明治神宮―「伝統」を創った大プロジェクト (新潮選書)

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著者 : 今泉宜子
  • 新潮社 (2013年2月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (351ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106037238

明治神宮―「伝統」を創った大プロジェクト (新潮選書)の感想・レビュー・書評

  • 小雨降り白き沙漠にあるごとし巴里の空も諒闇に泣く
      与謝野晶子

     与謝野晶子が滞在先のフランスで歌った「諒闇【りょうあん】」とは、明治天皇の訃報のことである。日本からパリ到着に2週間もかかる時世であった。
     明治天皇の亡きがらは、遺志により京都の伏見桃山陵に埋葬。他方、東京では、明治天皇を奉祀する神社造営を望む声が沸き起こっていた。
     さっそく、渋沢栄一と、娘婿で東京市長阪谷芳郎らが中心となり、民間団体「明治神宮奉賛会」を設立。明治神宮造営という一大プロジェクトが動き始めた。
     神宮内苑は国費で、外苑は献費でまかなうこととし、鎮守の森をなす樹木についても献木を募った。全国の青年団の若者が労力奉仕し、「基金」という西欧の概念を取り入れたことも新しい試みだった。
     時は経ち、大正9年(1920年)秋に神宮創建。造園、建築などに携わったメンバーは、多くが留学経験者だった。いわゆる「日本の伝統」が明治期になって創られたことは、すでに指摘されている。伝統や国史は、対外的にも必要だったからだ。ただし、そこに多くのせめぎあいがあったことを、今泉宜子の新著は伝えている。
     とりわけ興味深いのは、神宮外苑にある聖徳記念絵画館の壁画80点についての記述。明治史を可視化させたそれらの画は、全公開までに20年以上もの歳月を要した。国史編纂者と画家たちとの対立、さらに、スポンサーである絵画奉納者の意向なども複雑にからみ合っていたという。そのような史実の上に、今、私たちはいるのだ。

    (2013年5月26日掲載)

  • 明治神宮が「新しい神社」だということは、ちょっと調べればすぐわかることだが、本書の特徴は、そこで「創られた伝統」論へ行かず、「今に向き合うことで未来のための拠り所を築こうとする営為」(p.316)として神社造営をとらえようとすることだ。そこには、かつての天皇制研究が取り組んだ権力や支配の問題や、「創られた伝統」的な研究が指摘した「伝統の作為性を暴く」という問題意識もあまり感じられない。著者の立場もあるのだろうが(明治神宮国際神道文化研究所主任研究員)、明治神宮の魅力を伝えるということが第一にあるようだ。

    しかし学術書としての体裁はとっており、ここで「学術書の体裁を取りながら、支配や権力の問題を抜きにして、神宮の魅力という美点だけを伝えようとするのは良くない」とするか、「安直な神宮賛美論ではなく、学術的手続きを経たうえで、その魅力を伝えようとする態度は誠実だ」とするかは意見が分かれそうだなと思った。僕自身、前者の懸念がないではないが、地道な明治神宮研究としての価値は高いようにも思え、これはこれとして意味があると思っている。

  • 明治神宮の造営をひとつのプロジェクトとして見たとき、大正時代から昭和の初めにかけてこのプロジェクトに関わった人々の多様さと、未来へ残る「伝統」を創ろうという情熱の強さには、圧倒される。

    民間の発意で資金を集め、国や東京市を巻き込んでこの事業をプロデュースした渋沢栄一をはじめとする当時の企業家や、神宮づくりをある種の社会運動のように盛り上げた青年団の働きは、当時の日本の民間の活力を感じさせる。

    また、森林づくりや都市計画に関わった専門家達は、それぞれが海外で得てきた知見を存分に生かしながら、ただそのコピーを作るのではなく、日本で、東京のこの敷地で、明治神宮という「伝統」を創るためにはいかにあるべきなのかということを徹底的に考え、安易な結論に飛びつくことなく計画を練り上げている。

    神社の鎮守の森と言えば針葉樹林という連想ではなく、「森厳な神社林」はその地に根付くべき樹種で構成されていなければならず、そうすることで長きにわたり保たれるという哲学に基づき、300年にわたる森の遷移の設計図を描いた本多静六ら、日本の造林学の草分け達のこの計画に対する真摯な向き合い方には、心を打たれた。

    また、明治神宮外苑の計画が、さまざまな主体の錯綜する計画経緯や、震災復興という社会状況の変化を受けて、明治天皇の「記念」の場から、「表参道から神宮外苑」という東京におけるモニュメンタルな複合市街地の形成へとつながっていった過程は、都市をつくることの奥深さと複雑さをまざまざと感じさせてくれる。その中でも、「自由空地」や「ゾーニング」といった概念を海外で学び、その実現のために巧みに動いた折下吉延などのプランナーがいたことが、この複雑なプロセスが最終的に今に残る都市資産を生み出すことができた要因だったのではないかと感じる。

    過去にこれほどの広がりを持ったプロジェクトがあったということを教えてくれた、素晴らしい本だと思う。

  • 行ってみたくなった。東京の人はこの地理感覚があるんだろうけど。ドキュメンタリー番組とかだったらもっと分かり易いかな。理詰めで神社を創るというのもすごく面白かった。

  • “作られた伝統”である明治神宮についての歴史調査記録。明治神宮は明治天皇を祀っていることはさすが知ってはいたけど、御陵は京都にあること、更地から植林して作ったこと、外苑・内苑に加え表参道・裏参道も含めた造営計画だったことなどなど、恥ずかしいことに何も知らなかった。
    第1章は渋沢栄一や当時の東京市長阪谷芳郎がどのように組織を立ち上げ運営していったかの記録。第2・3章では、林学・工学・農学という切り口で、それぞれの中心人物を紹介しながら、明治神宮がどのように創り上げられたか、という歴史をたどっていく。第4章では、当時外苑の中心で象徴だった聖徳記念絵画館と、そこに収める絵画にまつわる対立・葛藤をたどる。
    造営には、日本の青年団の基礎を作った田澤義輔、日本の造園学の先駆けとなった本郷高徳、日本の建築学に耐震理論を持ち込んだ佐野利器などなど、数々の、日本の基礎を築いた人物が関わっており、当時の知の結晶だったことが伺える。

  • 「明治神宮」ー 伝統の上に近代知も取り入れた全く新たな神社の誕生。
    そこに故郷山形のエンジニアが活躍。初めて聞いた技術者の名前ですが、明治神宮以外でも功績がすごく、技術者として誇りに思った1冊でした。

    ・山形のエンジニア三傑ー伊東忠太・佐野利器・折下吉延
    「建築」の伊東、「構造」の佐野、「公園」の折下。彼らが手がけたのはいわゆる「建物」ばかりではない。内苑・外苑の設計、境内・境外道路の計画、そして記念建造物のデザイン等、その活躍の範囲は多岐にわたっている。

    ・エキスパートたちの東北魂
     戦前、土木・建築・造園等、日本の都市インフラを築いてきた技術者には東北人が多い。明治維新以降、薩長土肥出身者には政界や軍隊で栄達の道が開かれたのに対して、幕末に奥羽越列藩同盟を組み、朝敵となった東北出身者の立身出世とは専門性を身につけた技術官僚として能力を発揮することだったのではないか。

  • 【蔵書案内・坂東市関連】坂東市(旧沓掛村)出身の洋画家、二世五姓田芳柳が17ページにもわたって記載されています。芳柳の幼少期から歴史画にとりくむまでなど、坂東市の方にはその部分だけでもせめて読んでもらえたらとも思います。ちなみに著者は坂東市に赴き、芳柳の親族やさしま郷土館ミューズ館長にインタビューを行っています。ミューズ提供の芳柳の写真も掲載されています。    と、坂東市関連のことばかりレビューしてしまいましたが、この本は明治神宮をつくったさまざまな人々を緻密に調査し、明治神宮への愛着を込めて綴ったように感じます。著者からの視点は新鮮でした。

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明治神宮―「伝統」を創った大プロジェクト (新潮選書)の作品紹介

七〇万m2にも及ぶ鎮守の森。「代々木の杜」とも称される明治神宮は鎮座から九十数年を数える。しかしその歴史は、全国で八万社を超える神社の伝統から見ればむしろ新しい。「近代日本を象徴する明治天皇の神社」とはいかにあるべきか-西洋的近代知と伝統のせめぎあいの中、独自の答えを見出そうと悩み迷いぬいた果ての、造営者たち12人の挑戦。

明治神宮―「伝統」を創った大プロジェクト (新潮選書)はこんな本です

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