戦場でメシを食う (新潮新書)

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著者 : 佐藤和孝
  • 新潮社 (2006年10月14日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106101878

戦場でメシを食う (新潮新書)の感想・レビュー・書評

  • 100827with鼓童fromきつつき
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    死と隣りあわせで人は何を食べるのか?戦場からの中継でお馴染みのジャーナリストが食べることに拘り、世界の紛争地に生きる人たちの実態を迫真レポートする。雪山行軍中のアフガン・ゲリラとかじったナンの味、食料がないながらも「食う」ことに貪欲なサラエボの市民たちの姿、闇のなか手づかみで味わうアチェのココナッツカレー、そしてイラクでは日本人の死に間近に接し改めて「生きる」ことについて考える…。
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    第1章 アフガニスタン―戦場でも、人はメシを食う
    第2章 サラエボ―“この世の終末”の街で
    第3章 アルバニア―世界で最も孤立した国
    第4章 チェチェン―束の間の戦火の休息
    第5章 アチェ―東南アジアの地雷原
    第6章 イラク―死と隣り合わせの食卓

  • 「食」に関するテーマで選んだ一冊。ミリメシのようなぬるい内容だと思ってましたら、戦場ジャーナリストによる、中東のリアルな現状レポートでした。
    その場所場所で食べた「食」を紹介し、重くなりがちな本文にスパイスを与えています。

    内容はちょっと古いのですが、書かれている文章はまぎれもない現実、戦場真っ只中、もしくはその後。

    銃撃や砲弾でボロボロになった街には生活があって、その後も生活があって・・・。現代の日本で過ごす自分には、この街が戦争状態に陥ったらどうなるか、全く想像ができません。ボロボロになっても生きていかなければならない。

    また、戦争状態に陥ってしまった政府に対しても、客観的には評価できますし、意見も率直に聞けます。それがいざ自分達の政府だったら、一気に盲目的になってしまいそう。

    外部の世界を見たことで、内部の実際のところはどうなのか。別の視点を見ようとしたくなく、良い気づきを与えてくれる一冊です。

  • 数々の戦場を巡ったジャーナリストが、取材先での食にまつわるエピソードをまとめている。


    戦闘下であっても何であっても、人間は食べなければ活動できないし、生きていけないのだが、ニュース映像を見ているだけだと、そういう「生きるための営み」が当然あるということを忘れてしまう。
    そこにものを食べて、生きている人間がいるということを感じられない。


    著者は、実際に戦場の取材中にどんな人々とどんなものを食べて過ごしたのかを書いている。
    そこに人がいて、何かを食べている。
    戦場でも、人間生活の当たり前のことが行われているということを思い出す。

  • あの強面佐藤さんはなかなか書ける人だった。厳しい状況下にあっても暖かい眼差しで仲間を見ている。
    軽く書いてあったが、生への執着と日常の一コマ、日々の営みとしての食事が生々しく感じられた。

  • 最初は「メシを食う」を「生業にする」意味で、戦争ルポライターとしての心構えを書いた本だと思ってたら違った。
    「メシを食う」はほんとに「食事をする」ってことだったのね。

    とは言え、別に食事に焦点を絞ったルポというわけではなく、戦地の実情を現場から捉えたもの。全体として読みやすい上に視点が独特で、良書。

  • タイトルに釣られて購入したが、「メシ」がメインになっているのではなく、作者の訪れた国での年代ごとの国の様相と作者が出会った「人」に焦点を当てて書いているように感じた。
    もっと食メインだと思っていたので少しガッカリしたけど、それはあくまで自分の求めているイメージと離れていたからであって内容はとても面白かった。
    2016.5.2

  • 戦闘地帯に行った事についての紀行文の様なもの。
    本職じゃないのか、文章が下手。

  • いつも難しくて理解につまずく問題を食を結びつけることによってやっと入り込むことができた。感謝。

  • ジャーナリストである筆者が、中東からヨーロッパ、東南アジアなど、様々な戦場で食べた食べ物の記憶。日本ではあまり知られていない国の話も出てきて、少し、世界を知ることができた気がした。

  • ジャパンプレスの佐藤和孝さんによる戦場ルポルタージュ。

    どんな過酷な状況でも腹は減る。そこには食事風景があって、その国の文化が存在する。食事という一つの観点からの「戦争」とは、今まで読んだルポルタージュよりも斬新だったと思う。

  • 生きるために食べる。
    砲弾が飛び交う街の中でも、人々は食べて、生きる。
    「食」への執念、貪欲さ、そこに人間の生がある。

    戦場の悲惨な現状を伝えるだけのレポではなく、
    そこで生きる人々の生活、人間らしさというものが
    「食」というフィルターを通して見えてくる、そんな本。

    そして、ジャーナリストという仕事を選んだ筆者の強い思い。
    “生きてきたからには、死ぬ。
     それが、いつか、どこか、それだけのことである。
     であるなら、自分が信じた道で斃れることは本望といっていい。”

    こうやって、自らの命を危険にさらしながらも
    現実を伝えてくれる彼のようなジャーナリストがいるからこそ、
    私たちは真実を知ることができる、
    そのことに感謝したい。

  • 戦場でビデオカメラマンとして活動している佐藤和孝さんが、取材先で食べた物と、そこに住む人々を書く本です。

    非正規軍に帯同して取材をすることが多いため、食事は戦場となった現地で調達できる範囲で作られる民族・宗教観を反映した料理になっています。また、料理を提供してくれた現地の方を深く掘り下げることで、戦場で実際に起きている問題が何か、個人レベルで本人が抱えている苦しみや悲しみ、怒りを知ることができます。

    この本の中で、戦場での食に一切関係ない、イラクに来た1人の青年についての記述があります。この記述は、題名に反しても伝えたかったことだったのかもしれません

  • 題名を見る限りだと戦場で食べるメシの話かと期待していた。しかし、そうではなく戦場のレポートに食事の記述があるのである。題名とは内容が結構違うなという印象。そういう意味では期待はずれである。だが、内戦の地区の生活とか知るにはいい本

  • 戦場ジャーナリストが経験した修羅場での食事の記憶を中心に、紛争や内戦の惨さを綴った記録。とりたてて食事シーンや料理の描写が詳しいわけではない。1片のパンや1杯のお茶にありつくに至るドラマや舞台背景に多くの字数を費やしている。
    生きるか死ぬかの瀬戸際を過ごす戦場であっても、メシは食わなければならない。そんな戦禍の中の日常行為(?)に、当事者(現地の市民や兵士)の本音が表れる。現地の人々は、概して大儀や理想のために戦うのではなく、その日を生き延びるために戦っているという。
    アフガニスタン、サラエボ、アルバニア、チェチェン、イラク…つい最近(あるいはリアルタイムで)の出来事である。我々が茶の間から見るテレビのニュース映像から得る「情報」と、現場に居た人間の「体験」の間の大きな隔たりを感じさせられる。

  • アフガニスタン~ユーゴ~チェチェン~イラクという90年代以降の戦場における前線の食事のエッセイ。
    視点は素晴らしいけど、食事に関する記述が実に少ない。
    いや、戦場ジャーナリストのエッセイとして読むと、実に面白いよ。
    そういうのが読みたい人にとってみれば、いい感じだと思う。

    まあ、この時代の代表的な戦場なので、とくべつスクープ的な発見はない。
    だけど、それを食事という切り口を持ってくることにより、生身の人間の息遣いが感じられる。それはいいやりかただ。

    だけど、「戦場を描写するのに、食事という切り口を使う」んじゃなくて、食事そのものに興味があるんだよな。戦場はむしろ香辛料にすぎない。
    すまない。どっちがいい悪いじゃない。わたしの心の師は東海林さだおなんだ。
    だから、看板に偽りあり。食べ物についてほとんど書いていないじゃないか。
    大久保義信の「戦闘糧食の三ツ星をさがせ!」のほうが面白いよ。

    姿勢の違いだな。
    お互いに残念。

    あと、アルバニアの記事がすごく良かった。
    これは、このアプローチのよいところが出ていると思う。

  • 戦場の描写は流石だけど、メシがちっとも旨そうに思えないw

  • タイトルには「メシ」だけど、戦場レポートの方がメイン。

  • [ 内容 ]
    死と隣りあわせで人は何を食べるのか?
    戦場からの中継でお馴染みのジャーナリストが食べることに拘り、世界の紛争地に生きる人たちの実態を迫真レポートする。
    雪山行軍中のアフガン・ゲリラとかじったナンの味、食料がないながらも「食う」ことに貪欲なサラエボの市民たちの姿、闇のなか手づかみで味わうアチェのココナッツカレー、そしてイラクでは日本人の死に間近に接し改めて「生きる」ことについて考える…。

    [ 目次 ]
    第1章 アフガニスタン―戦場でも、人はメシを食う
    第2章 サラエボ―“この世の終末”の街で
    第3章 アルバニア―世界で最も孤立した国
    第4章 チェチェン―束の間の戦火の休息
    第5章 アチェ―東南アジアの地雷原
    第6章 イラク―死と隣り合わせの食卓

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    [ おすすめ度 ]

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    [ 参考となる書評 ]

  • タイトルにある食事よりも、筆者の戦場レポートが主でした。
    個人的にはその状況下での食事のあり方とか、食糧調達などもう少し詳しく知りたいとは思いましたが。
    戦場ジャーナリストが伝える戦時下の状況は、当時ニュースで見ていた映像を更にリアルに感じさせてくれます。
    記憶に新しいイラク戦争も、当時はやはりテレビの中のこと、としか受け取れていなかったのかもしれません。
    実際にその場にいた方の話を今読んで、胸が締め付けられるような思いがします。(2010年6月19日読了)

  • 世界中の紛争地を取材してまわる著者が、その国々であったことと共にその国の料理を紹介していく話でした。
    読んでいてイスラームがメジャーな宗教となっている国の料理はとても美味しそうでしたね。
    羊のお肉と香辛料を使った料理はよだれが止まらなかった。

  • 食べることの喜びは、平和の証でもあるのだと思う。戦場であれば、それは一時のことかもしれないが、食事を囲む人は基本的に笑顔だ。そして、大切なことは美味しいものを食べることよりも、美味しく食べることであると思う。

  • タイトルが秀逸。ブログにレビューあり。

  • ★企画が走り過ぎた★「戦場」の部分はおもしろいが、「メシ」の絡み方がいまひとつ。切り口を変えた紛争ものを狙ったのだろうが、この点では『もの食う人々』の方が読み応えがある。とはいえ、戦場の話の迫力は十分。サラエボやイラクなど、なかなか実感できない現場の空気が伝わってくる。

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戦場でメシを食う (新潮新書)の作品紹介

死と隣りあわせで人は何を食べるのか?戦場からの中継でお馴染みのジャーナリストが食べることに拘り、世界の紛争地に生きる人たちの実態を迫真レポートする。雪山行軍中のアフガン・ゲリラとかじったナンの味、食料がないながらも「食う」ことに貪欲なサラエボの市民たちの姿、闇のなか手づかみで味わうアチェのココナッツカレー、そしてイラクでは日本人の死に間近に接し改めて「生きる」ことについて考える…。

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