暴力的風景論 (新潮選書)

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著者 : 武田徹
  • 新潮社 (2014年5月23日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (223ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106037498

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暴力的風景論 (新潮選書)の感想・レビュー・書評

  • 武田徹節ともいえるハイブリッド的な方法で描かれたノンフィクション+評論。沖縄、ノルウェイの森、田中角栄、宮崎勤などが取り上げられる。膨大な数の参考文献を引用し、風景を読み解いているが、もう少し見たままの描写が多い方がよかった。評論的な部分は、それぞれのテーマで書かれた本があるだけに既視感があった。一冊をまとめるような加筆修正をもう少ししてもよかったような気がした。

  • この『暴力的風景論』は「風景的暴力」もしくは「暴力としての風景」とパーツを組み替えて読むことも可能な(?)タイトルの本書であるが、この「風景」とはなんぞや?の回答は、序章でジンメルを介して定義された、目の前に繰り広げられる事象を上位レイヤーで総合する「気分」であり「内面」てあり「世界観」であり「物語」である。

    これら「気分・内面・世界観・物語」がいかに「権力」=「暴力」であるかを説く所謂「物語批判」の体裁を持ちながら、逆にこの「風景」という枠組を最後まで手放さなかったことで、「気分・内面・世界観・物語」というターム(手垢まみれの)だけでは語り切れない別種の即物的な「事実」を語りえているようにも思える。

    勝手な個人的に印象で解釈すると、所謂「精神分析」が夢や記憶からの「心象風景分析」であるとすれば、この「心象風景」から私的な「心象」を分離して実際の「風景」の分析に焦点を当てたのが本論であるかのような。患者の私的な「物語」を分析家の公的な「物語」で翻訳しなおす「心理学」とは違う手続きであるからこそ「風景=物語」へ総合されるスープラ手前、プレ「風景」として物理的に露呈されているインフラへの徹底した凝視があるような。


    結果、現実に起きた戦後事件史の犯罪者から戦後政経の屋台骨を担った政治家財界人の個人史を辿りながらも、安易なファミリーロマンスに陥らない=素朴環境決定論の罠にも嵌らない、「彼らが観ていたところ」の「風景」論が展開され、そしてそのままそれが「理路整然」と「暴力」へと行き当たる。

    その「暴力」は「間違っている」のだが、発射位置と発射角度さえ見定めれば(=「風景」)その弾は放物線を描いて「暴力」に着弾せざる得なかったことを証明するかのような。

    また複数章を跨いだ「村上春樹論」としても読める本書であるが、上記意味で「村上春樹の物語論批判」でもあり、「やれやれ」退場後、村上春樹作品に氾濫した暴力に対してインセストタブーへの無力とは違う視座(歴史―社会的と言ってしまっていい)を与えている。

    村上春樹の物語論はつまるところ「物語をもって物語を制す」というワクチン療法(それはある意味心理学的な手続きでもあるが)であるが、だからこそ薬物が本来的に持ってしまう毒性には無防備であり、すなわち「悪い物語」に相対する「良い物語」の暴力性に無自覚(ベンヤミン流に言えば「法」であるところの「神話的暴力」の肯定)である。

    そこに「別の風景」の共存しえる「重層性がない」と著者は語る。

    乱立する「神話的暴力」間の対話の可能性を探るために、「物語」には「物語」、「風景」には「風景」をあてがう「村上ワクチン」の免疫療法ではなく、そもそもの毒を無効化させるような手続きがあるのかどうか(さきのベンヤミンの補助線であえて言えば「神話的暴力」を粉砕する「神的暴力」の可能性がありえるのか)?

    もしくは毒を孕みながらの対処療法的なブラグマティックな態度、いちいちの対話の可能性を探り、いちいちの理解の可能性を探る手続き。

    おそらくその難しい可能性への回答を本書で試みようとしているのではないかと思う。少なくとも著者は「別の風景」を理解できないものとして否定もしなければ、「崩れさるだろう」と予言もしない。それが3.11後の分断しモザイク化した日本の「風景」への著者の解なのだろうと思う。

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暴力的風景論 (新潮選書)の作品紹介

風景とは、かくも危険なものである――。見る人の気分や世界観によって映り方が変わる風景は、“虚構”を生み、時に“暴力”の源泉となって現実に襲いかかる――。沖縄の米軍基地、連合赤軍と軽井沢、村上春樹の物語、オウムと富士山……戦後日本を震撼させた事件の現場を訪ね、風景に隠された凶悪な“力”の正体に迫る。ジャーナリズムの新しい可能性を模索する力作評論。

暴力的風景論 (新潮選書)はこんな本です

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