- Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
- / ISBN・EAN: 9784106004018
感想・レビュー・書評
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江川卓による<カラマーゾフの兄弟>の読みの深さに、何度読んでも驚嘆する。
<カラマーゾフの兄弟>の底なしの凄まじさをこれでもかと連打してくれる。
衝撃の<謎とき罪と罰>から5年。
本書の与える衝撃は前作以上だ。
1. わたしがフョードル•カラマーゾフだ!
<カラマーゾフの兄弟>とは、ドミトーリー、イワン、アリョーシャ、そしてスメルジャコフ(下男)の四兄弟ではなく、カラマーゾフ的=ロシア的=汎人間的な人類そのものまでも含めた命名だ、と江川は指摘する。
つまり、<人類皆兄弟>、というより、<私もあなたもカラマーゾフ>ということを含意していたと言うのだ。
作中、敬虔なアリョーシャも自身がカラマーゾフであることに悩むが、悩むべきはアリョーシャだけではなく、読者である<私>だったのだ。
若い頃読んだ時は唾棄し、嫌悪した筈の、四兄弟の好色な父親フョードルに対しても、年取って読み直すと、愛おしさと哀れみを感じてしまって、たじろいだ。
つい、<私がフョードルだ!>と告白してしまいそうになったのだ。
2. カラマーゾフの登場人物
ドストエフスキーによる命名の奥深さには驚かされる。
カラマーゾフという名前に潜む意味は多義的で重層的だ。
カーラは<黒><男性器><罪>。
マーゾフは<塗る>。
つまり、カラマーゾフとは、黒塗家のことだ。
その伝でいけば、登場人物を日本名にすると、
父親のフョードル•カラマーゾフは、黒塗兵吾。
長男のドミートリー(ミーチャ)•カラマーゾフは
黒塗富雄(道夫)。
次男のイワン•カラマーゾフは、黒塗巌(いわお)。
三男のアレクセイ(アリョーシャ)•カラマーゾフ
は、黒塗有人(ありと)。
下男である私生児のスメルジャコフは、
黒塗仁尾威(におい)。
こうして、勝手に日本名を考えていると、<カラマーゾフの兄弟>の<死霊>(埴谷雄高)への影響を思わずにはいられない。
更に、ストーンズの歌う<黒く塗れ>Paint it blackは、カラマーゾフ•ソングだったのだと、納得出来る。
3. 二人のキリスト
江川によれば、多くの登場人物の中で、二人の人物が対立する人物として浮かび上がってくると言う。
それが二人のキリストだ。
普通、キリストは一人だと思う。
そこに対立する二人のキリストを配したことがドストエフスキーの天才であり、それを見抜いたのが江川卓の慧眼だ。
対立する二人のキリストとは、<黒いキリスト>と、<白いキリスト>だ。
<黒いキリスト>はアリョーシャ•カラマーゾフであり、<白いキリスト>はスメルジャコフだ。
<白いキリスト>は<黒いキリスト>を否定する。
逆もまた然り。
お互いが真のキリストで相手はアンチ•キリスト(悪魔)だと見做している。
更に、スメルジャコフには、<白いキリスト>だけではなく、<臆病なユダ>が込められていると、江川は指摘する。
キリストがユダに転換するという構図の発見は驚きだ。
ここに、キリスト(アリョーシャ) とアンチ•キリスト(イワン)の対立の構図が組み込まれて、構造は更に複雑化していく。
4. 江川卓、万歳!
本書は、ドストエフスキーが、キリスト、聖書、ロシア民話の思想とイメージを駆使して、<神の存在の謎>に挑んだことを明らかにしていく。
ドストエフスキーを日本人が読み解くには、江川のようなロシア語の達人、ロシア文化の専門家による深読みが必須なのだ。
我々は江川の業績のおかげで、ドストエフスキーの深さを知ることが出来る。
それを寿ぎたい。
<カラマーゾフの兄弟>の最後に倣えば、
<江川卓、万歳!>だ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
この解説おもしろかった。
ひとつの単語から、ここまで丹念に掘り下げていくのとか、
そんな魂のこもったことばであったのかという発見とか、
ややこしい名前に、呼び方に意味があることとか、
いろんな発見があって、もう一度カラマーゾフ読みたくなった。っていうか読むわ。
この方の訳で読みたかったけど、
手に入れるのはむずかしいらしい。
原作者のことばの使い方の背景がある、ということがわかる訳書を読みたくなる。 -
カラマーゾフの兄弟には様々な設定が隠されておりこれを読んで俄然再読する意欲が湧いてきました。
それにしても未完の作品だったんですね。 -
2007/08/26 読了 ★★★
2011/10/03 読了 -
ちょっと牽強付会じゃないのと思うところもあるが、全体的にはなかなか説得力を持つ、おもしろい本。ま、謎とき本だわな、確かに。ファンブック。
こんなにも隠し要素があったからカラマーゾフの兄弟は偉大なのだ、ってんじゃなく、ただでさえ偉大なカラマーゾフの兄弟という作品を更に完成度高めるためにここまで凝ったというところがスゴイところ。 ま、「現実はつねにあふれかえるディテールです」って言葉のように、より正確にいうならば、このレベルのディテールを積み重ね続けた結果にこの偉大な作品があるってとこなんだろうけど。
江川訳にも興味を持つ。アリョーシャがグルーシェンカをアンタって呼ぶのはどうかと思うが、第一印象による弊害か、なかなか読みやすいし、大審問官の下りは悪魔と呼ばずに御霊と呼んでるとか(訳には反映されてないらしいけど)、そういったディテールに、さ。江川訳を読んだ後にもう一度読みたい。 -
評価4.5
別の翻訳の前にも是非読みたい。
あの学校なにげに社会人類学得意なんだよね〜〜w -
「カラマーゾフ」という名前が「黒く塗る」という変な意味であるところから、え、え、というような展開を見せます。