死の壁 (新潮新書)

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著者 : 養老孟司
  • 新潮社 (2004年4月16日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (190ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106100611

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死の壁 (新潮新書)の感想・レビュー・書評

  • <年末読みかけ一掃運動>

    「バカの壁」に続き2冊目の養老本。正直「バカの壁」の方が面白かったかも。

    養老さんは「暴論」と言うけど、相変わらずの「極論」っぷりだと私は思いました。話が飛んでおさまったと思うと、また出てきて…少し読みにくかったです。

    養老さんがしゃべったことを編集者が本にしたと、あとがきに書かれていたけど、話が整理されていなくて前後するのは仕方がないことなんだと思いました。もっとテーマを絞り込んで深く掘り下げたら面白いはずなんだけど…。幅広く浅すぎて残念。

    けど当たらずといえども遠からず感覚で、読むと面白いところがまた不思議。次は「自分の壁」を読みます。

  • 読んでいて印象に残ったのは
    分からないのが面白い。正解がないという事に気づくことが重要であるとしている。
    近代化すると
    人間は戸籍を持ちずっと一緒であると考えるようになる。
    そこは中世の意識とは違う。
    中世は人間は移り変わるものと考えられていた。

    死体の人称についての考察は面白いと感じた。
    日々ニュースでよく聞く死は
    三人称の死でどこか他人事のようである。
    しかし身内の死は二人称の死である。
    この死は私の中でひいおばあさんの死でしか経験はない。
    しかし小さい時のことだったのでそこまで実感はないかもしれない。
    安楽死は被害者、遺族の感情中心になりがちで加害者の事を意識した内容になっていてハッとする場面もあった。
    明文化すること、意識化することそれ自体が人間のためである進歩であると考える。
    しかし、そこには一体どの程度まで意識化することが人間のためになるのかという観点が抜けている。
    そこが分からないこともあっていい。
    正解がない事に気づくべきという
    著者の考えに繋がるのかなと感じた。

  • 哲学に興味を持った時、図書館で見つけた。
    「バカの壁」より先に読んだ。
    死を失う事だけだと思っていたが、
    観点が3つぐらい増えた。

  • 普段は考えない、生死の境目。
    変わらないと思っていたものが常に変化しているなど、固定観念にとらわれてはいけないと、つくづく考えさせられた。

  • 自分の中ではイマイチ

  • 殺人、葬式、自殺、死体、戦争、死刑、脳死。。世の中の死に関する昨今の問題を読み解き、そこから生きる知恵を見いだす本。
    バカの壁の続編にあたるような位置づけで、確かにここでも脳化された社会が死の様々な問題を引き起こしていることが分かる。

    とりあえずごちゃごちゃ考えるより、身体を動かそうという筆者の意見は、強引のようだけど今の閉塞感のある日本では本質を突いていると思う。

  • 寝る前のフォトリーディング&起床後の高速リーディング。

    「バカの壁」同様、著者の話を編集者がまとめたとのこと。同日読んだ「モチベーション3.0」と比べると速読には向かない本だと感じた。論文的な書き方は楽であるが、本書のようにエッセイ的なものは速読には向かないようだ。

    死を追いやる日本の状況を色々例を出して述べている。水洗便所がウンコを見ないようにしてしまったのと同じように、火葬が死を考えないようにしてしまっているというのは興味深い話。このような話がちりばめられていて面白かった。

    星は三つ。

  • 「バカの壁」のおまけみたいな内容です。生死の境目とは、脳死や安楽死をテーマに養老先生の考え方が述べられています。

    最近、トイレで生んだ赤ちゃんを窓から投げ捨てる事件があり、母親が逮捕されていましたが、これが中絶手術であったならば逮捕されることもなかった。

    (法律を調べてみると母体保護法14条で規定されていますが、境目は割りとぼんやりしたもののように感じました)

    本の中でも、共同体のルール、暗黙の了解という言葉が幾度となく出てきましたが、そういったものが現代社会でも普通に存在し、議論の対象になっていることを改めて認識でき、自分の考えをまとめてみようと思える良いきっかけになりました。

  • バカの壁で主張として述べられていたことの延長戦。
    エリート教育の下り、エリートが背負うことになる責任、それを教えなければならないという点はなるほど確かに、と感じた。

  • 養老孟司。ダイナミックだがむらがある。

    解剖学者の著者は、死という抽象的なものではなく、死体という具体的なものをずっと対象にしていたわけで、死や死体が覆い隠されている時代の中で、限りなく死や死体に近い場所に位置していた。なかなか面白い視座だと思う。

    人間には、厳密な意味で「死」がないわけです。
    生きている間に経験できる死はすべて他人の死です。自分の死を経験できるとき、自分は既に死んでいる訳だから、経験そのものができない。
    人間は、永久に「自分の死」を経験できないわけですね。
    これはレトリックなんかではなく、きわめて本質的な問題だと思います。

    だからこそ、他人の死に触れることで、死を、そして生きることを考えることができる。ウンコや死体のように、臭いものに蓋ばかりの世の中では、死の経験はいつまで経ってもできやしない。

    共同体におけるメンバーズクラブのルールがその社会の死生観にも影響を及ぼす。
    深沢七郎の引用。
    エリートの定義など、なかなか刺激的に読むことが出来た。

    読み物として、なんか片手間感が満載で、そういうスリリングのなさに、★3つです。
    でも、死の免疫のない現代人には有為な一冊かもしれない。

  • 「バカの壁」ほどの衝撃はなかったけど・・・読みやすい。

  • 内容はどうでもいい豆知識や雑学レベルの内容で一つ一つの主張が浅薄。例えば「何故人を殺してはいけないのか」の答えが、殺すのは簡単だけと再生するのが不可能だからだと著者は述べる。だがそれを直接「殺してはいけない理由」に結びつけるのは短絡的すぎるし無理やりのこじつけでしかないだろう。まぁそんな浅薄な主張を真面目に述べているくだらない本。この本を面白いと思うのは、普段から死について考えない人間か余程のバカだろう

  • http://teppamon.seesaa.net/article/419012261.html

    人生において正解はないが、ただ一つ確実なことは「死ぬこと」

    人を殺してはいけない理由
    殺すことは簡単。作ることは不可能。
    →取り返しがつかないから

    人間は変化するもの。情報は変わらないもの。(e.g.テープレコーダー)
    →現代は逆にとらえている

    生きながら自らを死者と規定する人間(e.g. 宅間守)
    →法律や世間の常識が通用しない

    生とは?
    →同じ状態を保っているが、構成要素はたえず入れ替わっている

    死体には3種類。
    一人称の死体「ない死体」
    自分の死体は観察の主体が無いためありえない
    二人称の死体「死体でない死体」
    親しい人の死体は死体に見えない。悲しみなどの感情を伴って見つめる死。
    三人称の死体「死体である死体」
    アカの他人の死体。

    死体は人間じゃない。仲間じゃない。(e.g.清めの塩、戒名)

    この世はメンバーズクラブ。死=退会。入会時に間引き

    死について共同体のルール。
    中国は死んでも別人にならない→靖国問題

    原理主義=一元論
    →絶対の真実があると思いこみ、絶対の正義を振りかざす。
    自分が絶対だと思っていても、それとは別の考え方もあるだろうくらいの留保を持ったほうがよい。

    反権力を声高に言っている者
    →自分に権力をよこせと言っているにすぎない。

    安楽死について
    死にたいって言うんなら死なせてやれば良いという意見は、死なせる側の医師の立場を考えていない。

    自分が死んだらどうなるかなんて口はどこにあるのかみたいなこと。→一人称の死の答えは見つかりっこない
    それよりも周囲の死について考えた方が良い。

    何かに本気になって集中しているときは、生きがいなんて何かなんて考えない。
    悩むのも才能のうち。悩めない人間もいる。

    自殺がいけない理由
    ①殺人の一種→取り返しがきかない。
    ②二人称の死→周囲の人に影響を与えてしまう

    人生のあらゆる行為は取り返しがつかない。
    毎日が取り返しのつかない日である。
    →死ほど歴然と示しているものはない。

  • 人間は死と向かい合うのを拒む。 それは、一種の現実逃避だ。 しかし、止む得ない事情も存在する。 それはこの世界での栄光や財産を向こう側に持っていけないからである。

  • 口と死が似ているって。本当だと思う。猫好きは深いと思う。

  • 普段は避けている死という問題に対して、新たな視点を持つことができると共に、自分の死よがりにならない Memento Mori の精神を養うことが出来る。

    人は100%死ぬのだから、恐れでいても仕方がない。それよりも、一回性を楽しむことと同時に、周囲の死と向き合い、生きていく課題を見つけることが優先されるべきである。

  • 『バカの壁』を買った時期に購入したと記憶。バカの壁に続けて本日読了。

    死の恐怖というのは、物心ついてから私の場合何度も悩まされてきました。久しぶりにこの本を読んで、すっと、落ち着きどころに落ち着いた感じがあります。
    人の死、生き物の死というものは、取り返しの付かないものである。だから、みだりに殺してはならない。
    著者による何故人を殺してはいけないかの説明です。非常に分かりやすい。なんて分かりやすいんだろう。いや、むしろ、多くの人と接し、それぞれの人生の営みを見ながら、私の抱えていた疑問というものをよりはっきりさせてくれたようにも思いました。それは次のような問です。

    一度きりの、取り返しの付かない生が、私の人生であり、他の人もそうであるはずだ。一刻一秒すら、プレイバックは不可能なまま逃れさって、否応なしに死に向かう。ならば、何故そんな取り返しの付かない人生を大事に生きれないのか。むしろ湯水のように時間を投げ捨て、誰がやっても同じような仕事に自分の貴重な生を埋没させるのか。

    この問が、物心ついた頃からありました。ただ、どう考えればよいかが分かりませんでした。今まで読んだ中ではセネカ『人生の短さについて』がこの問を考える中で非常に参考になりました。『死の壁』もなかなか分かりやすい書き口で、こういう問を考える上で参考になると思いました。「取り返しが付かない」というキーワードは私も大事にします。

    「覆水盆に返らず」という故事もあります。社会的事情(例えば卒業)による友人との別離や離婚等の人同士の別れも起きたらどうしようも出来ない面が大きいですが、まだ何とか縁をとりもつことも不可能ではありません。一方、事故や事件も、自然災害の方は、起こってしまったらどうしようもないのです。
    死というものも、人と人との別れでありながら、そういう事件や事故の一つ、あるいは自然に起こる災害か何かのように、そのような非常なこととして、我々は意識しているのではないでしょうか。自然体としての人間の死でもあるわけですから、普通の生きている間の別れとはまた違いはあるのですが。
    だとすれば、死に関して考えたくないのも、生活空間から死を排除してしまうのも頷けるかもしれない、と考えました。この本では近代化で死から遠ざかった、と説明していますが、日常から死が消えた(ことになっている)今や、死は非常事態なのでしょう。死に目に立ち会うことを軽んじるよう勧めるのではないですが、身内が急に危篤になった時の「こんなとこにいないで早く死に目に会ってやれ」という慌てぶりというのは、この本で紹介されている学生紛争時の研究室での「こんな非常時に研究している場合か」というエピソード、あるいは日本の戦時下の「お国の非常時に一体何をやっとる」という物言いと似ているところがあるかもしれません。死に目に会うことが、生き残った人が死を受け入れるためにすべきこととは限らないのです。また、死にゆく人が自らの死を受け入れる心の支えになるとも限りません。突然死んでも病室で死んでも、死は死です。「あの時ああしていればこうはならなかった」という論理は、会社に遅刻した人には通じる論理でも、死んだ人には通じる論理ではない。無論、死んだ人を見送る側の人に通用する論理でもありません。然るに、こういう論理をよくぶつけたくなり、現にぶつけている場面は、事故や事件のニュースがあるたびによく見かけます。死がそのまま死だと受け入れられないのでしょう。「二人称の死」ですから。安楽死処置で苦悶する医師は、死が死であってそれ以上でも以下でもない、しかし相手の家族には「二人称の死」である、そういう取り返しのつかないことを迫られているとよく知っているからこそ、自分がやっていいのかと苦悶するのだと思いました。

  • 共感する点もありそうでない点もあり。

  • お葬式でもらう塩の意味、戒名の存在など、なるほど、そうだったのかとうなずかされる言葉多数。

  • 【こんな人にオススメ】
    養老さんに興味がある方。
    また、世間一般の常識に対して違った角度からものごとを見てみたいと思っている方。

    【オススメのポイント】
    普段は避けている死という問題に対して、新たな視点を持つことができます。
    明日から使えるという知識ではないですが、人としての幅は出るはず。

  •  誰もが見て見ぬふりしている死の壁は、生まれたときから常にあり続けている。ずっとそこにあるのだから、見て見ぬふりするのでなく、あるのが普通なのだ、と捉えるべきではないか。
     それにしても、昨年の自分と今の自分とでは、身体を構成する水分や細胞の99パーセント以上が別物になっているのには驚く。はたして、自分とは何ぞや。意識はどこにあるのか。そんなことを考え始めると死の壁以上に生の壁が迫ってきてしまう。

  • 今、死についていろいろ考えてて、
    この本はそのひとつの資料として読んだ。

    今まで考えてなかった視点で死について語っていたので
    とても参考になった気がする。

    より詳細に書いた養老さんの著作があるらしいので、
    そちらも読んでみようと思う。

  • 死に対する考え方が変わった。人間は必ず、死ぬ。それがわかっているようで、わかっていない。死を側に置くことで、生を感じる。

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