- Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
- / ISBN・EAN: 9784106101762
作品紹介・あらすじ
『復活の日』『果てしなき流れの果に』『継ぐのは誰か?』-三十一歳でデビューするや、矢継ぎ早に大作を発表し、『日本沈没』でベストセラー作家となった日本SF界の草分け的存在。高橋和巳と酒を酌み交わした文学青年が、SFに見た「大いなる可能性」とは何か。今なお輝きを失わない作品群は、どのような着想で生まれたのか。そして、意外に知られていない放送作家やルポライター、批評家としての顔-。日本にSFを根付かせた"巨匠"が語る、波瀾万丈のSF半生記。
感想・レビュー・書評
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日本が生んだ偉大なSF作家である小松左京さんの自伝『SF魂』。
『復活の日』という映画を映画館で見たときは、私は11歳だった。ずっと後になって原作者が小松左京さんだということを意識した。VHS、LD、DVD、Blue-rayと媒体が変わっていく中でも、『復活の日』は手元においておきたい作品だ。
大阪万博を始め、様々な国際博覧会の主催者的なことにも携わっていることも本書で知った。
『日本沈没』も好きな映画だ。
小説では、『首都消失』を読んだ覚えがある。スティーブン・キングさんの『ミスト(霧)』は、本書がヒントになったのではないかと思うほど。どちらが、先に書いたのかしら?
2021年2月、未だに新型コロナウイルスの封じ込めに必死な人類。こうした事態を含めた未来の行末を、考え続けてきたのが、SF作家の人たち。
そんなSFというジャンルが、粗末に扱われてきた時代を体験してきた著者だからこその、熱い思いが伝わってくる。SF作品を読むことで、未来に思いを馳せたり、歴史を振り返ってみたり、果てしない思考のたびに連れて行ってくれる。
こんな時代だからこそ、SF作品を読もう!読みまくろう!と思っている。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
大SF作家・小松左京の半生を描く自伝。
作品創作時のエピソードだけでなく、放送作家、ルポライター、万博プロデューサーの顔も描かれる。
あらゆる物事に関心を持ち関わっていく、作家の枠に収まり切らない活躍は、そのままSFの持つ無限の可能性に繋がるのだろう。 -
筆致の熱量が徹頭徹尾変わらず熱い!行動の理念(なぜやったの?)がさりげないけれど一貫して語られ,ああ,この人は無意識なる科学者なのだと理解する.SFとは希望,と喝破するその心は,仮説導出とその思考実験としての作品群の立ち位置が理解できれば,なるほど将来の可能性の取捨選択の実践だったのだと納得される.幼少期環境の影響性だけで語れないが,しかし,人格形成には少なからず影響したことを思うと,数少ない二次大戦の正の面を垣間見る.聞きしに勝るノンストップ人生なり.
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フッサール、読んでみようと思った。
かつて読んだ「果てしなき」や「ゴルディアス」、さらには「復活の日」も、よく分からなかったが、再読してみたいという気持ちになった。「日本沈没」は未読なので、これまた、読んでみたいと思った。
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【要約】
・SFこそ、文学の中の文学なのだ!
【ノート】
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小松左京は、いかにして、小松左京となったのか…みたいな本。
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小松左京のパワフルな創作力の源が,彼の底知れない好奇心と活動力にあると再認識させられる.また,京大の学際的なつながりが非常に重要な役割を果たしていたことが書かれており,その人間関係も興味深い.
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SF研だったくせに、小松左京とは微妙に自分のブーム時期が合わず、ほとんど読んだことがない。今度こそいろいろ読んでみる気になりました。
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2012年7月22日読み始め 2012年7月23日読了
小松左京が自分の生い立ちやどうやってSF作家になったのかを振り返った本です。新書なんでさらっとはしてますが、大体の流れはわかります。万博のことについても、いろいろ面倒だったのだな…と思いました。
しかし、やはり薄いので物足りなさも…京大出身で南極探検隊隊長の西堀にあったこととか、大学の教授が野上弥生子の長男だったとか、面白いエピソードは多かったです。 -
鬼子であった、邪道であった。
現況から考えると「まさか」であるが、1950〜60年代頃の日本のブンガクにとって、SFなど子どもの遊び、とても小説とかブンガクの仲間には入れてもらえていなかった。
その黎明期から、力強く牽引してきた小松左京さんの半生記。
万博の時代に、「日本沈没」を書いていた人。
地震という意味では、阪神大震災、東日本大震災に際して、教訓や警告をなぜ生かせなかったか、と、悔しかったに違いない。
政府の対応という意味では、右往左往の頼りなさが露呈され、「日本沈没」から40年近い年月に大きな進歩はなかったことがはからずも証明されてしまったことになる。
SFの可能性を、常に、確信を持って指し示してきた人。
巨星墜つ、というにふさわしい。