日本はなぜ開戦に踏み切ったか―「両論併記」と「非決定」 (新潮選書)

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著者 : 森山優
  • 新潮社 (2012年6月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (223ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106037108

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日本はなぜ開戦に踏み切ったか―「両論併記」と「非決定」 (新潮選書)の感想・レビュー・書評

  •  共同謀議なんて,なかったんだな…。コンセンサス偏重で決められた「国策」には,多様な選択肢が盛り込まれすぎていて,重要な決定は先送りする矛盾に満ちたものだった。
     外務省・大蔵省などの政府と陸海軍,軍部の中でも軍政部門と統帥部とで,国家の政策に関する考え方はかなり異なっていた。それを調整するために大本営政府連絡会議(懇談会)が開かれ,国家の方針「国策」が話し合われてきた。第二次近衛内閣以降,開戦までの一年半で出された「国策」は十にのぼる。
     明治憲法下の国家意思決定システムは,強力な指導者を欠く寄合所帯からなるものであった。各メンバーがそれぞれ自分の組織に都合のいい政策根拠を求め,作り上げていった「国策」は,曖昧な玉虫色の内容にならざるを得なかった。本書は具体的に「国策」を検討することで,それを例証していく。
     開戦の決定に至ったのは,組織間の対立の回避を重視するあまり,戦争を避ける重要な決定をすることができなかったため。元勲→元老が退場していった後に遺された,明治憲法の不備がその根本にあった。独裁とはまったく正反対の国家指導によって,日本は勝ち目のない戦争に突き進んでしまった。

  • 交渉をまとめるための
    ペーパー(書面)の上での戦争。
    国内で意見をまとめることだけでも難事。

    個人的な意訳。
    海軍は、「陸軍が中国から撤兵すればいいじゃん」として
    対米交渉を進め
    陸軍は、「いざとなったら対米戦争を海軍にやってもらえばいいじゃん」と。
    お互いに、「自分の利害のみ」で判断をしていた。

    海軍は対米戦争に自信が無かったが
    それは言いだせなかった。
    なぜなら、「対米戦争準備」を根拠に
    予算を確保してきたのであって
    それを認めてしまえば、存在意義を失うからだ。

  • [暗黙の尻込み]1941年12月8日を迎えるまでに幾度となく決定がなされ、大仰な名称を冠せられながらも幾度となく覆された戦争に関する数々の「国策」。その策定プロセスを眺めながら、当時の日本の中枢が「非(避)決定」の状態に陥っていた様子を紐解いていく作品です。著者は、日米戦、特に情報・インテリジェンス部門の研究を専門とされている森山優。


    セクショナリズム極まりない状況にもかかわらず、ボトムアップ型で国運を賭す決定を作り上げようとしていく過程に空恐ろしいものを感じるはず。また、複雑な政策決定のためのプロセスをくぐり抜けていくうちに、当初想定すらされなかった「国策」ができあがってしまう点にも、当時の政府の決定に方式に本質的な過ちがあったのではないかと思いました。曖昧な希望を加味してしまう様子など、公的機関のみならずビジネスの現場でもよく見られる光景かと思いますので、本書は単なる歴史解説にとどまらない実用性もあるかと。


    また、明治憲法下における制度的な政策決定のための仕組みがわかりやすく解説されている点も本書の良い点の1つ。特に当初、その仕組みが法的な制度の枠外にある「常識」で補完されていたという指摘には、当時の政治の動きを顧みる上で忘れてはならないことのように感じます。少し学術的で取っつきにくいところはあるかもしれませんが、あの戦争を知らない世代だからこそ書けるあの戦争に関する研究としてオススメできる作品です。

    〜政府の方針を文書で決定して、それに拘束力を持たせようという発想そのものが、明治憲法体制における政治的統合力衰退の象徴的表現なのである。そもそも元勲や元老に権威があれば、このような文書は必要とされない。統合力がない故に文章による政策決定が幾度も試みられ、まさに同じような理由で明確な方針を確定することができなかったのである。〜

    書かれた言葉のおそろしさを痛感させられました☆5つ

  •  本書は、日米戦争における日本の開戦過程を詳細に検証したものだが、本書のような緻密かつ大胆な検証は読んだことがないと、興奮する思いを持った。
     現在では「侵略戦争として断罪」されている昭和の戦争について、なぜ当時の日本はあのような無謀な戦争に踏み切ったのかと常々思っていたが、本書の「日本の政策決定システム」「昭和16年9月の選択」を読むと、当時のリーダーが単に無能だったのではなく、明治憲法にもともとあった政治システムの欠陥によるものであったことがよくわかる。
     本書で読んだ「効果的な戦争回避策を決定することができなかったため、最もましな選択肢を選んだところそれが日米戦争だった」ことには、ため息が出る思いがした。
     当時の日本が、政治のリーダーシップがないままに、流されるままに「日米開戦」という国家の重大な岐路に至ったとは驚きである。
     また、本書では「陸海軍」首脳の動きも詳細に追いかけている。日本は一気に日米開戦になだれ込んだわけではなく「結局、組織的利害を国家的利害に優先させ、国家的な立場から利害得失を計算することができない体制が、対米戦という危険な選択肢を浮上させた」という。
     これが「官僚組織の割拠性」というものなのか。陸軍は「中国からの撤兵」を断固拒否しているが、著者は「アメリカと戦って敗れれば、中国大陸の利権を失うというレベルでは済まない・・・最大の問題は、日米戦と中国からの撤兵を天秤にかけて判断する政治的主体が日本のどこにもなかったことである」と語っている。これは日本の政治システムが内包する欠陥だったのだろうか。
     しかし、この「日本が開戦に向かう政治過程」を読むと、現在の日本と重なるところも多い。
     「省益あって国益なし」「政治のリーダーシップの欠如」「官僚の力の増大」「決定ではなく非決定の構造」等々。みな現在の政治風景と重なる。ということはこの日本の政治システムの欠陥はいまだに是正されていないということなのだろうか。
     本書を読んで、日本は戦後60年以上たってもあまり変わっていないのではないのかとも考えてしまった。
     本書は、歴史の検証の面白さと凄さを知ることができる良書であると高く評価したい。

  • 開戦が決まっていく過程に焦点を当てる。

    国策と避決定の話がおもしろい。開戦を避けようとする動きと国策を纏めようとする動きが主なので、開戦しようという側の考え動きの話が見え辛い。これまでのコストに雁字搦めになっただけに見えてしまう。

  • いくらでも戦争を回避する機会と手段はあったはずなのだが、それがことごとく失われていく過程は、読んでいてかなり空しいものがある。
    陸軍参謀本部の好戦的雰囲気にも嫌気が差すが、終始煮え切らない態度を取り続けた海軍にも腹立たしさを感じる。
    詰まるところは、明治憲法下での国の政策決定のあり方が決定的であったということか。
    膨大な資料にあたって、精密に論を進めようとしたことはわかるが、もう少し焦点を絞って、筆者の考える「なぜ開戦に踏み切ったか」ということを論じた方がよかったのではないか。いささか論述に煩雑な感を禁じ得なかった。

  • 学校でここまで詳しく教わらなかったけれど、やはりここまで詳しく教わるべきだよな。資源のない日本は戦争できないということを。


     責任という言葉が大好きな割に、責任を取るのが大嫌いな日本人の反省のための本。

    _____
    p14 天皇が生き残ったのは
     東京裁判で戦争責任を一身に背負おうとした東条元首相の言い分と天皇を戦後の統治に利用できると認識したGHQの思惑の一致による。天皇が生き残ったのは結局、道具として残されたのである。

    p18 軍務大臣現役武官制
     これは軍が内閣に対して強い圧力を変えられる仕組みであった。当初は2・26事件の皇道派軍人を抑制するための仕組みだったが、米内光政内閣の時には陸軍が陸相を出さないという抵抗をして内閣を総辞職に追い込んだ。陸軍音顔色を窺わないと内閣を維持できないという形になってしまったのである。

    p20 陸軍は権力の中心にはならない
     あくまで陸軍は内閣に対して圧力をかけて政治を動かした。陸軍出身の総理大臣が出ても、求心力を発揮できなければ軍は見限って陸相の辞職をして抵抗した。
     政治の中心に立てば逆に自由が利かなくなることを知っていての態度だったのだろうか。

    p23 統帥事項の秘匿
     1940年11月から大本営政府連絡懇談会という首相、陸海外相、らで日本の外交方針が決められた。ここでの決定は閣議に提出されるが、その際には軍事作戦関係の情報を削除した文書が出される。統帥事項は閣議にも洩らせないというのである。こういった超法規的な決定がまかり通っていたのだ。

    p29 政党政治の腐敗
     1930年代の政党政治は腐敗していた。1927年の金融恐慌をはじめ不景気の日本で当時の二大政党の政友会と民政党は足の引っ張り合いをしていた。当時の政権交代も現代と同じく、新しい政治を求めてではなく、前政権の失政への反発で実現していた。それゆえ選挙で勝つにはより良い政権公約ではなく、ネガティヴキャンペーンに力を入れたほうが効果的だった。そういう状態で、当時の政党政治は足の引っ張り合いで思い切った政策はできず、後手後手の対処しかできていなかった。そんな政治に失望した国民の希望は、毅然とした質素倹約のイメージの軍を賛美し、対外進出への夢を膨らませた。

    p33 大角人事
     ロンドン海軍軍縮条約に際して海軍の運営方針が変わった。軍政系の権限よりも軍令系の権限の方が強くなることが決定された。諸外国との外交交渉による軍事活動よりも、軍事作戦立案・遂行のための軍事活動を優先するという変化である。頭脳で戦争するのではなく、腕っぷしで威嚇するということかな。
     これに際して軍縮条約に関係した者を左遷する人事が行われ、当時の海相だった大角岑生にちなんで大角人事という。この人事のおかげで、海軍の優秀な人材が中枢から姿を消した。その結果、軍の中心に残ったのは他人お顔を伺うのが巧いだけの骨抜き野郎だけになってしまった。ここらへんから死への歩調が早まってきている。

    p43 天皇の若気の至り
     張作霖爆殺事件が起きた当時の田中義一首相は天皇に事件の関係者を厳しく罰すると約したが、陸軍の妨害にあって実行できなかった。それに対して昭和天皇は田中首相を公然と叱責し、内閣を総辞職に追い込み、田中はその三か月後に失意のうちに死んだ。これを天皇が国会に踏み込みすぎた失敗として「若気の至り」と言っている。この後、天皇は内閣の上奏に対して反対意見を持っても裁可するようにしたと述べている。これは天皇制の原則に則っており、あまりに正しい。しかし、それゆえに日本の過ちを止められなかった。

    p47 戦争は不可避だから開戦した
     これが開戦決定秘話の核心である。開戦が最もましな選択肢だったというのが解せない。
    ... 続きを読む

  • 冷静な現実感覚を持つためにおすすめの二冊。

    歴史家が一般向けに書いた日米開戦の政策過程分析本である。開戦は日本全体としては不合理な決定であっても、陸軍と海軍の妥協としては合理的な決定だったという論調。現実はこうやって決まるのだ。消費税増税も日本全体から考えて不合理でも実行される可能性がある。日米開戦のように。

    何十万、何百万の死傷者がでようが自分たちの組織的利害が一番大切。これが政策担当者の本音。景気がどうなろうが財務省は知ったこっちゃない。覚悟しておいた方がいい。

    一般に、合理性は日本全体を考えてと思われがちだが、合理性の追求は個人、局、省などの利害に基づいて行われる。覚悟を決めて冷静に準備しておく必要がある。

  • 日本陸軍は満州以降のサンクコストを無視できず、高官は議論の過程で、3年目以降の見通しが不明なまま、日本の全面的敗北というシナリオを検討しなかったのが原因。最悪は想定すべし

  • 近現代史を専門にしている先生の著書だけあって、論考は精細かつマニアック。日米戦争直前、当時の政策担当者が、いかに決定を避け、責任から逃れ、希望的観測にすがっていたかが詳しく述べられている。太平洋戦争を、日本人論、日本的組織論から解釈した本は多いが、本書はより具体的。

    今の日本の状況(特に大企業など)を見ていると、当時の人を指さして笑えないよなぁと思う。当時の状況は今でも十分教訓になる。今の人は戦争というと耳をふさいで思考停止する場合が大半だが、少しは知っておいて損はないと思うのだけど。

  • 基本的な内容は「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」シリーズ(NHK出版)と同じであり、サブタイトルどおり、政策決定層の「両論併記」と「非決定」から戦争にずるずる入っていったとしている。
    陸軍中堅層が上を突き上げ(そしてかつて中堅層だった武藤章は軍務局長時代は不拡大と対米交渉推進に努力し下から突き上げられた)、北進論と南進論併記の「帝国国策要綱」に続き「帝国国策遂行方針」では外交努力継続と戦争の曖昧な両論併記。陸軍が中国からの撤兵を飲まず対米交渉が困難になると、「日米戦と中国からの撤兵を天秤にかけて判断する政治的主体が、日本のどこにもなかった」ため、近衛内閣もその「主体」になるよりも総辞職してしまった。そして海軍も東郷内閣も、長期的にどうなるかに思いが至らず、これ以上日本が不利にならないうちの開戦と短期決戦の誘惑に傾いていく。そして、ハル・ノートにより開戦反対派の異論はほぼ粉砕されてしまった。

  • 日米開戦という亡国となる重大な決定が、政治家、陸海軍、外務省をはじめとする官僚(陸海軍を指導した軍人たちも官僚といえるだろう)の組織利害を第一とする姿勢によって決められたことを描いたノンフィクション。玉虫色的な両論併記と非(避)決定という要素が現在の日本の組織にも通じる宿痾であることには、皮肉な笑いが漏れる。敗戦の前後を通じて、日本の組織は変わっていないことを証明する一冊ともいえるだろう。

  • 様々な要因が複雑に絡み合って開戦となったのであろうが、陸軍も海軍も「結局、組織的利害を国家的利害に優先させ、国家的な立場から利害得失を計算することができない体制が、対米戦という危険な選択肢を浮上させたのである。」このように指摘される政策決定の様は、現在の日本の官僚、政治家の間でも垣間見られるのではないだろうか。

  • 毎年8月に戦争関連の本を読むことにしているが、これは最近評判の書。
    戦後60年以上経ち、開戦当事者のメモや独白録がここ10年ほどで様々でていることを知った。かなり正確に分析できる時代になりつつあると思う。
    本書では開戦に至った経緯を当事者のメモを元に分析することで、現代の官僚組織論として読むこともできる。
    日本では大きな組織になるほど最終決定権者(=総責任者)がいなくなるため、互いの顔を立てて相互の決定的対立を避けるために、事務局が両論併記した玉虫色の素案をつくり、互いに都合のよい解釈をすることで対立を収める「非決定」を繰り返す。これが空気に流されて最悪の結果を招く。
    詳細にみてもいつ誰が開戦を決めたのかは不明で、「これでよく開戦の意思決定ができたものだと、逆の意味で感心せざるをえない」(p.212)。日中戦争の資源確保のためにアメリカに戦争を仕掛け、国の存亡を危うくする本末転倒の結果に至った。

    先の原発事故調の個人の責任を問わない玉虫色の報告書もしかり。最終決定者を明確にするためにも、日本においては、組織の責任者の責任を追求し、個々けじめをつけていくことが改めて必要だと感じた。

  • 大日本帝国憲法下の体制と、意思決定構造と責任の所在を明らかにしながら、局面ごとの意思決定の変遷を追ったもの。単純に軍部が暴走した、というものではなく、開戦回避の努力も重ねられていたことがわかり、自分の理解の幅は広がった。
    しかし、どちらとも取れる内容、実質的に何も決めていない内容を、議論の結果として時を過ごした結果、開戦せざるを得なくなったというのは稚拙な話。天皇論は憚れるが、当時の憲法では意思決定者でありながら、通例として発言せずに追認するだけだった、ということ自体がやはりおかしい。
    東条氏も陸軍大臣から首相になって、行動を変えたが、開戦に至ってしまった。近衛氏も、色々な策を弄しながらも、職を投げ出してしまった。自分がこの国をこうしたい、という強いリーダーシップがなかったことが、戦争につながった。海軍も陸軍も自責ではなかった。
    これは今の日本にも通じることだが、強いリーダー待望論を持っていてもしょうがないので、個々人が自責で考えていくべきことだろう。

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日本はなぜ開戦に踏み切ったか―「両論併記」と「非決定」 (新潮選書)の作品紹介

第三次近衛内閣から東条内閣まで、大日本帝国の対外軍事方針である「国策」をめぐり、陸海軍省、参謀本部、軍令部、外務省の首脳らは戦争と外交という二つの選択肢の間を揺れ動いた。それぞれに都合よい案を条文に併記しつつ決定を先送りして、結果的に対米英蘭戦を採択した意思決定過程をたどり、日本型政治システムの致命的欠陥を鋭く指摘する。

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