不干斎ハビアン―神も仏も棄てた宗教者 (新潮選書)

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著者 : 釈徹宗
  • 新潮社 (2009年1月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106036286

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不干斎ハビアン―神も仏も棄てた宗教者 (新潮選書)の感想・レビュー・書評

  • 戦国時代のキリシタンに興味があって、随分前に買ってあったのですがやっと読みました。面白かったです。
    不干斎ハビアンという人は、元々仏僧だったのですが、キリスト教の伝来で転向し、熱心なキリスト教徒となり、「妙貞問答」という本を書きます。この本はキリスト教と仏教を比較して、どのようにキリスト教が素晴らしいのか一般の人に説明するための本でした。
    キリスト教は日本人に教理を教えるため、様々なディペートのマニュアルを用意したそうですが、「妙貞問答」も2人の対話形式になっており、言ってみれば「キリスト教の疑問にお答えします!」みたいな内容になっています。
    そして、驚くのはその後で、不干斎ハビアンはなんと数年後、キリスト教を棄ててしまいます。その理由は不明ですが、女性とともに駆け落ちしたそうです。そして徳川秀忠に面会し、幕府に協力するようになります。死の数年前には「破提宇子」というキリスト教を批判する内容の本を書き、キリスト教徒から「悪魔の書」と忌み嫌われる内容だったそうです。
    その人生もものすごく興味深い人物ですが、そんなハビアンを浄土真宗の僧侶としても、多くの本を著作している執筆家としても有名な釈徹宗が、ハビアンの残した正反対の2つの本をそれぞれ解説して、日本人の宗教観、ひいては日本人の根本に流れる思想のようなものを解き明かします。
    元々、キリスト教どころか仏教もぼんやりとしかわからないので、著者の用語がわからないところもあり、全部理解できたとはいえないのですが、なんとなく日本人って、こういうところあるよな…と思える部分、例えば先祖を大事にするとか、なんでも自分流に日本的に変えてしまうところとか、キリスト教を信じている西洋諸国との根本的な考え方の違いとか、そんなもやもやとした部分を、なるほど、と言葉で理解できたといいますか、そんな感じがしました。
    宗教にあまり興味のない方でも、参考になる本だと思います。

  •  えー、不干斎、ハビアン。
     変な男で、桶狭間の戦いのちょっと後に生まれたらしい。で、臨済宗の坊主になって、キリシタンになる。イエズス会の思想的主柱となって「妙貞問答」なる布教用のテキストをこしらえたと思ったら女連れて棄教、晩年に「破提宇子」(提宇子・でうすを破す、の意)を著してこの世を去る。そういうハビアンの仕事を浄土宗のぼんさんがまとめた本。と書くとまぁだいたいあってる。

     ハビアンの仕事のすごいところは、当時において神道に仏教、儒教に道教をみんな並べて宗教比較して、そのあとで「キリスト教がいかに違うか」ということを説明したこと、で、死ぬ前にそのキリスト教さえも、結局は駄目ぢゃんということで棄てたあたり。つまりはそのなんだ、「根っから信仰する」というスタンスではけっきょく考えられなかったわけで、方々の宗教体系から自分に都合のいい部分だけをつまみ食いする「個人的宗教」のスタンスは現代人の個人的なスピリチュアル体験を先取りしたものであったろう、ということで。

     これを「現代人の特徴」というのかネ。いやむしろ、いろいろの宗教を俯瞰できたからこそ、実感のレベルで身にあう部分だけを抽出しえたんじゃないかと思うのです。日本人における宗教の「儀式性」とは逆の方向で、いろいろなパーツから精神的な安定を構築できればよかったんぢゃねえのかなぁとか、そんなことを思うのでした。
     宗教関連についてはまったくの無知蒙昧でありんすので滅多なことは書けないけれども、結局宗教の目的って、まぁ日常に苦がなくて生きていけるように自分が納得すればいいんじゃねぇか、というところに達せたのがハビアンだったのではないかしらん、と思うのでした。
     非常に痛快な人物のにおいはするのだけれども、まだそこまで、ハビアンの人となりのレベルまでは資料が無いらしいのでわかりません。

     もっと人物像が見えてくると、文芸的興味として面白いだろうなぁ、という一冊。書き手のぼんさんもがんばって軽くしようとしていて、ナイスです。

  • 芥川龍之介の「るしへる」を一読して元になった人間がいることを知りこの本を手に取る。

  • 死は無に帰すると説く禅仏教、生き抜き死にきるとする浄土仏教、現世のみの教え(倫理)を論ずる儒教、通常の生活を語るのみの神道、そして絶対の創造主に救済を求める一神教キリスト教。400年も前に仏教にもキリスト教にも通暁し、知性で類型化した日本人がいたとは驚き。神も仏も棄てた宗教者。その存在すら知らなかった。多分、大きすぎる知の巨人で、時代のタブーだったのだろうなと思う。それにしても、当時の知識人とされた林羅山らの卑小なことよ。そして、現代でもその存在を意図的に小さくみる知識人はいる。その時代の知の権威は、時代をひっくり返すような知性に本能的に警戒し攻撃をしかけるものらしい。

  • 元々、禅僧でキリシタンになり、そのあと棄教したという男の話。こんな人物がいたんだという点でも面白かった。

    勉強になったのは、現在のクリスチャンと当時のキリシタンは同一のものではないという、まあ当然の事を知りました。

    当時のキリシタンは造物主をかなり重視し、三位一体はあまり重視していなかったというのは、覚えておくべきだなあと感じました。

    意外と当時の宗教観ってこんなものかもしれないなあと思いつつ、著者が言うようにハビアンは現代的な宗教観の持ち主かもしれないとも感じました。

    面白いです。

  • キリシタン研究や比較宗教論の入り口にもよいかも。なかなか面白い人がいたもんだねぇ。

  • 2010年1月28日購入

  • 不干斎ハビアンは、戦国時代に生きた禅僧で、改宗してキリスト教徒となった人物。イエズス会の日本における教線拡大に活躍するが、突如、修道女と駆け落ちして棄教してしまう。本書では、キリスト教の優位性を示した「妙貞問答」と、棄教後に書かれたキリスト教批判の書「破提宇子」を読み解き、東西の宗教を解体した男に迫る。著者は浄土真宗本願寺派の住職で兵庫大学准教授でもある人。

  • 自分はあんまり意識しないのですが年寄りに育てられてお経にどっぷりひたって育ったので根っこのところで やっぱり仏教徒だと思うのですそれは 考えているんじゃなく感覚なんだけど突き詰めて考えるのって大変だなぁと思う宗教って理屈なのかな

  • 神も仏も棄てた宗教者。私はこの本で初めて不干斎ハビアンを知った。信長や家康と同時代、禅僧→キリシタンに入信→棄教→キリシタン弾圧側となるという特異な経歴が興味を引く。彼は世界初の神道、仏教、儒教、道教、キリスト教の比較宗教書でキリシタン擁護書を著し、棄教後、キリシタン批判書を著してその著書は徳川幕府のキリスト教弾圧の指針の一つとなった。女と駆け落ちして棄教というと背徳、背信のような感じがしてしまうが、この本を読むとハビアンという人はとても「日本的な精神」を持った当時の知識人だったような印象を受ける。信仰よりも「知」の人。あらゆる宗教を研究し、比較しその中から良いもの、悪いものを取捨選択しながら生きた宗教者。ハビアンの考えは「クリスマスを祝い、神社に初詣に行き、葬式は寺」という異なる宗教を文化として日常に取り入れていく現代日本人の価値観、宗教観に何か通じるものがあるような気もする。矛盾を論破し、あらゆる宗教を比較解体することにより彼にとっての宗教を生涯かけて追い求めて生きた、背教者というよりは求道者だったのではないだろうか。この本はさまざまな哲学、宗教的な要素だらけだが、冷静で鋭い視点からハビアンの著書や彼についての研究を参照し、比較しながら読者にあらゆる角度からハビアンという人間を浮き彫りにしてくれるので、とても読みやすかった。現代日本人の宗教観を考察する上でも非常に参考になる興味深い本である。

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不干斎ハビアン―神も仏も棄てた宗教者 (新潮選書)の作品紹介

禅僧から改宗、キリシタン全盛の時代にイエズス会の理論的主柱として活躍するも、晩年に棄教。世界に先駆けて東西の宗教を知性で解体した男は、宗教の敵か、味方か?その宗教性と現代スピリチュアリティとの共通点とは?はたしてハビアンは日本思想史上の重要人物か-。謎多き生涯と思想から、日本人の宗教心の原型を探る。現役僧侶による画期的論考。

不干斎ハビアン―神も仏も棄てた宗教者 (新潮選書)はこんな本です

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