死ぬための教養 (新潮新書)

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著者 : 嵐山光三郎
  • 新潮社 (2003年4月10日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (188ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106100048

死ぬための教養 (新潮新書)の感想・レビュー・書評

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  • 2017.10.5 62
    いろんな本を知られた。

  • まあ普通に面白いのだが、竹内久美子を絶賛するのはどうなんだ。

  • 講談社エッセイ賞の受賞歴もある作家・エッセイストである嵐山光三郎(1942年~)が、自らの5度にも及ぶ死にかけた体験に触れながら、平素から「死」について考えるために、参考になる書籍を紹介したもの。
    紹介されているのは、キューブラー・ロス『死ぬ瞬間~死とその過程について』、『夜と霧』の著者・ヴィクトール・フランクルの『死と愛』、坂口安吾『堕落論』、深沢七郎『楢山節考』などの古典的な作品に加え、養老孟司『唯脳論』、松井孝典『地球・宇宙・そして人間』、山崎章郎『僕のホスピス1200日~自分らしく生きるということ』や、冒険ノンフィクションのスティーヴン・キャラハン『大西洋漂流76日間』、松田宏也『ミニヤコンカ奇跡の生還』など、幅広いジャンルからの計46冊。(既に絶版となっているものも少なくない)
    著者の死生観が語られたものというより、手軽なブックガイド的読み物として楽しめる。
    (2006年2月了)

  • タイトルにつられて購入……本書は、嵐山氏の「死」にまつわる自叙伝であり、「死」にまつわる書評である。
    なので読み進めていってもいまいちピンとこない部分が存在するのは、致し方ないことだろう、と考えたのだが本書の中の嵐山氏の言葉がすべてを物語っていたように思う。
    「人は、不慮の事故や、急病などによって病院に入って自分が死ぬかどうかというぎりぎりのところに身を置かないと、生と死ということについてなかなか考える時間がない。」
    当たり前と言われれば当たり前なのだが、われわれはつい「死」というものに想いを馳せてしまう。興味を持ってしまう。
    しかしながら、「死」というものは、じっさいその淵に立たないと理解しうるものではないということが一貫して綴られていたように思う。

    さすれば、氏のいう「死ぬための教養」にははたして意味があるのだろうか……?ということで、☆3。

  • あとがきで著者が述べているが「いまの時代に求められるのは、自分が死んでいく覚悟と認識である。(中略)いかにして悠々と死んでいくことが出来るか。いかにして安心し自分の死を受容することが出来るか。自分を救済しうるのは、使いふるした神様や仏様ではなく、自分自身の教養のみである。」という本書の主題には強く共感した。来世への期待によって死から視点をそらすのではなく、死を直視すべきということだろう。著者の言う「死ぬための教養」とは自分なりの「死に対する教養」のことであって、死を知ることはできないまでも、自分なりの死に対する整理をもつことが重要と再認識した次第。

  • 入院中、死を考えて読書した記録。
    特に感銘を受けることもなく

  • これも結構流し読みかな。死については自分もよく考えるから、ここに挙げられているような書物のうち、いくつかは気になったりもしましたけど。

  • ラ・ロシュフーコー 太陽と死は直視できない
    深沢七郎
    山田風太郎 人間臨終図巻
    やさしい遺言のはなし 法学書院

  • 何回読んだだろうか、この本。

  • 正確には、作家・嵐山光三郎氏と宗教社会学者・大村英昭氏の共著『上手な逝き方』の感想です。
    先日、この新書が著作権、著作者人格権を侵害し、絶版、回収が決定したというニュースを知り、今後もう読めなくなるかもしれないと思って読んでみました。
    すでにブクログからも情報は消えていたため、同著者による類似書と思われるこちらのページに載せました。

    タイトルから、もの静かなトーンの内容かと思いきや、のっけから「千の風になって」批判で始まったことが意外で驚きました。
    対談者はどちらも結構ざっくばらんに、思ったことをポンポン話していっています。

    作家と僧侶の対談。浄土真宗の僧侶なので、また宗派に寄った独特の慣習もあるようですが、通常は『おくりびと』のように顔に死に化粧を施さないという話に驚きました。
    あれは、エンバーミングとしてはやりすぎのようです。

    確かに、仏様になって旅立つという意味を考えれば、むしろ洗い清めてまっさらの状態で送り出すほうがよいような気もしますが、常に穏やかな死に顔というわけではないでしょうから、やはり死に化粧は遺族にとって大切なのではないかと考えながら読んでいきました。

    戒名とは、亡くなると坊主にしてあの世へ送るという意味だと初めて知りました。

    また、人形のこけしは子消しだと聞いて、ぞっとしました。
    間引きされ、消された子の供養だそうで、そんな風に考えたことがなかったので、なかなか衝撃的でした。
    だから貧しい風土だった東北地域で生み出されたのでしょうか。

    日本人は、骨に非常にこだわる民族だという話も出ていました。
    海外の埋葬についてわからないため、比較論としてそういうものかと思います。
    アメリカの焼却施設は、とても強力で、美しい骨として残らず、粉末になってしまうのだそうな。
    日本の施設は絶妙な焼き加減だと評価しており、その着眼点がユニークでした。

    死に関連して、自殺の話も採り上げられました。
    近代文学者の三大自殺は、芥川、太宰、三島とのこと。
    "芥川は「文学」をアリバイにし、太宰は「女」をアリバイにし、三島は「思想」をアリバイにした。"という文章には、なるほどと思いました。
    ただ、それに続く"川端の自殺は日本人に向けた呪詛"という言葉の意味は、よくわかりませんでした。
    これを知るには日本文学の素養が必要のようです。

    瀬戸内寂聴が「自殺すると著書が売れるから、自殺しようかな」と言ったというエピソードはなんだか笑えました。

    死についての観念的な定義や捉え方に関しては、よく目にしますが、この本ではむしろ遺体の埋葬法について語られており、知っているようで知らない話が次々に語られていきました。
    昔は、年越しの借金は許されなかったため、誰もが年末にはツケを返し切ったものですが、今では借金をそっくり子供に残すようになってしまった点など、なかなか生きにくい社会になっているものだと思ったりもしました。

    残念な結果となった本ですが、内容はなかなか興味深いものでした。

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