- Amazon.co.jp ・本 (235ページ)
- / ISBN・EAN: 9784105901165
作品紹介・あらすじ
イスラエルを代表する人気作家による驚きと切なさとウィットに満ちた38篇。人の言葉をしゃべる金魚。疲れ果てた神様の本音。ままならぬセックスと愛犬の失踪。噓つき男が受けた報い。チーズ抜きのチーズバーガー。そして突然のテロ――。軽やかなユーモアと鋭い人間観察、そこはかとない悲しみが同居する、個性あふれる掌篇集。映画監督としても活躍する著者による、フランク・オコナー賞最終候補作。
感想・レビュー・書評
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カバー裏側の惹句(「さりげない始まり。大胆な展開。あっという間のエンディング」)のとおり。「お行儀のいい子」「ポケットにはなにがある?」「グアバ」「サプライズ・パーティ」あたりが印象に残っている。
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『一度も会ったことのない、この先も会うこともない女性を思い浮かべようとした。努力し、一瞬、ほとんど思い浮かべそうになった。全身が痛かった。生きているのを実感した』-『健康的な朝』
人生の大半は語られない妄想と美しき誤解から成り立っていると思う。誤解が解けるとき人は安堵するのだろうか。それとも隔絶の余りの大きさに愕然とするのだろうか。妄想が明かされるとき人はそこに真実の重さを見るのか。あるいは暗渠の託つ闇の深さを感じるのか。
唐突さは、時間に依存する概念だろうか。自分には、それが実際の出来事が予想もしなかったタイミングで起こることによってもたらされる感覚というよりも、思ってもみなかったことが明かされることによって引き起こされる感覚であるような気がする。少なくとも、エトガル・ケレットの短い文章を読んで感じる唐突さは、時間と切り離されても唐突であることを主張する。詰まるところ、期待したときに何かが起こらないこと、あるいは期待していないときに何かが起きることは、究極的には時間によって解消可能な心の変化をもたらすだけだが、誤解が誤解であると判明したときに掻き乱された心の動きはいつまでも止まらない振り子のように疑問符を生み続ける。そのいつまでも時々刻々新たに生み出される疑問符が、いつまでも唐突さを鮮明に保つ。
ケレットの短篇には、そんな時間の流れの外に出てしまった唐突さが満ち溢れている。他人が自分とは異なることをこれでもかと思い知らされ、他人を誤解するより先に、自分の妄想を逞しくして安全地帯に逃げ込もうとする気配が迫ってくる。それでも、他人の考えていることが自分の考えていることと余りに異なるからといって、闇雲に排他的になったりはしない。唐突さを無理に力で抑え込まない。抑え込もうとすればその内側で圧力が高まるだけであることは解っている。放置された数多の唐突さはてんでに動き回り、時に算数のように正の符号と負の符号が合わさって消えてしまうこともあれば、いつまでも反対方向にすれ違い続けることもある。その混迷さの中で妄想を膨らませていると、不思議な達観を産みさえする。今まで読んだことのない感覚をケレットは連れてくる。
それを全てイスラエルという場所に起因せしめるのは単純過ぎるだろうけれど、その事を抜きにはなぞれない物事の道理もここにはある。不寛容さのこちら側とあちら側の両方に同じ神が居たとしたら、突然ノックして入って来る他人を拒絶でも歓迎でもない態度で受け入れるようになるのだろうか。その達観の哀しみを思う。 -
ショートショート、と言えば星新一をどうしても引き合いに出してしまう。
星新一は清潔で、ユニバーサルで、
近代の夢をそのままユーモアに包んだように感じるのだが、
それに比べるととてもこれは臭う。
ここには人が確かに生活している世界があって
「エヌ氏」のように一般化できない。
特殊で、個人的な、そして切実な状況が立ち現れている。
イスラエル人作家として紹介されている。
ユダヤ人とは書かれない。
例えばこれだけのことでも事態の厄介さは十分だと思う。
ただ、匂いは匂いであって主題にはならない。
気づかない人には気づかないまま読めるし、
ただ突拍子もない展開に引っ張られてワクワク読めるという点もある。
とはいえ、ポテトチップスの気楽さというよりは
レバーパテみたいなつまみで酒でもないとやってられないところがある。
色々あるけど、僕が好きなのは
ついた嘘が別の世界でその通り動き回っている『嘘の国』かな。
フィクションへの希望を感じる。せめて嘘くらい明るいものを。
>>
「おまえさんには感謝しとるんだよ。おまえさんが嘘っぱちの犬をでっちあげなかったら、ここでわしはひとりぼっちだった。だから、おあいこさ」(p.16)
<<
こんな感じに。 -
世界的に評価が高いイスラエル人作家による38の掌編集。物語の不条理性の高さ、イスラエルという作家の出自によるバックボーン、ある意味二重の「わかりづらさ」を持っているはずなのに、なぜか親しい。不条理な人生を生きる、優しく弱い人々の物語が、圧倒的に変テコに変換されて描かれる。いいね。好きです。
一冊を通じて、妄想による現実逃避というモチーフが、様々に形を変えて現れるのだけれど、きれいにオチのつく「嘘の国」など、私もやっぱりお気に入り。すごい奇想だよね。 -
かるーく読むつもりで手に取った短編集だったが、読みにくくてどうしても進まず、ランダムに読み進めてみた。全部のストーリーを読めていないかも。
著者の頭の中は、きっとまさに「アップグレード」なんだろうなと想像する。波乗りみたいにどこに行くかわからないまま書かれたような話が多くて酔ってしまった。歳取った証拠だったら嫌だなぁ。
「嘘の国」「金魚」は好きだった。 -
ショートショートと言っていい短編集.
奇想天外な展開,ひねりの効いたあるいは噛み合わない会話,不条理な展開,唐突におわるラスト.盛りだくさんの内容である.私は表題作,「創作」「プードル」「金魚」が良かった. -
一編がこのくらいの長さでこの雰囲気やと何となくバリー・ユアグローと比べてしまうねんけど、比べるとこっちの方が地に足がついてて湿度が高い、ユアグローの方がシュールでドライかな。好みでいうとユアグローやけど、比べればであってこれはこれで悪くない。
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非日常的なもの、心理的なもの、さまざまなテイストの掌サイズの短編集。アイロニカルで結構ドライで、読んだ後、心がちょっとちくっと痛くなるような。
たとえば「嘘の国」。私も結構ウソ付きなので、こんな国があったらほとんど恐怖。母を病気にしたりしたことあったし……。非常に身につまされたが、こんな形でウソを表現したもの見たことなかったので、かなり驚いたし面白かった。
「チーザス・クライスト」。すごく短いのだが、どこに連れてかれるのかわからない流れるような展開が新鮮で何度か読み返した。
「チクッ」。こういう痛そうなのは生理的に苦手なんだけど、ファスナーを開けてくるみ込まれることを想像したらまたドキドキして。
「創作」。この短編の中に四つの物語が入っている。これもくるみ込まれてる。
「色を選べ」。これは辛い。寓話化して書いているだけに普遍的なことだとわかるから。
「ポケットにはなにがある?」。これは詩。
「バッド・カルマ」。怖い。絶対フィクションだと思いつつ、妙にリアリティがある。
「プードル」。ちょっと泣ける。泣いていいのかわからないけど。
「一発」。これもしんどいな。イスラエルの人ってすごう優秀って聞くけど、これが今のアメリカ?
「カプセルトイ」。テロと癌が隣り合わせなのはこの国特有のことかもしれないけど、何か普遍性を感じるのはなぜ?
「金魚」。「嘘の国」に次いで好き。ところで結構ロシア人、ウォッカが出てくるのが少し不思議だったけど、ソ連崩壊後にイスラエルに移ってきたロシア人がいたことをこの本で知った。
「ジョゼフ」。映画の一場面のような緊張感のある一編。
「喪の食事」。三番目に好き。これも映像化するといいのに。ほっとする。
「グアバ」。そうか、グアバに生まれ変わるんだ。思ってもみなかった。
作者の経歴を意識しなくても面白く読めると思うが、イスラエルという国の事情やテロと隣り合わせで生きるということの心理やさまざまな移民のことを知って読むとよりいっそう面白い気がする。そういう「特殊な」背景に基づいた話でありながら、なぜか普遍性を帯びている。日本に日常的な自爆テロはないかもしれないけれど、何かしら似たような社会の切迫感や閉塞感はあって、そういう中で生きていくことへの漠とした不安は共通なのかもしれない。もちろん、自爆テロとはレベルが違うだろうけれども、知らない国の知らない話ではなく、自分ごととして感じることができるのだ、この本に収められた話は。 -
うーん、ちょっと難しいっていうか・・・まだるっこしかったかなあ・・・
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38の物語が収められた短編集。著者の出自は省略するとして、表題作はあまりに不条理な状況に置かれながら、それが現実なのだと受け入れるかのような語り手に、著者の姿が重なる。他に好きだったのは「嘘の国」(自分がついてきたその場しのぎの嘘が全部現実になっているパラレルワールドが存在した、という話。珍しく?ちゃんとしたオチがある)、「創作」(小説を書き始めた夫婦の作品に込められた思いを考えさせられる)、「金魚」(願いを3つだけかなえてくれる金魚のシュールな話)などなど。