタはJ・エドガー・フーヴァーとジョン・ウェインの所有していた服の写真史を提示した(「いいぞ!」とシンチーが声を張り上げた。「いいぞ!」)。ダフ・マクウェイドはアフリカン・アメリカン研究で全米第一人者の教授を口説いて、『アフロ=アメリカーナ!』なる文化事典の編纂を引き受けてもらっていた。「何よりいいのは」とダフィは言った。「仕事は学生たちが単位を取るためにやってるんで、金を払わなくていいんです」。H・Hのうなずきはなかなか生じなかったが、ようやく生じ、ほどなくシンチーのうなずきも続いた。ベルヴァ・アデアは三冊の回想録を買っていて、一冊では女性ロックミュージシャンが子供を産まないという決断を語り、もう一冊では女性詩人が子供を産まないという決断を語り、もう一冊では女性作家が四十五歳にして子供を産むという決断を語っていた(H・Hはこれに対してわざわざ言葉を発したーー「よく探したわね!」)。テッド・ピルナーはあっさり「三つの崇拝物、三つの簡単な言葉、三つのシンプルなタイトルですーー『ゴム』『革』『絹』」とだけ言った。「結構!」とシンチーが言った。「素晴らしい!」

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  • ポップな陰惨。陰惨なポップ。
    まとめながら再読の必要。

    年下
    追われて
    マダー・タング
    供述書
    脱線を伴った欲望
    怖れ 絵/ザックサリー
    テントのなかの姉妹
    さまよう
    温室で
    九十に九十
    見えない箱
    第三の要素
    チロルのバウアー
    助けになる
    父のいない暮し
    アルフォンス・カイラーズ
    遁走状態
    都市のトラウブ
    裁定者

  • 2017.1.21 「テントの中の姉妹」を読む。

  • この短編をおかしいと思う私はおかしいのか?
    この短編をおかしいと思う私は私なのか?
    私はこの短編をほんとうに読んだのか?

  • In the greenhouse、 ninety over ninety など、19の短編。
    世界が、自分が認識したものとはいつの間にか違っている恐怖。
    ただし途中、ゾンビモチーフと思われるものもある。
    ソンビや吸血鬼は使い尽くされて完全に陳腐になったモチーフだと感じる。どんな言葉で語ろうとも陳腐でなかったことはない。いっそ陳腐でくだらないモチーフとして使えばいいのに、真面目にやるから、本当にばかばかしい。
    ホラー映画ノベライズも仕事としてやってるらしいが、その悪影響がこういう陳腐さにでるのかなー、と思う。

  • 文芸フェスで会った作家本人は温厚な熊みたいな風貌だったのにこんなに不穏な作品を書く人なのか。トークでも初期に影響を受けた作家にポーを挙げており、ポーの作風はもう忘れたが(えっ)ダークな幻想の様相を深めている、と思われる。悪夢の中で自分が何者か見失い正気と狂気が紙一重となるような怖さ。2014年のベストに入る珠玉の短編集。

  • とびきりの悪夢を経験したことはあるだろうか?悪夢から目覚めたと思ったら、それもまた夢の中という恐怖に触れたことは?ここに収められた19の短編はいずれも強迫観念と統合失調と不安神経症が仲良くラインダンスを踊っているかのような、狂気と妄想の狂い咲きサンダーロード満漢全席状態である。自分が自分であることの不確かさ、既知であるはずの世界がふとした拍子にまるっきり未知のものに見えてしまう瞬間の焦燥―それは苦味を伴った世界の旨みそのものだ。震えるほどの傑作。マイベストは自分自身にすら裏切られ続ける「マダー・タング」。

  • ちょっとゾゾッとする短編。ホラーとも違う。

  • 明晰な悪夢
    ほんのわずかなズレが現実を崩壊させていく不安

    なんか雰囲気がかっこいい

  • 2014年10月に実施した学生選書企画で学生の皆さんによって選ばれ購入した本です。
    通常の配架場所: 開架図書(2階)
    請求記号: 933.7//E89

    【選書理由・おすすめコメント】
    具体的な描写で不思議な設定を描いた短編集。イラストや若者好みの描写も多く、文芸離れにも読みやすそう。
    (現代政策、2年)

  • 『肝腎なのは、彼の両手両腕、顔と頭蓋、その全てが無毛化していたという事実だ。私と同じように、彼はすっかり毛を失っていた。かりに彼が弟か恋人だったとしても、私はうろたえはしなかっただろう。だが、この事実は、なぜか、私をうろたえさせた』ー『裁定者』

    柴田元幸は、ブライアン・エヴンソンの作品にはポーを彷彿とさせるところがあるという。自分は、主人公の自分を取り巻く環境との激しい対峙からカフカを思う。

    私が私であると認識する自己同一性は、その根拠を質せば究極的には非常に曖昧な認識であるにもかかわらず、誰もそれを疑ってかからない概念だと思う。例えば自分自身は、記憶という曖昧な根拠に基づいて、昨日の自分と今日の自分の連続性を確認するけれど、他人は外見の相似を持って昨日の人物と今日の人物との連続性を確認する。故に、目覚めた時に自分が巨大な毒虫に変身していると、自分は自分の連続性を疑いはしないが、他人である家族は疑ってかかり邪険に扱われる。そんなことが起こる筈はないと理屈を振りかざして考えてみれば、むしろ自分とは誰だったのか、昨日までの自分であると記憶している自分像は正しいのかと、自己同一性に対して大いに疑いが生じてもよさそうなものだが、カフカは何処までも自分の境遇を嘆くだけだ。自己と他の間には埋まらない溝があることをカフカは滑稽なほどの自己憐憫を通して教えてくれる。

    ブライアン・エヴンソンの自分という存在に対する依るべのなさの描き方は、その意味でとてもカフカに似ているような気がする。自己と環境との間にある不親和性が、どの作品でも強調されているように感じる。けれど、両者の間に決定的な違いがあるとすると、自己同一性の否定、あるいは、少なくとも大いなる疑いが常に描かれ、自分の境遇への嘆きがほとんど疑問にすら昇華しない点だろう。エヴンソンの主人公たちには、環境は常に所与のものであるという前提を受け入れてしまう態度があるように思える。考えようによっては、それは自暴自棄な態度とも見える。そしてその態度は他人に対する暴力を容易に引き出すものでもある。自分自身が不確かであると認識している自己同一性を守るために、整合化できない外部環境を強制的に変えようとする。カフカの作品に社会に対する言いようのない強い畏怖の念を感じるとするなら、エヴンソンの作品からは社会に対する断固とした不信感を感じると言えば何か言い表せるような気にもなる。だが、エヴンソンの主人公たちの自己同一性に対する強い不信感は、自己を攻撃の対象とすべき社会から分離しない。それ故にエヴンソンの描く暴力のもたらす恐怖は単純な一過性のものではなく、ひたひたと何時までも何処までも追い掛けてくる印象を残す。

    捻れた自己と環境の捉え方は、全て狂っているように見えつつもどこか現代社会諷刺的であり、ザ・デイ・アフターや、バイオハザードのような現代的な危機が描かれている作品もある。個人的にはそのような諷刺が効いた作品よりも、どこかカフカを彷彿とさせる自己への言及に向かった作品の方が好みではあるけれど、確かに柴田元幸の言う通り他では味わえない作品をブライアン・エヴンソンは描く。柴田さんの訳も良いけれど、ここはやそり、さっちゃんの出番じゃない?

  • 「遁走状態」新潮クレストhttp://www.shinchosha.co.jp/book/590108/ 読んだ。柴田元幸訳の不条理短編集、いや怪談かな、美女の歓待を受け朝を迎えたら野宿していた系の。表題作の「遁走状態」は視点が移りゾンビになり、留守電テープにさらに掻き回されで惑わされて混乱して4回読んだ(つづく

    受け入れ難い状況への不安が共通のテーマだけど、姉妹が出てくる2編は違う。きょうだいの年齢差は体格差と経験差であり、それは記憶と感情にも差をもたらす。年齢差は大人になってしまえば殆ど無意味になるけれど、子供時代の体験や感情はそのまま大きな開きを保ったまま別々の記憶になるのだ(おわり

  • わたしにはこの本の面白さがよく分からない。むかし観た『クリーン・シェーブン』という映画を思い出した。

  • "BSフジ「原宿ブックカフェ」のコーナー“今週の新刊”で登場。
    http://www.bsfuji.tv/hjbookcafe/highlight/38html

    「これは本当に究極の孤独、究極のひとりぼっちの作品なんですけれども、この作品の作家であるブライアン・エヴンソンは生まれも育ちも奥様もガチガチのモルモン教徒だったんですけれども、ところが、作家デビューした時の作品が『冒涜だ!』と言われ、職も奥様も失ってしまったんですね。そういった孤独感が度の話にもにじみ出ているのは、彼自身の経験からなのかな。。。と思います」(代官山蔦谷書店ブックコンシェルジュ 間室道子さん)



    原宿ブックカフェ公式サイト
    http://www.bsfuji.tv/hjbookcafe/index.html
    http://nestle.jp/entertain/bookcafe/

  • 前妻と前々妻に追われる元夫。見えない箱に眠りを奪われる女。勝手に喋る舌を止められない老教授。ニセの救世主。「私」は気づけばもう「私」でなく、日常は彼方に遁走する―。奇想天外なのにどこまでも醒め、滑稽でいながら切実な恐怖に満ちた、19の物語。幻想と覚醒が織りなす、驚異の短篇集。

  • 『年下』と『追われて』だけ読んだ。
    柴田元幸の文が多分苦手なんだよなあ。

  • 19篇収録。どれも一行目からぐいとつかまれて怖い、わけがわからないと思いながら読み進めるうちに、足下がぐらりと揺らぐような、眼球が内側に裏返るような気にさせられる。「マダー・タング」が印象的だった。

  • 19編の短編集。「世界がどんどん速く目の前を過ぎてゆき、靄のようなものに私は一瞬一瞬包まれていたのです」。自分が自分だと知覚しているのはなぜなのか。他者は本当に他者なのか。そんな当たり前のことを問い直すような不思議な短編が集められてる。読み手を選ぶ。酒飲んで読む本ではない。

  • 短編集19編
    現実との距離感が問題で、妄想であったり微妙な齟齬であったり様々なパターンで切り取られた物語。でも本当だったらとしみじみ怖い。『テントのなかの姉妹』『九十に九十』『第三の要素』『アルフォンス・カイラーズ』『遁走状態』が良かった。

  • 短編集。アンソロジーや文芸誌を除けば初めての邦訳本らしい。どれもこれもありていに言えば主人公は病んでいる。ただ、暗さはなく、なんとか彼らが信じている通常の世界に帰ろうと足掻いている。遁走、というのは解離性遁走という医学用語にもみられるように、突然いなくなってしまあうような状態のことなのだろう。
    「私」の視点で語られているのにその「私」を見失う。
    圧倒的に好きだったのは「見えない箱」。パントマイム師との不気味なセックスの後遺症。これ、パントマイム師とセックスしなくても実際何かのきっかけで起こりそうな気がしないでもない。
    あと「供述書」「助けになる」「遁走状態」が良かった。
    「遁走状態」の遁走っぷりはやはり群を抜いている。
    あとがきによると小説の暴力描写が問題になって教授職を解かれたというスキャンダルがあったらしいエブンソン氏。今作品集では目立った暴力描写は見られなかったけれど(でも「遁走状態」で周りが見えていないのに頭を金槌で殴り続ける描写はすごかった)、是非そういう作品も読んでみたい。

  • おかしいのは私がおかしいからか世界がおかしいからか、私にはわからない。たぶんどっちも少しずつそうなのだろう。隣人たちと私とは、明らかにもはや完全に同じ世界に生きてはいない...とか。元妻たちが生きても死んでもおらず生きていてかつ死んでいる状態で...など。 ひとつのセンテンスで、幾度となくひねりが入ることがわけのわからなさにつながり、わるくない居心地の悪さに繋がるのかも、などと想いながら。あとがきのスティーヴ・エリクソンとの対比も興味深く。

  • 妙な味わいの短編集。長編にはなりえない、奇抜な設定ばかり。人が狂っていく過程を一人称で(あるいは一人称的に)描いてあり、時折背筋が冷たくなった。でも、「恐怖」というほどの感情は喚起されない。というのも本書では、狂気はスケッチされる程度で、しかも、語り手の興味はふいに、狂っていく人々から離れていって終わる。それがかえって、狂気というのはそこここに偏在するもので、ありふれたものであるという印象を抱かせる。

  • 主人公達は時に名前も無く、また状況の説明も無く、いきなりストーリーが始まっていく。妻や親、兄弟、上司などごく狭い人間関係と範囲で、まるでハンディカメラで撮ったドキュメンタリーのように感じた。やがて日常がゆらぎ、対峙し、追いかけ、逃げ、格闘する。ぼろぼろに転げ回りながら、悪夢のような中で、何かを求める主人公達。「第三の要素」を読んでいる時、あやふやな設定がいつしか読んでいる私の日常に入り込んできた。私の家は本当に私の家だろうか…?と。「チロルのバウワー」と姉妹物が好き。

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幻想と覚醒が織りなす、19の悪夢。驚異の短篇集、待望の邦訳刊行! 前妻と前々妻に追われる元夫。見えない箱に眠りを奪われる女。勝手に喋る舌を止められない老教授。ニセの救世主。「私」は気づけばもう「私」でなく、日常は彼方に遁走する。奇想天外なのにどこまでも醒め、滑稽でいながら切実な恐怖に満ちた、19の物語。ホラーもファンタジーも純文学も超える驚異の短篇集、待望の邦訳刊行!

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