神を哲学した中世―ヨーロッパ精神の源流 (新潮選書)

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著者 : 八木雄二
  • 新潮社 (2012年10月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (299ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106037184

神を哲学した中世―ヨーロッパ精神の源流 (新潮選書)の感想・レビュー・書評

  • 中世の神学と哲学とについて初歩的な事柄から教えてくれる。
    三位一体、新プラトニズム、アリストテレス形而上学、普遍論争、神の存在証明など
    キリスト教独特の概念を、繰り返し別の言葉で説明してくれる。
    時として日本人の考え方との対比を出してくれたりもする。
    神への信仰が西洋の哲学的土壌を生み出したのだなと感じさせる。

    神学は存在そのものや眼前で起きる事象に対して、
    神にまつわるなんらかの理由付けを模索することに徹底しており、
    その理由付けの批判と発展によって近代哲学や近代科学を生み出した。
    また、個人主義は神と一個人との対峙の中で生まれる思想であったことを改めて知った。

  • [時去れど今なおの輝き]その分野が重要であろうことは頭で理解しつつも、多くの日本人にとってなかなか手が出ないヨーロッパ中世期の哲学。現在の考え方と中世のそれとはどのように異なるのか、そして中世の哲学は神と世界をどのように理解していたのかを探る一冊です。著者は、西欧中世哲学を専門とする一方、日本思想についても詳しい八木雄二。


    中世哲学の世界に入る前に、その世界に入るための頭作りをしっかりとしてくれるところが魅力的。現在の一般的な考え方からはおよそ理解できないであろう世界観を、懇切丁寧に比較や例示を用いて説明してくれています。「中世」と「哲学」という言葉が2つ並んだだけで(自分もそうなんですが)尻込みしてしまいがちになりますが、本書を手がかりにその奥深さを体験してみてはいかがでしょうか。


    哲学という主題を通して、中世の人々の生活、特に修道士のそれについての知見を得ることもできます。現在では想像もつかないほど大きな影響力を有していたという修道士の生き方を覗くことで、キリスト教(特にローマ・カトリック)の教義や「仕組み」を学ぶことができたのも有益でした。

    〜近代科学の運動の考察にも神学の寄与があったことを知るとき、人間には何らかの形で信仰が必要であることを認めざるを得ないのではないだろうか。この問いは、やはり今なお、哲学に突きつけられている。〜

    彼我の隔たりを否応無く感じました☆5つ

  • 一般書にしては、緻密な考証で、西洋中世の神学をどうアリストテレスと折り合いをつけるかが焦点です。具体的には、アンセルムス、トマス・アクィナス、ドゥンズ・スコトゥス、ヨハニス・オリヴィを扱っています。それぞれの論証の過程がとてもおもしろいです。でも、この著者はキリスト教徒ではないそうです。
    日本との比較の視座を入れるなら、どうして「わび」「さび」になるのか、わからないです。むしろ「空」の「実体」がないということとの比較の方がわかりやすいのに。

  • 構成がやや検討不足なのが残念、トピックは良い

  • 中世ヨーロッパの「神学」が具体的にどんなことを追究し、どんな文化がその根底にあったのかということを書いた本である。こういう雰囲気は中国古典の「経学」と似ているので分からないではないが、本書は中世神学の再評価を願っているので、記述にやや「相手をさげて自分を上げる」式のルサンチマン(怨念)を感じる。とはいえ、全体としては「神学」の具体的な姿を知るにはいい本だと思う。ただ、フリーハンドで書いていて注がないので、ほかの研究を検索するのは不便であり、思い切った断定もあるので疑問符もいくつかつくのではないかと思う。第一章は「中世」の時代と場所についてである。基本的に500年から1500年の1000年間がヨーロッパの「中世」で、地域的にはアルプス以北がその主要な場所である。キリスト教の修道士が、自然崇拝の土着民族の住む土地を「祈り」(=呪い)の力で開拓し、時間割にしたがった秩序ある生活を築いたこと、ギリシア・ローマの哲学遺産がアラビア経由で入ったこと、人間が神に似せられて作られたこと、光の形而上学などのキリスト教の基本的要素を確認している。第二章から第四章までが、「スコラ哲学の父」アンセルムス、トマス・アクィナス、ドゥンス・スコトゥスの神学をテキストから紹介している。アンセルムス(1033-1109)の部分は『プロスロギオン』(信仰以前)から「神の存在証明」を解説している。要するに「神は完全であり、存在しないものより存在するものの方が完全だから、神は存在する」という理屈である。アンセルムスはアリストテレスの全貌を知らなかった世代で、新プラトン主義からこの証明を行っているそうである。トマス・アクィナス(1225-1274)の部分は『神学大全』から社会問題の部分を解説している。守護天使・魔女・不法行為に対する原状回復の思想、神の二重性(自然の秩序にみられる神は一つだが、各人の理性には神は「異なる顔」をみせ、この神の恩寵によって自由が可能になる)などの点を指摘している。トマスは「主知主義」の神学者で、理性が自由の根拠で意志が自由の働く場であるとする。スコトゥス(1265-1308)の部分では、主に経済理論を紹介している。スコトゥスは神の摂理よりも、神の自由を強調する「主意主義」である。神は自然の必然を自由につかうことができ、神は完全に自由なので過去についても改変可能で、たとえ悲惨のうちに人生を終えた人も、神に背かなければ天国ではその人の人生は幸福に改変されうるそうだ。この点は神の摂理を強調するトマスとは異なる。私生児の相続問題(不義密通の子が自分のものでない財産を占有しているとき、その母はどうすべきかという問題、基本的に暴露しても誰も幸せにならないから聖職者になるか、貧者に施せという解答)、商業の価値(商業は国家にとって有益、商人は自分の配慮と危険の対価を利益という形で得てよい。ただし、転売による値のつり上げは取引を妨害しているから不正)、利子論(種籾の例えから利子は正当だが、良識の範囲で決めるべき、時間は神のものなので時間そのものを売るのはウスラ、不正利益である)などである。第五章は「中世神学のベールを剝ぐ」という題名で、内容が多岐にわたり理解しにくい。普遍論争、法則と普遍、神の存在証明、「理性の情」(理性は推論能力、感情はpassioだから受動のこと、純粋理性の存在である天使や悪魔にも喜怒哀楽がある)、ペルソナ(三位一体・自己)、天使の堕落論(天使は傲慢によって悪魔になった。神のようになろうとすることは正当だが、自分だけの力に頼って神のごとくあろうとするのは傲慢、修道僧の欝の問題や学者の驕りと関係がある)などを論じている。第六章は修道院の概説、聖書の『詩編』から「信仰」がどのようなものかを書いている。最終章はフランシスコ会聖霊派の指導者ヨハニス・オリヴィ(1... 続きを読む

  • スコラ哲学の精神をざっくり知るのに良い。例えば完了形という時制は「神にとって、全てはすでに完了している」という神の計画の概念とつながっているなど。

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神を哲学した中世―ヨーロッパ精神の源流 (新潮選書)の作品紹介

中世において「哲学」は「神学」の形をとった。キリスト教信仰と古代ギリシア哲学の出会いによって「神についての学問」が生まれ、ヨーロッパ精神が形作られていった。神の存在、天使の堕落、人間の富や色欲を当時のヨーロッパ人はどう考え、語ろうとしたのか?中世神学から「信仰」のベールを剥ぎ、その実像に迫る。

神を哲学した中世―ヨーロッパ精神の源流 (新潮選書)はこんな本です

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