本を読むひと (Shinchosha CREST BOOKS)

  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784105901332

作品紹介・あらすじ

ジプシーの大家族とある図書館員の物語。ゴンクール賞候補作のロングセラー! パリ郊外の荒れ地に暮らすジプシーの大家族。家長のアンジェリーヌばあさん、息子五人、嫁四人、孫八人のこの一家を、ある図書館員が訪ねてくる。本を読む歓びを伝えたい一心で毎週通ってくる彼女は、まず子どもたちを、やがてその父母を、最後には家長をも変えてゆく。フェミナ賞最終候補となったフランスのロングセラー!

感想・レビュー・書評

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  • 「本に答えが書いてあると思うな」

    先日とある経営者の方がSNSのフォロワーの質問に対してこう回答されていた。「会社を立ち上げたいが何か参考になる本はないか」という質問で、確かに即行動派の経営者らしい回答。
    しかし百発百中の的を得た発言をされてきた中で、初めて100パーセント賛同できないでいることに自分でも驚いている。

    本に“ばかり”頼るのは感心できないのかもしれないが、答えはなくともヒントは必ずある。その本が(時には大きな)第一歩を生み出してくれるということも、自分は固く信じている。ちょうど読み聞かせを皮切りに人生が開けた、本書の子供や大人たちのように。

    無断で私有地に棲みつくジプシーのアンジェリーヌばあさんとその5人の息子、4人の嫁、8人の孫のもとに図書館員のエステールが訪れる。目的は本を読むことの喜びを子供たちに伝えるため。

    「フランスのジプシー」と聞くと『ノートルダムの鐘』のエスメラルダを連想する。情熱を秘めた誇り高き花と(勝手に)形容しているが、彼らも彼らで誇り高くフランスの地に生きている。(特に女性陣)
    ただ花と言うより野草を連想してしまったが、こちらは「外人」(ジプシーを除くフランス人)から何を言われようとも屈しない雑草魂を秘めていると思った。

    「人に自分の心を委ねたりしないというプライドだけが、彼女らの唯一所持するものだった」

    エステールによる読み聞かせの虜になるのは子供たちが最初だが、しだいに大人たちも関心を寄せるようになる。アンジェリーヌばあさんもその一人。
    自分が思うに本書は、ばあさんの物語でもあると思う。大所帯を静かに見守る家長の顔から生前の夫との思い出と、彼女の一生涯を軸に話は回っていた。ばあさんの人生において本が初登場したのは、恐らくエステールと出会った時だろう。にも拘らず、初対面の本に明るい未来への希望を抱いていたのだろうな。

    「ばあさんを夢想に走らせたのは本だった。(中略)本というのは、ただ言葉やお話の書いてある紙っぺら以上のものであり、要するに生き方の一つであるということ」

    前述の経営者さんは自分が憧れている人に直接会いに行くことを続けて推奨されている。彼らにとってはエステールがその人に当たるのかもしれない。しかし物語という異世界に没入し、しまいには(今まで無関心だった)学校に思いを馳せるようにまでなったのは他ならぬ子供たちであり、それこそが本が持つ力のはず。
    この先道が開けなくとも、それでも彼ら、自分は、本を読むだろう。

  • ジプシーの大家族の元へ、通い続ける図書館員の女性。
    それは、子どもたちに本を読み聞かせるためだった。
    フランスで20年以上読みつがれているロングセラー。

    パリ郊外の荒れ地に住んでいるジプシーの大家族。
    アンジェリーヌばあさんが一家の主で、日がな一日焚き火にあたっている。
    5人の息子と4人の嫁、8人の孫たち。
    400年前からフランスに住んでいる一族だが、決まった職もなければ社会保障もない。
    アンジェリーヌばあさんは思う。
    子どもたちが生きていて、嫁が息子を愛していればそれでいいと。

    そんな家族の元へ、図書館員のエステールが通い始めます。
    本を読むことは誰にとっても必要だと信じる不屈の女性。
    忍耐強く淡々と、気難しいアンジェリーヌの信頼をかちえていきます。

    最初は不審の目を向けた一家だが、まず子どもたちがなつき、母親たちもお喋りを始める。
    年月がたつうちに新たに子どもが生まれ、出ていく者もある。
    遠巻きにしていた男たちも楽しみにするようになり、独身の長男が恋するまでに。

    学齢に達した女の子アニタを学校に行かせようとエステールは奮闘します。
    学校側に談判し、通うようになった女の子だが‥
    習慣の違いがありすぎて、問題が起きます。

    自由で情熱的で、家族は愛し合う。その濃密さ。
    だが貧しく不安定で、病院でも診察を断られ、差別される民族。
    馬の世話が伝統的な仕事だったのが馬があまりいなくなったことや、制度の変化においていかれた事情など。
    エステールとともに、読むこちらも少しずつ事情を知ります。

    アンジェリーヌばあさんは言う。
    二人がここでこうしていることが恩寵だと。
    エステールの背景はほとんど描かれませんが、元看護師だということで世話好きの性格が暗示されます。
    結婚していて子供もあり、図書館では責任ある立場、しかも毎週通ってこられるということは、かなり安定した生活なのでは。
    強烈な世界をしばし味わい、深い余韻の残る読書体験でした。

  • 400年も前からフランスの地を離れたことのないフランス人のジプシー。
    アンジェリーヌばあさんは、まだ57歳なのにばあさんと呼ばれ、顔にはたくさんの皺が深く刻まれている。
    持っているのはキャンピングカーと自分らの血潮。
    5人の息子と、4人の嫁、8人の孫。
    貧乏人と思われて平気なジプシーなど、めったにいない。
    それでいて大半は貧乏人なのだが。
    彼らの野営地は大都市の東。
    追放されて、移動して、そしてまた移動して。

    そこへ、毎週水曜日に、「外人」と呼ばれる図書館の責任者エステールという女性が通ってくるようになります。
    エステールは「本というのは、寝るところやナイフとフォークと同じくらい生活に必要不可欠なもの」と思っていて、根気よく読み聞かせを続けます。
    「人生には本が必要だし生きているだけでは十分じゃないと思うから」1年間の訪問で子供たちはエステールの読み聞かせを心待ちにするようになります。
    しかし、孫のサンドロは車にはねられ、嫁のヘレナは子供を連れて去っていき、独身の長男アンジェロは、エステールに恋心を抱きます。乱暴者の息子シモンは精神病院に連れていかれます。
    アンジェリーナの生涯は、なんと波乱万丈なことか。
    しかし、自尊心だけは生涯なくしませんでした。
    そして、一番年上の孫のアニタはエステールのおかげで、学校に通い始めます。
    「ここの学校にいるどの子供とも変わらないんです。唯一違うのは、両親が読み書きできないこと、彼らには家がないということです」そしてこのときだった。そういいながら彼女は泣き出してしまった。

    私が読んでいて一番好きだったのは、エステールが子供たちを動物園に連れて行くところです。
    ー動物園に着く。子供たちは走った。標示板を指して、読んで、読んで、と叫ぶ。そしてエステールが読んで説明が終わると、アンジェリーヌを呼びに行く。アンジェリーヌは子供と楽しむ術を知っていた。ばあちゃん、ばあちゃん、と呼ぶ。ばあさんも走ろうとする。天気は最高だった。ばあさんの顔は太陽にあたっていつも以上に光っていた。シマウマって本当にいるんだ、とミカエルが驚く。ほかの子供たちも同じように驚いた。子供も親も一緒になって笑ったー

    詩情に溢れる、古い一編の映画を観たような気持ちになりました。

  • もったいないことをした。本書は「訳者あとがき」から読むべきだった。

    パリ郊外の空き地におんぼろのキャンピングカーとトラックで乗りつけたジプシーの大家族と、図書館員の出会いが引き起こす物語。フランスのジプシーと言われてピンと来なかったことに加え、題名とは少し異なる展開から来るもどかしさにずっと苛まれたまま、読了してしまった。

    『ザリガニの鳴くところ』の意義が、白人貧困層というほとんど報道もされない人たちにフォーカスを当てたところにあったように、本書の意義もジプシーを取り上げたところにあった筈なのだ。米国の白人貧困層については多少の知識を持ち合わせていたけれど、フランスのジプシーに関してはほぼゼロ。「訳者あとがき」にていねいに書いてあったジプシーの歴史背景を先に読んでいれば、このもどかしさも半減したに違いない。

    とは言え、学術書や参考書などではなく、美しい小説を通じて自分の知らない世界に触れることができたことは素直に嬉しい。

  • 郊外の空き地に棲みついたジブシー家族のもとに、エステールという図書館員の女性がやってくる。彼女は、本は生活の必需品であると信じ、読み聞かせをすることによって彼らの意識を変化させようと試みる。
    家族の長であるアンジェリーナばあさんを筆頭に、最初は警戒心でいっぱいのジプシーたちだったが、まず子どもたちが興味を持ち始め、次第に母親たちやアンジェリーナ自身もエステールに心を開いていく。

    本書を読んでいて、ジプシーの生活の想像以上の厳しさにまず驚かされた。男たちは鬱屈した感情と自尊心から働くことをせず、たまに盗みを働いて糊口をしのぎ、暇を持て余している。女たちは一日中家事を行いながら男の欲望を満たし、生まれた子の世話に明け暮れる。子どもたちはほったらかしにされ、学校にも受け入れてもらえない。

    エステールが本を読み聞かせることによって、ジプシーたちの生活に劇的な変化が訪れるわけではないが、彼女の来訪を心待ちにする彼らはもう以前の彼らとは違う。子どもたちの知的好奇心は止められないし、暴力や浮気、望まない妊娠など、夫に抑圧されてきた女たちはわずかながら自分の心の内を顧みるようになる。

    ジプシーたちと関わるうちにエステール自身も変わっていく。おそるおそる彼らとの距離を縮めてきたエステールだが、彼らの内情を知るにつれ、その状況を変えようと孤軍奮闘するようになる。最初は自分の生き方を否定されるようで面白く思っていなかったアンジェリーナとの間に人種や血縁を越えた母娘のような絆が生まれていく様子は、読んでいて胸がほんのりと温かくなった。

    現実は変わらず厳しいものの、読み聞かせを聞いていた子どもたちが大人になる次の時代にはきっとよりよい未来が待っている、そう感じさせるエピローグが印象的だった。

  • 街のはずれに流れ着いた流浪の民。
    定職にもつかず、学校へも通わずその日暮らしをしていた人たちの元に一人の図書館司書が現れる。
    本の楽しさを知るにつれて少しずつ変化してゆく人々が描かれる。

  • ショコラを思い出した。
    著者の他の本も翻訳されないかな。

    死ぬ間際に、後を生きる人間の糧になるような言葉を遺せる人は、それができる人生を歩めたことと、受け止めてくれる人がいるという意味で、二重に幸せなのかもしれない。

  • 都会のはずれの古い菜園に無断で住むジプシー(Girans)の一家を、司書のエステール・デュヴォーは毎週水曜日に訪問し、一家の長であるアンジェリーヌの孫たちに本を読み聴かせる。最初はよそもの(Gadje)に警戒していた子供たちもいつか、真剣な顔で神経を集中させ手の届かない世界にいる感じになり、雨がポツポツと降り出しても誰も動かず、本を最後まで読み終わると、子供たちは、ありがとう、と大声で言いながら帰っていくようになる。
    なぜこんなことをするのか?というアンジェリーヌの問いに、人生には本が必要だし、生きているだけでは十分じゃないと思うから、と答えるエステールだが、彼女の真の動機は語られず、家族との生活の様子も知ることは出来ない。エステールは、権利もアイデンティティも定住地もない社会から排除されたこの貧困なジプシーの一家に寄り添い溶け込みアンジェリーヌに家族の一人と認められるようになる。原題の「恩寵と困窮」の恩寵(神の恵み)とは、エステールとジプシー一家の出逢いと交流そのものにあるのだろうと感じられた物語でした。

  • パリ郊外の荒れ地に無断で住み着くジプシーの大家族。
    まさに壮絶な環境で、現代でいうならホームレスの家族版になるのだろうか…。
    いや、それ以上に酷い環境なのは、読み進めていくたびにわかるのだが。

    そこへ1人の図書館員であるフランス人の女性がやってくる。
    学校教育から疎外され、本どころか文字も知らない子どもたちに読書の喜びと魔法のようなその魅力を伝えたい一心で週に一度通ってくる。

    このジプシーのおばあさんいわく、本とは一度も手にしたことのないもの。
    ただ言葉やお話の書いてある紙っぺら以上のものであり、要するに生き方の一つであることを。

    疎ましく思うことなく続けられるのはこの大家族が少なからず本の魅力に気づいているからだろうと思ったのだが…。

  • 毎週水曜日になると、本を積んだ黄色いルノーがやってくる。パリ郊外の荒れ地に暮らすジプシーの大家族と図書館員エステールの物語。

    無断居住、非識字者で身分証明書を持たないジプシーたちを役所や近隣の人々は疎み追い出そうとする。
    大家族には嫁姑問題、夫婦間の諍いがあり、度重なる出産や子どもの突然の死にも直面する。

    本は子どもたちを夢中にさせた。読み聞かせが始まると目がキラキラと輝く。孫たちを見守るアンジェリーヌばあさん、彼女の息子や嫁たちも、初めて触れる本の世界に心を奪われていく。"本の力"は凄いと思った。

    「本は生き方の一つ」
    「誰かを想い耽ることも生き方の一つ」
    アンジェリーヌばあさんが良いなぁ!
    本が読めなくても人を見抜く力がある。
    老いていく自分の姿や人生の終い方まできちんと家族に見せるのだから潔い。エステールがユダヤ人であり、悩みを抱えていることもわかっている。
    「ジプシーじゃない娘を持つとは考えもしなかった。人に尽くすのも病気の一種だからね」
    自分を大切にするようにと告げたアンジェリーヌばあさんの言葉に泣けてしまった。

    訳者のあとがきで「路傍の図書室」の活動を初めて知った。インタビュー集『世界の悲惨』も読んでみたい。

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