医療の限界 (新潮新書)

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著者 : 小松秀樹
  • 新潮社 (2007年6月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (220ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106102189

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医療の限界 (新潮新書)の感想・レビュー・書評

  • 「医療崩壊」の新書版。医療問題の本というより思想書として興味深く読んだ。特にオルテガの引用のくだりは、医療現場のみならず、現代日本の病理を如実に示しているようで、慄然とした。

    大衆は、「文明の利点の中に、非常な努力と細心の注意をもってして初めて維持しうる奇跡的な発明と構築を見て取らない」、故に「自分達の役割は、それを生得的な権利であるがごとく、断固として要求することにのみあると信じる」。

    安全も平和も決して当たり前のことではない。自分の知らない所で誰かが汗や血を流し、かろうじて現状が維持されているのだ。そういうことに人々が思いを馳せることができなくなった時、システムは崩壊への道を辿るのだろう。せめて崩壊を加速させないために、今の自分にできることは、学ぶことしかない。

  • 医師側からの視線を踏まえて、現代医療の問題点が包み隠さず書かれています。このままでは、医療従事者がいなくなるという結論に納得します。

    医療と司法の関係、アメリカの資本主義が介入した医療制度などが書かれていたところが、私的には☆5つの要素です。客観的意見をきちんと踏まえた上で、主観的意見を述べているところに僕は魅かれます。震災のとき皆で助け合うということが、当たり前になっている日本人に生まれて幸せだと思います。

    著者は賢い人だというのが、文面で伝わってきます。おススメです。

  • 最近の医療過誤のニュースに対しての考えが変わりました。病院側に責任の多くがあると考えていましたがそうではないのかもしれません。
    また,医療は間違える可能性をもっていると言うことは当たり前だと思っていましたが多くの国民にはそうとらえられていないと知りました。

  • 医者の立場から一般の人(患者となりうる人たち)に向けて、書かれています。
    何か起こると、医者や病院の責任を追求したくなりますが、そのような態度がいかがなものか。一考する必要があると感じました。

  • 「医療崩壊」の作者が新書に書いてあるもので、「医療崩壊」の本と内容が重なる部分が多い本。

    内容的には、死生観がなくなった現在、医療に対する過度な期待(医療には必ず不確実性やリスクがある)があること、司法が医学的な不確実的なものを法的に裁くことができるのか、医療現場での教育、評価、人事等で改善する点や、実際の現場での取り組み、日本の皆保険制度のメリット・デメリット等を経済思想やアメリカの保険制度等と比較しながら紹介されている。

    説明されれば当たり前なのですが、論理的に説明されないと、自分の住む世界の価値基準(司法や一般会社)等で判断していまうのが人間の性なのかもしれないと感じた。

  • 医療崩壊に関する記載は概ね同意見。ってか、こういうのを読んでるとやっぱり、医師の就労体制が理不尽に思える。でも、医局制に関しては、書かれた時期が、もう6年も前ってことを考えると仕方ない気もするけど、現状とはちょっと合わない気もする。とりあえずこういう書物によって、医療制度と医療に対する理解度が、少しずつでも改善されることを祈ります。

  • 働いて収入を得て、それで生活をしていく。
    お金を稼ぎたい為に、達成感を得る為に、
    好きな事をしたい為に、働きたい為に。
    医者だから先生だからと本人を観る事なく
    物事を思い込んではいけないのだろうけど。
    掲げている道筋はそんなに違わないはずなのに
    大きな枠組みで舵取りがそれぞれあって
    思惑や狙いまで違ってしまうのは日本だからなのかなあ。
    大きな都市の大きな病院の医者と地方の医者、
    開業医、医学生、大学病院、医局、医師会、厚労省、
    そして患者としての一般人と高収入者。
    それぞれの組織としての思惑や信念や野望と、
    それぞれの個人的な思惑、信念、野望が
    離れすぎていないと良いのだけど。

  • めざましい医療技術の進展により死は我々にとって遥かに遠い存在となった。死は意識の彼方に追いやられ死生観は喪失。死を静かに眺めることができない甘えの蔓延は、際限のない社会の安心安全要求に形を変え、今、医療現場を崩壊の危機に陥れている。医療とは本来不確実なものであり、治療は常にリスクを伴うにもかかわらず、昨今、医療に過誤はありえないとばかりに医療への理不尽な攻撃が頻発している。メディアや司法はときに十分な責任を果たしている医師までも攻撃する。医療は万能ではない。限界がある。とりわけ救急医療の現場では完璧な準備などありえない。このままの事態が進めば、結果的に困るのは医療を必要とする我々自身である。肝に銘じなければならない。

  • でかい病院も心配。患者はどうすればいい。

  •  ちょっと重たい内容でした。私たちの死生観に対するの問題です。医療が進歩して、患者とその家族が、死を受け入れられなくなっている…と。何かあれば、すぐ裁判になるのであれば、リスクの高い医療を引き受ける医師がどんどんいなくなる。医療崩壊を進行させないために、医療を受ける側がどうあるべきか、真剣に考えてしましました!

  • 死生観の話がすごくしっくりきた。これから日本の医療はどうなっていくのか。

  • 医療にリスクはつきものなのである.
    名著.

  • 虎ノ門病院の部長である著者が、現在の日本医療の危機的状況とそれを助長させている環境(生死観、マスコミ報道、医療への幻想、医療訴訟の内実)をまとめた内容となっている。
    医療従事者以外の一般の人が是非読んでおくべき一冊と考える。
    患者、患者の家族が死生観、医療の実情を知り、結果責任だけを問うことをやめるべき、補償のあり方を変えるべき、裁判が感情的ではなく科学に基づいて行われるべきという意見には賛同する。

    ただ、慈恵医大青戸病院事件に関しては、著者の見解と異なる感想を持った。
    結果責任ではなく、故意の事例に対してだけ責任を問えば良いとはいうが、慈恵医大青戸病院事件に関しては未必の故意と言えるのではないかと感じる。
    この辺の線引きは難しい。

  • 日本人は死生観を失った。リスクのない治療はない。患者は消費者ではない-。医療の現場を崩壊させる、際限のない社会の「安心.安全」要求、科学を理解しない刑事司法のレトリック、コストとクオリティを無視した建前ばかりの行政制度など、さまざまな要因を、具体例とともに思想的見地まで掘り下げて論及する。いったい医療は誰のものか?日本の医療が直面する重大な選択肢を鋭く問う。(出版社/著者からの内容紹介より)

  • 医療費抑制と安全要求の現代医療の現状について。日本人の質の変化も一因と述べる。

  •  理想と現実,なかなか折り合いをつけるのはむづかしい。ただ理想を追い求めていけば幸せが得られるのかというとそうでもない。そうかといって,現状に甘んじて改善をおこたっていては,何の進歩も得られない。この本を読んでそのことを強く感じた。市民からの過酷な要求に晒され,日本の医療が疲弊し崩潰していくことへ警鐘を鳴らす。
     人生なにごとも,思い通りにはいかないもの。自分や家族の生死にかかわることだって当然そう。医療に百パーセントの成功はなく,患者・医者がどんなに努力しても,救うことができない命もある。医学は万能ではないのだ。昔から,さまざま手をつくした上での死という事実を,患者や家族は受けとめてきた。医師と患者の信頼関係に問題がなければ,今も多くの人がそうだろう。そうして現実を受けとめるのが人類誕生以来の死生観だった。
     もちろん理想を言えば,医学が長足の進歩を遂げた現代にあって,医療行為に誤りがあってはならない。患者は医療によって最大限の利益を享受すべきであり,医師は安全かつ効果的な治療を提供しなくてはならない。近年とみにそういう考え方を助長する風潮がある。「神の手」だの,「ヴァルハラ」だの,医師を描いた漫画やドラマ,ドキュメントはそういった理想に相当程度傾斜している。だが,これはあくまでも理想論で,完璧な医療など幻想にすぎない。先生はよくやってくれたけど,思い返すとあれは最善の治療でなかったかも,ということなんか現実にはざらにある。そのようなとき,果たして医療側の責任が問われるべきなのか。最善ではなかった以上,悔やまれる。どうしてもあきらめきれない。そこでは,伝統的な死生観が変容を受けている。
     医療事故の民事裁判では,弱者である被害者の救済にもつながるため,司法は過失責任を認める方向にバイアスを受けてしまう。マスコミでは特にそのバイアスが強くはたらく。患者側もその尻馬に乗り,訴訟を起こす。この循環が医療従事者を追いつめている。刑事告発→強制捜査の可能性すらある。
     新しい術式などは,動物実験を重ねて培った技術を思い切って人間に適用し,多数の症例を蓄積し分析することで確立してきた。その過程では当然失敗も多く,ほとんど人体実験の様相を呈する。以前,生体心移植(脳死移植)の黎明期を追った吉村昭の「神々の沈黙」を読み,当時の医師の驕り(もちろん使命感が先立つのだが),患者の扱いのひどさに衝撃を受けたが,それが医療技術に大きく寄与したのは事実だ。理想をふりかざし,医療事故のたびに医師が過失責任を問われる世の中では,萎縮効果によって医学の進歩は停滞してしまう。そのために将来不利益を被るのは患者であり,社会全体である。
     筆者は虎ノ門病院の医師。責任を回避するのか,プロ意識が足らん,こんな医者にかかってたまるか,と言う人もいるだろうが,現状を憂え,本音を隠さず堂々と発言する態度は賞賛に値する。患者のエゴ,法律論の空虚さ,マスコミの姿勢など,言いわけばかりでなく,医療側で改めるべき点や,筆者が実際に進めている取り組み,望ましい制度についても触れており,バランスよく好感がもてる。歴史的,思想的観点からの考察も試みており,とても興味深く読んだ。

  • 基本的には前作の『医療崩壊』の焼き直し、というよりも忙しいビジネスマン向けに書き直した、という印象です。

    もちろん『医療崩壊』出版後に起こった動きがないわけではないですが、これを読むなら『医療崩壊』を2回読む方が理解が深まると思います。

  • 医療の抱える問題を分かりやすく解説。医者の書いた本なので共感できる部分が多い。
    医療の無謬性を前提にした批判が医療を窮地に立たしめている、という意見には大いに納得。
    もちろん医療従事者は完璧の傍らに立つものでなくてはならないが、それを当然の前提にして非難(場合によっては刑罰)を受けるとなるとやっぱりキツい。

    後半の歴史からみた日本とアメリカ、現在の医療状況の解説もなるほどと納得。

    ちょっと武勇伝的な書き方は鼻につくけれど、面白い本でした。

  • 僕が普段「これって言われても(言っても)現場がやるのは無理だよなあ」と思っていることが、現場の医師の立場からしてもやっぱり無理で、そのために限界に来ているという。
    「そうだろうなあ」と思いつつ、同情しながら読んだ。

  • [ 内容 ]
    日本人は死生観を失った。
    リスクのない治療はない。
    患者は消費者ではない―。
    医療の現場を崩壊させる、際限のない社会の「安心・安全」要求、科学を理解しない刑事司法のレトリック、コストとクオリティを無視した建前ばかりの行政制度など、さまざまな要因を、具体例とともに思想的見地まで掘り下げて論及する。
    いったい医療は誰のものか?
    日本の医療が直面する重大な選択肢を鋭く問う。

    [ 目次 ]
    第1章 死生観と医療の不確実性
    第2章 無謬からの脱却
    第3章 医療と司法
    第4章 医療の現場で―虎の門病院での取り組み
    第5章 医療における教育、評価、人事
    第6章 公共財と通常財
    第7章 医療崩壊を防げるか

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 「医療崩壊」を簡略化した感じの本。

    「医療崩壊」を読んだ人には物足りないかもしれないけれど、専門でない人が読むには、医療の現状を知るにいい1冊。

  • 購入


    「正しい市場とは、競争原理が機能し、情報へのアクセスが平等でふんだんにあると言う前提で、消費者が自ら参加するゲームである。医療では誰もが平等に情報を得て、しかも、それを正しく理解できるなどということはかつてなかったし、未来永劫ありえない。医療はゲームではない。医療は社会的善であり、公平でなければならない。患者は消費者ではなく、純粋に、ただ単に患者なのである」『ランセット05年5月』

    医者の気持ちや訴えがよくわかる。
    ただ一方で、ミスが起きればそれは誰の責任であっても「患者は死にさらされる」のである。
    もしかしたら日本の医療事故はもっと減らすことが出来るのではないかな?
    医者に負担をかけるのではなく、プロセスイノベーションやプロダクトイノベーションの段階で。

  • 「人間はいつか死ぬのだから医者はみんなやぶ医者だ。医療には限界がある」
    この言葉にびっくりしました。
    よく考えれば当たり前のことだけど、
    盲目的に医者ならどんな病気でも確実に直してくれると思ってた
    この考えが大変なことを引き起こしていたんだな

  • 現在の医療制度の問題点を論じた本。世間が医療過誤を批判する中で、これからの医療がどうなっていくかを危惧し、また、市場原理が医療の世界に働くことによる問題点を論じている。
    いわく、アメリカでは市場原理に基づいているため、医療費は驚くほど高く、医療費のせいで自己破産する中産階級も多数いると。日本の国民性や社会の成り立ちを考えれば、市場原理にゆだねるのは好ましいことではないように思える。その中で、医師が自ら望んでよりよい医療を提供できるような社会を作ることが大事なのだと思う。
    たとえば、アメリカでは訴訟のリスクはあるが、高額な報酬と見合っている。一方、最近の日本では個人のミスを訴追する風潮があり、病院のシステムに問題のあるような事件でも医師が告訴される場面が増えている。そんな中で報酬は従来通りであり、そうなれば、開業医となってリスクの少ない医療をしようという医者が増え、医療崩壊に至るのも当然であろう。
    医師という職業が金と名誉を伴う職業であったのは昔の話であり、賃金と労働の比率は崩壊し、医師という職業に対する敬意もなくなりつつあると言えるだろう。
    人間の生命に直接的に関与するという意味では、利益を超越した次元で存在するべき職業かもしれないが、妥当な社会環境が整っていなければ意欲をそがれるのも仕方がないと思う。
    では、そのような状況で一人の医師としてできることは何か。
    相応の立場に立ち改革することを目指すのも一つの道だと思う。
    臨床の現場で過酷な労働をしながらも一人ひとりの患者と丁寧に向き合って、個人として実力を備えた、尊敬できる医師となることもまた一つの道だと思う。

    考えさせられることは多いが、焦点がぼやけていた感じが否めない。

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日本人は死生観を失った。リスクのない治療はない。患者は消費者ではない-。医療の現場を崩壊させる、際限のない社会の「安心・安全」要求、科学を理解しない刑事司法のレトリック、コストとクオリティを無視した建前ばかりの行政制度など、さまざまな要因を、具体例とともに思想的見地まで掘り下げて論及する。いったい医療は誰のものか?日本の医療が直面する重大な選択肢を鋭く問う。

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