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みんなの感想・レビュー・書評
日本人初の「世界一周」が、図らずもこんな形で達成されていたとは。あまり知られていないのが不思議。1793年石巻から江戸へ輸送する米を積んだ「若宮丸」が悪天候のため漂流、アリューシャン列島の小島に漂着し、ロシア本国、バルト海、大西洋、ホーン岬、太平洋を経て長崎へ到着、帰郷。13年間の乗組員の想像を絶する艱難辛苦の史実。
「漂流」や「大黒屋光太夫」など漂流をテーマにした小説で知られる著者が幕末の漂流の中でも比較的知られていない1793年の若宮丸乗組員の漂流から日本への帰還までをとりあげる。
天候不良による遭難とロシア領内への漂着、ペテルブルグを経て南米大陸南端をまわって長崎までの帰還という日本人初の「世界一周の旅」は興味深い。小説作中では事実描写に徹し滅多に持論を語ることのなかった著者が「(江戸期の漂流記録は)日本独自の海洋文学である」と熱く語るのも強い印象を残す。
[ 内容 ] 日本には海洋文学が存在しないと言われるが、それは違っている。 例えば―寛政五(一七九三)年、遭難しロシア領に漂着した若宮丸の場合。 辛苦の十年の後、津太夫ら四人の水主はロシア船に乗って、日本人初の世界一周の果て故国に帰還。 その四人から聴取した記録が『環海異聞』である。 こうした漂流記こそが日本独自の海洋文学であり魅力的なドラマの宝庫なのだ。 [ 目次 ] 第1章 ... 続きを読む »
漂流記と言っても外国文学のそれではなく、江戸時代に意図せず難破し漂流して艱難辛苦を乗り越えて日本に帰国してきた人たちからの聞き取りの記録についての本。
石巻(宮城県)から出航して遭難した若宮丸の帰還者たちの記録「環海異聞」中心に記載している。同じ船で遭難して、シベリアに到着後も、語学習得力の差から仲間割れが起こったり、ロシア永住を決意したり、必ずしも同じ船の乗組員が一枚岩ではなかったことがわかる。
現地に残った人のその後などは現在は判明しているのだろうか・・。空想のふくらむ本。
『十五少年漂流記』とかあるし、漂流記かあ、ロマンティックだなあと勝手に思っていた。よく考えればそんなことはないのだ。「漂流記」とは、漂流を経て帰還した者の叙述を当代の学者が記録したもので、著者はこれを日本独自の海洋文学と位置付ける。第1章で、なぜ漂流が頻発したのか、その恐ろしさが解説される。第2章以降は、日本人として初めて世界一周することになった若宮丸の水主の漂流の過程を、大槻玄沢による『環海異聞』などに基づいて追う。新書ですが、吉村さんは小説も大体こんな感じだと思うので、まあ小説でもあるかもしれません。
吉村昭氏の著作のバックボーンとなった資料の出自に関する書。「漂流」と合わせ読む事お薦め。






