科学者とは何か (新潮選書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106004674

作品紹介・あらすじ

危険な一面を持つ閉ざされた研究集団の歴史と現実。19世紀に、キリスト教の自然観の枠組からはなれて誕生した科学者という職能。その行動規範を初めて明らかにする書下ろし。科学者は研究に伴う責任をどう考えるのか。-自然と人間の相互作用を読みこむ新たな科学観が問われる。転換期の科学者像を探る。

感想・レビュー・書評

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  •  とある図書館で処分品として一冊30円程で売っていて購入しました。村上氏は科学史、科学哲学とか、そういう分野を研究されている方で東大とかICUで教えていらっしゃった方。科学論をテーマに現代文の問題で取り上げられることも多いですね。

    ・・・

     読みましたがこれが非常に面白かったです。
     内容を極々簡単に言えば、本作は、科学者の倫理はどうあるべきか、という本です。

     まずは科学史が非常に興味深い。
     当初は科学者は単なる同好の士であったこと、更には職能集団として機能し、その口伝の中で倫理も伝えられていったこと。大学での教育を経るも19世紀までは神への誓いとして職業倫理が保たれていたそう。困った人を助ける医学、弱い人と助ける法学、そしてそれはすべて神の召命につながっている、と。
     ところが市民革命以降は神命への遡及は廃れ、個別科学の深化も進み、学会という同胞組織ではピア・レビューなどでこっそり成果横取りなどという輩が現れ、科学者の研究は他人を出し抜いて新たな成果を発表するという性格が出てきたと言います。

     他方で、科学界がその内部だけで安住できる時代は終わったことが示唆されます。自分の研究成果が明らかに外部世界を改変するということです。
     顕著な例は原爆です。第二次世界大戦中の亡命科学者のシラードが原子力の軍事利用を阻止するべくアインシュタインらの協力を仰ぎつつ当局に働きかけるも、逆に米国は軍事利用を進める形になりました。原爆の結果、研究を自らやめた学者も居たそうです。科学の研究を他人が利用することで害悪が及ぶことがある、と科学者自身が認知し始めました。

     また、科学者が外部への説明責任を果たさざるを得ないことも明示しています。
     日本で大学院生活を送った方には馴染み深いかもしれません。所謂学振や科研費の減少も加え、部外者に対して研究の意義や有効性について説明する必要が迫られるようになったということです。

     つまり、科学者は自らの研究の外部的インパクトについて想定せねばならない。場合によってはその倫理的スタンスについても整理するべき。また、研究費を獲得するため、自らの研究の意義を門外漢にも伝える努力が必要である、と言えます。

     さて、勘の良い方は薄々気づくと思いますが、こうしたことは何も科学者に限らないと思いませんか。
     自分の仕事が周囲にどのようなインパクトがあるか、そして自分の仕事の意義や結果について自己レビューをするって、これは世の仕事人がやっている・やらねばならないことそのものではないでしょうか。
     仕事の外部的インパクトについては、サラリーマンだとあまり考えないかもしれません。でも、年端もゆかない子どもに自分の仕事の内容を聞かれたらどうでしょう。パパの仕事って何なのと。そういう視点で考えると、自分の仕事の外部インパクトについて整理できそうな気がします。
     成果についての説明責任についてはこれまたサラリーマンが毎年やっているものですね。年次レビューとかKPIとか呼び名は色々ありますが、サラリーを支払う人への説明責任ってありますよね。
     そうしたことを考えると、本作で問われている科学者の倫理は科学者に限ったことではないような気がしてくるのです。

    ・・・

     筆者は最後に科学者は『社会と人類にたいして責任をもつ』べきと述べています(P.181)。
     上で書いた通り、私はこれは科学者に限らずに問いうることであると思います。倫理というのは明文化された法律ではないので強制はできません。ですので、倫理感を持つとはある意味でこうした説明責任を(誰にも強制されないなかで)果たしていく、という事なのかもしれません。一方、金銭という誘惑が常にこの倫理観を曲げようとしているようにも思えます。
     自分は今、社会と人類にたいして責任をもって仕事をしているか? 自分の立ち位置や日々の仕事の仕方、将来への展望をも省察する機会となった良い作品でした。科学史系の本としても純粋に面白い本です。あ、あと大学院に進学したい方は読んでおいて絶対損はないと思います。特に理系の方。

  •  この本は,科学者が考えなければならない,科学者(研究者)としての倫理や価値観について書かれています。内容は,歴史的な変化のなかで,科学者がどのようにして共同体を形成して,そのなかでどのような倫理や価値観が作られてきたのか等が述べられています。
     私は,ソーシャルワーカーというアイデンティティを持ちながら,大学の教員であるわけです。以前より,ソーシャルワーカーの倫理や価値についてはその重要性を実感しているところですが,科学者(研究者)としても同様に考えていく必要があります。
     ソーシャルワーカーは科学者(研究者)というより,実践者としての側面が強いと思いますが,科学的な方法によってソーシャルワークを捉えていく必要があると思います。そんなふうに思って読んでいると,科学者と技術者(ソーシャルワークでいうと実践者に近いと思います)の違いや関係について述べられていたり,科学と神との関係が書かれており,非常に興味深く読めました。
     ソーシャルワーカーという専門職はキリスト教文化の影響のもとに生成,発展してきていますが,そのあたりのことにつながることですので,きちんと理解しておきたいと思いました。

  • 科学が引き起こした問題,社会や科学の変遷により求められる新たな科学者像を通して,自然科学系,社会科学系の区別なく学ぶ必要性を感じさせてくれる本。

  • 言っていることはただしいんだけど、響かない。

  • 科学者の自由主義。研究を進めることだけが彼らに課された課題。
    大学出身のインテリ技術者が社会の中に送り出され科学と技術の接近が加速。次第に一体化してそこに社会的価値が生じるとともに反社会的価値も生じた。一般の倫理的価値と行動規範を持ち込むべきでない?没価値的、価値中立的。

    医師集団。ヒポクラテス。
    致死量は誰に頼まれても投与しない。医師の立場を利用して異性と関係を結ばない。患者や家族について治療の機会を通じて知ったことは決して人に漏らさない。

    苦しんでいる人のためにその才能をつかう。救いの手、助けの手を差し伸べる。そこには神の召命という意味がある。ここが医師、法曹、聖職者に異なるところ。
    お金がなくても支払う「ふり」は一般の人々の敬意の証。名誉承認のしるし。

    18世紀以降はヨーロッパではこれを放棄。現状では身分の高さ、金銭目的が多数。その意味で古い構造が残っているのは聖職者のみ。

    本来は倫理観なるものは一人一人が心の中で自由に考えるべきであると思う。しかし、昨今多様化した価値観のためかどうもこの接触点においてコンフリクトが起こっていることが多く、それが職業倫理規定やコンプライアンス問題などとして表出するのだと思う。

    ヨーロッパの発達過程では知的職業(聖職者、医師、弁護士)といわれるものは神からその役割を受託し、「困った人を滅私の精神で助けるべきもの」という倫理観が横たわっていたらしい。(医師の例に関して言えば「ヒポクラテスの誓い」など)そしてそういった背景と引き換えに社会的地位や高い報酬が与えられたというシンプルな構図だ。他のものがそうであるように初めは結構シンプルなものなのである。しかし18世紀の聖俗革命を経たヨーロッパでは社会慣習としての「神への誓約」の形式を残している場合であっても、そういった価値からは離れていることが多いし、医師や法曹家も社会的地位や収入を目的としてその職業を選ぶ人がかなりの割合になった。ここで一つ言えることは社会が複雑性を増してくると人は手段を目的とした行動をとりがちである。それは社会の全てを把握しきれるほど単純なものではなくなったためにそうせざるを得ないという部分もある。

    しかし19世紀以降に出現した科学者という職業集団には初めからこの神との関わりがない。ここにおける彼らの価値観は自由主義的であり、目的は「研究をすること」、そして研究費にスポンサーが絡んでいる場合にはそのスポンサーに対する間接的責任が生じている、ということだ。しかしこれは形式上のものであることが多く、事実上は巨額の研究費をかけて研究しても責任追及されない。それは研究自体に「賭け」の要素が強いからであると思う。(アメリカのガン研究、日本の核融合研究など)というわけでポイントとしては科学者には初めから医師・法曹家とは違った行動体系をもっているということだ。

    ニュートンぐらいまでの時代は(彼は科学者ではなく、哲学者「愛知者」にカテゴライズされる)キリスト教を前提とした自然探究が目標とされた。ガリレオ・ニュートンの知的活動が「科学」へと変化する過程では少なくともキリスト教的枠組みから知的営為が解放される必要があった。

    大学とは何か?

    本来は「知を愛する人」が行く場所であって、卒業したからと言って就職に関係ないばかりでなく、キャリア作りにほとんど意味がないものだった。それが19世紀後半から様々な仕事に就くためのライセンスを得る場所に変わり始めた。ーー旧来の知識人(医師、弁護士など)から仲間とは認めてもらえなかった。というわけでマイノリティのおきまりの行動パターン「マイノリティ同士で団結する」を発動する。(GDNA・ドイツ自然探究者医師連合、その後イギリスに飛び火BAAS、アメリカはAAAS)

    19世紀半ば以降からは科学はどんどん個別化。(数学会、物理学会、.....)ここにおいて学会の会員とそうでない人間に大きな差が生まれた。会員になるために旧来の単なる「知を愛する」哲学者、アマチュアではなく「専門家」である必要が生まれた。1859年のダーウィンの『種の起源』以降は研究成果を書物の形ではなく、論文の形で世に問わなければいけなくなった。ジャーナルは「プライオリティ」確保(他人に先じて何かを発見する)という西欧的文化の名残。コペルニクスやコロンブスは自分の業績が最初ではないと明言していたものも、発表順序によってプライオリティが決まる。Something New-ism.

    技術の状況?

    日本においてはヨーロッパと違って技術と科学の線引きが明確。


    それでここで一つの問題が生じる。キリスト教的世界観の倫理観(いわゆる教養主義)はとても人間的に素晴らしいといわれるものであると思うのだが、そこには強固に横たわる階級思想があるということだ。これがまさに社会を硬直化させて、「倫理なき」人々が「倫理なき」人々でい続けなければいけない原因であったりもする。恐ろしいことには実際その「階級と倫理観が密接に関わっている」という言説が信じられている場所では実際そういうことになっているということである。(ヨーロッパ、関西圏の保守的な場所はこれ)

  • 近代科学と科学者の成り立ち、現在の科学者の仕事について、つかず離れず、非常にわかりやすく解説された一冊。
    僕はこの本を読んで、自分が漠然と「かくありたい」と思っていることが、「科学」の枠内にとどまれないことを知りました。進路を悩んでいた2000年頃のことでした。

  •  「科学者」について、実際のその姿を脳裏にありありと思い浮かべられる人は、いったいどのくらいいるのでしょうか。また、思い浮かべられたとして、その科学者のイメージは、ほんとうに当を得たものなのでしょうか。

     本書は、巷に流布するイメージとは大きく異なる「科学者集団の真の姿」について、科学史・科学哲学の分野の第一人者である著者が、平易に解説したものです。

     「唐木順三が言い遺したこと」という第1章から、「誰に、どう責任をとるのか」という終章まで、ほぼ独立した章ごとに、科学者論が述べられています。全体を通じて、「科学者」は、歴史上どのように形成され、今どのような状況にあるのか、そして今後はどのように在るべきなのかが、わかりやすく語られています。また、巻末には、1ページの簡単なブックガイドもついています。

     新潮「選書」の1冊ということから明らかなように、本書は専門書と言うよりは、一般読者を意図された本です。そのため、非常に平易に書かれています。しかしだからといって、決してありきたりの凡庸な内容ではなく、示唆に富む指摘が随所にちりばめられています。読者は、科学や科学者について、何度も考えさせられるはずでしょう。

     村上氏の著作は多数ありますが、価格と内容や入手のしやすさという点からは、学生の皆さんに最初の一冊として薦められる本です。

  • ¥105→¥300

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著者プロフィール

1936年東京生まれ。科学史家、科学哲学者。東京大学教養学部卒業、同大学大学院人文科学研究科博士課程修了。東京大学教養学部教授、同先端科学技術研究センター長、国際基督教大学教養学部教授、東洋英和女学院大学学長などを歴任。東京大学名誉教授、国際基督教大学名誉教授。『ペスト大流行』『コロナ後の世界を生きる』(ともに岩波新書)、『科学の現代を問う』(講談社現代新書)、『あらためて教養とは』(新潮文庫)、『人間にとって科学とは何か』(新潮選書)、『死ねない時代の哲学』(文春新書)など著書多数。

「2022年 『「専門家」とは誰か』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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