日本辺境論 (新潮新書)

  • 4543人登録
  • 3.83評価
    • (328)
    • (650)
    • (370)
    • (75)
    • (20)
  • 578レビュー
著者 : 内田樹
  • 新潮社 (2009年11月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (255ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784106103360

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
村上 春樹
冲方 丁
村上 春樹
有効な右矢印 無効な右矢印

日本辺境論 (新潮新書)の感想・レビュー・書評

  • 内田樹さんの本。2009年に出た新書本です。
    ええと、大変に面白い!…と前半思いまして。後半は、そうでもなかった。というのが読後感です。

    ものすごく雑に、備忘録として要約しますと。
    (というか、僕が自分で受け止められたことだけを書きますと)。

    日本は辺境である。辺境である、と日本に住んでる人自体が、思っている。つまり、田舎者である。
    いつも海の外にあこがれの、劣等感を抱いてしまう相手がいます。大きな文明があります。
    文明は自分たちが作るものではなくて、そういう、「外部」からやってくるもの。
    それをありがたくいただいて、なんていうか、使いやすい物は、自分たちの道具にしちゃう。

    という考え方がまず、あります。
    これに膨大な例証があります。面白いです。
    「日本」「日の本」というのはつまり、日が昇る方角、という意味。つまり、「東」という意味ですね。
    これは、中国を中心と考えるから、そうなった訳です。なるほど。
    「東北地方」っていうのは、東京あるいは京都が中心と考えるからそうなんですよね。
    東京っていうのも、京都の東だからなんですけどね。
    だからその頃に、つまり古代に、アメリカが強国でそこと交流があったら、「日本」じゃなかった訳ですよね。

    で、という訳で我々は大いなる体系は自分たちで作らない。作れない。どうしてかっていうと作ってこなかったから。
    どうしてかというと、田舎者だという自覚。「中央」と違って大陸的に異民族と対立激突したり、切磋琢磨してこなかったんですね。
    なので常に、周囲を気にします。「中央」を気にします。「絶対的にコウである」ということは少ない。「あの人がアアしてるからコウなんだ」。ということですね。
    日本人は、みんな、きょろきょろうろうろしている。ということです。
    だから、「日本人論」がこれほど好きな国民はいない。

    そこから。
    目標にする、模倣すべき「中央」がはっきりと上に見えているときは、そんなに間違えない。
    明治時代であり、戦後の成長だったり。
    なんだけど、自分がトップになってしまうと、どうしていいか判らない。
    日露戦争で、世界の強国になってしまった日本はどうしたか。
    日本がその後したことは、全て「帝国ロシアがやってきたこと。やろうとしてたこと」だった。
    ここンところの例証はナルホド度、高かったです。

    それから、「場の空気を気にする」ということ。
    これも辺境性から。まあつまり、今でも都会人より田舎の人の方が、周りとの協調性を気にする。それと同じ。
    それが、第2次大戦でも、ナチスと違って、「俺が始めた。俺は正しいと思ったから」という戦争開始者が、誰ひとりいないという不思議なことになる。

    左翼でも右翼でも、多くの議論が「●●(その問題に応じた外国名)では××なんだから、日本も××すべきだ」という議論ばかり。
    「誰がどうであろうが我々はこうであるべきでは」という議論が少ない。
    このことの、なんていうか、論理的なあるいは倫理的な異常性。でもそれが異常とも思われていない。
    このくだりもマッタクもってその通りだと思います。

    と…このあたりまでは、なかなかに面白かったんですね。
    そこから、そういう日本人の特性と「学び」のお話になります。
    ところがこれは、まあ、非難することでもないですが、内田さんの他の本とかなり重複。

    そこから、「自分」という存在をどう認識するかみたいなことから、
    かなり哲学的な、かつ例証として武道などの話になります。
    このあたり、作者の方は確信犯なんでしょうが、かなり、なんていうか、素直に言うと高度になります。
    なかなか難解です。言葉も。カント、ヘーゲル、等の言葉が飛び交います。
    情熱は判りますが、なんていうか、別... 続きを読む

  • 内田樹の著作。2009年に話題になった一冊

    タイトルの「日本辺境論」からネガティブなイメージを持たれる方も多いと思うが、内容的には西洋近代を人類の頂点とする進歩史観によって日本を否定するような短絡的な日本人論ではない。
    ただし、日本人的特徴に対する指摘はどれも鋭く、時には耳が痛くなるような一説も度々ある。

    内田は本書の中で日本人を「華夷秩序」の外周にある辺境人であると解説する。

    その特徴として、自分自身のアイディンティティの欠落を、絶対的価値に近づくことによって補おうとする態度。
    これこそが「辺境人」たるゆえんであるという。

    多くの日本人は、「日本は然々こういうものであらなければならない」という当為に準拠して国家像を形勢するということをしないのではないか?というのが内田の指摘である。
    例えば、「ポツダム宣言後の國體護持については、戦時中国民統合の原理として作用してきた実態が究極的に何を意味するのかについて日本帝国の最高首脳部において一致した見解がえられなかった」
    という歴史的事実を引き合いに出し、日本の國體を説明するための国民的合意がとれているものが存在しないことを説明する。

    首尾一貫したイデオロギーはなく、究極的価値たる天皇への相対的な接近の意識だけが、そのイデオロギーを補完する役目となっているのではないかというのを日本人の特徴として挙げている。

    これは非常に納得であった。というのも、日本は古代においては華夷秩序の中で国家を形成してきた。そして時代が下り、国家の臣民たる我々の先祖に社会的規範が求められたとき、その規範の支柱になったのが武士である。
    武士とは、朝廷や貴族に侍る者である。自己のアイディンティティは侍る美学である。
    つまり、日本という国家は、東アジアに於いては華夷秩序の辺境であり、国家の臣民たる我々は天皇を中心とした辺境の美学を行動規範としていたことになる。
    この二重の意味での辺境人として形成された日本人の特徴を言い当てている気がしたからだ。

    日本人が先行者として能動的に行動するよりも、むしろ外的影響により受動的に行動する方が向いているのも、二重の意味での辺境人であるということにその原因があるのかもしれない。

    この徹底的な受け身であるという日本人の資質について内田は、太平洋戦争に対する日本人の姿勢を例にあげて説明する。
    「強靭な思想性と明確な世界戦略に基づいて私たちは主体的に戦争を選択したと主張するだけの人がいない。
    戦争を肯定するだれもが「私たちは戦争以外の選択肢がないところまで追いつめられた」という受動態の構文でしか戦争について語らない。

    この傾向は現在も変わらぬようで、「日本の右翼・左翼に共通する特徴はどちらも、模範と比したときの相対的劣位だけが彼らの思念を占めている」という。
    内田はヨーロッパの思想史を例にし、日本におけるイデオロギー形成の脆弱さを指摘する。
    「ヨーロッパの思想史が教えてくれるのは、社会の根源的な変革が必要とされるとき、最初に登場するのはまだ誰も実現したことのないようなタイプの理想社会を今ここで実現しようとする強靭な意思をもった人々である」と。

    内田は華夷秩序やヨーロッパの進歩主義を受動的に受け入れてきた日本の歴史を鑑みて、「とことん辺境人で行こう」と結論づける。
    これには私も大賛成で、辺境人であるからこそ華夷秩序やヨーロッパの進歩主義を日本なりの工夫によって収容することができたのではないかと考えた。
    近代的日本を「内的自己」「外的自己」という人格分裂を否定的に指摘している論調があるようだが、これこそ日本の近代における最大の発明なのではないかと思ったりした。
    内には武士の精神性を重んじる伝統を残し、外的には近代西欧におけ... 続きを読む

  • ひさびさにたつるの本。

    難解でした(ω)

    日本人の辺境人っぷりをこれでもかと執拗につれづれに挙げていく1冊。

    おもしろかったのはこの辺り↓
    ---------------------------------------------------------------
    日本人はきょろきょろする
    オバマ演説を日本人ができない理由
    他国との比較でしか自国を語れない

    辺境人の「学び」は効率がいい
    虎の威を借る狐の意見
    便所掃除がなぜ修行なのか

    武道的な「天下無敵」の意味
    ---------------------------------------------------------------

    興味深かったけど、ほんとうにそれって日本人だけなの?
    と疑わずにはいられないのは、やっぱりここに書いてあることが日本人である私にとってあまりにも染み付いた感覚だからかな。
    国を問わず人ってそうじゃないの?的な。

    でもわたしには世界中に語り合える友達がいるわけでもないし、
    ネイティブ感覚で各国の本を読む力もないので反証の挙げようがない。明らかに内田先生の方があらゆる分野で識者だ。

    うーん、熟読玩味な1冊。

  • 日本人ほど日本人論が好きな民族はいないと良く言われる。
    常に外からの目を気にして、遅れていないか心配している。
    なぜそんなメンタリティが生成されたのか。
    著者は日本は古代から辺境国家であった事に着目する。

    ・他国との比較を通じてしか自国の目指す国家像を描けない。
    ・アメリカのように「我々はこういう国家である」というアイデンティティが持てない。
    ・私たちは(開戦のような)きわめて重大な決定でさえその採否を空気に委ねる。
    ・辺境である事を逆手に取り、政治的、文化的にフリーな立場を得て自分たちに都合のいいようにする〜面従腹背に辺境民としてのメンタリティがある。
    ・後発者の立場から効率よく先行の成功例を模倣するときには卓越した能力を発揮するが、先行者の立場から他国を領導する事になるとほとんど脊椎反射的に思考が停止する。
    ・辺境民の特質として「学び」の効率に優れ、「学ぶ」力こそが最大の国力である。
    ・辺境民の特質は、日本語という言語の影響が大きい。

    説得力がある民族論。著者は決してこれを悲観的に捉えている訳でなく、逆に辺境であることを受け入れて、独自の文化を世界に示していく方がいいと語る。大いに納得させられた。

  • 内田さんの本は初めて読みましたが、平易な文章で読みやすいですね。
    本人も書いている通り、大雑把な論考だとは思いましたが、その分本質を付いている日本人論だったと思います。
    日本人とは何者か?という課題について、著者の考え方が全て正しいとは思いませんが、日本人全員が一度は読んで自分で考えるべき問題なんだろうと思いますね。

  • 構造主義的知見に基づき、地政学を念頭に置いた日本人論を展開する本。

    後の著作に見られる、「師匠と弟子」論の原型が見られたことが興味深い。日本が辺境であるが故に、日本人は師匠なるものにオープンマインドになることができ、学びの効率を極限まで高めてこられた、という主張は後の著作でも一貫している。

  • 非常に読み応えのある作品であった。なんども読み返すことだろう。
    丸山真男やベネディクト、そして山本七平など日本思想を語るうえでかかせない人物から、筆者お得意のハイデガー、ラカンなど哲の色濃い目なものまで、多くを学ぶことができた。また、宗教の章に関しては圧巻である。
    序章で書かれているように、こういった日本人論はどの時代も繰り返され、似たように語り継がれてきたが、だからこそこれからも語り続ける必要があろう。ぜひ一読してもらいたい。

  • 日本人の辺境性を認め、その中で生きていくことを考えるべき。これが何に役に立つか分からないから勉強するのであり、先に学ぶことが分かっていて、それが役に立つかどうかは学ぶ人間には分からないはずだ。英語で書かないと世界的には通じない。日本語で表現できるもの、日本人が肌で分かることを外国語に完全に翻訳するのは不可能だ。人称代名詞の違いで書く内容が変わるのは日本くらい(私、僕、俺では内容が変わる)。表音文字と表意文字を同時に使う言語は特殊。それ故に漫画が発達した。

  • 自分の立ち位置を知ると、いろんなことが見えてくる。

  • 日本というのは少し特異な状況に置かれた国である。日本人は横並びをよしとし、出る杭は打たれる。他国・他人に追随はするけれど、抜き出て目立つことを避ける。にもかかわらず、否だからこそ、深層心理では、自分は特別だと思いたがる。日本には他の国を寄せ付けない独自の文化がある。日本人はそう思っている。表面的な愛国心は見せないけれど、根のところでは日本に強い愛着を持っている。これらは、一般的な日本人が示す傾向なのか、私自身の傾向なのか、私自身は一般的な日本人なのか・・・。日本人がどういう存在であるかを考えたとき、おそらく、間違いないのは以下の点だろう。それは、日本人が漢字(真名)と仮名を使い分けてきたということ。そして、漢字失語症と仮名失語症があるということ、つまり、漢字と仮名は脳の別の部分を使って認識しているということ。それが、日本人に何をもたらしているのか。しかし、どうして日本人は「日本人とは何ぞや」と考えることが好きなのか。そこが、日本人の特質でもあるのだろう。著者自らがあとがきでも言っていることだけれど、途中から私は置いてきぼりになってしまいました。難しい内容だと思うんだけど、どうしていつもいつもベストセラーになるのでしょう?

  • 「日本人は後発者の立場から効率よく先行の成功例を模倣するときには卓越した能力を発揮するけれども、先行者の立場から他国を領導することが問題になると思考停止に陥る。ほとんど脊髄反射的に思考が停止する。」(p.89)という箇所には強く共感。

    無意識的に我々はこういうマインドになりがちであって、こうしたマインドは日本人に特有の独特のもので、他国の人々と「なんとなく」空気を共有できる(はず)、と思ってしまうことは誤りである、ということは意識しておくべきなんでしょうね。

  • 日本人のアイデンティティーや文化を論じたモノは興味深い。

    日本人の資質を辺境をキーワードに論じている。なかなか禅問答のようで難しい。知らない言葉もいっぱいででくる。

    でも、刺激的で面白かったです。

  • 内田樹による日本人論。
    最初にこれはいままでの先行研究をまとめたものなんですよ、と断り書きしてはいるが、学究なんてものはすぐに時間に埋もれる。それを掘り起こした本。

    納得いく部分もあるのだが、引用ばかりで抽象的かなという気が。読んでおもしろいのだけど、じゃあ、この論考が生活になにか役立つかといえば、そうでもない。ただ、日本人の株を極端に下げようとしてもいなければ、上げよう語り口には共感するが。

    ラストに書いてあったように、これは翻訳できなければ駄目だろう。この人は執拗に英語教育を否定しているけれど、これからの学者は自分の論考を世界共通言語で話せないのは致命的だと思う。いくら国内で評価されていようが。

  • ●辺境に属する我々は、常に正しいものを外部に求め、それを盲目的に信じ、大きな「物語」を自分から語ることができない。その宿命に打ち勝つことはできないが、五分の勝負には持ち込めるので良いではないか、という本。

    文化的劣等感を持つ日本は、外部のどこかに、世界の中心たる「絶対的価値体」があると信じ、状況を変動させる主体的な働きかけは常に外から到来し、我々はつねにその受動者である、との自己認識をもつ。世界標準依拠主義。

    このロジックに沿えば、「中華」の対概念である「辺境」人のロジックを支えるのは常に「被害者意識」。

    キャッチアップはできるが、大きな物語を語る番になると思考停止に陥る。
    核廃絶運動も同様で、「私は被害者である」という自己申告だけではメッセージの倫理性を基礎付けることができず、「私たちは人間としてさらに向上しなければならない」という一歩踏み込んだメッセージを発するためには、あるべき世界についてのヴィジョンが必要。しかし、自前の世界戦略を我々は持っていない。これも辺境思想によるもの。

    相対的劣位思考。「きょろきょろ」が日本を指す擬態語。

    世界的標準を作る人間の考える正しさは、「正しさ」が今ある現実のうちにではなく、これから構築される未来の中に保証人を求めるからであって、未来において、それが正しいことが分かることで初めて実証される、という考えを持つ。日本の場合は、「保証人」を外部の上位者に求める。「弟子」の発想。師匠は常に正しい。自分がその人を師とした行動が矛盾しないよう、心の状態を変化させることでつじつまを合わせて、行動と感動が背反した不安定な状態を安定化させようとする。しかし、こういう日本の学び方も、一つのメリットはあり、この方向で進み続けることを妨げるものではない。

    アメリカの場合は、建国の目的が明確であり、「われわれはこういう国だ」という宣言から始まる国。それゆえに「アメリカというのは、一つのアイディアである」という命題が肯定される。日本にはそういうものはない。

    国家も、明治時代に、外交プロトコルとして、必要性を問われて作ったもの。元は古今和歌集の読み人知らずの賀歌からとっている。日本も「日出づる国」だが、これは中国を中心として捉えるから、そうなる。あくまで中華思想が背景。ベトナムの「越南」と同じ。

    「権威の由来を証明できない」。水戸黄門において、悪者は、水戸黄門が権威を振りかざした時点で否定できないのは、悪者自身が自らの権威を証明するにたるものを持っていないから。これが、「日本の知識人たちのボリュームゾーン」を形成する社が、無辜(むこ)の民衆を睥睨(へいげい)してきた狐たちの戯画に他ならない。水戸黄門は、「日本人と権力の関係についての戯画」であり「日本的システムの下絵」を体現したもの。

    しかし、これら独自のローカル・ルールを採用したことは、辺境人の生存戦略としては効果的なソリューションで、そこからベネフィットを引き出してきた。

    「学ぶ力」とは「先駆的に知る力」のことであり、自分にとってそれが死活的に重要であることをいかなる論拠によっても証明できないにもかかわらず確信できる力のこと。「わからないけど、わかる」状態。これがなくなれば辺境人としての日本のメンタリティの危機。

    面従腹背は我々の得意芸の一つ。

    ・改めて3年ぶりくらいに読んで、売れた理由がなんとなく分かった。言葉遣いがうまいな。既存の知識をうまく編集して、凡人が書くときは絶対に使用しない難しめの単語がちりばめられている(呪符とか近接度、教化、共扼、焦慮、民族誌的奇習、などなど)。

  • 2014年一冊目。久しぶりにこういう本を読んだけど、同意するところも多々あり面白かった。近年は知識を入れるだけで整理することを怠っていたので、本年は論じることを目標に知識を増やして行きたい。

  • この本もまた2回目。1回目よりはすうすうと読めた。読んでいると、書かれている1つの文章や言葉をきっかけに、自分の頭の中でいろんな想いが花火のように湧き上がってきてページがなかなか進まない。その割りに想い浮かんだことは、すぐに消えてしまって、後から思い出そうとしても思い出せない。その時思い浮かんだことを瞬間的に切り取る技術ってできないのかしら?本当に一瞬で消えていくのよねぇ・・・。まっ、いっか(ローラ風)。日本人である自分ということについて、考えようっと。

  • 自分達を辺境人と位置づけ、そこから自分達に身体化されてはいるが、辺境ではないところから見ると特有となっている思考や行動形式を再び解いていく、という主題が興味深かった。自分の立ち位置を久々に考えるきっかけになった。

  • 「ああ、やっぱり」「ああ、なるほど」と思うばかりが繰り返し繰り返し繰り返し繰り返しなので読んでて飽きる。けど判り易くはあるし、後半の言語に関する部分は主題から離れてるが面白かった。

  • 全体的には分かり易く書かれているが、「僕」が「私」に変わるだけの内容だけあって、3章「機」のテーマの部分は難解であった。
    日本語の特殊性から辺境性を論じる最終章は納得させられる部分が多々あった。引用も多く他への「学び」(知識欲)を増幅させられる。

  • 内田樹に興味があって読んだが、たしかにと納得する部分もある。
    辺境人のメンタリティや、島国辺境人としてのなかなか特種な歴史が、いまの日本人の根底にあるのかもしれない。

  •  たまには、難しい本を、と読んでみましたがやっぱり難しかったです。前半は、なるほど、と思うところもありました。しかし、武士道らへんからさっぱり分からなくなりました。
     ただ、いろいろ新しい知識も得ることができて、相対的にはよかったです。

  • ちと難しかった。「先駆性」については何ともうまい解釈だとは思う。いわゆる構えることでできるタイムラグではなく流れの中で間髪なく切り換える妙を説いているのだと自分なりに理解した。さらに著者の言い分を読みたいが、でもこの人の語り口には抵抗感がある。

  • 右翼の批判の的になってましたが、
    右左で片付けるには、もったいないほどの知見がつめこまれてます。

    個人的には、学生の指導に役立ちました。
    師弟関係の下りが。

  • 「はじめに」で十分に前置きされているとおりである。タイトルについて詳しく「論」じられていることを期待はすべからず。個人的な意見だが、今まで読んだ内田氏の著書は必ず共感するところと「?」になるところとがある。しかも、それらの差が大きい。本書も然り。歴史のところは正直まったく意味不明。しかし、「機」の思想と日本語の性質の章では目から鱗の発想ばかりで勉強になった。こうやって、少しずつでも知識を増やしていけたら私にとっては読書の本望を叶えられているのである。

  • 切れ味がよいです。
    んな無茶な、って色々思うけど、大風呂敷であること最初から公言してるしいいのだろう。
    「日本人は日本人論が好きである」

    そういえば、最近も政権交代で
    経済力の重要国である日本とアメリカが協力することは云々と言っててこの本を思い出した。それしか言えない日本にほっこり。
    と言って他の国と比べてる自分も典型的な日本人。無限ループ

全578件中 1 - 25件を表示

日本辺境論 (新潮新書)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

日本辺境論 (新潮新書)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

日本辺境論 (新潮新書)の作品紹介

日本人とは辺境人である-「日本人とは何ものか」という大きな問いに、著者は正面から答える。常にどこかに「世界の中心」を必要とする辺境の民、それが日本人なのだ、と。日露戦争から太平洋戦争までは、辺境人が自らの特性を忘れた特異な時期だった。丸山眞男、澤庵、武士道から水戸黄門、養老孟司、マンガまで、多様なテーマを自在に扱いつつ日本を論じる。読み出したら止らない、日本論の金字塔、ここに誕生。

日本辺境論 (新潮新書)のKindle版

ツイートする