「心の傷」は言ったもん勝ち (新潮新書 270)

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著者 : 中嶋聡
  • 新潮社 (2008年6月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (189ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106102707

「心の傷」は言ったもん勝ち (新潮新書 270)の感想・レビュー・書評

  • ここで言われてる辺縁、いわゆる中腰のことですね。言い方は違うけど、何でも白黒はっきりさせられる訳が無いという考え方、共感できました。本作者はどちらかというと、何でもかんでもうつ病で片づけてしまうのはちょっと…っていうスタンスだと思ったけど、それは僕自身の考えとも合致するから、素直にうなずける部分が多かった。冤罪の話とかにまで言及されてるけど、そっちもやっぱり同意見だったし。という訳で、新たな知見を得るという意味ではそんなになかったけど、自分で思っていながらなかなか言語化するのが難しいと感じる部分が、非常によく著されていたという点で、自分的には高く評価できます。

  • 2008年07月22日 03:21

    躁鬱病に各種ハラスメント、解離性障害にPTSD・・ 最近になってぐっとメジャーになった病名や現象。

    私には「言ったもん勝ち」とまでは言えません。でも、若干疑問を抱えてたのも事実。

    「もう全部いやだ」と沈み込んでる人に、「がんばれ!やりとげろ!!」と無理強いすることがいいとは思わない。
    けれど「がんばれとは言わないよ、今はゆっくり休みなさい、自分がいいと思うまで」と甘やかすのも違うと思う。

    ~ハラスメントもしかり。「~された!許せない!」と憤慨する人に、「何言ってるんだ!社会においてそんなことも我慢できないのか!女は、部下は、そういう扱いをされるものなのだ!」
    これはおかしい。
    かといって、「そうだ!じゃあ訴えてしまえ!社長に直訴だ!飲み会?世間話?こっちが嫌な思いしたら全部ハラスメントなんだよ!」といきまくのは、なんというかくだらない。コミュニケーションというものを理解していない。

    だから、いわゆる「空気を読む」ことが重要になると思う。
    この言葉を嫌いな人がいるから、言い換えるとすれば、「配慮・思慮・分別をもつ」。あと、「中庸」な態度で何にでも接すること。

    自分のことしか考えられない、自分だけが被害者だと思いこむ。
    それは心の病じゃなくて、ただ社会性を身につけてこなかったせいではないだろうか。

    この本は若干過激だけど、ひとつすごく納得したのは、
    「(体の)病気になった人を責めはしない、でも”普段から体調に気をつけ、免疫力を高めることはできたのではないか”とアドバイスはできる。心の病も同じで、普段から精神力を鍛えることはできる」
    という内容の部分。

    心の傷はいつ受けるかわからない、そうよく言われる。ならば私はいつそうなってもいいように、使ってあたって、しなやかな精神を鍛え上げたい。

  • 精神的に弱い現代人の問題を一刀両断という印象を受けた。小気味良いと思う反面、それは言い過ぎでは? と思うこともあった。精神医から見た人の弱さについての考察を期待して購入したのだが、セクハラを含めたハラスメントに関すること、医療訴訟の脆弱性など新たな視点を得られた。「被害者帝国主義」の章では、被害者・病人を世間が保護するという優位性を生かした(未必の故意を含め)行為に背筋が寒くなる思いがした。

  • 自動車のハンドルには必ず遊びがあります。その遊びの部分がないと僅かにハンドルを切っただけでも大きく自動車が曲がってしまい危険です。そのために遊びがあるわけです。

    道路交通ルールを守ることは重要ですが、50キロ道路で完全に50キロで走行することに意識を取られすぎては逆に危険で状況に応じて周りの車の流れに乗ることが大切だど教習所で私は当時習いました。

    当然の話であまりに50キロピッタリで走ることに意識をとられ危険運転になってしまっては本末転倒だからです。

    私は最近の私の周辺の社会では遊びの部分がなくなって四角四面というかルールや概念でがんじがらめというかそんな空気がますます強くなっていっているように思います。

    様々な概念が生まれることは物事を考えやすくすることに便利ですが、なまじ概念、つまり輪郭がはっきりしすぎてしまうために、良いこと、悪いこと、好ましいこと、そうでないものがはっきりしてしまうのです。

    ルールや法律を作ることは大切ですが、それらが出来るとそれらを守ったか守らないかが問われてしまいます。

    理想的にはルールや法律などなくても常識を守りながら誰しもが平和に暮らせれば良いのでしょうが、それが困難なためにどうしてもルールや法律は必要となるわけです。

    ルールや法律から著しく逸脱することは個性でもなんでもなく、ベートーベンは革新的な芸術の創始者ですがしっかり”型”を守っていました。その中で限界までぶっちぎったところにベートーベンの最大の魅力もあるわけです。

    参考:書籍 中嶋聡(医学博士、精神科医) 著 「心の傷」は言ったもん勝ち

    辺縁の考察 | デジたろう http://digitaropiano.luna.ddns.vc/digitaropiano/?p=1164

  • このタイトル。そりゃそうだ。「痛み」なんてものは主観なんだから、構造的に言ったもん勝ちである。
    だから何だ?気にするなって?唾つけとけば治る?そんなふてぶてしさを感じるタイトルではあるが、著者の姿勢はそこまでは居直っていないように思う。
    同じシリーズからでている「法令遵守が日本を滅ぼす」(これもすごいタイトルだ)にも通じる「厳密な線引き万能主義」とも言うべき価値観に対するアンチテーゼと受け取った。

  • うつ病のあたりはいいとして、セクハラに関する記述は、無神経極まりない。
    このくらいはいいだろうという考えが世の中をおかしくしているし、「性癖」は直らない。
    一生この人は、我慢する女性の気持ちはわからないんだろうな。読み終わったらこの人に対する気持ちは軽蔑に変わっていました。

  •  ここ十年ほどの間に、「心の傷」を原因とする診断名が激増と言ってよいくらい増えています。それは、今まで認知されなかった症状を症状として認知したという側面もありますが、同時に従来なら「当人の甘え」として片付けられていたものまでが症状としてカウントされるようになった、とも言えます。

     本書は、前者のことも念頭に置きつつ、それでも後者のものも取り込まれていないか、と疑義を呈する書。
     三章ではセクハラについて述べていますが、確かにここでも被害者の言ったもん勝ちで反証が容れられにくいという構造が指摘されており、これは精神疾患の愁訴と構造的に重なる部分が多いと言えます。
     なお、付け加えて言うと、セクハラをはじめとする各種ハラスメントの語は、ややもすると軽度の事例に濫用されるきらいがあります。本来、各種のハラスメントは、地位を利用してなされるシャレにならない事例に適用されるべきものです。が、それが人口に膾炙する中で本来その対象にない程度のものにも用いられ、結果として相対的に重度のハラスメントの被害が軽く見られてしまう、ということが生じています(例えば本来なら強制わいせつとされる事例が「セクハラ」と言われた途端、そこまでのことじゃないような印象を持ってしまう、など)。

     四章では医療訴訟について触れられていますが、本当の意味で患者の権利を確立するのに資するか疑問のあるインフォームド・コンセントが、医師の無謬責任を負わせるかのように機能していることを指摘しています。本章を読むと、完全なインフォームド・コンセントを医師に課す一方で、患者が自己決定権を行使して悪い結果が生じた時も、そのリスクと責任が医師に帰責されるような構造が指摘されています。これはこれで実際の判決を読んでみないと何とも言えない部分がありますが、患者の権利擁護ばかりに着目して医療現場に過度の責任を負わせて疲弊させ、医療システムそのものを衰弱させるようなことは厳に警戒しなければならないでしょう。(個人的には、医療事故についても航空事故の際の「事故調(事故調査委員会)」のような真相解明組を目的とする組織を作り、民事・刑事裁判より先にそこで専門的に検討すると共に事故事例・情報を集約すべきだと考えています)

     第六章では"「辺縁」を生かす"として、裁量権・グレーゾーンをもっと復活させようという提案がなされています。
     確かにそれはわかるのですが、その裁量権が広汎すぎたり暴走したりと妥当性が限定される方向で先例が集積されてきたという経緯もあるはずです。本書の言わんとしていることもわからないではないのですが、一部の引用を合わせて考えると「昔の方が気楽で良かった」と言ってるようにも思える部分があり、その辺が少し残念かな、と思いました。

     少し首をかしげる主張もありますが、手厚い保護がややもすると過保護を生むという問題構造を考える上では一読に値する本だと思います。

  • 「心の傷」は言ったもん勝ち、であり、このような風潮を生みだした昨今の現状にモノを申したい。

    特に第三章セクハラは犯罪だろうか が好きだった。
    女性専用電車と人種差別の話。考えさせられます。

  • [ 内容 ]
    「心に傷を受けた」と宣言したら、あとはやりたい放題。
    詳しい検証もなく、一方的に相手を加害者と断罪する-そんな「エセ被害者」がのさばっている現代日本。
    PTSD、適応・パニック障害から、セクハラ、痴漢冤罪、医療訴訟まで、あらゆる場面で「傷ついた」という言い分が絶対視されている。
    そう、「被害者帝国主義の時代」が到来したのだ。
    過剰な被害者意識はもうたくさん!
    現役精神科医が示す処方箋。

    [ 目次 ]
    第1章 朝青龍問題と「心の病」
    第2章 軽症ヒステリーの時代
    第3章 セクハラは犯罪だろうか
    第4章 理不尽な医療訴訟
    第5章 被害者帝国主義
    第6章 「辺縁」を生かす
    第7章 精神力を鍛えよう

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    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 人に”優しく”ないといけない社会に、”厳しさ”“我慢”“耐える”という美徳はどこへいった?「がんばらない」vs「それは甘え」ではなくて、どうしてその人は心に不安を抱えているのかを考えることが大事。「正しさ」は正しく使われるべき。
    体罰は容認されてはいけない。体罰でしか伝えられないものがあるかもしれないけれど、体罰を用いずにどこまで伝えられるかというのが教師の力量。つまり、理屈ではなく身体に直接言い聞かせねばならないような真剣な内容を伝えるには、どういう手段があるのか、安易に体罰に走らずに教えるのが教師だということ。そして、何が体罰で何が体罰でないのか、それは一例一例を吟味して考えることであって、簡単な固定された規則で考えないこと。
    白か黒か、ゼロか1か、ではない、わかりやすくない、割り切れないことに“耐える”力が必要。

  • セクハラや痴漢など、被害者の権利が強すぎる社会を「被害者帝国主義」と著者は呼ぶ。
    短絡的に、物言えば唇寒し、となる社会は、あまりにも寂しい社会ではないだろうか。
    曖昧さや裁量を許す社会の必要性を強調したい。

  • On the whole, I agree with the author. I think that the modern society is too tolerant to so-called "weak" people. To make matters worse, the standard of "weakness" is highly subjective.
    The title of this book can be translated to "all you have to do is just announce your heartbreak in public in order to be accepted".

  • 精神科医の先生でも「ンなもん気合いで直せよボケナスが!」と思うことがあるんだなぁ、と。最近の日本人は打たれ弱くなってるっていうのは納得だけど、戦後日本人には戦争のトラウマで精神病患者が何人でてもおかしくないような状況だったにも関わらず、そうでなかったのは精神が今よりタフだったから、とか、昔は「パニック症」みたいに多様な精神に関する病名がなかったからだ。っていうのはどうよ。どうもこの精神科医の先生はノスタルジストじゃないかと思うよ。もちろんいろいろこじつけてるけど、基本「最近の若者はよぉ~」って言ってる親父に近い。
    あと自分と新潮社の本の宣伝っぷりといったら。もう苦笑いしちゃうくらい。「~についての詳しい内容は~を参照。」とかね。気になるところで話とか事件の顛末を溜めておいたりとかね。もうね、昼ドラかと。マンガのアオリかと。なんだこの精神科医。
    ただセクハラ、痴漢冤罪の話はナットク。最近の女子は男女平等を武器に、どうも神経質すぎてよくない。女性専用車両は始まっちゃった事だしほっときゃいいと思うけどね。この先生怒りすぎだと思うけどね。そんなに嫌か女性専用車両。

  • コレもタイトル買いだが・・・ 期待しすぎたか。

    まぁ、面白かったが、パッとしない内容だった。

  • 精神科のお医者さんが書いた本。心の傷についてというより、世間一般についての筆者のスタンスを書いているといった感じ。
    発想は割と保守的な方のようなので、内容はいわゆる「至極真っ当」とも言うべきもの。新しい発見というのは特になかった。
    とりあえず一つ突っ込むとしたら、何に感情的好意を持つかについては、歴史の積み重ねによる世代差があるということ。たとえば彼は、「看護士さん」ではなく「看護婦さん」という言葉に好意を持つというが、彼より若い人がそうだとは限らない。そのうち看護婦という言葉が死滅すれば、看護士という言葉に人はそれぞれの印象を持つだろう。結局言葉ひいては文化を作っているのは今を生きる人間なのだ。

  • もやもやが取れました!!

  • 2008/8
    現代の精神医療が抱えている問題を入り口に、社会がいびつに歪んでいる現状を嘆いている。とにかく“被害者”ということをアピールすることで全てが有利に運ぶような社会は間違っていると強く意見している。

  • うつ、解離性障害、PTSD、、、エセ「被害者」がのさばっている世情の分析はその通り!と共感するところが多く、「セクハラは犯罪だろうか」など、その部分的な字面だけからだとバッシングが殺到しそうな内容だが、そこは文章なので、きっちりと本意を説明してくれています。

    ただ最後のあたりの処方箋で、辺縁を活かすだとか、精神力を鍛えよう。。。とあって、これらもその通りだと思うのですが、「心の傷」を持っていない人にしか通じないというか、そういう人たちがエセ「被害者」にならないようにする処方箋でしかないような気がします。
    エセ「被害者」にどう向き合うかという、処方箋を期待したんですがね。

    本書のタイトルだけを見て、家人は、精神的障害を受けた場合の被害者権益を得る為のハウツー本だと思ってしまったようで、そう思って手に取った人達に考えを改めさせる書にはなっているかもしれません。いや、その前に途中で投げ出してしまうでしょうな。


    (2008/8/18)

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「心の傷」は言ったもん勝ち (新潮新書 270)の作品紹介

「心に傷を受けた」と宣言したら、あとはやりたい放題。詳しい検証もなく、一方的に相手を加害者と断罪する-そんな「エセ被害者」がのさばっている現代日本。PTSD、適応・パニック障害から、セクハラ、痴漢冤罪、医療訴訟まで、あらゆる場面で「傷ついた」という言い分が絶対視されている。そう、「被害者帝国主義の時代」が到来したのだ。過剰な被害者意識はもうたくさん!現役精神科医が示す処方箋。

「心の傷」は言ったもん勝ち (新潮新書 270)はこんな本です

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