世紀のラブレター (新潮新書 272)

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (206ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106102721

作品紹介・あらすじ

甘える裕次郎、渇望する鳩山一郎、死を目前に想いを託した特攻兵や名将たち。平民宰相は妻の不貞をかこち、関東軍参謀はその名を連呼した。「なぜこんなにいい女体なのですか」と迫る茂吉、「覚悟していらっしゃいまし」と凄んだ美貌の歌人。ゆかしき皇族の相聞歌から、来世の邂逅を願う伴侶の悲哀まで-明治から平成の百年、近現代史を彩った男女の類まれな、あられもない恋文の力をたどる異色ノンフィクション。

感想・レビュー・書評

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  • うー、やられたー。ラブレター?ほほえましくも恥ずかしくてたまらんっていうのが出てくるんだろうな、と軽い気持ちで読み出したのだが、まあ実際そういうのもあるんだけど、真情あふれる手紙の数々にすっかり参ってしまった。

    冒頭でまず驚かされる。結婚に際して詠まれたという相聞歌が紹介されているのだが、作者はなんと、美空ひばりと小林旭。この歌がまあじんわり心にしみるのだ。これはその三年前、皇太子と正田美智子さんが婚約時に詠んだ相聞歌にあやかっているのかも、とのこと。
    「語らひを重ねゆきつつ気がつきぬ われのこころに開きたる窓」(皇太子)
    下の句に胸打たれる。(第五章で、一章を割いて皇族方の相聞歌が取り上げられている。何と言っても美智子妃のものが印象深い。)

    「今生の別れ」という副題がついた第二章は、涙なしには読めない。戦争中、死を覚悟して遺書として書かれたものなど、ふたたび会うことのない妻や恋人、もしくは秘めた思いを寄せた人などにあてた恋文は、まさに哀切としか言いようがない。

    その一つ、俳優の木村功の抑制された文章に感嘆する。通信兵だった木村は、特攻兵からの最後の通信を数多く受けた。ツーと尾を引いて、ぷつりと消えるその音は「僕の耳から生涯消えないだろう。この音の聴こえる限り、僕は戦争を憎み戦争を反対する」と言っていたそうだ。

    愛読書だった「クロオチェ」のところどころに丸を付けて、暗号のような恋文を遺したという学徒兵のエピソードも忘れがたい。「明日は自由主義者が一人この世から去って行きます」と遺書に書いた彼は、幼なじみの「きょうこちゃん」に直接心のうちを告げることなく、知覧から特攻出撃していった。クローチェはファシズムと闘った歴史学者である。

    二・二六事件で処刑された青年将校の一人が、のち歌人として知られるようになる齋藤史に、獄中から厳しい目をかいくぐって遺書をのこしていたとは、まったく知らなかった。齋藤史の父は当時陸軍少将で反乱幇助の罪に問われたことはよく知られており、彼女の歌に二・二六事件に関連するものがあることも知っていたが、これは初耳。九十歳近くなってから歌会始の召人として皇居に招かれた齋藤史の心には、どんな思いが去来していたのだろうか。

    戦艦大和の艦長は「後事を託して何ら憂いなし」と妻に書き残したが、その妻は戦後一年あまりで病死。硫黄島総司令官は、幼いところのある妻を「お母ちゃんは気が弱いところがあるから可哀相に思います」と案じたが、彼女は露天で物売りをしたりして女手一つで子どもたちを育て上げ、九十九歳の天寿を全うしたそうだ。まことに「運命とははかりがたいもの」と著者が慨嘆するとおりだ。

    若い恋人たちのひたむきな思いはもちろん美しいが、長く生活を共にしてきた夫婦が、なお睦まじく互いを思いやる姿にはもっと心ひかれる。夫の本間雅晴陸軍中将が戦犯として裁かれるマニラの法廷で、妻富士子は「私は夫が戦争犯罪人として被告席にある今もなお、本間雅晴の妻であることを誇りに思っています。娘は、本間のような人に嫁がせたいと存じます」と証言したそうだ。本間は、帰国する妻が飛行機に酔わないか心配だと手記に記した後、処刑された。五十八歳だった。

    第三章の副題は「作家の口説き文句」。これはもう斎藤茂吉が暴走度ナンバー1では。有名な「なぜこんなにいい女体なのですか」ってやつだ。弟子と不倫に陥ったとき茂吉は五十二歳。その恋文を「痴愚の極み」と評する人もいるそうで、まったくしかたがないなあ。教科書には「たらちねの母は死にたまふなり」とかしか載らないけど、これも注として付けたらどうか。

    教科書と言えば島崎藤村だって、「はつ恋」の清らかなイメージと実生活はずいぶん違う。本書ではスキャンダラスな実像について詳しく触れられていないが、そう思って読むせいか、ラブレターもずいぶん強引で手前勝手な感じだ。中味の衝撃度で言えば、谷崎潤一郎の恋文なんか相当なものだけど、かの文豪の性癖が知れ渡った今となっては、なんだか可愛げを感じたりする。

    一方夏目漱石は、鏡子夫人にいかにも漱石らしい手紙を書いている。「生来の皮肉と諧謔が、照れとないまぜになって」と著者が評していて、こういうところ、わたしは好きだなあ。また、森鴎外が意外にも、やわらかな口語調の、いたって優しい手紙をかきおくっていて、これはこれで好ましい感じがした。

    こうして心に残ったところを書き留めているとキリがない。治安維持法で検挙、投獄されている滝沢修に、妻が子どもと共に面会できたときのことを書き送っている手紙など、涙が流れてならなかった。白川静が妻の臨終前後を詠んだ歌にも、泣いた。最後にとりあげられた、妻沢村貞子にあてた大橋恭彦の「別れの言葉」でとどめを刺される。

    ちょっと落ち着いて考えるに、真情のこもった手紙を書くのも、公開されてさぞ恥ずかしかろうというオバカな手紙を書くのも、概して男性が多いように思う。いろいろ理由はあるだろうけど、やはり女性はそういう手紙をなくさずに持ってるというのもその一つだろうか。

  • 愛する人への自分の態度を考え直したくなるような本。人は誰でも愛されることを望むけど、自分はどうだったろうと。

    ここにあるような率直な愛の言葉を贈ったり贈られたりしないまま人生を終えることも、ないわけではない。でも、本当ならそんな気持ちを交わせる相手がいるのにざらりとした冷めた気持ちで暮らしてしまうこともある。

    この思いは永遠にと願うけれど、永遠はどこにもない。そばにいられることは当たり前ではないし、愛してもいいと相手から許されていなければ伝えることも叶わない。愛情を伝えられる相手がいるなら共にいる時間を粗略にしてはいけないのだ。

    どれを、これをと挙げて比較することができないような珠玉の手紙たちばかり。胸が熱くなるような言葉が並んでいる。もっと書き手のことを、人間として深く知りたくなるようなそんな本だった。偉大な人々も、華やかな人々もそうでない人にも、愛する人の前では身も世もなく素直でいとおしい。

    意外なことに男性も、愛らしく心優しい便りを残している。しっかりした女性も、可愛らしい素顔を見せている。激烈な人の言葉には、畏れと震えが垣間見える。読んでいると、長い時間をともに満たされて生きる幸せが欲しくなる。今からでもそれは叶うかと、切ないような思いに駆られた。

    手元に置きたい一冊である。

  • 女の人は比較的冷静なのに、男の人は意外にも大変ロマンチックというかこっぱずかしいことを書いているのが面白い。そして微笑ましい。

  • 明治~平成の著名人の恋文の紹介本。
    もちろん非公開が前提だから、むき出しの感情がダイレクトに伝わる。
    斉藤茂吉の「…なぜこんなにいい女体なのですか…」、川端康成の怒りの恋文…
    異性を前にするとこうなるのか!と作品を通して感じていたイメージが覆される。
    橋本龍太郎元首相の手術後に妻宛に書いた「モチロン アイシテル!」にはグッとくる。

  • 【紙の本】金城学院大学図書館の検索はこちら↓
    https://opc.kinjo-u.ac.jp/

  • ラブレターとして短歌贈り合う皇太子殿下と美智子様すごすぎるな……

  • 文学

  • 他人様の恋愛模様を盗み見てみたいという、健全ではあるもののどこか後ろ暗い好奇心を満たしてくれる本かと思います。無責任な立場でどきどきできます。
    でもそういった野次馬根性抜きにすれば、恋文なんてものは、自分でいただいたり書き送ったりしたもののほうがずっと興深く心の奥にとどまりつづけるものですね。
    脇に逸れますが、いまはラブレターではなくて愛の言葉を捧げる媒体はメールやLINEなんでしょうか。だとすれば恋文ではなく、恋報せとかそんな新語を提唱したいけど。

    と聊か軽薄に書いてみましたが、どの恋文も真摯に綴られた真心が詰まっていました。時々は涙しながら読んでいたり。…ただ、これは勝手な私の信条からくるのでしょうが、どんなに真剣に想いを訴える恋文で共感に涙を流しても、それが不倫の恋だったりすると途端にしらけちゃうのですよねー。人間て(いろいろと)勝手なものですね。

  • 取り上げられているのは有名人。
    というよりもオエライ・オカタイ・ゴリッパな人が多め。
    だからこそギャップ萌え~。
    以外におっさんの幼児性が見えるのが面白い。
    また相手の手紙を終生大事に残している、というところも、また琴線に触れる。
    それにしてもエピソード羅列でここまで情感を引き出してくれる新書というのも稀有だ。

    意識絶えて今はの言は聞かざりしまた逢はむ日に懇ろに言へ

  • 歴史に残る愛。

    時代が変われば愛のことばも変わる。誰かに見られることを想定したラブレターもあれば、そういう第三者の目線を意識しないものもある。皇室の相聞歌とか今まで読んだことがなかったと思うので、なかなか面白かった。

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著者プロフィール

ノンフィクション作家。1961(昭和36)年、熊本市生まれ。北海道大学文学部卒業後、編集者を経て文筆業に。2005年のデビュー作『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。同書は米、英、仏、伊など世界8か国で翻訳出版されている。著書に『昭和二十年夏、僕は兵士だった』、『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』(読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞、講談社ノンフィクション賞受賞)、『原民喜 死と愛と孤独の肖像』、『この父ありて 娘たちの歳月』などがある。

「2023年 『サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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