天皇はなぜ生き残ったか (新潮新書)

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著者 : 本郷和人
  • 新潮社 (2009年4月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (223ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106103124

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天皇はなぜ生き残ったか (新潮新書)の感想・レビュー・書評

  • 2009年刊。中世史専門の著者が、主として中世の朝幕関係から天皇・朝廷の役割を解明するもの(書名は誤導ぎみ)。少々物足りないのが正直なところ。ただし、その理由は、もっと書けたはずだからで、著者への期待の裏返しである。まず、政治の説明にあたり、税の徴収過程の実例が少ない。訴訟の実態とは別の政治の実例を詳しく書いて欲しかった。また、権門体制論批判であれば、他の権門(特に寺社)との関係の記述がもっと欲しい。しかも、本書の主張は権門体制論の亜流とも読めなくない。同論の否定には、天皇家の断絶が必要ともいえるからだ。
    もっとも、本書は、権門体制論が実は何らの内実を備えていなかったことを気づかせる。つまり、元々モザイク状に権限を分属させていた権門の変容過程を、各時代毎に細かく検討しないと、もはや天皇制の意味は捉えられないのだろう。その意味で、本書の提示した結論や、そこに至る検証過程は極めて興味深い。網野史観とも一味違う中世の天皇・朝廷論が本書には詰まっている。なお、本筋ではないが、天皇制を考える上で、文献の引用のない主張、中世の天皇を考慮しない主張には説得力のないことが、本書からよくわかる。
    備忘録。①当事者が自ら、訴状送達。②鎌倉幕府も武家優先派と公平政治派とで対立。霜月騒動で武家優先派が台頭。そのため各地の御家人、非御家人の離反を招き、北条氏滅亡に帰着。③後鳥羽は、実朝を利用して幕府のコントロールを図ろうとしたが、鎌倉武士の反発を買い、実朝暗殺に向わせた。首謀者は北条氏か三浦氏?④後醍醐天皇は朝廷内で浮いていた。余りに旗色鮮明な倒幕姿勢と、中堅実務貴族層の信を得られなかったため。⑤権門体制とは、天皇・朝廷・武士・寺社が天皇を中心として対立競合・相互補完しつつ各々の権力を行使する体制。

  • 天皇制は武力が無くても権威があったから生き残ったと思っていたが、権力の空白や偶然も作用していたとは驚きだ。そういえば、古代の天皇制の歴史は習ったが、戦国時代や江戸時代の天皇制の歴史は学校で教わらなかったし、本も少ない。何かを隠しているのだろうか。

  • 天皇制がなぜ続いたかを、天皇制をいわゆる皇国史観に囚われずに分析しようと試みた一冊。

    大きな転換点は承久の乱、南北朝の騒乱にあったと分析。
    特に承久の乱は、朝廷にとっては鎌倉幕府設立より余程インパクトがあっただろうというのが目から鱗。
    南北朝の騒乱は、南北朝並立というとあたかも互角の勢力を保ってたように感じるけど、それは最初だけで、実際には武家勢力(つまり足利幕府≒北朝方)が少数勢力の南朝を利用してただけ(実際に足利尊氏や直義は一時的に和睦した)みたい。

    基本的に鎌倉時代以降は、武家勢力が勝手に天皇を立てたり廃嫡したり配流したりやりたい放題とい感じ。
    分析自体も江戸時代初期の家康まで。

  • 本書の主張の概要は、以下のとおり。
    ----
    朝廷(天皇・上皇)は、平清盛以後、徐々に実権を武士に奪われた。
    承久の乱の後は、皇位継承にすら干渉を許すようになった。

    そこで、朝廷は、「道理」に拠る裁判によって積極的に統治者としての地位を示すよう努力し、それは後嵯峨上皇・九条道家によって達成された。
    また、伝統的宗教勢力の頂点「祭祀の王」としては、依然として君臨していた。
    そして、武士に対しても、従前の統治のノウハウを教示する立場、「情報の王」として対峙し得た。

    その後、霜月騒動において、統治を重視する一派が、武士の利益を優先する一派によって鎌倉幕府内から駆逐された。
    これによって、恩恵を受けられない下級武士や武士以外の勢力の不満が爆発。鎌倉幕府は自壊した。

    南北朝を経て、皇室は相対化(絶対的な存在でない事を露呈させることによる弱体化)を余儀なくされ、影響力を著しく失った。
    「祭祀の王」としての立場も、足利義満によって奪われた。

    その結果、天皇は、「情報の王」「文化の王」として存続することになった。
    室町幕府が、旧来の朝廷と同様、「職」の体系(都の上位者に奉仕することで自領の安堵を目論む方法)を採用したため、そのノウハウを持つ天皇(朝廷)は、なおも武士に教示する立場を維持し得た。
    ----

    中盤までは、中世における朝廷のシステムについての解説が続く。
    それは極めて興味深い。
    けれども、結論である「情報の王」「文化の王」の内実にほとんど触れられていない。
    戦国時代において朝廷が存続した理由についても紙幅の制限を理由としてほとんど記載がない。
    なお、織田信長が本能寺の変に斃れなければ、天皇は廃されていたかも知れない、と主張する(が、詳細な理由は示されていない。)。

    黒田俊雄の権門体制論を中世世界全般に適用することに対して批判的。
    石井進を引用し、中世には「国家」なるものは存在したとは言い切れず、国家権力が統治対象である人民を強く拘束できなかった当時の状況に鑑みれば「体制」という文言も不適切であるとする。
    ただし、個別の事象に同論を援用することは有用である年、特に、同論は院政期にこそよく適合するもので、藤原信西が目指した当為(政権構想)をよく説明出来る、とする。

    また、平清盛御落胤説に極めて否定的(91頁)。

    今谷明にも、批判的。

  • 天皇家はなぜ残ってきたのかという疑問に対して答えようとする、かなりの意欲作だと言える。天皇家が残ってきたのはなかなか不思議である。平安時代後期には藤原氏をはじめとする貴族に実権はあって、天皇はほぼお飾りにすぎない。武家政権になってからはなおさらそうである。江戸時代として戦乱の世が終われば権威付けとしての天皇すら不要である。むしろこうした権力の担い手の交代によって王朝・王統というのは廃されるのが、歴史的には普通である。必然であれ偶然であれ、天皇家が残ってきたのはなぜか。イデオロギー的に議論の多い領域であるが、著者は情念でなく論理によって議論を進めようと試みる(p.5)。

    とはいえ、その議論図式はやや硬直しているようにも思える。全体を貫く鍵となるのは、当為と実情という概念対である。これはお馴染みの建前と本音と置き換えたほうがはるかに分かりやすい。天皇は建前として必要とされる時代と、本音として天皇自体が権力を振るう時代に分けられている。律令制を取り入れた日本だったが、この律令制は所詮は外来の行政組織であって、日本には長く続かなかった。例えば、律令制では土地はすべて公有であったが、三世一身法、墾田永年私財法をもって早くもそれは崩れる。令外の官の頻発や権力の移行も律令制のほころびを表す。こうした中で律令制とは「当為」、すなわち建前のものとなっていく。古代における輝ける天王の像は人々が頭で考えたこうあるべき、という当為の王であって、現実にはそんなもの通用しなかった(p.33)。天皇そのものでさえ摂関政治という天皇の外戚、母系の権威から上皇による院政という父系の権威へ移っていく。太上天皇とは位官からすれば天皇よりも下のはずだが、強い権力を持つことになり、位官制はますます形骸化していったのだ(p.59-62)。この上皇は院宣による専制を行うようになる。上流貴族が介在する官宣旨は減っていくことになり、上流貴族の伝統的権力そのものも形骸化していった(p.74ff)。

    初めての武家政権である鎌倉幕府の成立もこうした文脈にある。信西のつくった権門体制から平家のクーデターを経て鎌倉幕府へ至るが、この過程で天皇という王は将軍という武家の王との対比で新しい姿を取っていく(p.104)。天皇は実情の王として権力を持っているわけではない。鎌倉幕府にあっても朝廷の将軍としての認可によって鎌倉幕府の権力基盤が確立するわけではない。朝廷の認可は現実を作り出すことはなく、実情の追認にすぎない。鎌倉幕府の成立を1192年でなく源頼朝が守護・地頭を設置し実際に統治機構を成立させた1185年とする傾向もこの中にある(p.102)。征夷大将軍の任命は単なる追認にすぎないのであって、それをもって幕府の成立が「許可」されたような事柄ではない。

    さて天皇は後鳥羽上皇の承久の乱(1221年)の失敗により、治天の君が臣下である武士に流罪にされ廃位されたことで、当為、権威としての天皇は力を失った。著者の見立てではここから当為の王ではなく、実情の王としての天皇の模索が始まる(p.124f)。このことが実現してくるのが、言うまでもなく建武政権の頃である。著者はそれを九条道家が目指した徳政に見る。これは鎌倉幕府成立以後の朝廷の姿、実情の王を表している。幕府は法を制定し、武力でそれを守らせるのだが、朝廷には強制力がないから、慣習、常識、道理で雑訴の興行を行った。天皇はもはや当為の王でなく、実情の王になろうとしていたのだ(p.136-149)。この記述には色々と疑問が残る。幕府は法措定暴力と法維持暴力を持ったが、この法も例えば御成敗式目であって、これは武家の中の慣習法を成文化したものだ。武家政権は朝廷と違って当為の力を持たないからこそ、慣習や常識に則る必要があるはずだ。

    こうした実情の王、... 続きを読む

  • 逗子図書館で読む。非常に興味深い本でした。正直、期待していませんでした。いい意味で、期待はずれでした。文章も読みやすいです。キーワードは、ザイン、ゾルレンです。懐かしい言葉です。あるべき姿と現実です。それを区別すべきだと指摘しています。その通りだと思います。

  • ときに脱線するが、脱線した薀蓄が深く納得させる。天皇をめぐる雑駁な認識を反省させられる。

  • 天皇が、なぜ武士が台頭してきても生き残ることができたのかを丁寧に追った本。
    鎌倉時代のあたりが一番重点的に書かれている。ただ、少し新書のわりに物量があるのでちょっとしんどいかも。

  • 日本の長い歴史の中で、平安時代に権力を失い、室町時代には権威も失った天皇家が、なぜ現代まで生き残ることができたのかを論ずる本。ただし、本書の範囲は室町時代までであり、戦国時代以降については「もう一冊分の叙述が必要となる」で済ましている点はかなり不満である。それでも、政治の中心が天皇→貴族→武士と移っていく中で、天皇が「政治の王」から「文化の王」へと巧みに変転を遂げ、影響力を何とか保持し続けたことを、時代順に丹念に追っていく記述には迫力が感じられた。天皇家といえども、現代まで生き残ることができた過程には、多分に運とか偶然の要素もあった、という当たり前の事実を確認できて良かった。

  • [ 内容 ]
    平家から維新までの約七〇〇年間、天皇は武士に権力を奪われていた。
    しかし、将軍職や位階を授ける天皇は権威として君臨した―。
    このしばしば語られる天皇像は虚像でしかない。
    歴史を直視すれば、権力も権威もなかったことはあきらかだ。
    それでも天皇は生き残った。
    すべてを武士にはぎ取られた後に残った「天皇の芯」とは何か。
    これまで顧みられることの少なかった王権の本質を問う、歴史観が覆る画期的天皇論。

    [ 目次 ]
    第1章 古代天皇は厳然たる王だったか
    第2章 位階と官職の淘汰と形骸化
    第3章 時代が要請する行政と文書のかたち
    第4章 武力の王の誕生を丁寧にたどる
    第5章 悠然たる君臨からの脱皮
    第6章 実情の王として統治を目指す天皇
    第7章 南北に分裂しても必要とされた天皇制
    第8章 衰微する王権に遺された芯

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

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    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

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    [ 参考となる書評 ]

  • 著者が世間の学説と違う天皇(の歴史)論を展開するというもの。
    なかなか面白かったです。
    ただ一般的に知られた学説ってのを私があんまり知らなかったので、どこまで評価していいのか…星印の数は結構適当な評価です。

  • タイトルに比べて中身は無難。
    「武士から王へ」と同じ話が多くて、両方読む必要はないと思った。

  • 読みやすくて良かった。当為と実情について考察していくためには、綿密な研究の蓄積と考察がないとなかなか難しいんたなと思った。近世以降についても、もっと考察もしてもらいたい。

  • タイトルに惹かれて。一瞬、第二次大戦後の昭和天皇のことかと思ったけれどそうではなくて
    武士の社会で、なぜ天皇の系譜は脈々と受け継がれ来たのかというお話。
    平家から維新までの約七〇〇年間、天皇は武士に権力を奪われていた。天皇は権力も権威もなかったことはあきらかだ。
    それでも天皇は生き残った。すべてを武士にはぎ取られた後に残った「天皇の芯」とは何か。
    一種オカルト的に宗教的に感情的に語られる「天皇」というものを、資料などから論理的に評論しようというもの。
    ただ、本質の話にいくまでに、朝廷のしくみやら武士の話やらが長すぎてなんとも。
    自分の専門知識を記したいのか、読み物としては構成がいまいちなのでは?
    結局なぜ、武士は天皇を殺さなかったのか、の明確な答えは、推測の限りだし。
    それは結局この著者が批判している、ほかの天皇本のテイストと変わらない気がするのだが。
    やはり論理的にすべてを表現解決しきるというのは、難しいことなのかのう。
    信長が生きていれば、天皇は殺されていたのだろうか。歴史のたらればは意味がないけれど、それはとても気になるところ。

  •  天皇の<権威>に疑問を感じ、信長が生きながらえていたら<天皇>は消滅していたのではないかという著者の問題意識は、私の問題意識と重なる。
     中世の武士が天皇を必ずしも崇め奉ったものでないことはよくわかった。
     政権づくりに天皇を利用した秀吉の妾に、皇族・貴族の出身者が一人もいないことをもって。「実は秀吉は王朝世界に、当然天皇にも、根本的には無関心だったのではないか。」との見解は、興味深い。

     

  • 天皇についての認識がいくらか深まる。よくなる/悪くなるのいずれでもなく。
    著者は特に思想的なことは書いてないが、日本の世襲を肯定する雰囲気には否定的。

  • 織田信長ってなんかすごいなぁ と

  • 自説の押し付けが鼻につく。

  • 着眼点はおもしろいし、細かく文献を読み込んでの立論は説得力があります。ただ、結局、なんで天皇制が残ったのか、時の権力者たちは天皇(天皇制)を廃絶しなかったのか、その点に関しては説得力のある理由が述べられていないように思えます。

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天皇はなぜ生き残ったか (新潮新書)の作品紹介

平家から維新までの約七〇〇年間、天皇は武士に権力を奪われていた。しかし、将軍職や位階を授ける天皇は権威として君臨した-。このしばしば語られる天皇像は虚像でしかない。歴史を直視すれば、権力も権威もなかったことはあきらかだ。それでも天皇は生き残った。すべてを武士にはぎ取られた後に残った「天皇の芯」とは何か。これまで顧みられることの少なかった王権の本質を問う、歴史観が覆る画期的天皇論。

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