「死体」が語る中国文化 (新潮選書)

  • 44人登録
  • 3.13評価
    • (0)
    • (2)
    • (5)
    • (1)
    • (0)
  • 5レビュー
著者 : 樋泉克夫
  • 新潮社 (2008年6月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (206ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106036101

「死体」が語る中国文化 (新潮選書)の感想・レビュー・書評

  • 死体を立たせて故郷へ帰す「趕(走偏に旱)屍」の事が知れて勉強になりました。

  • 中国での昔からの死体の扱い方からその文化を解説する。

    例えば、日本では死者は死後、仏となり、子孫を見守るというような思想がある。
    本書はその中国版だ。

    中国では死者はどう考えられているのか、どう扱われているのか。
    それを通して中国の文化の一端が見えてくる。

    単純に本書にある「死体の扱い」という範囲のみでも理解しあうことは出来ないと感じる。

    しかし、それでも知ることに意味はあるのでは無いか、と考えるきっかけになる本。

  • 樋泉克夫著「『死体』が語る中国文化」新潮選書(2008)
    *中国では、あの世はこの世と連続するものと信じ、子孫と祖先とは生死を越えて血の絆で結ばれ死後も尚故郷を捨て去れない。死が日常にあふれ、死体への強いこだわりを持ち続ける中国人のメンタリティの根底にあるものは、生きることへの以上なまでの執着なのだろう。怒涛の経済成長の中であれ、死としたいへのこだわりを捨てないということは、そのまま生きることへの強い執念を意味する。中国人にとってあの世はこの世と同じように世知辛い。あの世の生活レベルは、この世の子孫がどれくらい援助してくれるかで決まる。あの世で祖先が豊かな生活が送れるように、子孫はせっせと働いて金儲けに励む。子孫が勤めを果たしたら祖先は子孫を守ってやる。ならば、祖先を敬うということは、心のあり方などという高尚な話ではなく、実は金儲けという現実的な振る舞いを意味することになる。この世とあの世、子孫と祖先の相互扶助。これらを結びすけるものが財力とは、なんともすさまじいばかりの超現実的な考え方である。
    *一方で、日本では日常生活で死体を目撃することなどはほとんどない。死を感じさせるものは意識的に日常の片隅においやられている。しかし、あまりに死の影の見えない日常というのも、考えてみればかなり不気味なものである。人間は生まれれば必ず死ぬ。生き死にがあるから人生。かつての日本では人々は無常を知り、だからこそ、一瞬の美しさをしる。そしてその中で独特な死生観を持っていた。そういう意味で死が隠蔽された現代の日本に生きる我々は本当の意味で生きていないのかもしれない。何もかもが目先の欲と上面の見栄えを求めるのみ。祖先も子孫のつながりも薄い。歴史も伝統も我関せず。経済大国の栄光にしがみつきひたすら内向きにその日暮らし。これが現代の平均的な日本像である。
    *人間復興とまでは大げさにいいたくはないが、死を考え死体とまっすぐに向き合うことこそ生きることを改めて考えることに繋がるのではないか。死体はじつに生き方こそを物語っている。
    *「口はひとつだが手は日本ある。だから生産は必ず消費を上回る」と力説した毛沢東は、膨大な人口こそが中国の財産であり、国力の源であることを信じて疑わなかった。

  • 「死体」のほうの密度が濃いようなタイトルだけど、どっちかというと「中国文化」「中国の歴史」寄り。
    最後のほうの葬儀屋についての記述が一番よかった。

  • マニアックぶりに脱帽☆彡
    かなり面白いし、これもまた中国人を知るに、中国を知る一つの見方だと思う。
    そんなに遺体になってもふるさとに帰りたい願望が強いんだなあと感心してしまった。
    遺体はこびやの話は想像しただけでも不気味。
    中国を知るにはこの視点大事!

全5件中 1 - 5件を表示

「死体」が語る中国文化 (新潮選書)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

「死体」が語る中国文化 (新潮選書)を本棚に「積読」で登録しているひと

「死体」が語る中国文化 (新潮選書)の作品紹介

『史記』や『水滸伝』の昔に始まり、アヘン戦争、日中戦争、文化大革命へと至る近現代まで、中国史は戦争、動乱、圧政、自然災害などによる夥しい数の死体の上に築かれたと言っても過言ではない。そんな歴史が漢民族に植え付けた「死」と「死体」に対する感覚は、同じ東洋人でありながら日本人とはこんなにも違っていた-。「あの世」から中国を分析する刺激溢れる比較文化ルポ。

「死体」が語る中国文化 (新潮選書)はこんな本です

ツイートする