煉瓦を運ぶ (Crest books)

  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (281ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105901271

作品紹介・あらすじ

人生の岐路を描いた7つの物語。父譲りの短篇の名手による、鮮やかな初作品集! 親友のランナーがゴール前で見せた、奇跡の追い上げ。和やかな送別会から突如勃発する乱闘騒ぎ。トラウマを乗り越えるため参加した水泳教室での、予期せぬ出来事。廃れゆく自動車産業の街で生きる、ひとりの労働者。人生は、驚くべき瞬間に満ちている――。故アリステア・マクラウドの血を継ぐ新鋭、瞠目のデビュー短篇集。

感想・レビュー・書評

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  • 短編なのでさらさらと読めるかと思いきや,やりきれない後味の作品が多く,読み応えがあった.
    現在のトラブルを語りながら,体調の悪い赤ん坊を連れて帰省したことから起こった騒動を並行して描く「親ってものは」は,自分の息子が幼かった頃,彼が病気になり入院したときを思い出しながら読んだ.
    人生というものは,この作品群のように,何でもない一瞬をきっかけにして,後戻りができないほどがらりと変わってしまうんだなと思う.

  • 同じシリーズだし、マクラウドという名前だし、もしやと思って手に取ったら、帯にちゃんと書いてあった。あのアリステア・マクラウドの息子である。アリステア・マクラウドは、好きな作家の中でも特別な位置にいて、同シリーズから刊行されている三作はどれも傑作だと思っている。でも、父と息子はちがう。勝手に期待して裏切られても作家のせいにはできない。おっかなびっくり読みはじめたが、正直なところ、その完成度の高さに驚いた。上出来の短篇集である。

    「ミラクル・マイル」は1500メートル走のランナーの「僕」が、小さい頃からの友人であり、ライヴァルでもあるバーナーと出場する競技会の一日をドキュメント映画のように追う。ホテルの部屋で交わされる二人の会話や回想される昔の記憶から二人が切っても切れない仲だということが分かる。それが結末の災難を呼び起こすことになる。ランナーとしてのピークを過ぎようとする者と今まさに頂点に達しようとする者、二人にしか分からないヒリヒリした感情の機微が伝わってくる。

    まるで筋肉や腱の一本一本と会話するかのように描かれる肉体についての克明な描写が、この作家の持ち味である。暴力描写を得意とするのとはちがう意味での「肉体派」なのだ。観念より肉体によって、いま置かれている状況の切迫していることを読者に伝えようとする。しかも、それがスピ-ド感を持って精妙に書かれる。これは並みの才能ではない。見たものや聞いたことを書くことは誰にでもできる。しかし、肉体の内部に起きる変化とそれが引き起こす心理の推移をトレースするのは容易ではない。たくさん本を読んだら書けるというものではないからだ。

    影響を受けた作家として父アリステア・マクラウドの他に、アリス・マンロー、ウィリアム・トレヴァーの名が挙がっている。話の運び方や、回想視点の挿入、リズミカルでテンポのいい会話などは父やその他の作家からでも学べる。しかし、「神は(肉体の)細部に宿る」といった態の独自のスタイルは、やはりこの人ならではというものを感じさせる。その一方で、実体験でしか得られない特殊な肉体感覚の詳述という武器は、いつか消費されてしまいはしないかという危惧も覚える。まあ、その時はその時で、別の武器を手にしているだろうが。

    子どもが持ち帰ったシラミとの闘いの渦中にある父親が、クリスマス休暇の帰郷を思い出す「親ってものは」。生まれて間もない子に熱のあるのを承知で十時間以上もかかる雪中ドライブを強行した挙句、嘔吐に下痢、高熱という結果に見舞われる。親と子という永遠のテ-マに若い父親の視点で切り込んだ悲喜劇だ。泣きたくなるほど悲惨な状況にある主人公を読者は苦笑と哄笑とで見守ることになる。幕間に挿入されるシラミの蘊蓄が楽しい。

    表題作「煉瓦を運ぶ」は、「ミラクル・マイル」に似た味わい。煉瓦職人である主人公とその相棒二人のところに若いアルバイトが入ってくる。一日しかもたない他のアルバイトとは違って、ロビーは音を上げなかった。夏休みが明け、アルバイトの最後の日、「僕」らはロビーを誘って酒場に。そこにはお定まりの喧嘩沙汰が待っていた。変化してゆく街の姿を背景に語られるちょっと困った男たちの物語。よく晴れた真夏の太陽に違和感を感じる「僕」の想いが心に沁みてくる、いいエンディングだ。

    河沿いに建つホテルの屋上から夜の川にダイブするのが、その当時の流行りだった。仲間とその場に立ったステイスは初めて海に行った時のことを思い出す。大きな波にさらわれ死ぬところだったのだ。苦手意識を克服したのはブラッドのレッスンのおかげだった。ステイスは最後のステップでつまずき、バランスを崩して落ちてゆく。走馬灯のように蘇るそこに至るまでの出来事。チェーホフ的な終わり方は読者に解釈をゆだねるもの。さて、どうなるのかと気を揉ませる「成人初心者Ⅰ」。表題は水泳のクラス名。

    薬局に来れない老人や障碍者に自転車で配達する少年の目を通して、顧客たちの人物像をスケッチした「ループ」。雪の日の配達の困難さの描写にこの作家の特質が光る。老人の相手をしてやる優しい「僕」だが、厄介な客であるバーニーには近づかないようにしていた。ある日、いくら呼んでもバーニーが玄関に出てこなかった。窓から覗くと床に倒れている。心優しく賢い少年の巣立ちを描く清々しい一篇。

    その界隈でただ一軒の貸家にはろくな客が入らなかった。レジーの家を除けば。八歳から十二歳の少年たち五人の出会いから別れまでを回想視点で描いた「良い子たち」。大人びた雰囲気を持つレジーという少年と「僕」たち四人兄弟が、初めは遠くから、そして次第に近づき、やがて家族の一員のような関係になるまでを、ホッケーというゲームを通して生き生きとと描き出す。

    オンタリオ州ウィンザーという町はデトロイトに近く自動車工業で栄えた町。男は自動車工場に就職し、順調に仕事をしてきた。家族とともに休暇の旅行に出かけた時、事故に遭い妻と息子をなくした。明日は命日。事故現場に出向きたいが自分も脚に深手を負い、今は車に乗らない。男は娘に電話するが娘は忙しいのか出ない。彼は家のドアにメモを挟むと五十キロ近い距離を歩き出す。人生を賭けた仕事である自動車に家族を奪われた男が過去を振り返る。この徒労感と悲哀は他人事とは思えない。男が辿るルートが題名の「三号線」である。

    アリステア・マクラウドの世界とは異なるが、短いセンテンス、無駄のないきびきびした叙述スタイルは、すぐれた短編作家の資質に恵まれている。モーパッサン風の凝ったオチに頼らず、チェーホフ風の余韻を残した終わり方に惹かれる読者も多いだろう。アリステア・マクラウドはもとより、ウィリアム・トレヴァーやアリス・マンローの愛読者にも是非一読をお勧めする。

  • カバーに目を惹かれて購入。7つの短編が収められている。
    全体的に丁寧な言葉遣い、短い文節が印象的だった。
    「ミラクル・マイル」と「煉瓦を運ぶ」は、最後えーっと声が出た。なんでこうなるのと。
    「ループ」「良い子たち」「三号線」は物哀しさ、どん詰まり感といったようなものが書かれているが、どろりとした要素は皆無で、静かな短編映画を見ているような趣がある。特に「三号線」は最後を締めくくるにふさわしい良作だと思う。

  • 細かい描写だが、また読むことはなかろう。

  • 短編は難しいな。

  • 短編であることがエッセンシャルな小説は少なくないが、この感覚はリアルだがどこか西尾維新のような不安定さを感じる。この人、好きかも。

  • どういう感想を言えばいいものだろうか。
    ある一篇を除けば、他人には気づかれもせぬような、人生の中の一幕ばかりである。
    誰もかれもが、石を投げれば当たるほどの平平凡凡とした人たち、でも、みんなそれぞれ、実は足元がぐらつくような思いをしたことがある、している、これからするかもしれない。
    どれを読んでも涙も出ない、笑い声ももれない。けれども、なんというか、襟首をつかまれたような、なんだか困ったような気持ちにさせられる。ざわざわざわざわ。
    形容はしがたいが、すごい本を読んじゃった、気がする。
    短編だというのに、なかなか読み進まない。退屈ではない、決して。なんというか、体力がいるのである。長距離は一定のリズムで走れば、わりとあっさり走り抜けることができたのに、短距離のほうが妙に疲れた…ような。

  • 張りつめた空気をはらんだ短編集
    短編 'を' 書きたい(長編への準備ではなくて)という著者による、短編ならではの緊張感を保った作品たち
    1度にたくさんは読めなかった。簡単に次の作品へ気持ちを切り替えられないから。

    短編のほうがサクサクと読めることもあるけど、
    こういうタイプはひとつひとつがしっかりしていて、逆に噛み締めないと進めない。

  • アリステア・マクラウドの息子も作家だったのか!という驚きで読み始めたが、父親と作風はずいぶん違うものの息子も名手だった。
    カナダの平凡な都市がを舞台となる。登場人物の記述は、身体性が特徴だ。走る、泳ぐ、けんかする、煉瓦を運ぶ、歩く…筋肉や骨、快感や疲労や痛み、肉体が発する声に耳を澄ませ丹念に綴って行く。人間は脳ではなく、身体が主体で考えたり感情を持ったりしているのだと聞いたことがあるが、アレクサンダー・マクラウドはそういう意味で肉体派だ。そして突飛なドラマではないものの、彼らが一線を越えてしまう「決定的な瞬間」を潜ませる。
    作家として、父親とともにマンローやトレヴァーを尊敬するというのが彼らしい。父親に似て寡作というところが残念だが自作を待っている。

  • ものすごく快調に読んでいって、場面が身体的感覚をともなってリアルにうかんできたところで、うわあああっ!と足もとをすくわれるおそろしさよ。
    またある物語では、ふうがわりな友人を回顧して、そのやりとりとかけんかとか、なんともいえない距離感をありありと描き出してみせてから、ぜんぜん関係ない話でふわっとしめくくる。

    わたしは短編小説っていうものがわかっていないので、これがおもしろいとか、さすが短編小説だとか、そういうふうにはいえないんだけど、なんかただ者じゃないものを読んだなという確かな感触は残った。

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