戦後日本経済史 (新潮選書)

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著者 : 野口悠紀雄
  • 新潮社 (2008年1月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (278ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106035968

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戦後日本経済史 (新潮選書)の感想・レビュー・書評

  • ・仮にあなたが、高校卒の銀行員だったとしよう。出向先の地方銀行で定年を迎えようとしていた矢先に、中堅商社の社長になっている昔の上司から声がかかり、その会社に就職することができた。早朝から深夜まで粉骨砕身で働き続けたのが認められ、専務にまで取り立てられた。
    あるとき、社長が得体のしれない人物を連れてきた。会社の役員にするのだという。そして、その人物が手掛けている得体の知れない事業をあなたが担当するよう命じられた。あなたなら、それを断れるだろうか?(イトマン事件)

    ・なぜ山一だけが破綻したのか。営業特金(法人の資金を一任勘定で預かり、利回りを保証する。自由に売買できるので手数料は稼ぎ放題だった。)を行っていたのは山一だけではない。バブル崩壊によって巨額の損失が発生したことも各社共通の事情である。違ったのは、それへの対処法だ。
    原理的には、
    ①顧客先企業に損を含めて引き取ってもらう。
    ②顧客先企業に引き取ってもらうが、損失は証券会社が補てんする(法で禁じられてからは、訴訟を起こしてもらって裁判所主導で和解する形でこれを行った)。
    ③証券会社が引き取り、損失を償却する。
    ④引き取った後に簿外処理して隠蔽する。
    事が考えられる。大まかに言えば、野村証券は①を、大和と日興は②を中心として解消した。山一だけが④を選択したのである。つまり、各社とも同じ問題に直面し、山一以外の会社は何とかそれを表面化させて解消した。山一だけが、ひたすら隠蔽する事を選択したのである。これは、「経営不在」以外の何物でもない。

    ・集中排除法は当初325社を分割の対象として指定していたにも関わらず、実際に分割されたのは日本製鐵、三菱重工業、大日本麦酒、王子製紙などの10数社にとどまった。しかも、分割された企業のほとんどがその後合併して復活した。
    しばしば、「何がなされたか」より「何がなされなかったか」の方が重要である。とくに重要なのは、銀行業に対して集中排除法が適用されなかったことだ。戦後の日本の企業が、銀行を中心とした企業グループを形成したことはよく知られているが、これは、戦時中に作られた仕組みだった。また、中央省庁、マスメディア、教育制度、土地制度なども戦時体制が戦後に残った。そしてこれは戦前から継続されたものでは無い。だから高度成長は一般に信じられているように、戦後の経済民主化改革によってもたらされたのではないのだ。そしてこの戦中体制によって石油ショックへうまく対応できた(企業ごとの労組で賃金上昇圧力を抑えられた)事で、戦中体制が長く維持され、バブルで力尽きた。しかし、日本式経営と呼ばれるものの中に根強くその考えは残り、組織体は変革されていない。

  • 本書は、「戦後の日本経済は、千時期に確立された経済制度の上に築かれた」という著者の歴史観(1940年体制論)に沿って描かれた戦後日本経済史である。本書を読んで、その歴史像は概ね妥当であると感じた。元大蔵官僚としての著者の実体験によるエピソードも盛り込まれていて興味深かった。
    ただ、著者の私見が結構多く、なかでも、戦後日本の平等社会のコストとして、「戦後日本社会は、凡庸・低劣で俗悪極まりない大衆文化しか生み出せなかった」と主張しているが、これは完全に著者の偏見だと感じた。

  • 岩瀬大輔おすすめ

  • バブル崩壊、企業破綻のプロセスは分かりやすかった。

    筆者の経歴を考えると分からなくもないが、アメリカ、ヨーロッパに憧れすぎ。
    他の国も見て、もっと客観的に日本を考えるべき。
    こんな愚論こそ、日本を貶めている。

    日本はそこまで悲観的観測しかできないほどではないでしょ。
    戦後の日本文化を痛烈批判してるけど、それも間違っている。
    何も見えていない。

  • 比類なき高度成長を成し遂げ、石油ショックにも対処できた日本が、バブル崩壊以降、ジリ貧なのはなぜか?

  • 本書は、戦後の日本経済は戦時期に確立された経済制度の上に築かれた、とする歴史観を提示されている。戦時経済の中で、資金を軍需産業に集中させるために間接金融体制がとられた。終戦後、既得権益者の策略とアメリカの日本への無理解と中途半端な経済改革が、このシステムを生き残らさせた。これによって企業は資本の影響や市場の圧力から開放され(ある意味社会主義経済)、高度経済成長を担った。また、この統制力のあるシステムは石油ショックへの対応において優れたパフォーマンスを示し、このシステムの継続が助長された。一方で、1990年代以降の技術体系に本質的な変化(量から質)が生じ、このシステムは機能不全に陥った。依然、日本企業は閉鎖的であり、市場の要請が経営に影響を与えにくい状態が続いている。以上の認識を読者に示し、事の深刻さについて理解を求めているのが本書の意図。安易な解答は書かれず、冒頭に記載した歴史観を軸に事実を連ねられた良書だと思います。歴史を振り返りかえることによって日本人の典型的な思考体系を理解でき、新しい技術体系への適応について考えさせられる興味深い1冊。

  • 戦前の経済について何一つ知らない事に気付かされる

  • 1940年体制への批判を絡め、戦後史を全て辿っている。石油ショックがなければ自由主義経済へ移行できていただろうという見通しが印象的。

  • 予想以上の面白さ。間接主体の金融は、額面発行増資の時代に、利益、株価重視ではなく、トップライン重視になり、間接主体になったとの弁に納得。買ってもいい本。

  • 裏表紙にある”高度成長もバブルも、すべて「」戦時経済体制がもたらした”が主張のすべて。

  • 逗子図書館で読む。非常に興味深い本でした。また、読みやすい本でした。高度成長期以前の戦後の部分を読みました。池田対日銀の戦いは、軽工業と重化学工業振興の戦いだそうです。重化学工業の振興には、復金のような不健全な金融機関が必要です。これは、インフレにつながります。当然、日銀は反対です。僕も、同じ立場ならば、反対するでしょう。

  • 日本経済新聞の日曜版からチョイス。

    僕は正直いいまして、「経済学」とか「経済史」とかに弱い。

    特に戦後日本の経済史に疎く、バブル期の話とか、プラザ合意ぐらいしか知らない。

    学生時代は「別にぃ」と思っていたが、顧客との会話の中で意外に話題に上がるのだ。

    どっかで勉強しときたいなと思ってたとこなので、即モバイルアマゾンで注文。

    テーマは二点。
    ・戦時体制があったからこその戦後日本の高成長。
    ・それを変えられないからこそのバブル崩壊と長期不況。

    「なるほどぉ」と納得の内容。

    特に、経済統制→銀行調達中心→高成長維持→投資対象不足(資本市場未発展)→バブルへの流れは自分なりに腑に落ちた。


    「過去を学ばねば進歩はない」

    たしかに。「規制緩和」「貯蓄から投資へ」など、もはや当たり前のテーマも過去があってのものと感じた。

  • 非常に面白かった。両親の苦闘の歴史がよくわかった。高度成長が戦時経済体制により成功したことがよくわかった。バブルの傷跡はとても深く、このあとも引きずることもよくわかり、若い人達が可哀そうだと再認識した。

  • 面白いし読みやすい。しかし、週刊誌連載と言う体面上、若干、面白さや読みやすさを優先した部分がある。そういった意味で★3っつ。内容としては、十分に読む価値もある。読みやすくて面白いのだから、興味があったらぜひ読んでいただきたい。

    参考までに、私の書いた要約
    http://d.hatena.ne.jp/keigossa/20111027/1319728523

  • 戦後の日本経済(高度成長、石油ショックの乗り切り)は戦時期(1940年)に確立された経済制度の上に築かれたという立場から時系列にまとめられた一冊。財政金融制度(間接金融、金融統制、直接税中心、公的年金制度)、日本型企業((資本と経営の分離(内部昇進者)、起業と経済団体、労働組合(起業別の労使協調、産業報国会が母体、他国は産業別))を挙げていく。メモ。(1)軍需省→商工省→通産省の歴史的流れは発見。(2)池田勇人の所得倍増計画、1955~70年のGDPの年平均成長率15.6%の舞台裏(均衡財政論者から積極投資論者に。打ち出の小槌としての財政投融資の財源活用)。途上国の成長の流れの中で伝統的な重厚長大の強みを活かしつつ、分散型への時流(not集中型)も活かすのか、という二つの問いへの回答を考えさせられる一冊。

  • そもそも戦後の官僚組織と考えられていたものは、実は戦中の官僚機構の延長だという考え。
    なるほど。そう考えると規制を廻らせることばかり考えている役人の種がわかった気がする。

  • 読みやすい。大学生におすすめ。

  •  一般的な認識では、戦後の日本は、占領軍によって導入された経済民主化改革具体的には、農地改革・財閥解体・労働立法によって出発した。軍事国家から平和国家に転換した日本は、生産能力を軍備の増強ではなく経済成長に集中できた。さらに、追放によって戦時中の指導者が一掃されたため、若い世代の人々が指導的な立場についた。こうして、日本は世界でも稀にみる高度経済成長を実現した。

     これに対して、本書はまったく異なる歴史観を提示している。それは「戦後の日本経済は、戦時中に確立されたスキームに従って運営されていた」というものである。

     とくに重要なのは、戦時経済の要請から確立された間接金融体制(企業が資本市場からではなく、銀行からの借り入れによって投資資金を調達する仕組み)だ。これによって、企業は資本の影響や市場の圧力から開放された。内部昇進者が経営者になる慣行が確立され。企業は従業員の共同体となった。この体制は、高度成長を実現しただけでなく、石油ショックの克服にも本質的な役割を果たした。

    しかし、この体制は技術の変化、時代の要請に対応できていない。これは原理的・構造的にそうなのである。いまだ、日本経済の中核をなすのは自動車産業、鋼鉄、電機など、戦時期に成長した産業ばかりである。こうした現状はいまのところ変わりそうにない。日本の内側から変革をという方法は極めて困難であるならば、若い私たちが海外に出て、外側から圧力をかけていくことが、結果的に日本のためになると考える。

  • 現在の経済システムが戦時中構築されたものであるという考えのもと戦後日本経済を分析している良書。経済史の本としても優れているため、一読の価値はある。

  • p50まで読んだ。

  • 20110217読了

    大学院の専攻で、元通産省の官僚が行う授業があった。そこで、日本は社会主義国家であることを、戦後のGDPの伸び率と平均給与の伸び率の差のグラフによって、教えられた。目から鱗が落ちた。しかし、そこでは"なぜ"を問わなかった。本書は、その"なぜ"、なぜ日本が社会主義国家になったのか、という問いにこたえてくれた。

    1940年の戦時体制経済がバブル期まで続いてる、という新しい切り口に興奮した。戦後すぐに資本家と労働者の間で官僚主導の無血革命があったこと、日系企業が利益ではなく売り上げ至上主義である理由、日本では職域労組ではなく企業別労組である理由、この三点が鮮やかに説明されていて個人的に驚いた。特に一点目は、現在、団塊の世代以上とその下の代で相似な構図ができている気がするので、現状に落として考えてみたい。

    驚きが多くて批判的に読めなかったので、また読み直す。

  • 「霞ヶ関において戦時と戦後は切れ目なくつながっている」
    軍需省→商工省→通産省へ

    戦勝国の占領軍に軍票を発行されることは、通貨発行券を握られることを意味し、日本軍による占領地での軍票発行による経済破壊を熟知する大蔵官僚は、連合軍による日本本土での軍票「B円」流通を小額にとどめ、戦後の大蔵省・日銀による金融・財政・通貨政策の掌握が成功する。B円は沖縄で1958年まで使用される。

    ドイツにおいては、「モーゲンソー・プラン」を実施、中央政府の解体および戦時中の指導者層が一掃された。

    戦後復興期の指導者
    ドイツ:反ナチで投獄されたケルン市長
    日本:エリート外務官僚である吉田茂

    日本は、1940年前後に不連続的な変化を経験している。
    官庁だけでなく、主要産業の企業や銀行、マスメディア、教育制度、土地制度なども戦時体制が戦後に引き継がれる。これらは、戦前期の日本のものではない。

    「傾斜生産方式」:輸入重油→鉄鋼→炭鉱→鉄鋼

    ↑その手段として、
    価格差補給金:石炭・鉄材を安く流通
    復興金融金庫(復金):石炭・鉄鋼・電力・海運に重点的融資

    傾斜生産方式によって、激烈なインフレーションが発生。
    物価指数
    40年: 1.6
    45年: 3.5
     ↓
    46年: 16.2
    47年: 48.1
    48年:127.9
    49年:208.8
     ↓
    55年:343.0
    60年:352.1

    つまり、終戦直後の4年間のみ、年2倍近く物価高騰。
    傾斜生産方式は基幹産業だけでなく、国債価値を下げることで、国にも利益をもたらした。また、大企業の従業員も賃上げ、中小企業も、名目値で固定された借地料・負債の実質費は、インフレで減少。

    他方で、資産保有階層は、47年に財産税を徴収され、インフレで追い討ち。華族・大地主・その他資産家の没落。戦後の日本を考える上で、重要なのは、「旧上流階層の政治的影響力がほぼ無視しうる社会となった」ことである。

    現代の経済活動において重要な対立は、マルクス主義経済学者の囚われる「資本v.労働」ではなく、ケインズの言う「資産保有者v.事業者」である。戦後経済政策は、「資産家」を搾取したため、大部分の日本人は利益を享受する側であった。

    傾斜生産方式は戦時体制を用いて行われた。価格差額補給金:41年に導入。復金:復金の元である日本興業銀行(興銀)は戦時中に政府より助成。
    *復金→日本開発銀行→日本政策投資銀行へ

    通貨発行券によって、インフレで資源を調達する傾斜生産方式が可能となった。
    48年の昭和電工事件は、復金融資を得るための贈収賄事件。

    農地改革は、占領軍が行ったのではなく、農林省が戦時期から準備していた結果。
    42年「食糧管理法」:小作料が名目値で固定された金納制に転換→インフレで価値急減。→米価引き上げの具に。兼業農家の増加、米の過剰生産の一方、食料自給度の低下。
    二重米価制:政府が、小作人からは高く、地主からは低く値段設定して米を買う。

    GHQのお墨付き「第1次、第2次農地改革」45~50年:農地を地主→小作人へ(名目値で固定れた買収値はインフレによってタダ同然)

    戦前の日本の都市住民は、借地・借家に住むのが普通。

    41年「借地借家法」:借地権は実質的に所有権と同じに。
    「貸せば安く売ったのと同じ」

    いずれの土地改革も、零細土地保有者を増やしただけで、生産性向上を阻害する要因となった。

    保守政治勢力の支持層は、戦前の地主階層から、戦後における零細宅地と零細農地の保有者へと、大転換を遂げた。

    中途半端に終わった、占領軍の経済改革
    財閥家族の保有する株式・財産は10年間譲渡禁止の国債に(インフレで無価値... 続きを読む

  • 戦後の日本経済は1940年代に作られた戦時統制体制のためだ。それがバブル崩壊後も変わらないため、日本の経済力は低下している。
    これからあたらしい技術をどう生かしていくのかが、日本経済復活のための課題だ。

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奇跡的な高度成長を成し遂げ、石油ショックにも対応できた日本が、1990年代以降のグローバル化とITの活用に立ち遅れているのはなぜか?それは、第2次大戦中に構築された「戦時経済体制」が、現在も強固に継続しているからだ。「戦後は戦時と断絶された時代」という常識を否定し、「日本の戦後は戦時体制の上に築かれた」との新しい歴史観を提示する。

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